「かくれんぼの恋VとWの間の頃のお話です。
子供たちの歓声が響く公園。
1月も半ばの日曜日。昼下がり。
珍しく天気のよい今日、公園は楽しそうな家族づればかりだ。
その広い公園内を、土方は足早に歩いていた。
普通のスーツ姿のため、ごく一般的なサラリーマンにしか見えない。
傍を歩くいつものメンバー、永倉、斉藤、島田も同じくで、少し足早であることを除けば、それほどおかしな光景でもなかったのだ。
その時までは。
「……中央広場で何かイベントやってるみたいですね」
「あぁ」
見れば、すれ違う親子連れの子供は皆、色とりどりの風船をもっている。
ふわふわした鮮やかな色が青空と緑に映え、平和だなぁ〜と思わせる光景だった。難しい顔で事件現場に向かう自分達が一瞬ばかばかしくなる。
が、すぐに気をとりなおし、土方たちはその中央広場を突っ切ろうと歩き出した。
子供たちがたくさん、踊ったり笑ったりしている。
その真ん中で、動物の気ぐるみをきた者たちが風船をせっせと配っていた。うさぎやゾウ、猫や犬もいる。
「大変そうだなぁ……大学生のバイトかな」
「だろうな」
「総司くんにはバイトさせてないんだろ?」
そう訊ねてきた永倉に、土方は黙然と頷いた。
当然のことだった。
ただでさえ学費の安い国立大学に行ったのに、この上、バイトなどとんでもない話なのだ。
いや、例の原田のカフェでまた働いてはいるが、それ以外は厳禁だった。
いろいろ総司も不満がありそうだったのだが、また変なバイトにでも手を出されたら大変と押し切ったのだ。何しろ、総司には前科があるのだ。
(ちょっと目を離したら、とんでもねぇことしやがるから……)
そう思いながら、土方はため息をついた。
永倉は面白そうに着ぐるみたちを眺めている。
それを促し、足を速めようとした土方は、突然、ぴたっと立ち止まってしまった。
「? 土方さん?」
不思議そうに呼びかけてくる彼らに答えることもなく、その黒い瞳でじーっとあるものだけを見つめている。
その視線の先には──うさぎがいた。
一際身軽にぴょんぴょん歩いて(跳ねて?)子供たちに風船をくばっているピンクうさぎ。
「土方さぁーん」
永倉はけらけら笑って、彼の肩をぽんぽんっと叩いた。
「いくらピンク色のうさぎだからって、あんた、クリスマスの時のことでも思い出したのかい? まだまだ若いねぇ」
「……」
「え?」
「……歩き方」
「へ?」
ぼそりと呟いた男の声に、彼らはみんな首をかしげた。
とたん、もの凄い勢いで土方はそのピンクうさぎにむかって歩き出した。
それに彼らは苦笑し、呆れた。
「おいおい」
「うさぎの格好をしてれば、どれも総司に見えちゃうんですか」
「土方さんも相当いかれてるなぁ」
ところが!
