島田魁、35才。
現在、警視庁組織犯罪対策部所属。
実は配属になってからまだ二年で、以前は所轄の一刑事。
所謂、ノンキャリアという身分だ。
これは、そんな彼の語るも涙、聞くも涙の物語である……。(いや、嘘です)
異動になった時から、噂は聞いていた。
今年4月からの自分の異動先には凄いキャリアがいるのだと。
「……まぁ、少し変わってるだけだ」
と、所轄で島田がさんざん世話になった老刑事、井上はぽつりと言った。
念願の本庁への異動だ。うきうきと荷物を纏める島田の隣で、話していた。
今度、島田がいく部署の課長は近藤といって、昔、所轄にいた頃、井上が一から面倒を見たキャリアであること。
近藤という男はキャリア組であるにしては、威張ったところもなく穏やかでさばさばした性格の男であること。
その部下には様々な刑事たちがいるが、中でも近藤が一番目をかけているのは、土方という男なのだが──
「これがまた……」
井上はため息をついた。
「ちょっと変わった男でな」
「どう変わっているのですか?」
「まず経歴がかなり変わっている」
「?」
訝しげな島田に、井上は説明した。
「ふつうキャリアは交番勤務を半年程した後、すぐ本庁や所轄で刑事となりどんどん上へのぼってゆく」
「はぁ」
「なのに、その男はキャリアであるにも関わらず、まず本人の希望でSATへ配属になったんだよ」
「え……えぇっ?」
島田は呆気にとられた。
SATと言えば、特殊急襲部隊だが、もちろん、将来警察官僚になるべきキャリア組などが配属されるところではない。
「そこで中隊長までのぼってから、組織犯罪対策部へ配属になった。かなり強引に近藤さんが手を回した結果らしいがね」
「……」
「ま、その他にも……とんでもなく強引な捜査方法とか、すぐ暴走するところとか、捜査でもめると上層部の人間でも胸ぐら掴んで怒鳴りつけたりとか、しかも相手をびびらせてしまったとか、あいつに逮捕された犯人が恐怖で気絶しそうになったとか、色々な逸話があるが」
そこで言葉を切り、井上は島田をじっと見た。
「おまえさんなら、サポートできるだろう。そのために呼ばれたらしいからな」
「と、という事は、私がそのキャリアと組むという……っ」
「だと思う。まぁ、近藤さんも期待してるそうだから、頑張るんだぞ」
井上はハッハッハッと笑いながら、島田の肩をぽんっと叩き、歩み去っていった。
それを呆然と見送る島田。
その瞬間、島田は、本庁へ異動という薔薇色の将来が、ガラガラと音をたてて崩れてゆくのを見たのだった……。
だが、その不安は杞憂に終わった。
島田が異動先である組織犯罪対策部につき、挨拶を終えてから、近藤に恐る恐る土方の所在を訊ねたのだが。
返ってきた答えは、拍子抜けするようなものだった。
「あぁ、歳か。あいつは今、アンダーカバーに入っている」
「アンダーカバー……」
呆然と、島田は呟いた。
アンダーカバーとは潜入捜査の事だが、ふつうキャリアがやる仕事ではないはずだろう。
小さく近藤は笑った。
「確かにキャリアがやる事じゃないが、本人が希望したなら仕方ない。それに適任者が他にいなかった。まぁ、詳しいことはそこの永倉君に聞いてくれ。今日からきみと組んでもらうから」
そう言うと、忙しいらしい近藤は「会議、会議」と慌てて書類を抱え、出ていってしまった。
結局、永倉という男と組んだのだが、彼もまた変わっていた。
ノンキャリアである点は気楽だったが、相当なシスコンで。
なかなか可愛らしい妹とのプリクラ写真を携帯電話にぺたぺた貼りまくり、事あるごとに見ろ見ろと言ってくるのだ。
これで、土方という男の方が変わってるというのだから、いったいどんなのなのか。
島田はあえて考えたくないと思い、ぱたっとフタをした。
