「お菓子づくり教室ですか」
 出先から戻った島田は、デスクで早退の準備をする斉藤に、思わず聞き返した。
 それに、斉藤が頷く。
「あぁ、チョコケーキづくりだそうだ」
「だそうだって、今日はバレンタインですよね」
 島田はかるく小首をかしげた。
「ふつう、男が貰う日じゃないんですか。なのに、何で斉藤さんが? 誰かにあげるんですか」
「何でオレがっ」
 思わず斉藤は叫んでしまったが、すぐ落ち着きを取り戻した。はぁっとため息をつく。
 ばさばさっと書類を鞄に放り込み、言葉をつづけた。
「仕方ないんだよ。カップルでなきゃ参加できない教室で」
「と、という事は……まさか」
 ここ数年の経験ゆえか。
 島田はすぐに察したようだった。
「そのカップルの相手……斉藤さんが一緒に菓子づくりする相手とは……」
「察しのとおりだ」
 肩をすくめた斉藤に、島田はげげっという顔になった。思わず、ぐるぐると巨体をまわし、彼らの周囲を見回してしまう。
 そこに例の上司の姿がない事を確認すると、ほっと安堵の息をもらした。
 だが、しかし!だ。
「……斉藤さん」
 思わず声をひそめた島田に、斉藤は眉を顰めた。
「何だ」
「ばれたら……半殺しですよ」
「かな」
「沖田さんとカップルで、バレンタインのお菓子づくり教室に参加なんて! そんなことする勇気、斉藤さんによくありましたね」
「オレによくって、どういう意味だよ」
「いえいえ、とてもわたしには真似できない無謀さだなぁと」
「嫌味か? だいたい、勇気があるというより……」
 総司に押し切られてしまっただけだ──と答えた斉藤に、島田は不意に声をたてて笑った。
「?」
 訝しげに見上げると、その人のよい顔に満面の笑みをうかべている。
 どんっと背を叩かれた。
「とか何とか云って〜。本当は嬉しいんじゃないですか?」
「え?」
「あの可愛い沖田さんとですよ。二人ならんでカップルとして、お菓子づくりできるんですよ」
「カップル……」
「つまり、たとえ一時であっても、沖田さんの彼氏扱い!」
「……確かに」
「斉藤さんも男なら嬉しくないはずがないでしょう。これは存分に楽しんでこなくちゃ損ですよ、損!」
「……」
 島田の言葉に、斉藤は思わず考えこんでしまった。
 この教室行きを承諾した時から、ついデメリットばかりを考えてしまっていたが、よーく考えてみれば、とってもおいしい部分もあるのだ。
 第一、バレなきゃいいのだから。土方にバレさえしなければ、楽しくはっぴ〜♪な一時が待っている。
 そう思ったとたん、あの子鹿のバンビのようなうるうる瞳で、「斉藤さん、お願い♪」と縋ってきた可憐な総司の表情一つ一つまで、鮮明にまで思い出してしまい、斉藤は大きく頷いた。
「そうだな!」
 突然、元気になった斉藤は、島田の手をがしっと握りしめた。ぶんぶん〜と振りまわす。
「おまえの云うとおりだ! 人生、何事も楽しまなきゃ損だよな」
「そうです! 楽しんでこそ、人生です」
「ありがとう! 島田」
「いえいえ、楽しんできて下さいね♪」
「……何を?」
「え? 何をってそりゃあ決まってるじゃないですかぁ〜」
 にこにこしながら、島田はふり返った。
「勿論! 沖田さんとカップルでお菓子づく…り…………」
 途中で、言葉が口の中に消えた。そのまま、ぴきーんっと固まってしまう。
 いったい、いつのまに現れたのか。
 二人の背後に立っていた、男。
 かるくデスクに凭れかかり、胸の前で腕を組んで。
 その切れの長い目が、島田と斉藤をまっすぐ見据えていた。その長身の背に、めらめらと気のせいか怒りの焔まで見える気がしてしまう。
