「……うっ、英語苦手なんです」
「だから、勉強するんだろうが」
 呆れたように土方はそれを見下ろした。
 往生際の悪い奴だと言わんばかりの表情だ。それを総司はうらめしげに見上げた。


 今日、久しぶりの非番だからと部屋へ来てくれた彼氏は、いきなりこう訊ねてきたのだ。


「ところで、おまえ、受験勉強の方は?」


 総司は高校三年生だった。
 受験を控え、猛勉強しないと駄目な時期だ。
 模試の結果などを見ると、ほぼ高得点なので、とりあえず志望校には合格しそうなのだが、英語がどうも苦手のようだった。その辺りが総司のアキレス腱ってところだろうか。


「だって、よくわからないんだもの」
「あんなの慣れだ。やってれば喋られるようになるし読めるようになる」
「少しはできるんですよ」
「当たり前だ。でなきゃ、国公立なんか受験できるか」
 そう言ってから、土方はとんとんと指の背で問題集を叩いた。
「ほら、この長文読解やる」
「これ……苦手なんです」
「英語なら、どれもこれも苦手じゃねぇか」
「だってぇ」
「内容ぐらいわかるだろ?」
「バカにしないで下さい。これは、えっと……チャップリンについて書いた文章です。でも、めちゃくちゃ長い」
「文句言わず、さっさと解く。あとでちゃんと見てやるから」
 ぴしゃりと言った土方に、総司は唇を尖らせた。
「偉そうに言いますけどね」
「あぁ?」
「じゃあ、土方さんは英語できるんですか? 喋れるの?」
「Of course, it is regulations to can the talk. If it can speak neither English, German nor French, the career is useless」
「えっ、えぇっ?」
 いきなり凄い流暢な英語をだだだーっと喋られ、総司は目を丸くした。
 ぽかんと口をあけてしまった総司に、土方は苦笑した。手をのばし、こつんと頭を叩いてくる。
「意味、わかったか?」
「あ、だいたい……は、そっか。キャリアって、英語だけじゃなくドイツ語もフランス語もできなきゃ駄目なんだぁ」
「研修で行く事多いしな、国際犯罪とかもあるだろ」
「でも、すっごい流暢。まるであっちの人みたい」
「これぐらいじゃ駄目さ。斉藤なんか、ドイツ語ほんとにぺらぺらだぞ」
「ふうん」
「ほら、わかったら……Solve this comprehension early. Tidy reward later. Have you understood?」
「わ、わかりました。でも……ご褒美って何?」
「さぁ、何でしょう」
 くすくす笑いながら、土方はほらと問題集を差し出してきた。仕方なく総司はそれを受け取り、うんうん唸りながら考え始める。
 それを頬杖ついて眺めながら、土方は思った。


 ご褒美?
 そんなもの、おまえが欲しがるものなら、何でもくれてやるさ。
 おまえの望みなら、何だって叶えてやる。
 本当は国公立なんか行くなと、近くて便利な私立にしておけと言ってやりたいが。学費を出す俺を気づかい、わざと国公立を狙ったことだって知ってる。
 けど、それでも、おまえが心から望むことなら仕方なかった。
 おまえの望みだったら、何だって叶えてやりたいから。


 土方は組んでいた足を組み直し、考えた。


 まずは、これが解けたら──そうだな。
 こっそり買ってきて冷蔵庫に入れておいたケーキでも食わせてやるか。
 それから、今日の勉強が終わったら外へ連れ出して、何でも御馳走してやろう。
 もちろん、合格した暁には、何か買ってやって、それから……


 えんえんと総司を甘やかすご褒美を考え続ける土方の前で、総司は問題集をときながら、ふと顔をあげた。
 目があうと、にこっと可愛く笑ってみせる。
 それに土方も思わず微笑み返した。ついでに身をのり出し、テーブル越しに甘くて柔らかいキスをしてやると、ぱっと総司の顔が赤くなった。
「もう、土方さんったら」
 なめらかな頬を紅潮させて上目使いに睨んでくる総司が、もう可愛くてたまらない。
 めちゃくちゃキスしまくって、今すぐ押し倒し、その甘い躯を思う存分味わいたくなる可愛さだった。だが、そこは大人の理性でぐっと踏みとどまった。
 今日は勉強させるために来たんだ。 
 こいつは受験生。勉強が第一だ。


 我慢しろ、俺。
 いや、もちろん受験が終わった暁には、その分しっかり……。


 今度は我慢した自分へのご褒美──というより、総司との甘い妄想に浸り始めた土方を、総司はじーっと見つめた。それから、「出来ました」と問題集を差し出す。
 土方は慌てて頷き、それを受け取った。僅かに眉を顰め、その長い英文を読解してゆく。
 それを今度は総司が頬杖ついて眺めながら、甘えるような声で言った。
「ご褒美、この問題集ができたら下さいね」
「あ、あぁ……もちろん」
「土方さん、ぼくが何が欲しいかわかってる?」
「え?」
「あのね」
 総司はちょっと潤んだ瞳で土方を見あげた。テーブルに手をつき、身をのり出す。
 耳もとに桜色の唇を寄せ、そっと囁きかけた。
「ぼく……あなたが欲しいんです」
「……」
 次の瞬間。
 男の理性は、ものの見事にぶちっと切れ飛んだ。
 その後、部屋に響いたのは、ガターンッと椅子が倒れる音と、甘やかな声に二人の息使いで。
 もちろん、その日のお勉強が全くだめになってしまったのは言うまでもないことだった……。

 

 

 

[あとがき]
 総司〜、勉強しないとまずいって。英語の勉強嫌さに土方さん誘う総司も総司なら、それにあっさりひっかかってしまう土方さんも土方さん。ぜんぜーん、我慢してないじゃんって。ほんと、これで合格するんですかねぇぇ。皆様もそう思われません? あ、英語は翻訳サイト様で調べさせて頂きました。


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