土方は形のよい眉を顰め、じっとそれを凝視していた。
 もう、かれこれ10分はそうしている。彼の背後、キッチンの方では総司が食事をつくりながら歌う声が聞こえていた。
 可愛い恋人が自分のために夕食を作ってくれている。
 何しろ、今夜は初めての恋人宅への訪問だ。
 それはいい! それは非常に宜しいことなのだが、これは……
(……やっぱり、そう考えるしかないのか?)
 土方は苦悩に満ちた表情で低く唸ると、手にしたそれをギュゥゥーッと握りしめたのだった。
 

 

 

 事の起こりは数日前の電話だった。
 昼休みを狙ったように、総司が土方の携帯に電話をかけてきたのだ。
「……鳴ってますよ」
 警視庁の食堂、本日のA定食であるハムターバンを食べながら、斉藤が言った。それに「わかってる」と、土方はスーツの胸ポケットから携帯を取り出した。
 ちらりと画面を見て少し迷ったが、そのまま通話に繋げた。
「もしもし? 土方さん?」
 受話器を耳にあてたとたん、澄んだ声が訊ねてきた。それに「あぁ」と低く答えると、総司の声が小さくなった。
「……怒ってる? ごめんなさい、お仕事中にかけたから?」
「いや、大丈夫だ。昼飯とってる処だったから。それで……何だ」
 興味深そうにちらちらと伺ってくる永倉、誓って私は何も聞いておりませんという表情の島田、すっとぼけた表情で堂々と聞き耳をたてている斉藤に舌うちし、土方は立ち上がった。
 ここで話していれば、後でどんな物笑いのタネにされるとも限らないと察したのだ。食堂の片隅、窓際の方へ行きながら問いかけた。
「何か用があるから、電話してきたんだろ?」
「そうなんですけど……あのね」
 総司はちょっと躊躇ってから、問いかけてきた。
「あのね、土方さん、今度……ぼくの部屋にお泊まりに来ません?」
「……は?」
「あ、いえっ、その、嫌ならいいんです! ぼくの部屋すごく狭いし……っ」
「行っていいのか?」
 慌てて諦めようとする総司に、土方はできるだけ優しい声で訊ねた。それに、総司が電話のむこうで嬉しそうに笑ったのがわかる。
「はい! もちろんじゃないですか」
「けど、おまえ……この間、俺の家に泊まった時にすげぇ怒ってたじゃないか」
「そりゃ、土方さん、あんなことするんだもの。でも、仕方ないかなぁって。だって、土方さんはぼくの彼氏だものね」
「……彼氏」
「この間ね、平助に聞かれたんです。土方さんって結局、ぼくの何なの?って。それで色々説明したら、彼氏じゃないかって。ね? 恋人ってのもいいけど、なーんか彼氏ってのもいいですよね。すっごく意味深で」
 うきうきと喋る総司の甘い声に、土方は思わずため息をついた。
 つくづく思うが、天然のお誘いってのが一番たちが悪い。
 おまけに電話じゃ、いくら盛り上がってもどうしようもないし──いや、電話えっちてのもあるだろうが、何しろここは警視庁の食堂だ。いくら何でもそこまで土方も非常識ではなかった。ある程度、TPOというものを弁えている。(つもりらしい)
 結局、非番の日が決まったら連絡すると言って電話を切ると、土方は食事のつづきをしに席へ戻った。
 斉藤が小さく笑いながら聞いてきた。
「総司からですか?」
「わかってるなら聞くな」
「わかってませんよ、ただの確認です」
 傍から永倉がにやにや笑った。
「デートのお誘いって奴? この忙しいのに、恋人を持つと大変だねぇ」
「いや、恋人じゃない」
「は?」
「俺は彼氏らしい。その方が意味深でいいんだと、あいつも可愛いこと言うよな」
 淡々とした口調で答えてから、土方は箸を手にとった。黙々と食事のつづきを始める。
 それをしばらく眺めていた斉藤が、永倉や島田に視線を流した。
 目と目で会話をする。いわゆるアイコンタクトというものだ。
(今の、もしかして惚気?)
(もしかしなくても、惚気……でしょう、ねぇ)
(彼氏だって、彼氏! おおっ、なんか新鮮な響き〜)
(あんたが興奮してどうするんですか)
 黙々と食事をする土方の傍で、斉藤と永倉、島田の三人は、器用にも延々とアイコンタクトで会話をつづけていたのだった。本当にそんな事が可能なのかどうか、知らないが……。
 
