柔らかな音がたち、ふわりと甘い匂いが広がった。
最近総司がお気にいりのキャラメルティーだ。ミルクティーで飲むと、よりおいしく甘い。
その紅茶をポットからカップに注いでいた総司は、ふと視線をあげた。そして、思わず小首をかしげた。
久しぶりの非番の昼下がりだった。
ラグマットの上に胡座をかいて坐った土方が、何やら熱心に雑誌を見つめているのだ。
思わず警戒してしまった。
(……なんかHなおもちゃとかの雑誌じゃないよね)
失礼な話だが、日頃が日頃だけの恋人の所行からついついそんな事を思ってしまい、総司はそおっと彼の後ろに歩み寄った。
だが、土方が見ている雑誌を覗き込んだとたん、思わず声をあげてしまった。
「……あ、れ?」
彼が見ていたのは、ごくごく普通の雑誌だったのだ。
それも、どこかの通販カタログか。
ずらりと並んだ家具やら雑貨の写真は、別に何の変哲もない。
「総司?」
驚く総司を、土方がふり返った。かるく小首をかしげる。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……何でも」
総司は土方の傍にトレイを置いて坐ると、大きな瞳で彼を見上げた。
「土方さん、何か買うの?」
「あぁ、家具をな」
と云いながら、土方はまた視線を雑誌に落とした。
その端正な横顔を見つめ、総司は小首をかしげた。
「家具? みんな揃ってると思うけど……それに通販で?」
「通販は嫌いか」
「嫌いとかじゃないけど、でも、やっぱり、家具って実際に見て選んだ方がいんじゃないの? その方が使い勝手もよくわかるだろうし……」
そう云いかけた総司の言葉は、もごもごと口の中に消えてしまった。
なぜなら、雑誌から視線をあげた土方が、妙な笑いをうかべながら総司を見つめてきたのだ。
悪戯っぽい光をたたえた黒い瞳。
何かやばい事を思いついたことが明らかな、満足そうな笑み。
「……そうか、そうだよなぁぁ」
意味ありげに笑いながら、土方は頷いた。
「確かに、おまえの云うとおりだ。実際に見て選んだ方がいいに決まってるよなぁ」
「え、あ……そうですけど、でも……」
「なるほど。うんうん、おまえの気持ちはよーくわかった。俺も男だ。覚悟を決めて、つきあってやるよ」
そう云うなり、土方は突然、総司の腕を掴んで立ち上がった。強引に立ち上がらされてしまう。
それに、総司は目を見開いた。
「ちょっ、ちょっと……何!?」
「行くんだよ、その家具を見て選びに」
「今から!? でも、その……っ」
「善は急げって云うだろうが。おまえの気が変らないうちに、行った方がいいに決まってるしな」
「ぼくの気持ちって、二人で使う家具なのっ?」
「あたり前じゃねぇか」
土方は総司の手をしっかり掴んだまま、さっさと玄関へ連行した。
扉を開けて鍵を閉めて廊下を歩いてエレベーターに乗って。あれよあれよと云う間に、駐車場に停めてある土方の車にまで連れて行かれてしまう。
呆気にとられているうちに、助手席に乗せられてしまった総司は、慌てて叫んだ。
「ちょっと待って!」
「何だ」
「いったい、何を買いに行くつもりなの!?」
そう訊ねた総司に、土方はめちゃくちゃ綺麗な顔でにっこり笑った。
「俺とおまえの新婚生活に、絶対の必須アイテムだ」
「新婚って……いえ、それよりも必須アイテム?」