その年のクリスマスの夜、組織犯罪対策部は大騒ぎとなった。
巨大なテロ集団黒手団の首領だった、代議士芹沢宅に強制捜査が入り、多数の逮捕者が出たのだ。しかも、それだけではなく、アンダーカバーに入っていた土方が死亡したという知らせに、皆、騒然となった。
結局、それは彼の身の安全を計るため、近藤が流した偽りの情報だったことが後からわかったのだが……。
で、その半年後。
島田はたくさんの書類を抱え、廊下を歩いていた。
もうすぐ課の入り口にたどり着ける。が、そこではカードを通さないといけないのだ。両手がふさがった状態でどうやって開ければいいのか。そんなことをつらつら考えながら、島田は入り口までたどり着いた。
そこで、気がついた。
入り口の前に、一人の若い男が立っているのだ。
「……」
思わず島田は息を呑んでしまった。
男にこんな形容を使う日がくるとは、思ってなかったのだが。
(……めちゃくちゃ綺麗な人だ)
すらりとした長身に、質のいいスーツを纏っている。
すっきり整えられた艶やかな黒髪に、切れの長い目。すうっと通った鼻筋から、頬から顎にかけての引き締まったライン。形のよい唇に到るまで、どれも完璧だった。
ここまで綺麗に整っていると、逆に冷たい印象しか与えないだろうに、どこか、彼にはえもいわれぬ艶があった。
むろん、綺麗だと言っても、甘さなど微塵もない。むしろ、しなやかで強靭な夜行獣のような美しさだった。
「……」
広報課にでも来たモデルだろうか。
そんなことを考えながらぼんやり見ていると、その男が島田に気づいてふり返った。
じっと、その濡れたような漆黒の瞳で見つめてくる。
思わず島田はどきまぎしてしまった。
「あ、あの……何か御用でしょうか」
そう訊ねた島田に、男は僅かに眉を顰めた。
訝しげな表情だ。いや、訝しいのはこっちなのだが。
「広報課なら、フロアが違いますが」
「……広報課?」
かるく男は首をかしげた。
どうも様子がおかしい。
沈黙する二人に、突然、大きな声がかけられた。
「あっれー!」
ふり返ると、永倉が廊下を走ってくるところだった。
にこにこ笑いながら、男の腕をぽんっと叩く。
「もう復帰かい? リハビリかなり頑張ってるって聞いてたけどさ」
「あぁ、明日から復帰だ。またよろしくな」
「いえいえ、こちらこそお手柔らかに」
そう言いながら、永倉はカードキーで扉を開けた。
シュンッと音をたてて開いた扉から、部屋に入った。
永倉、その男、そして訳がわからない島田──とつづいて入ったとたん、また大声があがった。
「歳!」
課長席に坐っていた近藤が、満面の笑顔で立ち上がった。それに、男の方もたくさんのデスクの傍をすり抜け、歩み寄ってゆく。
近藤は嬉しそうに男の手をとり、ぶんぶん振り回した。
「よかったなぁ! おまえ、ほんとに助かって良かった!」
「ちょっ……痛い、痛いって。相変わらず、近藤さんは馬鹿力だな」
「馬鹿とは何だ、上司にむかって」
「はいはい。明日から復帰させて貰うんで宜しく」
「あんまり無理するなよ」
そう言ってから、近藤はぽけっと眺めている島田に気がついた。
男にむかって紹介する。
「おまえがいない間に所轄から来た刑事だ。島田魁くん」
「し、島田です……」
「宜しく、土方だ」
「はい……は? 土方さ……え、えぇっ!?」
あっさり告げられた名前に、島田は仰け反った。
突然の大声に、土方も驚いた顔だ。
それを島田は呆然と見返した。
(……嘘……)
全然、想像していたのと違ったのだ。
何しろ、もとSAT中隊長で、アンダーカバーにも入り、上層部も怒鳴りつけるような男だ。もっといかつい、自分のような大柄な男を想像していた。
が、目の前にいる男は全然違う。