 




 さて、その数日後のこと。
 仕事帰りに、土方は総司の部屋を訪れた。
 総司が今住んでいるのは、小さなマンションの一室だった。高校へ編入した時に土方が保証人となり、家賃も出して、学校にもバイト先のカフェにも近いここに引っ越させたのだ。とは言っても、土方がここを訪れるのは初めてだった。
「……お邪魔します」
 律儀にも玄関できちんと挨拶する土方に、総司は思わず笑った。
 こういうところに、この人の育ちの良さが出てるのかもしれないなと思う。けっこう乱暴なくせに、いざとなると折り目正しい態度をしっかりとれる男なのだ。
 総司の部屋は三階の角部屋だった。1DKのそこはお世辞にも広いとか豪華だとか言えないが、一人暮らしには十分な広さで何よりも小奇麗だった。きちんと片付けられた部屋に淡い明かりが灯されている。もう7時を回っていた。
「まずは坐って下さい。珈琲でも入れますね」
「あぁ、すまない」
 総司はささっと珈琲を入れると、土方がみやげだと持って来てくれたケーキを一緒に運んできた。あまり甘いものが好きでない土方には珈琲だけ差しだし、自分の前にだい好きな苺と桃のロールケーキを置いた。
「これ、ありがとうございます。……んんっ、おいしい」
 ケーキをほおばり幸せそうに笑う総司に、土方は思わず微笑んだ。ハードな仕事の疲れもふっ飛んでしまうほど可愛い笑顔なのだが、一つ気になる事もあった。
「おまえ、夕食前にこんなもの食べて大丈夫なのか?」
「甘いものは別腹でーす。あ、大丈夫ですからね。夕食は仕度できてますから、7時半ぐらいには食べれます」
「いや、そんな無理しなくていいぞ」
「だって、土方さんのために頑張ったんですよ。たくさん食べて下さいね」
 にっこり笑う笑顔のあまりの可愛さに、土方はくらくらと目眩まで覚えた。思わず手をのばして抱き寄せ、ちゅっと音をたてて唇にキスをしてしまう。
 甘いケーキの味がするキス。それがまた、この可愛い恋人らしかった。
「ん……ふっ……」
 甘い甘い舌を舐めあげ、絡めて。
 思う存分キスを堪能してから、土方はようやく唇を離した。総司がぼうっと潤んだ瞳で見上げてくる。濡れた唇に、仄かなピンク色に上気した頬が艶かしかった。
 それにもう一度だけ軽くキスしてから、土方は耳もとに囁きかけた。
「たくさん食べて下さいねって言っただろ? ここでおまえを食っちまっていいか?」
「え?」
 意味がわからないという表情で土方を見返し、不意に気がついた。
 慌てて身を起こすと、総司は土方の胸に腕を突っぱねた。
「だ、駄目です。ちゃんとご飯の方を食べて下さい」
「だから、そっちも食うって。おまえと同じで、これは別腹って奴だし……」
「そ、その事については後で。ちょっとお願いがあるから、ね?」
「お願い?」
「後で、ね」
 誤魔化すように笑ってから、総司はケーキの最後の一口をぱくりと食べた。それから、そそくさと立ち上がり、キッチンへ去ってしまう。
 それを見送り、土方は肩をすくめた。手もちぶたさになったので、新聞を引き寄せて開いた。
 相変わらず嫌な事件が多いが、ここのところテロ等はあまり起こっていない。まぁ、だからこそ、こんな定時に帰ることが出来たのだが──
 そんなことを考えていると、総司がキッチンへの入り口からひょいと顔を覗かせた。
「土方さん、ご飯の前にお風呂は入ります? 着替えた方が楽だろうし」
「あぁ、そうだな」
 土方はまだきっちりとしたスーツ姿だったのだ。上着も脱いでないしネクタイも緩めていない。
「悪いが、入らせてもらうよ」
