「……うーん」
 総司は腕を組んで唸り、目の前にあるものをじーっと睨みつけた。
 が、睨んだからと云って消えるものではない。
 むしろ、より存在をアピールしていた。
「やっぱり、恥ずかしいものがあるし……うーん、どうすればいいのかなぁ」
 はあっとため息をついた時、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
 驚いて見上げると、時計はもう1時! 昼間に少しだけ時間があいたからと、土方が寄ってくれる約束になっていたのだ。
「わっ、隠さなくちゃ」
 慌てて総司はそれをぽいぽいっと袋に放り込み、まとめてベッドの下に押し込んだ。そして、辺りをチェックするため見回していると、もう一度呼び鈴が鳴らされる。
「はいはいはーい!」
 慌てて玄関へ向かう総司の頭の中は、恋人との逢瀬よりその実、先ほどのモノのことでいっぱいだった。

 

 

 
 珈琲を飲む手をとめ、土方は「え?」と固まった。
 その前には、総司がお気にいりのバニラティーの入った紅茶のカップを両手でかかえ、申し訳なさそうに目を伏せている。
「……ちょっと待てよ」
 知らず知らずのうちに声が低くなってしまった。それに、総司がびくんっと躯を震わせた。それが可愛らしく怯える子兎みたいで、土方は強い保護欲をかきたてられた。すぐさま抱きしめキスしたくなるが、今はそんな事を云ってる場合ではない。
「おまえ、今、何て云った……?」
「だから……その、引越しを延期したいなぁと」
「延期って、どうして」
「……あの……」
「卒業式の翌々週にって決めてたじゃねぇか。それも、変更二回めだぞ。どんどん伸びてってる気もするし……」
 そう呟いてから、土方はまさかと眉を顰めた。
 不愉快極まりない想像に、珈琲で胸やけしてしまいそうだ。
「おまえ、今になって同居は嫌だとごねるんじゃねぇだろうな」
「え、そ……そんなことは……っ」
 慌てて総司はぶんぶん首をふったが、その狼狽した様子がまた怪しい。疑惑にみちた視線でじーっと眺めてから、土方はため息をついた。
「……まぁいい」
「え」
「とにかく変更だと業者に連絡しておくから……で? いつだったらいいんだ」
「……未定です」
「は?」
 土方は思わず聞き返した。が、次の瞬間、総司の言葉の意味がわかると、さすがの彼もカァッと頭に血がのぼってしまった。いわゆるブチ切れるという奴だ。
「おまえ、いい加減にしろッ!」
 バンッとテーブルを叩き、立ち上がった。
 大きく目を見開いている総司の方へ歩み寄り、その腕を掴んで引き寄せる。が、すぐに、怯えきった顔で、うるうる目を潤ませながら見上げる総司に、がっくり脱力してしまった。
(……俺だって、こんな言い争いしたくねぇのに)
 その場に膝をつき嘆息する土方に、総司は不安そうな声で訊ねてきた。
「土方さん、怒った?」
「……怒れるものなら、怒りてぇよ」
「? とにかく、怒ってないんですね。よかった……でも、ごめんなさい」
「謝るぐらいなら、こっちの気持ちも考えてくれ」
「悪いとは思うんですけど……でも……だって……」
 総司は俯き、きゅっと唇を噛んだ。
「やっぱり一緒に暮らすとなると……いろいろ不安があって……」
「不安? それは俺も同じだろうが、けど、それでも一緒にいたいと思ったから、同居すると決めたんだろ」
「いえ、そのメンタルな部分じゃなくて、もっと実生活的な……その……」
「? 悪い。意味わからねぇんだが」
 眉を顰めた土方に、総司は口ごもりながら言葉をつづけた。
「だから、一緒に暮らすってことはプライベート全部見せるって事でしょう? それが不安なんです」
「……おまえ、とんでもない隠し事でもあるのか?」
「そ、そうじゃなくて……っ、ほら、新婚旅行で歯の磨き方気に入らなくて成田離婚とか、聞くじゃないですか」
「心配しなくても、俺はおまえと絶対離婚する気はねぇよ」
「……」(何か論点がずれてる気がする)
 総司はちょっと絶句していたが、すぐに一生懸命言い返した。
「あの、結婚もしてないのに離婚できるはずないでしょ?」
「結婚したいのか?」
「そうじゃなくて!」
「外国ならOKだが、日本じゃ……あぁ、養子縁組って形で籍入れるか。俺のでいやだったら、ほら、姉さんとこに頼んでとか」
「だから、違うんですってば」
「指輪が欲しいのか? いくらでも買ってやるぜ。それともさっきの話から考えると、新婚旅行か。おまえの行きたい所ならどこでも……」
「だーかーら! ぼくの話を聞いて下さいーっ!」
 ──結局。
 引越し延期はなかった事にされ、総司の不安とやらも結婚という言葉で完全に舞い上がってしまった土方に、うやむやにされてしまったのだった……。(ある意味男の作戦勝ちか)

