「……何してんの?」
 放課後だった。
 授業後、机に座ったまま難しい顔で携帯電話を見つめている総司に、藤堂は不思議そうに訊ねた。
 それに小さく首をふった。
「ちょっと……考えてただけ」
「携帯睨みつけて? かけようかどうしようか悩んでたわけ? さては彼女と喧嘩したな」
 にんまり笑う藤堂に、総司は桜色の唇を尖らせた。
「違うよ、そんなんじゃ……」
「じゃあ、彼氏?」
「か、彼って……」
「おまえ、綺麗だから、けっこう狙ってる奴が多いんだぜ。まぁ、この学校はのんびりしてるから強引な奴はいないだろうけど」
「ぼくは男だよ」
「でも、総司って綺麗だよ。愛しのいっちゃんがいるオレでも、どきっとすることあるもん」
 総司は肩をすくめ、また携帯に視線を落とした。
 いったい、あれから何度電話をもらったことか。だが、総司は彼の名前を見ただけで切ってしまっていた。そうすると、今度はメールが山ほど送られてきた。
 どうして先に帰ったんだ。
 何を怒ってるんだ。
 頼むから、電話だけでも受けてくれ。
 これ、読んでるのか?
 ──等等。
 昨日の夜、送られてきたメールはかなり長かった。
 ──後悔してると言ったのは、俺がおまえに酷い事をしたことだ。無理やりあぁいう事をした俺を悔いてるんだ。絶対に、おまえとのことを後悔してる訳じゃない。おまえに逢えた事はむしろ俺にとって、一番の幸せなんだ。だが、総司、おまえはそうじゃないのか? やっぱり、こんな俺のものになった事を、おまえの方が後悔してるんじゃないのか?
 メールはそれきり途切れていた。全く何も答えない総司に、いい加減、土方も愛想を尽かしたのだろう。それにほっとしながらも、辛さと淋しさに泣いたことも事実だった。
 彼の言うことは理解できた。あの時、土方は体の関係のことについて言ったのだ。だが、それでも総司は土方と話す気になれなかった。こんな不安を抱いたまま、これ以上、彼の傍にいられなかった。
 いつ捨てられるかわからず、怖がっている自分が辛かった。もう傷つきたくなかった。
 いい機会だから、これを切欠に別れた方がいいんだと思った。自分から切った方が楽だった。いつか捨てられるなら、自分から失ってしまった方が少しは傷つかずに済む。
 あの人も目が醒めて、こんな少年にふり回されていた事を自嘲し、綺麗な女の人と恋愛するだろう。あの頃思ったように、自分のことなど簡単に忘れ去ってしまうはずだった。
 飽きて捨てられる玩具のように。
「………」
 総司はきつく唇を噛んだまま、メールを短く打った。
 一瞬、目をつむってから送信ボタンを押した。
 それから携帯電話を鞄にしまうと、じっと様子を見ていた藤堂に笑いかけた。
「帰ろ。一緒に駅まで行くよね?」
「あぁ」
 藤堂は頷くと、立ち上がった総司の背中に手をのばした。ぽんぽんっと優しく叩いてくれた。
 それに総司は目を伏せると、ゆっくりと歩き出していたのだった。
 


 