「これでもさ、おまえが恥ずかしがると思って、通販で購入するつもりだったんだぜ。けど、おまえがどぉーしても実際に見て選びたいって、ねだってくるから。ちゃんと二人で行って、楽しく選ぼうな」
うきうきと云ってくる彼の様子に、総司はハッと息を呑んだ。
つい先日の会話から、土方曰くの「必須アイテム」に思い当たったのだ。そのとたん、なめらかな頬が強ばった。
「ま、まさか……っ」
「んー? わかったか?」
「ダ…ダブルベッドっ!!」
思わずそう叫んだ総司は、次の瞬間、慌てて車から降りようとしたが、時既に遅し。
土方はさっさとアクセルを踏み込み、車を発進させた処だった。扉の鍵がオートロックされるカチャッという音が、車内に響きわたる。
「絶対やだやだ、やだぁーっ!」
そして。
叫ぶ総司と、超上機嫌の土方を乗せて、車はすいすいと都心に向けて疾走していったのだった……。
という訳で、その一時間後。
場所は、都心のとあるビル。
しゃれた店内に、高級そうな家具が並ぶ所謂インテリアショップに、二人は立っていた。
ずらーっと並んだ沢山のベッドに、総司はくらくら目眩がする心境だ。
思ったより客が多く、それはちょっと安心したのだが、すぐある事に気づいて顔を真っ赤にさせてしまった。
よくよく見てみれば、その客たちは皆、どこから見ても新婚カップルだったのだ。いちゃいちゃ甘ぁいムードを醸しだしながら、あれこれ幸せそうに選んでいる。
(も、も、もしかして、ぼくたちもあんな風に見える訳っ?)
けっこう鈍感な総司にしては、すぐさまその事に気づき、顔を引き攣らせた。
(でも、ちょっと待ってよーっ! ぼくたちって男同士じゃないの! なのに、その二人がダブルベッドなんか仲良く選んで買ったりしたら、絶対変な目で見られて……っ)
総司はあらためてその事に気づき、ささーっと青くなってしまった。慌てて土方の腕を掴み、云いかける。
「ひ、土方さん! あの……っ」
だが、ちょうどその時。
にこやかな営業スマイルを浮かべた中年女性の店員が、どこからともなく現れた。
端正な土方に見惚れるような視線をちらっと送ってから、愛想よく訊ねてくる。
「いらっしゃいませ。ベッドをお探しですか?」
「あぁ」
頷いた土方に、店員は総司の方へ視線を移した。総司を頭のてっぺんから足まで見てから、何故か満足そうに、にこーっと笑う。
そして、いかにもめでたい!と云いたげな口調で、念押しした。
「ご結婚でご購入でいらっしゃいますね?」
(……は?)
思わず総司は固まってしまったが、土方は満足そうに頷いた。お得意の綺麗な笑みをうかべる。
「あぁ。もう結婚はしてるんだが、ベッドがまだ未購入で」
「それはおめでとうございます」
「ありがとう」
「で、失礼ですが、ご新居の寝室の広さはいか程でございましょうか」
「8畳だ。あまり家具は置いてないから、けっこう大きなものが置けると思うんだが」
「畏まりました。では、こちらなど……」
土方と店員は、ごくごく平然とビジネスライクに話をつづけた。さっさとベッド選びを始めてしまう。
それを、総司は呆然と突っ立ったまま見つめた。
いったい、どういう訳?
ご結婚でご購入って?
ご新居って?
そ、それって、それって──ぼくが土方さんのお嫁さんに見えてる訳っ!?
(……えぇえぇぇ──っ!)