 

 

 
 で、卒業式の日。
 桜舞う〜はまだ早いが、梅の香りも清々しい青空の下、総司は高校卒業の日を迎えていた。
 きちんと証書を受け取り、にこにこしながら藤堂たちと一緒に記念写真をとりあう。初めて逢った藤堂のご両親にも挨拶し、先生やクラスメイトと名残を惜しんで──
 ごくごく普通の卒業式を味わっていた最中、周囲が不意にざわっとなるのを感じた。
「……?」
 ある予感を覚えてふり返った総司の傍で、藤堂がかちーんっと硬直した。
「……あ、土方さん」
 たくさんの保護者や生徒たち(とくに女性たち)から熱い視線をあびながら、土方がこちらへ歩いてくる処だった。仕事帰りのため一分の隙もないスーツ姿で、その腕には見事な薔薇の花束を抱えていた。
 さらりと整えられた艶やかな黒髪に、濡れたような漆黒の瞳。総司を見つけた瞬間、形のよい唇に微かな笑みがうかべて。上質のダークスーツに純白の薔薇が映え、まるで映画のワンシーンのようだった。
 その端正な姿に、誰もが思わずふり返っている。が、それを全く意に介さずまっすぐ歩いてくると、土方は総司の前で立ちどまった。
 優しく微笑みながら、薔薇の花束をさし出した。
「卒業おめでとう」
 深みのあるいい声でそう囁かれ、総司は思わず頬を紅潮させた。
 まさか、来てくれるなんて思ってもいなかったのだ。この頃、忙しいと聞いていたのに。
「ありがとうございます」
 花束を受け取ると、ふわっと甘い芳香が総司の躯を包みこんだ。
 嬉しくて幸せで、思わず薔薇の中に顔をうずめた。それを見つめ、少し申し訳なさそうに土方が云った。
「すまなかった。式に間に合わなかったな」
「ううん。来てくれただけで嬉しいです」
「そうか。この後、予定あるのか?」
「ぼくの家で平助とお祝いしようかと思ってたんですけど……土方さん、どこかへ連れていってくれるの?」
「まぁな」
 そう答えながら、土方は視線をちらりと藤堂の方へ流した。
 ぎくっと藤堂が首をすくめる。無言のまま切れの長い目でじーっと見据えられ、慌ててぶんぶん両手をふった。
「い、いえ! その、又の機会にってことで……」
「え? でも、いいの? 平助、さっき楽しみだって」
「いや、別に今日じゃなくてもっ」
「ふうん。じゃあ、ごめんね。今度ちゃんと埋め合わせするから」
 総司はにっこりと藤堂に笑いかけた。それに引きつった笑顔を返しながら、藤堂はこくこく頷いてみせた。
「行くぞ」
 荷物をさっさと奪い取り、土方は踵を返した。それを慌てて追いながら、総司は「じゃあ、またねー!」と藤堂やクラスメイトたちに手をふった。
 それを見送り「……助かった」と、しみじみ安堵の吐息をもらした藤堂なのだった。

 

 