年齢もまだ二十代前半ぐらいか、確かに鍛えられた体つきだったが、大柄ではなかった。どちらかと言えば細身だ。しなやかな獣のような体つきとでも言えばいいのだろうか。
それに、刑事というより、俳優とかモデルとか言った方がいいような、この端正な顔だち。
(さぞや女にもてるだろうな……)
そんな事を考えた島田の前で、土方はかるく肩をすくめた。
これ以上、ぼーっと見合っていても仕方ないと判断したのだろう。くるりと近藤の方へ向き直ると、デスクに手をついた。
「……ところで、近藤さん」
突然、その声に凄味が加わっている。
心なしか、室内の温度が2、3度ひゅーんっと急降下したような気がした。
「あんた、いろいろ画策してくれたんだってな」
「……う、うむ」
「俺が死んだ事に……隼人って男をこの世から消してくれたことは、まぁいいさ。けど!」
ばんっとデスクを手のひらで叩いた。
「総司にまで秘密にする事ねぇだろっ。斉藤から聞いた話じゃ、あやうく自殺するところだったそうじゃねぇか!」
「歳、落ち着け」
「これが落ち着いてられるか。俺は言ってやりたい事が山ほどあったのに、あんた、全然病院に来ねぇし」
「……すまん」
「とにかく、俺はあいつを迎えにいくからな」
そう言った土方に、近藤は眉を顰めた。
「おまえ、わかってるのか? あの少年はあの伊東甲子太郎の弟なのだぞ。浪火の首領の弟だ」
「だから、何だ」
土方は腕を組み、形のよい唇を歪めてみせた。
「それが総司に何の関係がある。俺とあいつには何の関係もねぇ話だろうが」
「おれはおまえの出世のことで言ってるんだ。少年、しかもテロ集団の首領の弟なんかを恋人にしたと上にばれたら、おまえ、この先、とんでもないことになるぞ。出世はもちろん望めんし……」
「俺はそんなもの、どうだっていい」
「歳!」
激昂する近藤を、土方は鋭い瞳でまっすぐ見返した。
緊迫した二人の様子に、皆、固唾を呑んでいる。島田も傍で完全に固まっていた。
しばらくどちらも譲らぬ形相で睨みあっていた二人だが、やがて、近藤が俯くと、ふーっとため息をついた。
「……わかった、こうしよう」
「取引は嫌だ」
「一応、聞け」
そう言ってから、近藤は言葉をつづけた。
「おまえが撃たれた日から半年がたっている。その間、あの少年は東京を離れ、おまえが死んだと思って日々を過ごしてるはずだ」
「……たぶんな」
「半年の時は短いようで長い。それでだ、もしおまえがあの少年を見つけられたら、そして……今でも、あの少年もおまえも心変わりしていなかったら」
「していなかったら?」
「関係を認めよう」
あまりにもプライベートな事に口出しする近藤にも驚いたが、それをまた当然のように聞いている土方にも驚いた。
しばらく黙った後、土方は僅かに目を細めた。
「……本当だな」
「嘘はいわん」
「もうぐちゃぐちゃ面倒な事は言わねぇな」
「だが、上にばれて事になったら、おれにちゃんと相談しろよ」
「それぐらい、自分で始末するさ」
くすっと笑い、土方はさっさと踵を返した。話は終わりだとばかりに、足早に部屋を出てゆく。
それを呆然と見送る島田に、永倉がにや〜っと笑った。
「あーあ、もうべた惚れって奴だね。今から迎えに行くんだろなぁ」
「……という事は、あのう……」
「さっきの話、聞いたろ? アンダーカバーに入った先で知り合った少年に、あの人、べた惚れなのさ。もう、めろめろになっちまってるって話だけど、そんなに可愛いんなら一度お目にかかってみたいねぇ」
「は、はぁ……」
(……少年、べた惚れ……めろめろ……)
あなたの知らない世界〜♪をいきなり突きつけられ。
くらくらする頭を抱えながら、そこに立ち尽くす島田なのだった……。
(……なんて事もあったなぁ)