思わず総司は顔を真っ赤にしてしまった。わたわたと両手をふり回した挙げ句、その場にしゃがみこんでしまう。
嬉しいやら恥ずかしいやら、でも、ちょっとだけ男の子としてのプライドもあったりして、いろいろと複雑な心境だ。
(ひ、土方さんのお嫁さん? ぼくが? ぼくが土方さんのお嫁さんっ? お嫁さんって……お嫁さんって……っ)
総司が顔を赤くしたり青くしたりして、ぐるぐる回っていると、頭の上から声が降ってきた。
「どうした、気分でも悪いのか?」
急にその場にしゃがみこんでしまった総司に、慌てて土方が戻って来てくれたらしい。
自分も傍に跪くと、そっと細い肩を抱いてきた。濡れたような黒い瞳が、心配そうに総司を見つめ、甘く優しい声が訊ねてくれる。
「大丈夫か? どこが苦しいんだ」
「う、ううん……っ」
慌てて総司は首をふった。
「そうじゃなくて、その……いろいろ複雑で」
「?」
「えっと。ごめんなさい……でも、その……」
総司はちょっと躊躇ったが、思いきっておねだりする事にした。
「あのね、お願いがあるんだけど」
「え?」
「せっかくだから、二人だけでベッドを選びたいんです。ね、駄目?」
かなり必死だった。
一生懸命、総司は頼んでみたのだ。
それに、土方は僅かに小首をかしげた。
だが、じーっと総司をその黒い瞳で見つめた後、めちゃくちゃ満足そうな──嬉しそうな笑みを、その端正な顔にうかべた。
「そうか、なるほど」
頷き、総司の髪を頬を手のひらで優しく愛おしそうに撫でた。
「おまえは俺と二人っきりでベッドを選びたいのか。可愛いな、総司。けど、そうだよな、二人の大切なベッドだものな。他人がいたら、いやだよな」
「え、いえ。そういう事じゃなくて、その……っ」
「おまえの気持ちはよーくわかった。よし! 二人っきりでベッドを選ぼう」
そう云いざま立ち上がると、土方はさっさと店員の処に戻った。
何やらうまく言いくるめたらしい。店員はにこやかに頷くと、「では、ご用の時はお呼び下さい」と愛想よく去っていった。
それを見送り、ちょっとだけ総司はほっとした。
何しろ心配でたまらなかったのだ。
新婚カップルだと思いこんでいる店員の前で、「ぼく」とか使ったらたちまちバレてしまうに違いない。
いや、それよりも、お嫁さんとして振る舞うなど、到底できる事ではなかった。何しろ、自分はどこから見ても男の子なのだから。
総司は一人こくこく頷いたが、むろん、そう思っているのは、皆様ご存知のとおり本人だけ。
さらさらした黒髪に、大きな瞳。ふっくらした桜色の唇。
華奢な躯に、ちょっと大きめのピンク色のシャツ、ホワイトカラーのジーンズ姿の総司は、どこから見ても、女の子──それも、超がつくほど可愛いベリーベリーキュート♪な女の子だった。
どこかユニセックス的な不思議な透明感ある雰囲気が、また誰の目をも惹きつける。
「さぁ、総司」
にこにこしながら戻ってきた土方が、総司の細い肩を抱いて引き寄せた。人目も気にせず、髪にそっと口づけてくる。
「おまえの願いどおり、二人っきりでベッドを選ぼうな」
「……えーと、その……」
「俺も嬉しいよ。おまえがそういう積極的な事を云ってくれるとは、思ってもみなかった」
「え? 積極的って……いったい……」
どうも、土方と総司の間には、マリアナ海溝よりも深い誤解と思い違いがあるようだったが、それはとりあえず気にしない事にして。
総司はもうさっさと用事を済ませてしまおうと、ずらーっと並んだベッドの方へと向き直った。
──その数分後。
土方と二人だけで選ぼうとしたことを、海よりも深く山よりも高く後悔するはめになるなど、全く知らずに……。
「これなんか、いいかもな」
そう云いながら、土方はある一つのベッドに歩み寄った。
それはいかにも「新婚カップル専用でございます」と垂れ幕でもかかっていそうな、どっかーんと大きな──たぶんキングサイズだかクイーンサイズだかのベッドで、繊細な彫り込みがあるヘッドボードがまた、いかにもって感じがする。
「ほら、総司、おまえも来いよ」
手招きされ、総司はしぶしぶ歩み寄った。だが、そのとたん、手をひっぱられ、あっと思った瞬間にはベッドに寝っ転がってしまっていた。
(ちょっ……嘘!?)