 
 制服姿じゃまずいからと、ブティックで服を買ってもらって。
 とってもおいしい贅沢なランチを御馳走してもらって。
 あちこち行きたいお店や、綺麗な公園を歩いたりして。
 確かに、すっごく楽しいらぶらぶデートだったのだ。
 ──途中までは。
「卒業祝いがまだだったな」
 公園を歩きながら、土方が云った。
 さわさわと春の風が、彼の艶やかな黒髪を柔らかくかき乱してゆく。土方はそれをしなやかな指さきでかきあげ、僅かに目を細めた。
 公園の緑をバックに映える男らしい端正な横顔、すらりとした長身の躯つき。
 ちょっとした仕草さえすごく格好よくて、総司は自分の彼氏に今更だが、思わずぽーっと見とれてしまった。
 それに気づいた土方が、かるく小首をかしげた。
「? 総司?」
「あ……は、はい」
「おまえ、俺の話を聞いていたか」
「え、あ、もちろん。ちゃんと聞いてました……でも」
 総司は慌てて、小さく首をふった。
「そんなのいいですよ。お祝いなんて、今日の御馳走で十分です」
「けど、おまえ全然自分のしたいことや、欲しいもの云わねぇし。こういう時ぐらい、ねだったりしてくれよ」
「……ねだってもいいんですか」
 大きな瞳で見上げた総司に、土方は頷いた。
 手をのばし、くしゃっと髪をかきあげてくれる。
「あぁ、もちろんだ」
「じゃあ……じゃあね」
 両手を握りしめた。
 ちょっと躊躇いはしたが、思いきって云ってしまう。
「同居しても寝室、別にして下さい」
「……は?」
「鍵つきの自分の部屋が欲しいんです」
「ちょっと待て」
 土方は立ち止まり、総司をまっすぐ見つめてきた。肩を掴んで向き直らされる。
 黒い瞳が困惑と怒りをうかべ、じっと覗きこんだ。
「家庭内別居って奴か? それも鍵付きの部屋で?」
「か、家庭内別居って……」
「そういう意味だろうが! おまえ、そんっなに俺と一緒に住むのが嫌なのかよっ」
「嫌じゃないけど……」
「けど、何だ」
「ぼくもプライベートが欲しいんです。土方さんには知られたくない事だってあるし」
「やっぱり隠し事がある訳か!」
「隠し事とかじゃなくて、誰でもそうじゃないんですか? 誰だって、一つや二つあるでしょう?」
「俺はねぇよ」
「嘘!」
「嘘じゃない」
「絶対、嘘! あるに決まってるんだからっ」
 そう叫ぶなり、総司はどんっと土方の躯を突き飛ばした。
 そして。
 驚いて「総司!」と叫ぶ男に背をむけ、一目散に走り出したのだった。

 

 

