その名もメルモちゃん?









 ピンポーン!
 と鳴ったベルの音に、斉藤は顔をあげた。
 久々の非番である。
 いつもの休日のごとく大切な大切なオーディオセットで、お気にいりのジャズに聞き入っていた斉藤は、正直なところ、出たくない!と思った。
「居留守を使うか」
 そう呟き、知らん顔でソファに身を沈め直す。
 だが、しかし。

 ピンポンピンポンピンポーン!!

 ピンポンラリーは永遠に果てしなくどこまでも続くのだ。これでは、とてもジャズの余韻など楽しめない。騒音問題だ。
「まったく、誰なんだ」
 ぶつぶつ呟きながら斉藤は億劫そうに立ち上がり、玄関へ出た。もう面倒なので、さっさと扉を開ける。
「……?」
 とたん、眉を顰めた。そこには誰もいなかったのだ。
「おかしいな……悪戯か」
 そう呟きながら、斉藤は扉を閉めようとした。とたん、足もとから甲高い声が叫ぶ。
「斉藤さん!ひどいっ!」
「……は?」
 見下ろすと、そこには何だかとっても可愛らしい幼稚園児がいた。
 どう見ても5才ぐらいか。
 つやつやした髪に、くりっとした瞳。ふっくらした丸い頬っぺた。
 小さな体にふわふわした白いセーターとズボンを履いた、まるで天使のように可愛らしい子どもだった。
「?」
 それに、斉藤は仕方なく身をかがめた。
「オレに何かご用かい?」
「用があるからベル押したに決まってるでしょう? ぼく、すっごく焦って必死にベル押してるのに、斉藤さんったらなかなか出てくれないんだもん! ひどすぎますっ」
 いきなり、子ども特有の甘くて高い声で一気にそうまくしたてられ、斉藤は呆気にとられた。
 何をどうしてこんなに怒っているのか。っていうより、この子は誰なんだ?
「……悪いけど、お兄さんにはよくわからないんだけど」
「何が?」
「だから、その、きみ……誰?」
 そう訊ねた斉藤に、子どもはまん丸い目でじいっと斉藤を見つめた。
 それから、ふっと視線をそらすと、子どもらしくない仕草で「あーあ」とため息をついて。
「やっぱりわかりませんよねぇ。それが普通ですものねぇ」
 などと、ぶつぶつ呟いている。
 斉藤が小首をかしげていると、子どもはこちらに視線を戻してきた。
 そして、云った。
「ぼく、総司ですよ」
「…………は?」
「だから、ぼくは沖田総司。土方さんの恋人の、総司です」
「あの、いや……その、きみ……」
 斉藤はまったく理解不可能な事をいってくる子どもに、聞き返した。
「いったい、何を云ってるんだい? きみが総司のはずがないだろう?」
「だって、実際そうなんだから仕方ないでしょ! 永倉さんから貰ったキャンデー食べたらこうなっちゃったんだから」
「キャンデー?」
「そうです。キャンデー食べたら、あっという間に幼稚園児! ぼくだってびっくりしてるんだもの」
「いや、オレもびっくりってか……そんなの信じられると思ってる訳?」
 不審そのものの表情で訊ねる斉藤に、総司と名乗る子どもは「そうですよねぇ」と頷いた。
 むぅっと眉間に皺をよせて悩んでから、ぽんっと手をあわせる。
「じゃ、これは? 斉藤さん、ぼくがつくったオムレツとおでんで、お腹こわしたでしょ。でもでも、すっごく失礼な話ですよね。ぼくが一生懸命つくったもの食べて、お腹こわすなんて。ま、土方さんにはプレーンオムレツと一般的なおでんを出したので、参考にはなりましたけど」
「へ?」
「それから、土方さんが昔遊んだ芸妓さんをとめる報酬に、オーディオ機器を要求したことも聞きましたよ。すっごく高いの。でも、それも結局阻止できなかったから、駄目になったとか? つめが甘いですよねぇ、斉藤さんって。あとね、斉藤さんはピーマンがだいっ嫌いだから、いつも箸でよりわけて、で、こないだなんかうちでご飯食べた時、ピーマンの肉詰め出してあげたら、悶絶しそうになっちゃって……」
「……わ、わかった。わかったよ」
 慌てて斉藤は遮った。
 もう信じるより他ない。というか、この子どもの表情も顔だちも仕草も、皆、総司だったのだ。長年恋してきた相手を、見誤るはずがなかろう。……まだちょっと信じられないが。
「とにかく、家に入って。話はそれからだ」
「じゃあ、お邪魔しまぁす♪」
 摩訶不思議なキャンデーのせいで5歳児になってしまった総司は、元気よく挨拶すると、とことこと部屋の中へ入っていったのだった。






「……で?」
「で? って」
「だから、キャンデーって何なんだ」
 ソファに腰かけ、斉藤は訊ねた。
 むかい側のソファにちょこんと坐った総司は、当然、床に足がとどかないため、小さな足をぶらぶらさせている。
「キャンデーって、どんなのを食べたんだ?」
「ふつうのキャンデーでしたよ。小さな丸いの。青とか赤とかあって、で、それ食べたら急に躯がちっちゃくなっちゃんです」
「……それ、何かのアニメで見たような……」
 斉藤は呟き、頭を抱えてしまった。
 いったい、何年前のアニメなのか。いやいや、何年前どころか、何十年前という話だろう。
 そーんな古いアニメを見た事がある斉藤は、即刻アニメおたくと評されてしまいそうだが、まぁそれは横においといて。
 とにかく。

(古すぎるだろー! 何でメ○モちゃんなんだよ)
(い、いや……そうじゃなくて、これ、ほんと現実なのか? マジで?)