島田は可愛らしい巫女さんから、そのお守り袋を受け取りながら思い返していた。
あの土方の下につくようになって、もう半年以上たとうとしている。なかなか忙しい日々だったが、それなりに充実していた。
土方は確かに噂どおり強引な捜査をする男だったが、決して無能ではなかった。それどころか、さすがキャリアと思うぐらいかなり優秀な刑事だ。同期の中で出世頭だという話も頷けた。
もっとも、この人が警察官僚となりせっせと書類に判子を押している姿など、想像もつかなかったが。
それに、土方の本当の凄さもさんざん見せつけられた。
頭の切れや判断力、行動力はもちろん、その細身な体つきから内心島田が侮っていた力も遥かに上だった。島田でさえ手こずった巨漢の逃亡犯を、あっさり投げ飛ばしてしまったのだ。
見事なほど綺麗に決まった背負い投げに、傍にいた永倉が「よっ、お見事! いっぽーん!」とかなんとか野次を飛ばしていたが、島田はびっくりするばかりだった。
(いや、あの人にはびっくりさせられてばかりだ……)
島田はやれやれと首をふり、神社の外へ出た。歩き出そうとして、ふと気がつく。
神社の鳥井近くで、一人の少年がうろうろしていたのだ。何かを探しているのか、真剣な顔であちこち覗きこんでいる。
その困りきった様子に、人のいい警察官である島田は思わず歩み寄り、声をかけていた。
「……あの、どうかされましたか?」
それに、少年が驚いたようにふり返った。
綺麗に澄んだ瞳が、島田を見返す。
その可愛らしい顔に、思わず声をあげていた。
「あなたは……!」
「……すみません」
総司は小声で謝った。
それに、「いえ」と短く答え、島田はせっせと草むらの中を探した。
少年は土方の恋人である総司だったのだが、もちろん、互いに面識はなかった。ただ、先日、クリスマスの時にテレビで見て知ったのだ。
総司は彼が土方の部下だと知ると、ほっとしたように微笑んだ。
そして、事情を話してくれたのだ。
この神社へは合格祈願のお守り袋を買いに来たこと。なのに、財布を落としてしまったこと。
先ほどからずっと探しているが、ぜんぜん見つからないこと──などなど。
「……でも」
島田は手を動かしながら、訊ねた。
「どうして一人で買いに来られたのですか? 土方さんとご一緒の方が……」
「ちょっと……複雑なんです」
総司は小さく笑った。
「あの人、本当はぼくが近くて便利な私立大学へ行くことを望んでるんです。なのに、ぼくは無理に国公立を希望したから……そんな土方さんに、一緒に合格祈願のお守り袋を買いに行って欲しいなんて、言えなくて……」
「でも、ここはお家からでもかなり遠いのでは?」
島田は余計なことと思いつつ、訊ねてしまった。
ここは確かに合格祈願の神社として有名だが、交通の便がとても悪い場所にあるのだ。そう簡単に来れるような場所ではなかった。むろん、車なら別だが。
「それでも、やっぱり。なるべく、あの人に頼りたくないんです。少しでも自分の足で立ちたいから」
そう言い、総司はにこっと笑った。
その笑顔は花のように綺麗で、とても可愛らしく、島田は不覚にも少しどきどきしてしまった。いや、かなり。
(うーん……土方さんがべた惚れになるのもわかるな)
結局、財布は見つかったのは、それから1時間後だった。辺りはもう薄暗い。
はっとして慌てて社務所に走ったが、もうシャッターは降りてしまっていた。
「……そんな……」
ショックのあまり呆然としている総司に、島田はかける言葉もなかった。しょげかえっている細い背が可哀想で、胸がつまってくる。
島田は手をのばし、そっと肩に手を置いた。
「沖田さん」
「はい」
そう答えてから、総司はハッとしたようにふり返った。