 
 ……またかよー!
 というのが、正直な土方の気持ちだった。
 いったい何度追いかけっこをすれば、気が済むのか。喧嘩して逃げられて追いかけて、それで仲直りして。
 だが、一応、彼も学習はしていた。総司はあぁして怒って逃げても、結局は彼が探しにきてくれるのを待っているのだ。今も、この広い公園のどこかのベンチでちょこんと腰かけ、じっと彼を待っているに違いない。
「……」
 土方はため息をつくと、ゆっくり歩き出した。
 だいたい、総司が何を不安に思っているのか、どうしてもわからないのだ。
 同居するのだって初めてではないのに。あの最悪だった日々、すれ違いながらも同じ部屋で暮らしていた。一緒に過ごしていたのだ。
(……いや、まさか……)
 突然あることに気づき、土方は思わず息を呑んだ。
 考えたくないことだが、総司はあの時のことが原因で同居を拒んでいたのだろうか。あの辛く苦しかった日々を、俺に酷い事をされつづけた日々を、思い出すのがいやで、だから……?
 どんどん暗い方向へ行ってしまいそうな思考に、土方は慌てて首をふった。
 冗談じゃない。
 確かにあの時のことは悔いているが、今も罪悪感を拭えないでいるが、それでも、俺は総司と一緒にいたいのだ。少しでも長く、総司と過ごしたい。だから、総司との同居を望んだのに、あいつもちゃんと受け入れてくれたはずだったのに──
「……今更、諦められるか」
 そう低く呟き、土方は足を早めた。が、すぐに木立の間にあるベンチに、少年の姿を見つけ、ほっと安堵の吐息をもらした。
 芝生を横切り歩み寄っていくと、総司が気づいて顔をあげた。大晦日の時と違ってぱっと立ち上がり、自分の方から走りよってくる。
 ゆるく広げた彼の腕の中に飛びこみ、ぎゅーっと抱きついた。男の胸もとに顔をうずめた。
「ごめんなさい……」
 小さな声で謝る総司の髪を、そっと撫でた。
「勝手に怒って逃げちゃって……ごめんなさい。怒ってる?」
「怒ってねぇよ。けど、まぁ、ちょっと俺も不安になったな」
「え」
「おまえが同居を嫌がったり、別室にしてくれという理由だ」
 土方は総司を抱きしめたまま、ゆっくりと言葉をつづけた。
「おまえ……あの時のことを思い出したくないからじゃねぇのか」
「あの時のこと……?」
「黒手団につかまり、俺に監禁されてた時のことだよ」
 彼の言葉に、総司はびっくりして顔をあげた。
 それを見下ろし、土方は僅かに眉を顰めた。
「あの時、俺と一緒に暮らして……すげぇ酷いめにあわされて。あれを思い出したくないから、だから、おまえは俺との同居を嫌がって……」
「違います!」
 慌てて、総司は叫んだ。
「そんなこと、考えたこともなかったし。それに、それに……今は同居を嫌がったりしてません」
「じゃあ、何で鍵つきの部屋なんだ」
「だから……土方さんに見られたくないことや、知られたくないことがあるんです。お願いだから、わかって下さいよ」
「……いったい何なんだ」
「答えるはずないでしょう」
「云えよ」
「いやです」
「云えって」
「絶対、やだ」
「なら、俺も鍵つきの部屋だとか家庭内別居なんか、絶対認めねぇ」
「じゃあ、同居はやめます」
「それは無理だ」
「無理ってどうして」
「……」
 訊ねた総司に、突然、土方は押し黙ってしまった。
 それに総司は訝しげな視線をむけた。
 いったい、何だっていうのだろう……?
 不審いっぱいでじーっと見つめると、土方は気まずそうに視線をそらした。