「……すげぇわかりやすい性格かも」
 思わず永倉は呟いてしまった。
 広い会議室は大勢の刑事たちでごった返し、ざわざわしている。先ほど、捜査会議が終わったばかりで組分けされた者たちで集まり、今後の事を打ち合わせてしていた。その一角。椅子に腰かけて足を組み、じっと書類に視線を落としている男。
 もう長い間、彼自身は無言なのだが、周りが完全にびくついていた。
 荒れくれ者が多い組織犯罪対策部の中、SAT出身というだけでも異色の存在なのに、上司でもひくほどの威圧感と行動力、容赦ない捜査のやり方で、周囲から恐れられている男だ。同じ課の者はそんな彼が本当は脆く優しい一面がある事を知っているが、初めて接する者にはきつい存在だろう。
 その上、今の彼は──
「また喧嘩したって訳?」
 遠く眺めながらひそひそ訊ねた永倉に、斉藤は手元の書類を確かめながら頷いた。
「らしいですよ。一昨日までは電話、昨日まではもの凄い勢いで何度もメールしてましたから」
「昨日までってことは、今はもう諦めの境地に達したって奴?」
「あれが諦めの境地に達してるように見えます?」
 斉藤に言われ、永倉は遠く見える男の姿を眺めた。
 形のよい眉を顰め、不機嫌そのものだ。苛々とした様子で書類をめくっている。
 そんな土方の様子に周囲にいる刑事たちは皆、完全にひいていた。唯一彼と同じ課の島田が助けを求めるようにこちらに視線をむけてきたが、それにひらひらと手をふってやる。
「うーん、見えないねぇ」
 永倉はそう呟いてから、思わず笑った。
「しかし、何だ。意外と、あの人もわかりやすい性格だね」
「本当は複雑な性格ですけどね。あの少年の事になると別人になってしまうんですよ」
「べた惚れって訳だ。しかし、あの土方さんがねぇ」
 感心したように頷いてから、永倉はちらりと斉藤に視線を投げた。
「で? 喧嘩の原因は?」
「あの人が遠慮した事が却ってまずかったらしいですよ」
「遠慮? あの強引な人が?」
「そもそも、そこが間違い」
 やれやれと斉藤は首をふった。
「柄にもなく遠慮なんかするから、こんぐらがるんですよね。まだ高校生だとか卒業まではとか考えて、あの人、総司に全く手を出さなかったらしいんです」
「へぇ、会ってもう三ヶ月だろ? よく我慢してるなぁ」
「永倉さんもそう思いますか。おれも同感ですよ。初めは感心しましたけど、よーく考えて見ると何を今更って。あの頃、さんざん無理やりしたくせに今更やめますじゃ、総司が怒って当然ですよ」
 ちょっときつい口調で断言した斉藤を、永倉はじーっと見た。
「……おまえも、べた惚れなんだ」
「え」
「その総司って子にさ。あの人と取り合う訳?」
「……」
 仄かに斉藤の顔が赤くなった。ちょっと黙ってから、遠くにいる土方の方へ視線をやった。
「おれは、あの子がすごく泣いてたの見てたから……幸せになって欲しいんですよ。総司がおれなんかより、あの人といるのが幸せならそれでいいんです。なのに、まったくどうしてこう揉めるんだか……」
 はあっと、斉藤はため息をついた。
 総司に電話でもしてみようかとも思ったが、土方に知られたら余計もめてしまいそうだ。
 そう思った時、土方の携帯電話が鳴った。スーツの内ポケットから取り出し、画面を眺めている。どうやらメールのようだったが──
「!」
 突然、物凄い音が響き、ざわついていた会議室は一瞬にして静まり返った。
 見ると、土方の傍で机がひっくり返っていた。書類が散らばってしまっている。やがて、彼は小さく嘆息した。
「……すまん」
 そう低く謝ると、机を戻し、書類を拾い上げた。慌てて島田や相馬たちが手伝っている。ようやく土方も自分を取り戻したのか、いつもの怜悧な表情になると手早く指示を始めた。書類を片手に厳しい口調で打ち合わせをしている。
 それを遠く眺めやり、斉藤は小さくため息をついたのだった。
 

 