「あ、ご、ごめんなさい! 何か、いろいろつきあわせて……っ」
「いえ、いいんです。それより、沖田さん。お守り袋どうされますか?」
「……仕方ありません。また来ます」
「でも、受験勉強の最中に大変でしょう。その、良かったら……」
島田はごそごそと鞄から白い袋を取り出した。
さっき、この神社で購入した、合格祈願のお守り袋だ。
「これをどうぞ」
「えっ、で、でも……これ、どうして……っ」
「姪が今年受験で、それで買ったものです」
「じゃあ、そんな受け取れません!」
慌てて押し返そうとする総司に、島田は笑った。
「大丈夫です。姪のはまた買いますから」
「だって……」
「実は、私の家、この神社の近所なんですよ」
「えっ」
「だから、大丈夫。明日にでもまた買います」
「……島田さん」
総司はそれでもまだいろいろ遠慮していたが、結局、お守り袋を受け取った。むろん、きちんと代金を払うことは忘れなかったが。
近くのバス停まで一緒に歩きながら、総司が頬を赤らめ言った。
「ありがとう、島田さん」
「いえ」
「本当に助かりました。それに……あなたみたいな優しい人が、土方さんの傍にいてくれるんだなとわかって、すごく嬉しかったです」
総司はにこっと笑った。
「これからもどうか土方さんを助けてあげて下さいね。ぼくなんかが言う事じゃないけど……」
「いえ、そんな。頑張らせて頂きますっ」
慌てて声を張り上げた島田に、総司は安心したように微笑んだ。
そして、ぺこっと頭を下げると、やってきたバスに乗り去っていった。それを見送る島田の胸はほんわかと暖かくなっていたのだった。
数ヶ月後の悪夢も知らずに……。
それから数ヶ月後。
久しぶりに外で食事をと、島田は一人で本庁から出て、てくてく歩いていた。
もう春さきなのであたたかい。コートもいらないなと思っていた矢先、向こうから一人の少年が走ってくるのが見えた。
「島田さんっ!」
それは総司だった。
相変わらず可愛らしい格好で、しかも今日は何があったのか満面の笑顔だ。まるで、そこだけ、ぱっと花が咲いたようだった。
総司は島田に気づくと、大きな声で彼の名を呼び、駆け寄ってきた。
そして、ぽーんっと飛びついてきたのだ。
「島田さんっ! ありがとうっ」
「は、え? はぁっ……?」
「合格したんです! 希望の大学に!」
「えッ、あ、それはおめでとうございます!」
島田は喜び、慌てて祝いの言葉をのべた。
それに、総司はにこにこ笑いながら、島田の巨体にぎゅーっと抱きついた。
「ありがとう、島田さんのおかげですよ」
「え、そんな、私は何も……」
「ううん、お守り袋を譲ってくれたから。あれのおかげですごく心強かったんです。それに、色々あの時に話を聞いて貰えて……」
総司は大きな瞳をうるうるさせながら、島田を見上げた。
(……か、可愛い……)
「すっごく感謝してるんです。本当にありがとう、島田さん」
「いえ、私は……」
にっこり笑いながら、島田は答えた。
が、次の瞬間──なぜか、ひや〜っと背中が寒くなるのを感じた。
後ろから、ある気配を感じたのだ。
それは紛れもない殺気だった。
辺りがぱきーんっとブリザードしてしまうほどの、凄い冷気と殺気。
(……ま、まさか……)
島田の額をたら〜っと冷や汗が流れた。
すごくすごくすごく嫌な予感がする。
いや、自分の勘はあまり当たらない方なのだが、そのせいで籤運も悪くて、いや、そんなこと今はどうでもよくて、とにかく、後ろ! 後ろをふり返りたくないーっ!
完全に固まっている島田の前で、総司が小首をかしげた。
「島田さん?」
きょとんとした顔で呼びかけてから、視線をふと動かした。それから、不意に、ぱぁっと目を輝かせた。
「土方さん!」
(……ひーっ、やっぱり!)