 斉藤は、目の前で足をぶらぶらさせながらこっちを見ている総司を、じいっと凝視した。

(……か、可愛い)

 思わず、心の中でしみじみ呻いてしまった。
 総司だからと思うだけでなく、本気でめちゃくちゃ可愛いのだ。
 斉藤をじっと見上げるつぶらな瞳も、まぁるい頬っぺたも、ぷるんとした桜んぼのような唇も。CMに出てくる幼児モデルなどより数倍、いやいや百倍の愛くるしさだった。
 この可愛さは、ほとんど犯罪的ではあるまいか。

(犯罪……いやいや)

 慌てて斉藤は首をふった。
 真面目な話、このままでは犯罪になってしまうのだ。何しろ、この総司に片思いしている斉藤などは、完全に変質者扱いだろう。5歳児に恋愛なんて、どう考えても普通じゃなかった。
 しかしながら、それは総司の恋人であるあの男にも云えちゃうことで……
 そこまで考えた斉藤はガバッと顔をあげた。
「ちょっと待て」
「え?」
「あの人は? 土方さんはいったい何してるんだ。まっさきに知らせるべきだろうっていうか……何で、おまえ、オレのとこへ駆け込んでくるんだよ」
「だって、斉藤さんなら助けてくれると思ったんだもん。そうじゃないの?」
 総司は大きな瞳で斉藤を見つめ、愛らしい仕草で小首をちょこんとかしげてみせた。
 思わず、ぎゅーっと抱きしめたくなるほどの可愛さ炸裂だ!(……そろそろ、斉藤も限界を超え、混乱しかかっている)
 ばばばっと首筋まで染め、斉藤は慌てて視線をそらせた。
「そうはいっても、土方さんには知らせるべきだろ」
「でも、お仕事中だし」
「そんな場合か。緊急事態だぞ」
「そうかなぁ」
 ほやほや首をかしげる総司に、斉藤はとうとう切れた。
「呑気に云ってる場合じゃなくて、ほら、早く電話するんだ!」
 斉藤は電話の子機をとりあげると、総司へグイッとさし出した。が、総司はそれをふくふくした小さな手で受け取り、困りきった顔で電話と斉藤の顔を見比べる。
「あのう……」
「何だ?」
「この声でね、お電話して、土方さんが信じてくれると思いますか?」
「…………」
 それもそうだと、斉藤は今更ながらに気が付いた。
 目の前で見ても信じがたいものを、声だけで信用できるはずもないだろう。
「……」
 斉藤は無言で電話を取り戻すと、ピポパと土方の携帯電話の番号を押した。






 数十分後、土方はやってきた。
 電話をかけてたいして待つ間もなく、斉藤の部屋のインターホンが鳴り響き、今回の騒動の元である総司の恋人の土方がその場に現われたのだ。
 その迅速さにも驚かされたが、もっと斉藤が驚いたのは、土方の態度だった。
「……そうか」
 あらかたの話を聞き終わると、土方はおもむろに頷いた。それから、総司に歩みよると、手をのばす。小さな体をひょいっと抱き上げ、事もなげに云った。
「じゃあ、帰ろうか」
「え?」
 斉藤は目を見開いた。
「か、帰るって……部屋へ?」
「あたり前だろ」
「けど、じゃあ、いったいこれからどうするのです」
「さぁ、どうしようかな」
 そう云いながら、土方は総司のつやつやした髪をそっと撫でた。
「元に戻るなら、そりゃ戻って欲しいが、今のところ方策がねぇんだろ?」
「それはそうですが」
「じゃあ、ここであれこれ考えたって仕方ねぇよ」
 そう云ってから、土方は形のよい唇の端をつりあげ、どこか意味ありげな笑みをうかべた。
「まぁ、それにさ、このめちゃくちゃ可愛い小さな総司と、これから暮らしてゆくってのもいいし」
「って……土方さん、総司は五才ぐらいですよ! こ、こんな小さな子に手を出すなんてっ」
「……俺はそこまで変態じゃねぇよ」
 土方は形のよい眉を顰め、云い返した。それから、不意にふっと何を思いついたのか、悪戯っぽい笑みになる。
「そりゃ、こんなにも可愛い総司ものなぁ。斉藤、おまえが手だしたくなる気持ちもわかるぜ」
「なっ、な……っ」
「まぁ、俺だってキスぐらい、ついついしちまうよ。おまえの気持ちは理解できるって」
 そう云ってから、土方は有言実行とばかりに、なめらかな頬へちゅっと音をたててキスした。。
 斉藤が固まっていると、総司はキスをもっとねだるように、甘えた仕草で男の肩に細い両腕をするりとまわした。ふたりは見つめあい、今度は唇にキスしあっている。それも、甘ったるいディープキッスだ。