 ……信じられねぇ。
 とにかく、その一言につきた。
 やっと来たメールには、本気で腹がたった。
 目の前にいたら、もしかすると殴ってしまっていたかもしれない。いや、そんなこと絶対できないが。
 土方は捜査現場から帰る車の中でもう一度、携帯を取り出すとそのメールを眺めた。
 ──ごめんなさい、あなたとは別れます。
 理由もなくいきなりこれだ。こんなメールを受け取って平気でいられる程、総司にたいして抱く想いは薄っぺらくなかった。
 溺愛だとか、執着だとか、虜にされてるとか、何とでも言えばいい。
 とにかく、この世の誰よりも深く愛しているのだ。総司を失ったら、もう生きてゆけないほど。なのに、こんな一言で別れようなど、それで片付けられると本気で思っているのか。
「……馬鹿にするなよ」
 低く呟いた土方に、車を運転していた島田がえ?という表情でこちらに視線をやった。それにゆるく首をふった時、入電があった。
「火炎瓶か。テロか恨みかわからねぇな」
「怪我人が出てるそうですよ。とりあえずこの近くです、向かいましょう」
「あぁ」
 数分後、車が停められたのは歓楽街の一角だった。もうパトカーや救急車が何台か停まっている。黄色いテープをくぐって路地裏へ入った土方は僅かに眉をひそめた。
 そう言えば、この辺りはこの間、総司がうろうろしていた辺りだ。道に迷ったと言っていたが、こんな犯罪が起こるのだ、もう二度と近寄らないよう釘を刺しておかないと──などと思い、今、二人の関係がそれどころではないことに気づいて苦笑した。
「ご苦労さまです」
 外で立っている警官の敬礼を受けて、そのクラブの中に入った。薄暗いそこは水びたしだが、思ったほど燃えていない。
 辺りを見回していると、検察医の山崎が歩み寄って来た。
「ご苦労さまです。お久しぶりですね」
「あぁ、きみが来てるってことは死人が出たのか」
「ここのオーナーが亡くなったので。ですが、これは恨みによる殺人みたいですね」
 そう言った山崎に、土方は目を細めた。
「恨み?」
「どうも金銭トラブルか何かで、目撃証言も出てますし。何しろ、ここは男相手のデートクラブです。色々、問題もある事でしょう」
「なら、一課の仕事だな」
 肩をすくめ、土方は踵を返した。あまり弄っては後でもめるもとだ。さっさと帰ろうとしたのだが、ふと部屋の奥に視線がいった。
 見慣れた顔が何かをじっと見ている。
「……はじめ」
 そう呼びかけると、斉藤はびくっとした様子で顔をあげた。土方がそこに立っていることを見て、明らかに顔色を変えた。
 それに眉を顰めた。
「どうした、何かあったのか」
「い、いえ」
 慌てて手元のファイルか何かを机の奥へ戻そうとしていた。常日頃の斉藤からは考えられない慌てぶりに、土方は歩み寄った。何か捜査上での問題があったのかと思ったのだ。
「何だ、何を隠してる」
「何も隠してません」
「それは何だ。この事件は一課の仕事になるだろうが、まだこっちの可能性も完全に捨てきれた訳じゃない。その証拠でも見つけたのか」
「違います。これは……その、関係ありません」
「はじめ」
 土方は不愉快そうに声を低めた。しばらく斉藤の様子を眺めていたが、やがて、すっと手をさし出した。
「よこせ、おまえが今隠したものをだ」
「ですが、これは……」
「いいから、よこせと言っている」
 有無を言わさない強い口調に、斉藤はため息をついた。しぶしぶと手元のファイルを土方に差し出す。それを受け取り、土方はぱらぱらとめくり始めた。
 斉藤は強張った表情であらぬ方向を向いた。
「? これは……デートクラブの登録一覧か」
「そうですね」
「何でこんなものを俺に隠すんだ。売春目的が明らかなのと、未成年の登録が多いというぐらいで……」
 そう呟きながらページをめくっていた土方の手が、不意にとまった。