恐怖でふり返る事もできない島田をよそに、総司は勢いよく駆け出した。
そして、今度こそ恋人の腕の中に飛びこんだ。
端正なダークスーツ姿の土方に、いつもの白いコート姿で可愛らしい総司は、本当に似合いのカップルだ。まるでドラマのワンーシーンのようで、道ゆく人々も皆、見とれてふり返っていった。
総司は大きな瞳で土方を見あげた。
「土方さん、あのね」
「……あぁ」
土方は低い声で答えた。
それにちょっと小首をかしげたが、総司はすぐ無邪気に言った。
「ぼく、希望の大学に合格しました!」
「おめでとう」
土方は優しい声で祝いをのべた。街中であるにも関わらず、総司の細い腰に両腕をまわして、そっと抱き寄せた。
総司は可愛らしく頬を紅潮させた。
「土方さんも喜んでくれてる?」
「あたり前だろ。おまえが選んだ道なら、俺はちゃんと応援してやるよ」
「嬉しい! ありがとう、土方さん!」
総司はつまさき立ちになると、細い両腕で男の首をかき抱いた。
いつもなら街中でこんな事など絶対しないのだが、今日はやはり浮かれているのだろう。
可愛い桜色の唇で、ちゅっと彼の頬にキスをした。
それに、土方の目がとろけるように優しくなった。小さく微笑み、総司の細い体を抱きしめた。
そして。
ゆっくりと、低い声で言った。
「……島田」
そーっとそーっと、その場を去ろうとしていた島田の足がぴたっと止まった。
ふり返りたくない。だが、そんな訳にはいかなかった。
おそるおそるふり返ると、土方が総司を腕に抱いたまま、冷ややかに微笑んでいた。端正な顔だちだけに、背筋まで凍りそうなほどの迫力、恐ろしさだ。
完全にフリーズしてしまった島田に、土方はにこやかに問いかけた。
「おまえ、今から昼だな?」
「え、あ、は……はいっ」
「なら、さっさと行って来い。おまえの……」
突然、土方の声音に凄味がこもった。黒い瞳が冷たく底光りする。
「取調べは、本庁に戻ってからたっぷりな」
「──」(ひーっ)
たらたら汗を流しながら、とにもかくにも、島田はカクカクと頷いた。
それを満足げに眺めると、土方は総司に視線を戻した。もうすっかり甘い恋人の顔で、優しく訊ねた。
「おまえも昼ごはんまだだろ? とりあえず、どこかへ食べに行こうか」
「うん」
嬉しそうに頷いた総司と手をつなぎ、土方は歩き出した。さり気なく荷物を持ってやりながら、甘い声で話しかけた。
「何か食べたいものあるか?」
「んーとね、土方さんがいつも行ってるお店に行きたいなぁ」
「じゃあ、本庁の食堂に行こうか?」
「えっ、そ、それは……っ」
「冗談だ冗談」
「もうっ、土方さんの意地悪ぅ」
「怒るなって。おまえの好きなもの、何でも御馳走してやるからさ」
「え、ほんとっ? 嬉しい! 土方さん、だぁい好き」
「おまえって、ほんと可愛いな」
「やっだ、もう! 土方さんったら、でも、嬉しー!」
超スイートハッピー♪な恋人たちは、どんどん遠ざかってゆく。周囲に、山ほどのピンクハートをぱっぱっとまき散らしながら。
「──」
それを見送り、島田はそこに立ち尽くしていた。
……怖い。
本庁へ戻るのが、とんでもなく怖い。
何で、刑事の自分が取り調べ? やましい事など何もしておりませんのにっ。
それは、可愛い沖田さんの笑顔にくらくらしたり、抱きつかれたり、うるうるした瞳で見上げられてついにやけたり、致してしまったかもしれませんが。
でも、でも、でも──ッ!
その場で、頭を抱え込みたくなった島田の肩を、いつからいたのか、斉藤と永倉がぽんぽんっと叩いた。
「いやぁ、ご愁傷さま。怖いねぇぇ」
「男の嫉妬は大変だ。取調べ、頑張れよ〜」
慰めどころか、とどめの一言をぐさぐさ刺しつつ、二人は楽しそうに笑いながら去っていった。わはははっという笑い声が遠ざかってゆく。
なんて心優しい同僚たち。
そして。
綺麗な顔で、鬼よりも恐ろしい年下の上司。
(あぁ……所轄へ帰りたい)
思わず遠い目で空を見上げてしまった、島田魁35才。
まだまだ、彼の受難の日々は始まったばかりだった……。
頑張れ! 負けるな!
島田さん。
いつか明るい未来が訪れる……(はず?)
[あとがき]
……島田さん受難物語です(笑)このお話は、最上さまの「第三者の視点からのお話が好き」というお言葉と、はるひさまの「総司の合格のため島田さんお百度参り」というお言葉から、出来上がったものです。お二人に感謝♪ 勝手にむくむく妄想して書いてしまいました。すみませーん。以前書いた「祈り」が斉藤さんシリアス話なら、こっちは同じ「かくれんぼの恋」でもギャグバージョン。少しでも皆様に楽しんで頂ければ、はっぴーです♪
追記:はるひさまがこのお話のつづきを書いて下さいました。これがとっても面白くて可愛いお話で♪ ぜひ、皆様も堪能されて下さいませ。宝物の部屋へどうぞ!>
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