「かくれんぼの恋V」と「かくれんぼの恋W」の間の頃のお話です。







 久しぶりの非番だった。
 しつこいようだが、本当に本当に久しぶりにとれた非番だったのだ。
 なのに。


「ごめんなさい。このレポート提出、明日なんです」


 という一言とともに、愛する可愛い恋人はさっさと部屋へこもってしまったのだ。
 部屋といっても、それは土方の書斎である。
 だが、そこを総司は最近、勉強部屋として使っているようだった。
 別にそれは構わない。二人で暮らしているのだから、様々な共有は大切な事だろう。
 だが、しかしだ!
「……総司」
 30分ほど我慢した挙げ句、書斎に入った土方はデスクに向かう総司の後ろから手元を覗き込んだ。
 パソコンに入力された内容は、どう見てもまだまだかかりそうだ。
「休憩しないか?」
 そう訊ねた土方に、総司はふり返る事もなく云った。
「まだ30分しかたってないんですよ。駄目」
「……」
 土方はしばらくそこに立っていたが、総司が知らん顔でせっせとレポート制作に没頭する姿に、だんだん面白くなくなってきた。
 ふと、悪戯心がわきおこった。


 手をのばし、そっと柔らかな髪を指にからめてみた。
 だが、知らん顔。
 指さきで、首筋をすっと撫であげてみた。
 ちょっとだけ肩をすくめる。
 身をかがめ、唇で甘く耳朶を甘咬みした。
 びくびくっと躯が震えて──


「いい加減にして下さいッ!」
 ばんっという音とともに、総司がふり返った。慌てて両手をあげた土方を見上げ、ぷんすか怒りながら叫ぶ。
「どうして、こんなに邪魔ばかりするんですかっ」
「けどさ……」
「子供じゃないんだから、一人で遊んでて下さい!」
 びしっと総司が指さしたのは、書斎の外。
 そのままくるりと背を向けると、またパソコンにむかってしまった。
 そのあまりにも冷たい恋人の態度に、土方はぐさりと胸が痛くなる気がしたが、黙っていた。仕方なく部屋を出てゆく。
 扉を閉める時に見てみたが、本当に怒ったのか、総司はふり返ってもくれなかった。
「……あーあ、つまらねぇ」
 土方はリビングに戻ると、ラグマットの上にごろりと横になった。テレビをつけてみたが、どれも面白くないものばかりだ。
 せっかくの休みだというのに、一緒にいれないなんて。
 いや、一緒にいることはいるのだが、全く相手して貰えないなんて。
 だが、ふと、こんなふうに怒ってる自分が、拗ねてる子供のようだと彼は思った。クッションを抱え込みながら、眉を顰める。
「俺は……拗ねてなんかいねぇよ」
 一人、誰にむかって抗弁するのか呟いた。だが、そのくせ拗ねた子供のように身を丸めると、土方は目を閉じた。
 とたん、猛烈な眠気が襲ってくる。
 おそらく日頃の疲れのためだろう。
 そのまま、土方はすやすやと心地よい眠りの中へ落ちていった……。