 鋭く息を呑む気配がする。
 それを感じ、思わず斉藤は目をつむってしまった。
(……おれのせいだ……)
 罪悪感にかられる斉藤の傍で、土方は愕然とした表情でそのファイルのページを凝視していた。
 正確には、そこに貼られた写真と見慣れた筆跡を。
 艶やかな黒髪に、こちらを見つめる大きな黒い瞳。なめらかな頬にどこか幼さを残した、可愛らしい少年。
 ──沖田総司、19才。
 そこにあったのは、紛れもなく彼の可愛い恋人の顔だった……。

 

 
 
「今日はすぐ帰るの?」
 そう訊ねた総司に、藤堂は鞄を肩に担ぎながら頷いた。
 にんまり笑ってみせた。
「そう、今日は花金。愛しのいっちゃんとデートさ」
「いいね」
「総司だって恋人いるんだろ? デートしないの?」
 そう訊ねられ、総司はふと目を伏せた。長い睫毛がなめらかな頬に翳を落とした。
 あのメールを送ったのは昨日だった。何の連絡もないところを見ると、彼も納得したのだろう。
「……恋人なんて、いないよ」
「ふうん」
 藤堂はちらっと総司を見たが、それ以上は何も言わなかった。階段を降りると下駄箱で靴に履き替え、歩き出した。
 何人かの生徒が藤堂を追い抜かしざま、「先輩、お先でーす」と声をかけてゆく。それに愛想よく答えていた藤堂が、不意にかるく目を見開いた。
「……あれ?」
「何?」
「あれ、誰の迎えだろ。ほら、あの車」
 藤堂の言葉に、総司は何気なくそちらへ視線をやった。が、次の瞬間、鋭く息を呑んでいた。
 門の陰に隠れてよく見えないが、光沢のある紺色の車体に見覚えがあったのだ。いやというほど。
 思わず立ち止まってしまった総司を、藤堂は訝しげに見た。
「どうかした?」
「う、ううん。何でもない」
 慌てて首をふり、歩き出した。
 きっと違う人だ。あの人の車であるはずないし、それに、同じ車なんていくらでもあるだろう。
 だから……。
 祈るように違うことを願いながら、総司は門へ向かった。が、車の前まで来た時、その願いは完璧に裏切られた。
「……」
 両腕を胸の前で組み、車のボディに凭れかかっているスーツ姿の男。
 その見慣れた端正な顔には、明らかに怒りの表情がうかべられていた。固く唇を引き結び、黒い瞳を底光りさせている。
 門から出てきた総司に気づくと、射抜くような目でまっすぐ見つめてきた。
「あ、れ? この人……」
 立ち尽くす総司の傍で、藤堂が戸惑ったように呟いた。
「この人、総司の……」
 言いかけた藤堂を、総司はふり返った。そして、土方の鋭い視線を感じながらはっきりと言い放った。
「パトロンだよ。ぼく、この人の愛人だもの」
「そ、総司!?」
 呆気にとられて叫んだ藤堂をよそに、総司は土方の方をふり返った。じっと押し黙ったままの土方に、にっこりと笑いかける。
「ね?」
「……」
 しばらくの間、土方はそんな総司を静かに見つめていた。だが、やがて嘆息すると、ゆっくり身を起こした。助手席のドアを開け、顎をしゃくってみせた。
「……乗れ」
「ぼく、今日は他に用事があるんですけど」
「俺はおまえのパトロンなんだろ? なら、命令に従えよ」
「……」
 一瞬、総司は躊躇ったが、すぐ諦めた。ちょっと肩をすくめると藤堂にバイバイと手をふり、助手席に乗り込んだ。土方は藤堂に軽く目礼だけしてから運転席に身を滑りこませた。すぐさま車を発進させる。それが彼にしてはちょっと乱暴だったため、総司は唇を尖らせた。
「乱暴。それに、こんな強引なやり方して」
「シートベルト締めろ」
「締める暇もなく動かしたの土方さんでしょう」
 言い返しながらも、総司はシートベルトを締めた。
 重い沈黙が車内に落ちた。
 ちらりと見ると、土方は無表情で車を運転している。その端正な顔には冷たいほど何の感情もなく、怖いくらいだった。
 総司はこれからの事を思い、深くため息をついた。