 そうして、しばらく何かを躊躇っていたが、やがてため息をついた。前髪をかきあげながら、男が何ごとかを低く呟く。それに総司は小首をかしげた。
「え?」
「……もうやっちまったんだ」
「? 何が?」
 不思議そうに小首をかしげた総司の方を、心配そうにちらちら見ながら、土方は答えた。
「……引越しだ」
「引越しって……え?」
「おまえの引越し、今日もう済ませちまったんだよ」
「済ませた、ぼくの引越し……って、え、え……ええぇぇっ!?」
 思わず総司は大声で叫んでしまった。
 いったい、この人は何を考えているのか。
 プライベートも何もあったもんじゃない。
 勝手に総司の荷物を運び出し、彼の家へ入れてしまうなんて。
 だいたい、引越しはさ来週って決まってたはずなのに……何で? どうして!?
「ど、どうして、そんな……っ」
 と云ったきり絶句していると、腹をくくったのか、土方はもの凄い勢いで喋り始めた。
「だから、あの調子じゃいつになったら引越しになるか、わからねぇだろ? さ来週って云ってても又延期になりそうだと思ってさ。それに、高校卒業しちまえば、あのマンションにいる必要もねぇし、大学なら俺の部屋の方が近いし。それで卒業式の日にやっちまえばいいと思って、その……」
「だから、勝手に引越し済ませちゃったって云うの!?」
「あぁ」
「土方さんの……ばかぁっ!!」
 大声で叫び、総司は持ってた鞄で彼の頭をはたき倒そうとした。が、反射神経抜群の彼だ。さっと避けられてしまい、ますますカーッと頭に血がのぼった。
 ずっとずっと悩んできたのに!
 そんなことされたら、ぼくの不安も何もかも全部おしまいじゃない!
 いったい、アレはどうなった訳? どうすればいい訳っ?
 土方さんのばかばかばかばか──っ!
「……っ」
 受験勉強の疲れもまだ取れぬうちに、この引越し騒ぎに関する悩み、今日の卒業式での緊張、挙句にこの顛末だ。
 ふうっと躯に力が入らなくなるのを、総司は感じた。
「……そ、総司?」
 突然、ぺたんと芝生の上に坐りこみ、しくしく泣き出した総司に、土方もさすがに慌てたようだった。
 スーツが汚れるのも構わず傍らに跪くと、おろおろしながら少年の顔を覗きこんだ。
「怒ったのか? まさか泣くなんて……ごめん! 本当に悪かった」
「土方さんのばかぁ……」
「すまない。反省してるんだ、許してくれ」
 端正なスーツ姿で、いかにもエリートサラリーマン風のいい男が、くすんくすん泣く少年を抱きしめ必死になって宥めすかしてる様子に、すぐ近くを通る人は不審そうな視線をむけていたが、そんなこと土方は全く目に入っていなかった。
 もっとも、総司の方はすぐに気づき、慌てて涙を手の甲でぬぐった。そして、顔をあげ、小さな声でもう一度確認した。
「……もう全部、運んじゃったの?」
「あぁ、この時間なら終わってるはずだ。島田に俺の官舎の鍵をわたして頼んだし」
「職権濫用」
「かな。けど、その分、今度の非番かわる約束になってるんだぜ」
「もう全部……運んじゃったんだ」
 総司はため息をついた。
 云っても仕方ない。もう覚悟決めるしかないのだ。でも。
「鍵付き自室」
「いや、それはちょっと……」
「あれだけの事したんです。拒否権ありませんよね?」
「う」
「土方さん、ねぇ、お願い」
 まだ涙でいっぱいのうるうる瞳でおねだりされ、土方は深くため息をついた。
 そして、己に言い聞かせるように、重々しく答えたのだった。
「……前向きに検討しよう」