「……土方さん、土方さん」
 優しい手が彼の肩を揺さぶっていた。
 時折、そっと髪を頬を細い指さきが撫でてくれる。
「こんな所で寝てたら風邪ひいちゃいますよ。ね、お茶入れたから、起きて下さい」
「……ん……」
 土方はごろんと寝転がり、薄く目を開いた。
 だが、すぐ眩しそうに目を細めてしまう。視界がぼんやりしていて、頭の中も霞んでいる。
 掠れた声で訊ねた。
「今……何時だ?」
「4時です。少し遅くなったけど、お茶にしましょう」
「ん……」
「ほら、起きて」
 土方はため息をつき、のろのろと躯を起こした。中途半端に眠ったせいか、躯中が気怠い。
 乱れた黒髪を片手でかきあげ、軽く頭をふった。
「俺は……眠っていたのか」
「えぇ、ぐっすり。ぼくが出てきてお茶入れてもキッチンでばたばたしても、全然起きずにくうくう眠ってましたよ」
 総司は可愛い笑顔で、そう答えた。
 それをぼんやり見ているうちに、だんだん先ほどの出来事を思い出してくる。
「──」
 とたん、ぐっと眉間に皺が寄った。
 総司が小首をかしげ、土方の顔を覗き込んだ。
「土方さん? どうしたの?」
「……放っておけばいいだろ」
「え?」
「大事なレポート仕上げてこいよ。俺は好き勝手してるから」
「え、あぁ、終わりましたよ。だから、出てきたんです。そうしたら、寝てるから……」
「そんなの俺の勝手じゃねぇか」
 土方は低い、いかにも不機嫌そうな口調で云った。
「何で、おまえがレポート終わったからって、今度は相手しなきゃならねぇんだ? さっき邪険に追い払ったのはおまえの方だろうが。俺はおまえの都合にふり回されるなんざ、御免だ」
「土方さん……」
 総司はびっくりしたように、土方を見つめた。
 だが、それを見返すこともなく、土方はまたごろりと横になってしまった。腕枕をし、目を閉じてしまう。
 しばらくの間、総司はそこに坐って彼を見ているようだった。
 あれだけ云われれば、総司も怒るだろう。
 また喧嘩になるかもしれないなどと、寝起きの回ってない頭で土方は考えた。
 その時だった。
 突然、総司がくすくす笑い出したのだ。
 驚いて目を開き、ふり返ると、総司は楽しそうに笑っている。
 それを、土方は呆然と見つめた。
「何……笑ってるんだ」
「だって……っ」
「笑う事じゃねぇだろ? ふつう、怒るんじゃねぇのか」
「だって……だって、土方さん、子供みたいなんだもの」
「──」
 ますます不機嫌になってしまった男の様子に、総司は慌てて笑いをおさめた。が、手をのばすと、そっと土方の頬にふれた。
「あなたがね……」
 総司は優しく微笑んだ。
「子供みたいに見えたんです。でも、怒らないで。ぼくはそれが嬉しいんだから」
「嬉しい……?」
「いつも大人びてるあなたが、そんな姿見せてくれるの、ぼくにだけでしょ? 子供みたいに怒ったり拗ねたりしてる土方さんなんて、他の誰も見たことないはずだもの」
「……こんな処、他の奴に見せれるかよ」
「だから、ね?」
 総司は細い両腕で土方の首をかき抱き、囁いた。
「すごく嬉しいんです。本当に、ぼくは土方さんの特別だなぁって実感できて」
「特別に決まってるじゃねぇか」
「ありがとう……それから、ごめんなさい」
 小さな声で総司は云った。躯を起こし、見つめあう。
「せっかくのお休みを台無しにして、ごめんなさい。あなたに淋しい思いをさせました」
「……謝ることねぇよ。いつも淋しい思いをさせてるのは、俺の方だ」
「それでも、ごめんなさい。お詫びに何でも土方さんの好きな物作りますね」
「何でも?」
 土方は小首をかしげ、しばらく考えこんでいた。
 が、やがて顔をあげると、悪戯っぽい瞳で総司を覗き込んだ。
「本当に何でも食わせてくれるか?」
「もちろん」
「じゃあ、おまえ」
「え? ちょっ……」
 呆気にとられる総司の躯が、ふわりと抱きあげられた。我に返った時にはもう、さっさと寝室へ運ばれてゆく真っ最中だ。
 総司は慌てて両手足をばたばたさせた。
「ま、待って! お茶……っ」
「そんなもの後だ」
「だって、やっ…あ、んっ」
「ほら、おまえだって欲しいんだろ?」
 濡れた黒い瞳で覗き込み、土方は訊ねてきた。
 それに、総司は頬を紅潮させた。一瞬だけ躊躇ってから、こくんと小さく頷く。
 だが、すぐに恥ずかしそうに男の胸もとに顔をうずめてしまった。
 土方は満足そうに喉を鳴らして笑うと、総司の躯を抱きしめた。
「……いい子だ」
 男の低い声が耳もとにふれるのを感じながら、総司は思った。


 子供は、どっちなのかな?
 でも、本当はどっちでもいいから。
 拗ねてる土方さんもいいけど、こういう強引な土方さんも大好きだから。


 ようやくとれた非番の休日。
 恋人たちの甘く熱い時間は、これからだった……。