 

 
 
 どこへ行くのかと思っていたが、しばらく走った後、車は人気のない路地に停められた。
 山へ入る道の手前だが、少し樹木に覆われ人目につきにくい。その上、雨まで降ってきたので、ますます視界は悪くなった。 
(……これじゃ帰れない)
 総司は唇を噛んで。俯いた。
 そんな総司の傍で土方はエンジンをとめると、体の向きを変えた。低い声で呼びかけられる。
「……総司」
「はい」
「おまえ、本当に何を考えているんだ?」
 そう問いかけられ、総司は小さくため息をついた。
「昨日のメールのことですか。でも、あれは……本心なんです。もうやってゆけないと思ったから……」
「違う」
 強い調子で遮られ、総司は驚いて顔をあげた。見ると、土方は冷たいほどの無表情で見つめている。だが、その黒い瞳だけは違った。激しい怒りの色をうかべていた。
「……土方、さん?」
「おまえ、昨日のニュース見なかったのか?」
「え?」
 突拍子のないことを言われ、総司は目を丸くした。きょとんとした顔で土方を見つめ返す。それに土方はふっと唇を歪めた。どこか自嘲するような、冷たい笑みだった。
「昨日、歓楽街で事件があったんだ。ある店に火炎瓶が投げ込まれ、そこのオーナーが死んだ」
「テロ?」
「恨みだったが、一応、こっちにも声がかかってな。俺はその店へ行ったんだ。そこは男相手のデートクラブだった……」
「──」
 ようやく察し、総司は大きく目を見開いた。
 思わず悲鳴をあげそうになり、慌てて両手で口をおおった。それを底光りのする目で見据えたまま、土方はゆっくりと言葉をつづけた。
「やばい事に手を出してる店みたいで、未成年に売春行為をさせていたらしい。登録ファイルもあってな、それがまた古典的な事に紙のファイルなんだ」
 くっくっと土方は喉奥で笑い声をたてた。
 総司は震えながら彼を見つめた。無意識のうちにドアへ背をぴったり付けてしまっている。体中が竦み上がってしまい、喉奥が乾いてからからだった。
「だから残っていたというべきか。パソコン類は全部黒焦げだったからな。で、そのファイルを見たんだが……なぁ、総司、そこで俺が何を見つけたと思う?」
「土方…さん……っ」
 不意に土方が手をのばした。ひっと息を呑んだ総司の腕を掴んで引き寄せ、深々と瞳を覗きこんだ。
 怯えきった総司を見下ろし、土方は低く囁いた。
「……おまえだよ」
「あ……」
「おまえの写真と、おまえの名前だ。あれは確かにおまえの字だった。おまえは……俺に隠れて、あんな処で男に抱かれていた訳か」
「……っ」
 総司は首をふり、土方の胸に両腕を突っぱねた。が、それが男の激昂を誘ったらしい。ガンッと音が鳴り、車のドアへ乱暴に体を押しつけられた。
「何であんな事をした!」
「……」
「答えろ! 総司ッ!」
「だ…って……っ」
 必死に総司は身を捩った。
 怖くて辛くて悲しくて。
 だけど、言いたかった。あんなの望んだ訳じゃないと、自分だって彼に言いたい事は山ほどあるのだ。
「だって……お金が欲しかったんだもの……っ!」
 そう叫んだ総司に、土方は大きく目を見開いた。
 信じられないという顔で見下ろしている。そんな彼を総司は大きな瞳で睨みつけた。
「お金が欲しかったんです。お金が欲しかったから、あんな事をしたんです!」
「何で……そんな……」
「あなたの愛人なんかにされたくなかったから! あなたに養ってもらうのが嫌だったからです」
「おまえ、そんなに嫌だったのか」
「何度も嫌だと言ったでしょう? ぼくは自分の力で何とかしたかったんだもの」
「自分の力って、売春がそうなのか!? 男に抱かれて金稼ぐなんざ、冗談じゃねぇよ」
「あなたがそんな事を言うの?」
 総司はきつい口調で言い返した。
 何だと?と見下ろした土方に、辛辣な言葉を投げた。
「ぼくの体に男を教えたのは、それも無理やり教えたのはあなたなのに! そのあなたが今更、よくもそんな事言えますよね」
「!」
 土方が鋭く息を呑んだ。
 その黒い瞳に苦痛の色がうかんだ。
 彼の弱点──今でもある深い罪悪感を突いてしまったのだ。それをわかっていはいたが、総司はもう言葉がとまらなかった。
「綺麗事ばかり言って。あの頃、嫌がるぼくを犯したのは誰なの? やめてって泣いたのに、毎日のようにぼくをめちゃくちゃにして……!」
 心の中で誰かが叫んでいた。
 そんな事を言ったら駄目、やめて。彼を傷つけないでと。なのに。
「どうせ、あなたが今、ぼくを抱かないのは身勝手な理屈なんでしょう? なら、ぼくだって好き勝手にさせて貰います。誰に抱かれてお金を貰おうが、あなたに何の関係もない。何を言われる筋合いも……」
 そう言いかけた瞬間だった。
 土方が総司の髪を掴むようにして、荒々しく引き寄せた。まるで噛み付くように口づけてくる。唇を重ねられ、性急に舌を絡められた。
 訳がわからないまま、総司が身を捩ると、カチャッと音が鳴り、シートベルトが外された。そのままシートが後ろへ倒され、総司の体も倒れこんでしまう。
「ちょっ……」
 慌てて身を起こそうとした総司の体が、凄い力で押さえ込まれた。土方が運転席から身を移し、のしかかかってくる。