(こ、この人に常識なんて通用するはずなかったんだ……)

 めちゃくちゃ倒錯的な光景に、斉藤は頭の中がまっ白になるのを覚えた。何だか、さっきまで変質者だ犯罪だと悩んでた自分が、あほらしくなる。
 その場に突っ立っている斉藤を、土方は悪戯っぽい瞳でちらりと眺めた。それから、愛しい小さな躯をその腕に抱きなおした。もう用は終わりだとばかりに、さっさと部屋から出てゆこうとする。
 玄関口でふり返った土方は、ドアを開けてやった斉藤に「サンキュ」と笑いかけてから、こう云った。
「斉藤、俺はな」
「はい?」
「総司がな、小さくても前のままでも、構わねぇんだ。総司でさえあればいいのさ」
 そうきっぱり云いきった土方は、腕の中の幼い恋人を世にも稀な宝物のようにそっと大切に抱きかかえ、部屋を出ていった。
 それをしばらく見送っていた斉藤だったが、やがて、ドアに背を凭せ掛けると、
「……ったく、叶わないね」
 苦笑まじりに、そう呟いたのだった。











「──斉藤さん! 斉藤さん!」
 甘く澄んだ声とともにぺちぺちと頬をたたかれ、斉藤は目を開いた。
 天井が映る。
 それから、こちらを覗きこんでいる総司も。
 しかも、総司はいつもの総司だった。相変わらずとっても可愛らしいが、二十歳をこえた大学生の総司だ。
「……あ、れ?」
 斉藤は目を瞬いた。
 なんか、おかしい。というより、こっちが……現実? じゃあ、あれは夢?
「お疲れだったんですねぇ。もう皆ほとんど帰っちゃいましたよ」
「え……あ」
 斉藤がのろのろと身をおこすと、周囲を見回した。
 今日は土方の家で、珍しくも鍋パーティだったのだ。だが、もう全部片付いてしまい、さっきまでいた永倉や島田、近藤の姿はない。
「やっと起きたか」
 土方が捲っていたシャツの袖をおろしながら、こちらへ歩み寄ってきた。
 それに、斉藤は慌てて立ち上がった。
「す、すみません。後片付けも手伝わないで」
「いいさ。今日は客だからな」
 土方は肩をすくめるようにして笑うと、「しかし、よく寝てたなぁ」とからかうような口調で云った。
 それに、斉藤は「すみません」ともう一度頭を下げると、自分も帰り支度を始めた。何しろ、もう11時をまわっているのだ。人の家にあがりこんでる時間ではないだろう。
「じゃあ、そろそろオレも」
「あぁ、また明日な」
 手をあげる土方に頷いて、斉藤は玄関へむかった。総司が見送りに出てきてくれる。
 靴を履こうとした斉藤は、ふと玄関口の靴箱の上に置かれたものに気がついた。
 小さな箱だ。
「これは?」
 見慣れぬものに問いかけた斉藤に、総司はにっこり微笑んだ。
「これですか、貰い物です」
「貰い物?」
「えぇ。永倉さんがお土産に持ってきてくれたんです。とってもおいしいお菓子なんですって」
「……お菓子」
 思わず、斉藤は呟いてしまった。
 なんだか妙にまだ記憶に残っている夢を、まざまざと思い出してしまう。
 あの夢の中でも、総司は永倉に貰ったと云っていた……。

(ま、まさかな……)

 ちょっと冷や汗の斉藤に、総司は箱を開けてみせた。
 中から出てきたのは、小さな小瓶。
 それいっぱいに詰められた色とりどりの……キャンデー!!
「……っ!?」
 絶句し、目を見開いている斉藤に、総司はにっこり笑いかけた。
 瓶の蓋をあけて、一粒とりだす。
「ね、おいしそうでしょう?」
「……あ、あぁ」
「斉藤さんも食べます?」
「い、いや……オレは遠慮しておくよ」
「ふうん」
 頷いた総司は、手の中のキャンデーを見つめた。
 それを、斉藤は息をつめたまま見つめる。


 まさかまさかまさか!
 だが、しかし。
 永倉さんがくれたキャンデーって、ものすごい符号じゃないか?
 では、あの夢はもしかして正夢!?


「じゃあ、ぼく食べようかな」
「えっ!?」
 驚いて顔をあげた斉藤の前で、総司は可愛らしく笑った。
 そして。
「そ、総司! 待っ……!!」
 慌ててとめようとした斉藤の前で、総司は、そのキャンデーを、ぽいっと口の中へ放り込んだのだった……。





    さてさて。
    これは夢? それとも現実?