 カフスを外しながらそう答えた土方に、バスルームでお湯を注いだらしい総司が言ってきた。
「あ、そうだ。土方さん」
「うん?」
「バスタオルね、新しいのが押入れに入ってるから取って貰えますか。押入れの左側下の手前なんですけど」
「わかった」
「適当に選んで使って下さいね。あと十分ぐらいしたらわきますから」
 そう言って総司はキッチンへ戻っていった。それを見送り、土方は押入れを開けた。
 言われたとおり左側手前下をごそごそと探すと、確かにタオルが出てきた。出てきたのだが、それと一緒に──
「……何だ、これは」
 土方は透明な箱にきちんと入っているものに気づいた。何気なく覗いて見ると、それは男物の衣服だった。しかもどう見ても総司の好みではないものばかりだ。
「……?」
 そっとフタをあけ、そのうちの一枚を取り出して見た。
 新品ではない。洗濯された後があり、それは明らかだったのだが、問題はそこではなかった。明らかにそのシャツのサイズは、総司よりずっと大きかったのだ。
 どう見ても他の男の衣服だ。念のため確かめて見ると、その箱の中にあるたくさんの服はどれも同じくだった。
「……」
 土方の目がすうっと細められた。
 考えたくない事だが、この服が意味するところは……。
 いや、まさか。総司に限って。
 だが……二人が引き離されていたのは、半年。他の男に心を動かすには十分な時間だ。
 ということは、やっぱり──
(……やっぱり、そう考えるしかないのか?)
 土方は思わず低く唸り、手にしたシャツをきつく握りしめた。
 直接総司に問いただそうと立ち上がり、キッチンへ足早に向かった。
 キッチンへ入ると、総司は忙しそうに火の加減を見たりしている。入ってきた土方の気配に、ふり返らぬまま言った。
「もうちょっとだけ待って下さいね。あ、お風呂わいたみたいだから、先に入って下さい」
「……総司」
「はい? 何ですか。今、忙しくて……」
「これは何だ!」
 いきなり大声で叫ばれ、総司はびっくりしたようにふり返った。その目がまん丸になっている。
「え……?」
「え、じゃない。これは、このシャツは何なんだ。たくさんあるあの男ものは、いったい……」
「ああ! やっぱり似合いますね♪」
 怒りに満ちた口調で言いかけた土方を遮り、総司は満面の笑顔で走り寄ってきた。ぱっとシャツを土方の肩にあてて、一人うんうんと頷いている。
「ちょっと色どうかなぁと思ってたけど、よかったぁ。すごく似合ってますよ、土方さん」
「あ、ありがとう……って、これ、俺のなのか?」
「他に誰がいるんです。当たり前のこと聞かないで下さい」
「しかし、大量にあったぞ。あれはどういうことなんだ」
「あれは……」
 総司はぱっと頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いてしまった。もじもじとしながら、土方の手をとり握りしめた。
「あれは、あなたがいなかった時、あの半年間ですけど……つい買っちゃってたんです。あなたに似合いそうだなぁと思ったら買っちゃって……」
「……」
「それで、毎晩、そのシャツやセーターをあなたと思って胸に抱きしめて寝る癖がついてたから、だから……その……恥ずかしいですよね」
「恥ずかしいものか」
 土方はきっぱり断言した。
 あまりのいじらしさに、胸が熱くなってしまう。
 思わず総司の細い体を胸もとに引き寄せ、両腕にぎゅーっと強く抱きしめた。
「すげぇ可愛い……そんな事してたなんて、もう可愛くてたまらねぇよ、総司」
「土方さん……」