慌てて起き上がろうとしたが、土方は総司のスニーカーをぽいぽいっと脱がすと、自分もごろりと隣に横になってしまった。
それから、不意に片肘をつくと、総司を組み伏せるように見下ろしてくる。
総司は固まり、大きく目を見開いた。
(ま、まさか、ここでキスでもする気──!?)
そんな事しようとしたら、絶対に突き飛ばしてやるっと思った瞬間、土方は僅かに眉を顰めた。
そして、低い声で呟いた。
「……駄目だ」
「へ?」
「このマットレス、駄目だな。沈みすぎる」
そうきっぱり断言するなり、土方は総司の腕を掴んで引き起こし、自分もさっさとベッドから降り立った。
また別のベッドに向かうと、またまた手招きしてくる。
だが、総司は思わずふるふると首をふってしまった。
「や、やだ」
「何が」
「だって、また無理やり寝させるつもりでしょう?」
「あたり前だろ。寝なきゃ、ベッドなんざわかねぇだろうが」
「でも……っ」
「じゃあ、おまえは適当に選んじまっていいのか? あーんな奴を俺が買うつっても、構わねぇのかよ」
「え?」
土方が悪戯っぽい瞳で顎をしゃくってみせた先を、総司はふり返った。
「!!!」
それを目にした瞬間、思わず絶句してしまった。
何しろ、そこにあったのはとんでもないベッドだったのだ。
所謂、お姫様ベッド!
それもクイーンサイズの、ご立派なきんきらきん天蓋つきベッドだった。
金色のポールから、ふわふわとまっ白なレースが超ロマンチックに垂らされ、そこはもうハネムーン♪ もしくは、めくるめく愛と官能の世界へようこそ〜♪ とでも表現すべきか。
とにかく、あんなものを平気で購入する人の顔が見たいぞっ!てぐらいのベッドだった。
総司は、あのベッドが業者の人の手によって二人の寝室に運びこまれ、それを赤面しながら組み立ててもらい、受取書におずおずと判子を押す瞬間の恥ずかしさまで、一気にダダダーッと想像してしまい、思わず叫んだ。
「絶対、いやですッ!」
「だろう?」
土方はにやにや笑いながら頷き、あらためて手招きした。
「なら、きちんとベッドを選ぼうぜ? ほら、来いよ」
「……う」
総司はまだ躊躇いはしたが、ぐずぐず云ってても仕方ないと諦め、土方の傍へ歩み寄った。意外と柔らかく腕を引かれ、ベッドの上に坐らされる。
だが、安堵したのも束の間だった。
土方はベッドの上に胡座をかくと、ひょいっと総司を膝上に抱きあげてしまったのだ。
ぎゅっと後ろから総司の体を抱きすくめたまま、ぽんぽんっと軽く弾んでみたりしている。
「……ひ、土方さんっ」
総司はしばらく呆気にとられていたが、慌てて男の腕をふり解いた。
這うようにして滑り降りたが、周囲の視線が痛い。
それはそうだろう。
どこから見てもモデルばりのいい男が、少年を膝上に抱っこしたりしているのだ。非常識極まりない光景に、皆、呆れているに違いなかった。
もっとも、そう思ったのは、またまた総司だけで、えらく目の保養になるラブラブな新婚カップルだなぁ──と、周囲からは思われていたのだが。
「い、いったい何をしてるんですかっ」
「いや、ちゃんと確かめなきゃ駄目だろ?」
「だから、何を!?」
「スプリングの具合。俺たちって、けっこう座位っての? あぁいう体位でやること多いから、あんまり固すぎるのもなぁって思ってさ」
総司は思わず口を開け、土方を見つめた。
それをよそに、男は平然と言葉をつづけてゆく。
「けど、このベッドは今ひとつだな。まぁ、どんな体位でもオッケーみたいなのがあったら、一番なんだけど、そんな歌い文句書いてあるの全然ねぇし」
(あたり前でしょうッ!?)