 総司は目を見開いた。
「な…何、するの……っ?」
「……わかりきった事きくな」
 制服のシャツのボタンを外しながら、土方は冷ややかな声で答えた。
「おまえを抱くんだよ」
「なっ……こんな所で?」
「金が欲しいんだろ? 売春やってるんだろ?」
 蔑みにみちた口調で土方は言い放った。形のよい唇を歪めてみせる。
「そんなに金が欲しいなら、俺が買ってやる。おまえへの金は全部、この体で払ってもらうさ」
「なっ……いやあ!」
 必死に抗う総司を楽々と押さえ込み、土方はそのズボンも下着ごと下ろしてしまった。半ば脱がされたシャツと白い靴下だけになった総司を、獣のような目でじっくりと眺め回す。ふと、その白い肌に手を這わせ、吐息をもらした。
「……痕、ないんだな」
「?」
 何を言われているのかわからぬまま、総司は彼の胸に腕を突っぱねた。が、その手首も両方とも掴むと、土方は自分のネクタイに指を入れてシュッと音をたてて引き抜いた。目を見はる総司の前で、細い両手首をネクタイで縛りあげシートのヘッド部分の金具に繋いでしまう。
「い…や! やめて!」
「黙ってろ」
 ぴしゃりとした口調で言われ、総司は息を呑んだ。
 まるで別人のようだった。冷たい口調、刺すようなまなざしに体が震えた。
 こんなにも、自分はこの人を傷つけてしまったのだ。
 震える総司の体にゆっくりと土方は手を這わせた。腰のラインから撫でおろし、そのまま総司の中心へ触れてくる。片手は胸の尖りをそっと撫であげた。
「んっ……」
 思わず顔を仰け反らせた。
 久しぶりの感触だった。あれほど求めていた彼の愛撫。けれど、こんな形でなど望んでなかったのに。
 土方は胸の尖りを撫でたり、時折舌で舐めあげたりしながら、総司のものを手のひらに包みこんだ。少年の柔らかなものが男の手に握られ、無理やり快感を引き出されてゆく。確かに痺れるような快感があったが、乱暴なまでの愛撫だった。嫌がって身を捩る総司を見下ろしたまま、激しく擦りあげた。
「やっ……んっ、ぁんっ……やあっ……」
「いや? おまえのココはそう言ってねぇけどな」
 嘲るような笑みを唇に刻み、土方は囁いた。快感を煽るように耳柔にそっと歯をたててやる。案の定、ぴくんっと総司の体が跳ねた。
 それにくすっと笑い、鈴口に親指を食い込ませグリグリと揉みこんでやる。車内に総司の声が響いた。
「いやあっ、やだっ……ぁあっ、んんっっ……やめ…てぇっ……」
「おまえ、これで男相手に商売してるつもりか? もっといい声出してみろよ」
「やっ、はなしてっ……嫌いっ、土方さんなんか、きっ……ああッ」
 不意に総司は甲高い声をあげて、仰け反った。土方は体をずらすと、総司の下肢に顔をうずめてきたのだ。ねっとりと熱い柔らかな感触に、総司のものが包みこまれる。あまりの快感に、総司は思わず我を忘れた。
「あっ……んっっ……あっ、ああっっ……はあっ……」
「……っ……」
「ふっ……あんっ、い、くっ……ああッ……っ!」
 しなやかな背中をそらし、総司は達した。熱い痺れるような感覚が全身を甘く満たしてゆく。
 土方は口許を手の甲で拭うと、身を起こした。しばらく、喘いでいる総司を見下ろしていたが、ふっと軽くため息をついた。
 総司のなめらかな頬を柔らかく撫で、その髪に首筋に甘いキスを落とした。
 まるで、すべてを許すような優しいキス──
「……っ……」
 総司は顔をそむけた。
 が、どうしても我慢できなかった。
 堪え切れぬ嗚咽がもれ、大粒の涙がぽろぽろと頬をこぼれ落ちた。それに、土方が僅かに目を見開いた。
「……総司……?」
「どう……してっ……」
 泣きながら、総司は言いつのった。
「そんなに優しくする……の? 怒って酷くすればいいじゃない、なのに、どうしてこんな……」
「……」
「優しくされたら、そんなふうに甘やかされたら、ぼく……また弱くなるじゃない。あなたに頼って、何もかも面倒見てもらって、依存して、もっともっと好きになって……それで、突き放されたらどうしたらいいの? もういらないって捨てられたら、ぼく……どうしたらいいの……っ?」
「おまえ……そんな事を考えてたのか?」
 土方は驚きの表情で総司を見下ろした。
 僅かにその声が掠れた。驚きと怒りと、そして、紛れもない愛しさで。
「俺がおまえを捨てると? この俺がそんな男だと本気で思っていたのか?」
「だって……」
 言いつのろうとした総司の細い体が、不意にすくいあげるように抱きしめられた。息もとまるほど抱きしめられ、驚いた総司の耳もとで低い声が囁いた。
「……捨てられる不安に怯えているのは、俺の方だと思っていた」
「嘘……」
「嘘なもんか。俺はいつだって不安で仕方ないんだ。おまえが傍にいてくれる、俺を愛してくれる。その日々がいつまで続くのか、不安でたまらなくて夜も眠れなくなる時さえある……」
 ゆっくりと身を起こした土方を見上げ、総司は息を呑んだ。不安に揺れている彼の黒い瞳。いつか、あのホテルでの朝に見た瞳だった。まるで縋りつく子供のようだと思ったあの──