「!?」
こちらへ向かってくる土方に気づいた瞬間、ピンクうさぎはぴょんっと飛び跳ねた。
そして、風船をもったままくるりと背をむけると、慌てて反対方向へすたこらさっさっと逃げ出したのだ。
「……え」
彼らが驚き呆然と眺めているうちに、土方はそのピンクうさぎに追いついた。何か云ったかと思うと、ひょいっと肩に担ぎあげてしまう。
とたん、ごろんと落ちた着ぐるみうさぎの頭。
「あ──っ!」
思わず、彼らはいっせいに叫んだ。
うさぎの着ぐるみ頭をかぶっていたせいか、柔らかく乱れた髪。大きな瞳。何か叫んでいる桜色の唇。ばしばし土方の背中を叩きまくる細い手。
それは、どこから見ても──総司だった。
正真正銘、彼の可愛い可愛い恋人だったのだ。
「……今日は早退する」
戻ってきた土方は、あっさりそう云い切った。
慌てて反論しようとした彼らを、じろりと凄味のある目でおさえつけた。
「いいな?」
「……う、あ、はい」
島田だけが返事をしたのだが、それに満足すると、土方はさっさと歩き出していってしまった。
相変わらずその肩に担がれた総司は「土方さん! おろしてよっ、ばかばかーっ!」と叫びながら、ぽかぽか彼の背中を叩いているのだが、全く意に介していない。
「……愛の力だねぇ」
しみじみと永倉は呟いた。
その隣で斉藤は腕をくみ、うーんと唸っている。島田はこの後の仕事を考え、思わず頭を抱え込んでしまった。
そんな三人が見送る中、愛の力発揮しまくりの恋人たちは去っていったのだった。
──そのすぐ後。
「何で? 何で、駄目なのっ?」
「バイトは禁止つっただろうが」
「そんなの酷い! 健全なバイトじゃないですかっ」
「駄目なものは全部駄目なんだ。ったく、油断も隙もねぇよ。今度やったら、当分の間外出禁止にしてやるからな」
「横暴! 土方さんのばかっ」
総司は小さな拳でぽかぽか土方の肩を叩いた。
それをちょっと顔をしかめて避けると、土方は総司の細い手首を掴んでぐいっと引き寄せた。
じーっとその可愛い恋人の顔を覗きこんでから、不意に唇の端をつりあげ、にっと笑ってみせた。
びっくりして見上げていると、いきなり項を掴まれ引き寄せられた。そのまま噛みつくように口づけてくる。
「!」
総司の目が見開かれた。
そんな少年に唇を重ね、舌を無理やりさし入れて、思いっきり蹂躙しつくしてやる。
怯えたように逃げる甘い甘い舌を柔らかく吸い上げ、舌裏を淫らに舐めあげた。
「や…んっ、ふ…ぁ……っ」
濃厚で奪うようなキスだったが、総司が抵抗をやめると、それはすぐさま優しくとろけるようなキスに変わった。さらさらした髪に指をさし入れられ、柔らかくかき上げられる。
それに、総司はうっとりと吐息をついた。
キスの後、土方は総司の反らされた白い首筋や胸もとに唇を押しあてながら、囁いた。
「おまえ、そんなにバイトしたいのか?」
「う…ん…ぁ……」
「じゃあ、俺がいいバイト紹介してやろうか」
「……え……?」
男の言葉に驚き、総司は思わず彼を見返した。
それに、土方は悪戯っぽく笑うと、こう云ったのだった。
「キス一回で千円ってのはどうだ?」
「……何、それ」
総司はぷうっと頬をふくらました。
土方はくすくす笑いながら、ちゅっとまた口づけた。
「安いか? なら、一回5千円」
「ぼくのキスに値段つけるの?」
怒ったように云った総司に、土方は目を細めた。ふと真剣な表情になった。
「なら、俺だって同じだ」
「え……?」
「おまえと過ごす時間に値段なんかつけられねぇ。バイトなんかするより、もっと自分の時間を大事にして、俺とも沢山の時を一緒に過ごして欲しいからな」
「……土方さん……」
総司の大きな瞳がうるうるっと潤んだ。
たちまち素直な様子になると、土方の胸もとにぎゅーっと抱きついた。
「ごめんなさい。あなたがそんなふうに思ってるなんて……」
「俺はさ、おまえが勉強したり友達と遊んだりすることで時間を過ごしても、何も云わねぇさ。けど、働くことはこれから先だって出来るだろう? 俺は、おまえに今しか出来ないことをして欲しいんだ」
「うん……土方さん、本当にごめんなさい」
小さな声で謝った総司に、土方は優しく微笑んだ。
それから、可愛らしく甘えてくる総司を両腕に抱きあげると、またキスしながら囁いた。
「おまえの時間、ほんの少しでもいいから、俺にくれよな」
「はい。ほんの少しじゃなくて……いっぱいあげます」
「ほんっと、おまえは可愛いな」
くっくっと喉を鳴らして笑い、土方は可愛い恋人を腕の中にぎゅっと抱きしめたのだった。
ところで。
公共の場であり人目もありまくりの公園の一角で、さーんざんいちゃついた恋人同士が、仲良くらぶらぶと家路を辿る頃。
土方がすっかり忘却の彼方に追いやってしまった事件現場では、半泣きになりながら走り回る島田の巨体が見る者の涙を誘う、ある昼下がりの出来事だった……。