「もちろん、広くなきゃ色々楽しめねぇから、今のよりはデカイ奴をってのが必須条件だけどさ。ほら、おまえ、俺がおまえのを口で吸ったり舐めたりしてやると、いつも逃げ回るだろ? まぁ、あぁして恥ずかしがる様もまた可愛くてそそるんだが。それはおいといて。おまえが落っこちないように、絶対広いベッドを買おうと思っていたんだ。で、広さはこれぐらいでいいにしても、このマット固いしなぁ。いや、さっきのは柔らかすぎたし、なかなかわからねぇものだ」
普段の無口は、いったいどこへやら。一気に喋りまくった挙げ句、にっこり綺麗な顔で笑ってみせた土方に、総司は思わず心の中で絶叫した。
(わからないのは、こんな処で平然とそんな事を喋りまくっている、あなたのその神経の方ですーッ!)
だが、それでも口にはしない出来た嫁──もとい、出来た恋人である総司は、はぁっとため息をついた。
「総司?」
「もう……何でもいいです」
「何でもいいって、おまえが云ったんだろ? 二人きりで選びたいって」
「……そうかもしれませんけど」
総司は心底疲れきった気分で答えながら、ぐるりとベッドコーナーを見回した。
これだけ沢山あるベッドの中から、いったいどうやってお好みの──それも土方が求めるとおりのベッドが見つけられると云うのか。
ぐったり疲れたまま、総司は土方を見上げた。
「やっぱり、お店の人を呼びましょう。そうした方がいいみたいです」
「ま、そうだな」
「でも、土方さん!」
きっとした表情で総司は彼を見上げると、真剣な口調で云った。
「絶対絶対、今云ったみたいな事を喋ったら駄目ですよ。そんな事したら……」
「そんな事したら?」
「土方さんの頬っぺた、いーってひっぱっちゃいます!」
「それもいいかもな。ほら、よくあるじゃねぇか。恋愛ドラマとかで、カップルがいちゃついてるシーン……」
「ひ・じ・か・た・さんッ」
「はいはい、わかりました」
土方は肩をすくめると、ベッドから降りて先ほどの店員のもとへと歩み寄っていった。
そのすらりとした長身の後ろ姿を見送り、総司は深いため息をつく。
本当に、いったい何を考えているんだか。
どこでも平気で総司にキスしたり抱っこしたりしてくる彼に、そうとう馴れたつもりだったが、まさかこんなインテリアショップで、ベッドの上で膝上に抱き上げられるとは思ってもみなかった。
いつまでたっても、リアクションが予測できない男である。
(……でも。あぁいう強引なとこがまた、いいのかもしれないけど……)
ふと、そんな事を思ってしまい、総司はちょっと頬を赤らめた。
総司だって、キスされたり抱っこされたりされるのを、いやがってる訳ではないのだ。
もちろん、人前でされると恥ずかしい事は恥ずかしいが、でも、それだけ愛されてる──それもあんな格好よくて誰もがふり返るほどいい男に、溺愛されてることを、すごくすごく実感できるのだから。
ちょっと嬉しいなって、思っていてたりもして……。
(だって……やっぱり、土方さんのことだい好きだものね♪)
そう思いながら、総司は歩みよってくる土方を見上げた。
そして。
にっこりと可愛らしく笑ってみせた。
大きな瞳をうるうるっとさせ、つやつや桜色の唇はキスを求めるように微かに開いて。
ベッドの上に、細い足を投げ出すように坐り込んだまま。
お誘いポーズの、艶めかしい上目づかいで。
「…………」
とたん、土方はウッともグッとも何ともつかぬ呻き声をあげた。片手で口許をおおい、慌てて目をそらす。
いったい何が原因なのか知らないが。
突然、可憐な白猫ちゃんから、お色気たっぷり黒猫ちゃんに変化してしまった恋人に、彼らしくもなく焦ってしまった。
こんな処でその気になっちまったら大変だとばかりに、深呼吸をくり返す。
それに、総司は小首をかしげた。さらりと髪がゆれる。
「? 土方さん……?」
その不思議そうな表情さえも、たまらなく可愛くて、艶めかしくて。