「だから、俺はおまえを汚い手段で縛ろうとした。そんなつもりはなかったんだが、さっき、おまえに言われて気がついた。俺はおまえを金の力で繋ぎとめようとしていたんだ……」
 土方は手をのばし、総司の手首を拘束していたネクタイを解いた。だが、すぐにその左手首を掴んで引き寄せ、あのブレスレットにそっと唇を押しあてた。
「俺はこんな物でおまえを縛るだけじゃ飽き足らず、もっと汚い手段で拘束しようとしたんだ。俺は……本当に最低の男だ」
「土方さん……!」
 思わず総司は彼の首に両腕をまわし、しがみついた。抱きつき、その頬に頬を擦り寄せた。
「最低なんて言わないで。ぼくはあなたがだい好きなの、愛してるの。わかったから、あなたの気持ち……よくわかったから。ぼくがみんな悪かったんです。だから、お願い……拘束でも何でもして。ぼくを二度と放さないでって言ったでしょう? ぼくをずっと傍においてくれるって言ってくれたでしょう? だから、もっともっと愛して……っ」
「総司……っ」
 二人は何度も抱きしめあい、熱いキスをかわした。甘く蕩けるようなキス。
 それはやがて、別の意味で互いの体を熱く火照らせた。
「……あ……」
 総司は恥ずかしそうに頬を染め、男の胸に顔をうずめた。
「……土方さん……どうしよう……」
「どうしようって?」
 平然とした男の声に見上げると、土方は悪戯っぽい瞳で笑っている。唇を尖らせた総司にくすくす笑いながら、頬に首筋に口づけてくれた。そのまま、そっと優しくシートに横たえられる。下肢をまさぐってくる男の手に、総司は不安そうに瞳を揺らした。
「大丈夫……かな……ぁっ……ん」
「何が」
「久しぶりだから、ぼ…く……あなたを歓ばせられる……?」
 とんでもなく可愛い事を言う恋人に、思わず微笑んだ。濡らせた指を蕾に挿入し、奥を探りながら、優しい声で囁きかけた。
「大丈夫だ、俺もおまえもうんといい気持ちになれるさ……」
「だい好き……土方さん……」
「あぁ、俺も愛してるよ」
 囁きざま、二本の指で奥を突いてやると、総司は小さな悲鳴をあげて仰け反った。が、その声に苦痛の色はない。それを確かめてから、一度体を起こしてスーツの上着を脱ぎ捨てた。ベルトを外し己のものを掴み出すと、それを柔らかな蕾に押しあてる。
 びくっと震えた総司を見下ろし、髪を撫でた。
「少し痛いかもしれねぇが……すぐよくしてやるからな」
「うん……」
「できるだけ力、抜いてろよ」
 土方は総司の右足を抱え上げると、ゆっくりと腰を沈めていった。まだ固い蕾に少しずつ男の猛りが埋めこまれてゆく。
 総司の目が大きく見開かれた。男を受け入れる苦痛に、少年の細い体が仰け反る。
「……い…たぁ…いっ……っ」
「総司、もう少し力を抜くんだ。ほら、呼吸を俺にあわせて……」
「んんっ……ぃ、たぁいッ……ぁ…あっ……あっ……っ」
 総司の目に涙があふれ、ぽろぽろと零れ落ちた。それを土方は眉を顰めて見下ろした。可哀想でたまらなくなったが、今更やめれるはずもなかった。
 意を決すると、ぐっと右足を引き寄せ、一気に最後まで突きいれた。
「ああッ!」
 鋭い悲鳴をあげ、総司が仰け反った。痛みにいやいやと首をふりながら泣いている。が、指で探ってみても傷はないようだった。それに安堵の吐息をもらし、強張った細い体を撫でてやった。そっと白い肌に唇をおとしてゆく。胸の尖りを舐め上げ、総司のものも柔らかく揉みあげた。
 やがて、少しずつ総司の頬に赤みがさし始めた。試しにかるく腰を揺さぶってみると、甘い吐息が唇からもれた。
「総司……」
 ゆっくりと律動を始めた土方に、総司は喘いだ。
 苦痛の奥から、甘い──久しぶりの痺れが広がってくる。それはやがて熱い快感となり、総司の体に火を灯した。
「あっ、んっ、ああっ……はあっ、土方っ…さんっ……」
「総司……いいか?」
「気持ち……い…いっ、ああッ、はあっ……んんっ、そ…こっ……ああッ」
 次第に激しくなってゆく男の動きに、総司は声も限りに泣きじゃくった。
 自分を突き上げる甘い強烈な快感にどうしたらいいかわからず、ただもう必死に男の体にしがみついた。カッターシャツの背中に手をまわし、ぎゅっと抱きつく。そして、何度も何度も口づけられ、甘く熱く泣かせられた。
「んっ、はあっ、ああっんっ……あ、あ、あ──」
「……総司っ……すげぇ熱いっ……」
「や、あんっ、あっ、ああっ、も、い…くっ……っ」
 二人の体の間で擦られ、総司のものがひくひく震えていた。それを扱きあげてやりながら、大きく腰をグラインドさせる。総司が甲高い悲鳴をあげ、体を突っ張らせた。そのまま、上から体重をかけて奥まで何度も楔を鋭く打ち込んだ。
 車内に喘ぎと甘い声、濡れた音が満ちてゆく。男の荒い息使いが耳もとにふれ、総司はより熱い痺れに泣き叫んだ。
「あ……ひっ、ひいっ、いっ、あああっ……っ」
「……総…司っ……っ」
 次の瞬間、熱い吐息とともに彼が達した。体の奥に注がれる熱を感じながら、総司は求めた。
 誰よりも愛しい男だけを。
「……土方…さんっ……!」
 その細い体が、息もとまるほどきつく抱きしめられた……。