 二人は微笑みあい、また甘い口づけをかわした。そのまま最後までいきそうな甘ったるいムードだったが、ここでそんな事をしてしまえば、いつまでたっても食事にいきつけない。それを思い出した総司は慌てて男の腕から逃れた。
 結局、不満そうな顔をしながらもキスと抱擁だけで諦め、土方はようやくバスルームに行ってくれた。
 それをほっとして見送り、総司はテーブルの上に今日の献立、豚肉の生姜焼きとかぼちゃの煮物、蓮根と人参の甘酢づけ、味噌汁を並べた。あと、初めて漬けてみた胡瓜と茄子の糠づけを添えて出来上がりだ。
「へぇ……すげぇ旨そう」
 バスルームから出てきた土方が嬉しそうに笑った。それに椅子へ坐るよう勧め、総司はご飯をよそった。
 二人、席についてから「いただきます」と手をあわせた。
 若い男らしい旺盛な食欲のまま食べる土方に、総司はちょっと伺うような表情になった。かるく小首をかしげ、じっと土方を見つめた。
「……おいしい?」
「あぁ、すげぇ旨いよ。おまえって、ほんと料理上手だな」
「ありがとうございます」
 おさえきれぬ嬉しさに、総司は頬を仄かな桜色に染めた。にこっと笑ってから、自分もせっせと食べ始めた。
 こうして二人向きあって食事をしていると、本当にずっと昔からこうしていた気がした。そして、これからも、ずっと一緒にいられるような……。
(……ううん、ぼくはそんな贅沢望まない。ただ、少しでも長く、この人の傍にいられたら幸せなんだから……)
 そんな事を考えながら食事をつづけていた総司に、土方はふと何かを思い出したようだった。突然、訊ねてきた。
「……それで?」
「え?」
「さっき言ってただろ? お願いがあるって」
「あ、そうでした」
 総司はちょっと困惑した表情になった。
「あのね、土方さんと約束してから思い出したんだけど」
「?」
「明日ね……その、ぼく、修学旅行なんです」
「は?」
「だから、高校の修学旅行。それで、あの……夜のいろいろ、今日は勘弁して欲しいなって……」
「……つまり、おまえに手を出すなってことか?」
 しばらく黙ってから低い声で問いかけた土方に、総司は雲行きがやばいと感じた。慌てて箸を握りしめ、必死に謝った。
「ごめんなさい! せっかく来て貰ったのに、こんな後から気がついてっ。でも、せっかく早く帰ってきて貰う約束したのに、今更言えなくて……」
 必死に言いつのる総司を黒い瞳でまっすぐ眺め、それから、土方はかるく肩をすくめた。
 かぼちゃの煮物を箸で切り分けながら、答えた。
「いいぜ」
「え……?」
「俺も明日、仕事だしな。この間あれだけ好き勝手しちまったんだ。今夜は反省しておとなしくしてるよ」
 拍子抜けする程あっさりした男の言葉に、総司は目を見開いた。
 思わずじーっと見つめていると、その視線に気づいた土方が顔をあげた。訝しげな総司の表情にくすっと笑い、指さきで総司の頬を優しく突っついた。
「そんな顔しなくても、何も企んでやしねぇよ。怒ってもいないし」
「ほんと、に……?」
「あのなぁ、俺だってそんな年がら年中がっついてる訳じゃねぇし、それなりに常識ってものがあるんだ。明日、修学旅行なんだろ? 楽しんでこい」
「はい」
 優しい声音に、総司はほっとして頷いた。
 それから、ちょっとだけ身を乗り出すと、土方の肩に手をかけた。何をしようとしているのか気づいた土方は僅かに目を見開いたが、すぐに小さく微笑んだ。総司は目を閉じ、少しだけ顔をかたむけた。
「……ありがとう、土方さん」
 テーブル越しのキスは、さっきよりちょっとだけ長かった。
 