「!」
「……ひ、土方さん……っ」
 固まる斉藤と、慌てて逃げ出しかけた島田に、土方はかるく顎をあげてみせた。
 その黒い瞳は相変わらず、二人を見据えている。極道者でも震え上がるような、凄味のある目つきだった。
 低い声が、ゆっくりと問いかけた。
「……総司と菓子づくり?」
「え、あ…そ、それは……っ」
「ふうん。俺の総司とカップルになって、菓子づくり? そりゃ楽しそうで結構な事だよなぁ」
「ひ、土方さん! これには深い訳が……っ」
 慌てて弁明を始めようとした斉藤に、土方はにっこりと笑ってみせた。
 思わず見惚れそうなほど綺麗な笑顔だが、これに騙されてはいけない。ここで笑うという事は、相当怒っているという事なのだ。
 その証拠に、切れの長い目はぜーんぜん笑っていなかった。
 飛ばっちりを恐れた島田は、慌ててデスクの影に隠れ、きゅ〜っと必死に身を縮めてしまった。いや、そんな巨体では縮めようも隠れようもなかったのだが。
 それを眺めた斉藤は、ため息をついた。
 気がつけば、戸口では、永倉が「すまね〜」と両手をあわせ、ひたすら拝んでいる。
(……これは、万事休すって奴かな)
 腹をくくれ、オレ!
 斉藤一、男じゃないか!
「わかりました」
 覚悟を決めると、斉藤は土方へと向き直った。ぽんっと鞄を置いてから、両手をひろげてみせた。
「こうなりゃ仕方がない。全部話します」
「あぁ、さっさと話せ」
「但し」
 斉藤はちょっとだけ、揶揄するような光を瞳にうかべた。余裕で、小さく笑ってみせる。
「云っておきますが、これは総司自身がオレに頼んできた事なんですよ。一緒に参加してくれって、総司がオレに頼んだんです。そこの処、お間違いなく」
 その言葉に、土方の肩がぴくりと揺れた。
 一瞬、悔しそうに唇を噛みしめたが、不承不承頷いた。
「……わかった。覚えておく」
「じゃあ、話します。事の始まりは……」








 総司は教室に指定された一室に入ると、きょろきょろと中を見回した。
 まだ30分前なのだが、もう幾人かは来ている。だが、斉藤の姿はなかった。
「……ちょっと早すぎたかなぁ」
 総司は呟きながら、手渡されたピンク色のエプロンをぱさっと広げた。
 やはり、バレンタインだからなのか、真ん中に真っ赤なハートが描かれた可愛い女の子用エプロンだ。これを着けるのはかなり恥ずかしかったが、女の子として認識されている以上どうしようもない。でなければ、この教室にも参加できなかったのだ。
「仕方ないや、思いきって着ちゃおう」
 エプロンをつけると、髪も同じくピンク色のハンカチで覆った。可愛いパティシエの出来あがりだ。
 他のカップルの男たちから(可愛い〜♪)という目で見られまくっている事に気づかぬまま、総司は今日つくる予定のレシピを熱心に読み始めた。
 男にあげるため、ビターなチョコでつくるケーキという事になっている。
「うまく出来たらいいんだけど」
 はぁっとため息をつき、レシピを折りたたんだ。ふと不安が胸をよぎる。
(……斉藤さん、本当に来てくれるのかな)
 かなり無理矢理に強引にお願いしてしまったのだ。
 いつも総司の云う事を聞いてくれる斉藤でも、男の子とカップルでのお菓子づくり教室なんて、嫌かもしれない。斉藤だって、やっぱり、今周囲にいるような綺麗な女性と参加したいだろう。こんな男の子の自分と参加するなんて、嫌に決まっているのだから。
 総司は椅子に座ったまま、きゅっと唇を噛みしめた。なめらかな頬に長い睫毛が翳りをおとし、凄いような色気がただよう。