 

 
 
「体、辛くないか?」
「辛くないと言ったら嘘になりますけど……でも、大丈夫です」
 総司は小さく笑い、土方の胸に凭れかかった。
 外はもう夜だった。だが、まだ雨が降っていてフロントガラスごしに見上げた空は真っ暗だ。時折、通り過ぎてゆく車のライトだけが、少し眩しかった。
「あのね……今更だけど、聞いていい?」
 訊ねた総司に、土方は頷いた。助手席に坐り、総司を膝上に抱いて髪を撫でている。さすがにスーツの上着は脱いだままだったが、二人とも身づくろいは済ませていた。さっきから、総司は制服のシャツから覗いてしまうキスマークを気にしている。
「どうして、ぼくを抱こうとしなかったの……?」
「その前に一つ、俺の方が聞きたい」
 強引に遮られ、総司はちょっと唇を尖らせた。が、また喧嘩をするのも嫌だったので「うん」と頷いた。それに、土方は真剣な表情で訊ねた。
「おまえ、その……売春やったのか?」
 ぺちっ。
 小さな音が車内に鳴った。総司が土方の頬を叩いたのだ。呆気にとられる土方の前で、総司も自分のした事に驚いたようだった。
「わっ、ご、ごめんなさい。でも、あんまりな事言うんだもの……」
「総司」
「あ、でも、ぼくが悪いんですよね。あんな事をしたのぼくだし」
 はあっとため息をついてから、総司は言葉をつづけた。
「売春してません、まだ登録だけだったから。それに……出来なかったと思う。今になって思うと、ぼく拗ねてたんだなぁと思うし、心のどこかであなたが見つけてとめてくれるの待っていたのかも……すごく我儘ですね。ごめんなさい」
 総司は目を伏せた。
「バカな事をしたと思ってるんです、ごめんなさい。でも……信じられない?」
「……いや」
 土方はゆるく首をふった。
「本当は聞かなくてもわかってたんだ。おまえの体に何の痕もなかった事や、その……入った時の感じで」
「え? あ……やだ」
 かあーっと耳柔まで真っ赤になった総司に、土方は喉を鳴らして笑った。それに拗ねたような表情で、総司は彼を見上げた。
「それで、ぼくの質問は? どうして抱いてくれなかったの?」
「あぁ、そうだったな」
 土方は僅かに目を細めた。しばらく黙ってから、あっさり答えた。
「おまえが高校卒業してなかったから、かな」
「何です、それ」
「一応、けじめだと思ったんだ」
「何それ、すっごく今更じゃないですか。全然けじめになってないし、だいたい今……」
「あぁ、結局やっちまったよな。こんな事なら我慢しなきゃよかったと自分でも思うよ」
 妙にすっきりした顔で笑っている土方に、総司は思いきりため息をついてしまった。
 ほんと、この人ってわからない。複雑なんだか、単純なんだか。時々、すごく意味不明の悩み方するし。
 でも、好きなんだから仕方ないのかな。これも惚れた弱みって奴? こんな処もみーんなひっくるめてだい好きなんだから。
「もう遠慮なんかしないでね。だいいち……あなたはぼくの何なの?って聞きたくなるんですけど」
 そう言った総司を、土方は真面目な顔で見下ろした。
 そして、ちょっと眉を顰めて答えた。
「……パトロン?」
 けっこう執念深い。
 思わず、ぷーっと頬をふくらませてしまった。それに土方は声をたてて笑い、そのなめらかな頬に唇を押しあてた。
「ごめん、怒ったか?」
「怒ってませんけどっ。自分で言った事だったし、ぼく……愛人じゃないし」
「じゃあ、何だ?」
「ぼくが質問してるんです」
 それに、土方は微笑んだ。
 総司が一番好きな、優しい瞳で見つめて。
 耳もとに唇を寄せると、そっと──囁いてくれた。
「……恋人、だろ?」
「正解」
 満足そうに笑った総司は「ご褒美です」と、両手をのばした。
 そして、だい好きな恋人に甘い甘いキスをしたのだった。















[あとがき]
 長かった……。何でこう無計画なんでしょう、私は。前編とくらべてめちゃくちゃ長い。しかも、何かもう支離滅裂になってるし。本当は前中後編にしたかったけど、それも無理で。うーん。
 今回一番書きたかったのは、学校の前で待ち伏せする土方さん。それも怒って。けっこう王道な気もするんですけどね。それから、車でのお褥シーン。でも、ぜーんぜんお仕置きになってませんでしたね。土方さん、総司に甘すぎ。二人とも互いを想うからこそ起こるすれ違い。その気持ちが私の拙い文章で少しでも伝わっていれば、すごく嬉しいです。


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