(……すげぇ可愛い)
くらくら目眩するような心境のまま、土方は思った。
(この場で今すぐ押し倒してやりてぇ。ちょうどベッドもあるし)
なまじ、先ほどそのベッドで総司を抱きしめたのが尚更いけなかった。あの時この手にふれたすべすべした肌の感触や、甘い匂いがまざまざと蘇ってくる。
土方は無言のままベッドに歩み寄り、その細い肩に手をかけた。
だが、目を閉じて、またスーハー深呼吸をくり返すと、今度は総司の可愛い顔をじっと見つめた。
それに、総司がきょとんとした表情で見返す。
「どうしたの?」
「……いや、ベッドから降りた方がいいだろ」
「え、あ……はい」
総司は素直に頷き、ベッドから降りた。もうあの艶っぽい表情は消えうせ、いつもどおりの可愛らしさで、とんとんっとスニーカーを履いている。
それにちょっとほっとしつつ、土方は店員の方へ戻っていこうとした。
とたん、総司が後ろから土方の腕に抱きついてきた。すりすりっと甘えるように頬をすり寄せた。
「そ、総司?」
驚いてふり返った土方にむけられた、可愛らしい笑顔。
「土方さん、だぁい好き」
「……あ、あぁ」
なるたけ平然と頷いた土方に、総司は甘ったるい声で云った。
可愛らしく。
そして。
狼さんがノックアウトされること間違いなしの、艶めかしさで。
「あのね、ベッドなんだけど、ぼくも広い方がいいです。だって、広かったら、土方さん、ぼくのこといっぱい可愛がって気持ちよくしてくれるでしょ?」
「…………」
「ね♪」
──その瞬間。
男の胸内で、この超可愛くて無自覚な(これだから始末におけない)小悪魔黒猫ちゃん本日のご予定が、「某ホテルでご休憩」に決定されてしまったのは、ごくごく当然のことだった……。
ちなみに、結局、土方が購入したものは。
フ○ンスベッドの、その名も「こんにゃくマット」という代物がついたベッドだった。
以下、店員のセールストーク。
「こちらは、新しい素材こんにゃくゼルを使用しましたマットレスでございまして、腰や肩への負担がとても少なく、また今までにない抜群のフィット感でございます。どんな姿勢をとられましても、しっかりと受け止めますので……」
「どんな姿勢も?」
「はい」
「それは、どういう事をしてもか?」
「……は?」
店員は一瞬、いったい何の事でございましょう?と云いたげな顔で、土方を凝視した。
しばらく、両者の間に沈黙が落ちる。
だが、さすが。
わたくし、ベッドを売りましてかれこれ20年のベテラン店員!
すぐさま土方の云わん事を察知した店員は、きらりーんと目を光らせた。
「えぇ!」
店員は力強く頷き、力説した。
「それはもう! どのようにアクロバット的な事をなされましても、このマットレスなら大丈夫でございます。わたくし、自信をもって保証させて頂きます」
「よし、買った」
「ありがとうございます! では、こちらへ」
いそいそと案内する店員と、満足げに歩いてゆく土方を見送りながら、総司は不思議そうに呟いたのだった。
「……アクロバット的? 何の事だろ」
知らぬが仏という言葉もあるが。
この世には、知らぬ方が幸せという事があるのも、また真実なのであった。
後日、土方と総司のらぶらぶ愛の巣に運ばれてきた「こんにゃくマットレス」は、日々、二人のアクロバットプレイならぬ熱く激しい愛の行為によって、その性能を確かめられた訳だが。
それは、また別の話ということで……
[あとがき]
SSのつもりが、どんどん長くなっていったお話です。どこから見てもバカップル話。わははっと笑って楽しんで頂ければ、幸いに存じ上げます。でも、この二人の場合、ひろーいベッドは必須アイテムでございましょう。とびきり、丈夫なマットレスもね。ちなみに、こんにゃくベッドは実在するものです。
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