 

 

 
 島田から鍵を返してもらい、扉を開けた。
 今日からここが二人の部屋だ。
「ただいま」
 いつもどおり小さく呟き、土方はさっさと部屋にあがった。スーツの上着を脱ぎながら、廊下からリビングへと入ってゆく。
 どこか緊張した面持ちでそれを追った総司は、すぐにがっくりした表情になった。
 どこにもダンボール箱一つない。
 そうでないかと危惧していたのだが、土方は完全おまかせパックでも頼んだらしく、総司の荷物は、新しく買っておいた箪笥やクローゼットに綺麗さっぱり仕舞いこまれていたのだ。
(……ううっ、最悪)
 思わずため息をついたが、総司はとりあえず隠しておけばいい──と思いなおした。
 ようは、この人に見つからなければいいのだから。
 うん! 絶対隠しとけば大丈夫。
 大丈夫だから、こんなに心配することも……
 ぎゅっと両手を握りしめて一人頷いた総司の後ろで、土方が「あれ?」と声をあげた。
 ふり返ると、僅かに眉を顰め、テーブルの上のメモを取り上げていた。
「業者からの伝言だな。クローゼット等内でなく、ベッド下にあったものなのでこちらへ分けておきました? 何だ、この袋……」
「きゃあああっ!」
 思わず総司は悲鳴をあげた。
 それにびっくりしたように顔をあげた土方の傍へもの凄い勢いで走りより、ばっとその袋を奪い取った。大慌てで後ろへ隠す。
「な、何でもありませんっ。何でもっ」
「……それ、何が入ってるんだ」
「だから、何でもありませんってば」
「それが何でもないって態度か。いいから、見せろ」
「やだ! やだやだ!」
「俺に隠し事なのか? だから、同居するの嫌がってたのか?」
 真剣な表情で問いかけてきた土方に、総司は大きく目を見開いた。
 慌てて首をふったが、彼はもう完全に誤解してしまっている。この袋の中身を何だと思ってるのかわからないが、それでも、土方がひどく傷ついた表情をしていることは確かだった。
 総司は一瞬きつく唇を噛むと、袋を前に抱えなおした。そして、袋の口を開け、中身の一つを取り出した。
「……?」
 訝しげな土方に、ソレをそっとさし出した。
「何だ、これ」
「見てのとおりのものです」
「わかるが……いったい……」
「全部、こういうものばかりです」
 総司はテーブルの上にソレらを幾つか並べた。
 つやつやリップクリームに、日焼けどめクリーム、保湿クリームとローション、泡だち抜群の洗顔石鹸──などなど。どれも女の子用の基礎化粧品だ。
 呆気にとられる土方の前で、総司はなめらかな頬を紅潮させた。
「だって……恥ずかしいじゃないですか。ぼく、男なのに、こういうの使ったりしてるのって」
「……」
「でも、やっぱり土方さんにさわってもらうから、綺麗にしておきたかったし。もちろん、お化粧なんかするの嫌ですよ! でも、肌ぐらい綺麗にしたいなぁって思って……土方さん?」
 突然、ぎゅーっと力強い腕で抱きすくめられ、総司はびっくりして目を丸くした。
 耳もとに、くっくっと喉奥で笑う男の声がふれた。
「……すげぇ可愛い」
「え?」
「俺のためにそんなことまでしてたなんて。今でも十分綺麗で可愛いのに……総司、おまえがほんっと可愛いくてたまらねぇよ」
「ほんと?」
 総司はほっとしたように吐息をもらした。
「可愛いって思ってくれるの? みっともない、男のくせに恥ずかしいって思わない?」
「思うものか。けど、そのために鍵付き自室なんて欲しがったのか?」
「うん……だって、やっぱり引くかなぁって。せっせとお手入れしてるとこなんか見たら、土方さんが眉を顰めると思っていたから」
「そこまで野暮じゃねぇよ。まぁ、さすがにパックなんかしてたら引いちまうが」
「そ、そんなことする訳ないでしょっ」
「だよなぁ。おまえ、肌すべすべして綺麗だし、唇にふれる感触もすげぇ気持ちいいし。パックなんかしなくても、今で十分だ。どこもかしこも、躯中全部舐めまわしてやりたいくらい、可愛くて綺麗だよ」
「わーわーわー! もうそれ以上、喋らないで!」
 とんでもなく恥ずかしいことを云う男に、総司は声をあげた。思わず両手をあげて、耳をふさぐ。とたん、抱えていた袋が床に落ちてしまった。
 ──ゴロンッ。
 袋から何かが転がり出た。その音が奇妙なくらい、部屋に大きく響いた。
 二人の視線がソレに向けられた。
「………」
「………」
 不気味な沈黙が落ちた。
 しばらくじーっとそれを凝視していた土方は跪くと、ソレを取り上げた。指さきで弄りまわし眺めてから、意味深な目つきで総司の方を見上げた。
 にやりと笑い、訊ねた。
「これ、なーんだ」
「……さ、さぁ」