 

 
 
 その夜。
 狭い総司のベッドで二人寝られる訳がないので、譲り合いでもめた後、結局、寝室の床上に敷いた客用布団で土方が寝ることに落ち着いた。もちろん、この客用布団はいずれこうなる事を想定した土方が、ちゃっかり買って運び込んでおいたものだ。
 布団の上で胡坐をかいたパジャマ姿の土方を、総司は見下ろした。視線が逆なので、何だかくすぐったい。
「で、おまえさ」
 あくびをしながら、土方が訊ねた。
「その修学旅行って、どこへ行くんだ?」
「あ、長野だそうです」
 総司はベッドにぺたんと坐りこんだまま、答えた。
 けっこう楽しみにしてるので、口調がうきうきしてしまう。
「あのね、二泊三日なんですけどね。高山とかにも行くんですよ。朝市でなんかおみやげ買ってきますね」
「あぁ、あまり無理するなよ」
「大丈夫ですって。土方さん、赤カブのお漬物って好き?」
「好きなほうだ」
「よかった。すごくおいしいんですって、絶対買ってきますからね」
 総司はにこにこしながら、言葉をつづけた。
「それからね、泊まるホテルに、すごく大きい池みたいな露天風呂があるんですって。クラス毎で入るんですけど、すっごく楽しみで♪」
「……」
 布団を引き寄せ寝ようとしていた土方の動きが、ぴたっと止まった。完全にフリーズしてしまっている。だが、目覚まし時計を合わせていた総司は、そんな男の様子に全く気づかなかった。
「部屋にもバスルームあるらしいですけど、やっぱり露天風呂の方がいいじゃないですか。ぼく、あんまり温泉行ったことないから楽しみで。ね、土方さんはけっこう温泉って行ったことある?」
「……あぁ」
「ふうん、そうなんだ。いいなぁ」
「今度、連れていってやる。おまえが行きたい所なら、どこでも」
「じゃあね、箱根がいいなぁ、うーん、伊豆もいいし。あっち方面行ったことないから」
「わかった……だから、総司……」
「あ! 明日は早いんです。7時半にはここ出なくちゃ間にあわなくて。早く寝なきゃ。じゃあね、おやすみなさーい」
 総司は慌しくおやすみの挨拶をすると、さっさと電気を消して寝てしまった。あっという間に眠ってしまったらしく、すやすやと寝息が聞こえてくる。
 しばらくの間、それを眺めていた土方は「……おやすみ」と呟くと、ため息をついたのだった。
 
 

 


 翌朝、起きた総司はびっくりした。
 何しろ時計はもう7時15分をさしているのだ。ちゃんと目覚ましあわせたはずだったのに、どうしてっとふり返ると、もう既にきっち上から下まで身支度をすませスーツ姿の土方が済まなそうな口調で言った。
「ついベル押しちまったんだ。それで、おまえの可愛い寝顔を見てたら……」
「か、可愛いって……ああっ、こんな事言ってる場合じゃないんだっ。遅刻しちゃうー!」
 総司はもうフルスピードで制服に着替え、顔を洗って歯磨きして髪をとかした。もう食事をする暇もなく飛び出そうとする総司に、土方が言った。
「ごめん、お詫びに送るよ」
「えっ、土方さん、車?」
「あぁ、昨日、近くのパーキングに停めたんだ。学校まで送ってやるから、車の中で朝食をとれよ」
「で、でも、朝ご飯なんて……っ」
「簡単なものだが用意しておいた。俺はもう済ませたから、これはおまえのだ」
 いつもの土方の車の助手席におさまってから、それをあけて見るとハムとレタスのチーズのオープンサンドだった。
 こうして朝ご飯を用意した上に、忙しい仕事前に学校まで送ってくれる恋人の優しさに、総司は彼の愛をしみじみと感じた。感激し、土方の頬にちゅっとキスした。
「ありがとう! 土方さん、だい好きです」
「あぁ」
 ちょっと照れたように笑ってから、土方は甘いキスを返してくれた。
 幸運なことに道が混んでなかったので、時間は十分間にあった。学校より少し前で、総司はほっとして車から降りた。
 パワーウインドを下ろした土方に、にっこり微笑いかけた。
「送ってくれて、本当にありがとう」
「あぁ、気をつけてな。楽しんで行って来いよ」
「はい! いってきまーす」
 総司は幸せそうに答え、ボストンバックを担いで走り出した。
 正門前でちょうど藤堂と一緒になり、うきうきした足取りで学校へ入ってゆく。
「……」
 それをしばらくの間、土方はハンドルに寄りかかり見送っていた。そして、総司の姿が消えたのを確かめると、その黒い瞳に悪戯っぽい笑みをうかべたのだった……。