「おまえ、知らねぇのか? 俺にはどう見ても、ローターって奴に見えるんだけどなぁ」
「だ、だだから、名前なんか知りませんっ。人から貰ったものだし」
「貰ったってどこで?」
「お店で」
「は?」
「この間、平助たちとカラオケに行ったら、そこいろいろ危ないお店とくっついてるとこらしくて、綺麗な女の人がいっぱい出てきてびっくりして」
「……おい。おまえ、まさか!」
 土方の顔色が変わった。
 慌ててローターを放り出すと、総司の肩を掴んでその可愛い顔を覗きこんだ。
「まさか、その女たちと……っ」
「え? あ……な、何を云ってるですか! そんな事する訳ないでしょうっ?」
 真っ赤になった顔で、総司はぶんぶん首をふった。
「全然違いますよ。だから、そのお店三周年記念とかで抽選やってたんです。で、ぼくが引いてみたら、こんなの当たっちゃって」
「ふうん」
「あ、信じてませんねっ。ほんとなんですから! ぼく、いらないって云ったのに、平助たちが土方さんに使ってもらったらいいとか、見せたら絶対に喜ばれるとか云って押し付けてきて、それで……」
 一生懸命、疑惑をはらすため喋りつづけていた総司は、はっと我に返った。慌てて口をつぐみ、おそるおそる土方の方を見たが、時すでに遅しだった。
 そのピンク色のローターを再び拾いあげて眺めながら、形のよい唇の端をつりあげている男。総司の方を見た黒い瞳はもう完全に雄のもので、どこから見ても超ヒートアップしてしまっていた。
「ふうん……使ってもらったらいい、ねぇ」
「え、あのっ……」
「ご期待にお応えしないとな。引越し祝いって奴で楽しませてもらうか」
「楽しむって、ぼく……っ」
 慌ててくるりと背をむけ逃げようとしたが、男の手の方が早かった。すばやく少年の体をすくいあげると、ひょいっと肩に担ぎ上げてしまう。
「わーっ、下ろして!」
「大丈夫だ、ベッドの上に下ろしてやるよ」
「土方さんっ、まだ昼間っ、夕方っ」
「よかったじゃねぇか、時間がたっぷりあって」
 必死に言いつのる総司に答えながら、土方はさっさと寝室へむかった。
 扉を開き、真ん中におかれたベッドへ総司の躯を下ろすと、すぐさまのしかかってきた。あちこちに口づけながら、衣服を脱がせてゆく。
 たちまち総司の躯から力が抜け、その桜色の唇から甘い喘ぎがもれた。
「やっ、んん……やだ……っ」
「可愛いな、総司。これからも、ずっと……可愛がってやるからな」
「あ、ん。ふっ……ぁあっ、あ……っ」
 総司はまだちょっと抗っていたが、優しい男の手に次第に従順になっていった。やがて、ゆっくりと白い両腕を上げ、柔らかく彼の首をかき抱いた。
 至近距離で見つめあい、そっと唇を重ねた。
 身も心もとろけるような、甘い甘いキス。
 これからの二人の生活を、幸せを、予感させるような──
「……だい好き、土方さん……」
 そう囁いた総司に、土方は一瞬驚いた顔をした。が、すぐに優しく微笑んだ。
 そっと柔らかな髪をかきあげ、額に瞼に頬に、キスをおとして。
 耳もとに唇をよせ、囁いてくれた。
「俺もだ。愛してるよ……総司」
「……愛してます」
 ずっとずっと。
 いつまでも。
 やっと一緒に過ごしていけるのだから。
 一緒に人生を歩んでゆけるのだから。
 これから先、色んなことがあるかもしれない。
 辛いことや、悲しいことも。
 それでも、あなたと一緒なら、どんなことでも乗りこえられる。
 一緒に生きてゆけると信じてるから。
 土方さん。 
 ずっと……傍にいてね。
 「……愛してる──」
 どちらともしれぬ囁きと吐息が、部屋をやわらかく満たした。
 そして。
 二人は、甘く優しいキスをしたのだった……。

 
 
     Congratulations!  It is happy forever!








 

[あとがき]
 ようやく同居です。おめでとうおめでとう♪
 しかし、土方さん、めちゃくちゃ。勝手に引越しさせちゃうわ、ローター見つけて大喜びしちゃうわ。もっとも、この日は未使用です。同居の最初の日にそんなのやだーっと泣かれれば、あの総司の涙にとことん弱い男のこと。出来るはずがございません。
 ちなみに藤堂さんが怯えてるのは、まだヤキ入れられてないからです。首洗って待ってろと脅しかけられ、びくびくしてる生殺し状態。そっちの方が怖いってねぇ。
 一応、この後、番外編なしでぼちぼち本編Uに入ります。ま、予定は未定。もしかすると間に何か入るかもしれませんけど。また読んでやって下さいね〜♪


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