 

 

 
「温泉、温泉〜!」
 ホテルについた総司は、藤堂たちと一緒に露天風呂へむかった。
 ほとんどホテルも貸切状態なので、5時からが総司たちのクラスの番だった。綺麗な脱衣所に入ると皆、我先にと服を脱いで入ってゆく。それを見送り、総司は制服のシャツのボタンを外した。
 一つ、二つ、三つ──ところが、そこでピタッと手がとまってしまった。目をまん丸にして固まっている。
「……総司?」
 隣でいそいそと制服を脱いでいた藤堂が、不審そうにふり返った。
「どうしたんだ、入らないのか?」
「……」
「おーい、総司?」
 藤堂の呼びかけに、総司は慌てて顔をあげた。そして、ぶんぶんっと大きく首をふると、笑みをうかべてみせた。
「ご、ごめん、平助……さきに行ってて」
「? いったいどうしたんだ。顔、ひきつってるぞ」
「な、何でもないからっ。ね、さきに入ってて」
「うん」
 不審そうにしながらも、藤堂はさっさと裸になり風呂場へ入っていった。
「……」
 誰もいなくなった脱衣所で、総司はかき合わせていたシャツをゆるめ、胸もとへ視線をおとした。
 まっ白な肌。そこには昨夜まで確かになかったはずの物があった。
 はっきりくっきりした、沢山のキスマーク! 薔薇色の痕が、あちこちにつけられていたのだ。
 昨夜、ぐっすり眠っている間につけられたに違いなかった。一度寝てしまえば起きない自分を、彼はよく知っているのだから。
 今朝ぎりぎりまで起こさなかったのも、土方の策略。
 キスマークに気づく暇もないほど慌しい状態に追い込み、何もしてませんよって顔でにっこり笑って送り届けて──
 皆、この露天風呂に入らせないためであるのは間違いなかった。こんなキスマークだらけの体で、皆と一緒に風呂なんか入れる訳ないのだから。
 あの、めちゃくちゃ独占欲が強くて。
 世界で一番と断言していいくらい、やきもち焼きの恋人。
 そんな男が、あっさり引くはずもなかったのだ。
「……っ」
 総司は怒りにぶるぶる震える手でシャツを握りしめた。
 そして。
「……土方さんのバカぁーッ!」
 がらんと誰もいなくなった脱衣所で一人、思いっきり叫んだのだった。
 
 
 
   いやはや、ほんと。
   お泊まりにはご用心。












[あとがき]
 実を言いますと、このお話は前後編に入るはずだったものです。でも、お仕置きシーンをどうしても書きたくなり、あらためて後日編という次第にあいなりました。この後、怒った総ちゃんは、きっと土方さんにお触り禁止令を出したはずです。もちろん、そんな事でめげる土方さんじゃないと思いますけどね。ちなみに、ハムターバンは以前いた会社の社員食堂での人気メニューです。おいしいんですよ♪ でも、よかった〜! 予定してた番外編1つクリアできて、ほっとしてる葉月雛でございました。


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