 その時だった。
 不意に、総司の傍へ誰かが歩み寄ってきた。
「あ」
 とたん、総司は顔を輝かせ、立ち上がった。
 約束を違えず、斉藤が来てくれたと思ったのだ。だが、ふり返ろうとした瞬間、周囲の様子に気がついた。
 室内にいる女性の視線が、皆、総司の後方へ釘付けになっているのだ。
「……?」
 総司は不思議に思いながら、ふり返った。とたん、大きく目を見開いた。
「!!!」
 調理台の間を縫うようにして、こちらへまっすぐ歩いてくる若い男。
 スーツの上着とコートはロッカーに置いてきたのか、白いカッターシャツを腕まくりし、手には黒いギャルソンエプロンとレシピを持っている。ネクタイを僅かに緩めた様が、たまらなく大人の男の艶を感じさせた。
 濡れたような黒い瞳が総司をとらえると、優しい笑みをうかべた。
「……総司」
 甘やかな低い声で名を呼びながら、他の誰にも目もくれず歩み寄ってくる。総司の前まで来た彼は、僅かに小首をかしげて見下ろした。
「すげぇ似合ってる。そのエプロン姿、可愛いな」
「……ひ、土方さん……?」
「見りゃわかるだろ?」
「な、何で!? 何で、あなたがここにいるんですっ」
 思わず、総司は大声で叫んでしまった。混乱しきったまま、ぶんぶんっと首をふる。
「さ、斉藤さんに頼んだはずだったのに!」
 とたん、土方は不愉快そうな顔になった。忌々しそうに舌打ちしながら、総司の細い腕を片手で掴んでくる。
「……俺より、斉藤の方が良かったのかよ」
「そういう事じゃなくて……っ」
 云いかけた総司は、はっと我に返った。当然ながら、二人は注目の的になってしまっていたのだ。
「土方さん、こっち……!」
 総司は彼の手を掴むと、大急ぎでその部屋から連れ出した。それに、土方も黙ってついてくる。
 人気のない廊下の隅まで行くと、総司は大きな瞳で恋人を見上げた。
「あらためて聞きますけど、何がどうなってこういう事になったのですか?」
「そりゃ、おまえ」
 土方は片手でうるさそうに前髪をかきあげながら、答えた。さらりと指の間を流れてゆく艶やかな黒髪に、思わず目を奪われてしまう。
「バレたからに決まってるだろうが」
「……バレた」
「そう。斉藤が全部吐いちまったのさ。だいたいな、おまえ、何だって斉藤とカップルで菓子づくり教室なんざに行くんだよ。俺を誘えばいいだろ?」
「だって……」
「俺と菓子をつくるのが嫌だったのか? 斉藤の方がおまえは良かったのか?」
「そういう事じゃないけど、でも……」
 総司は俯いてしまった。きゅっと唇を噛みしめ、今にもこぼれそうな涙をこらえる。
 それに、土方は黒い瞳を翳らせた。そっと総司の細い肩に手を置いて覗き込むと、どこか不安げな声音で訊ねてくる。
「俺とここへ来るの、そんなに嫌だったのか……?」
「……嫌なのは、土方さん…じゃない、の?」
「え?」
「だから」
 総司は潤んだ瞳で彼を見つめると、小さな声で言葉をつづけた。
「ぼくなんかと……男の子なんかと、カップルになってお菓子づくりなんて。そんなの、土方さんの方がいやなんじゃないの?」
「総司?」
「だって、ぼく、女の子じゃないし。なのに、ここで女の子だと思われて嘘ついてカップルで申し込んじゃって。土方さんに秘密でケーキつくってあげたいって気持ちもあったけど、あなた自身が嫌だろうなって思ったから、だから……!」
「……総司、おまえな」
 土方はため息をつくと、総司の細い躯を柔らかく胸もとに引き寄せた。ぎゅっと両腕で抱きすくめてやりながら、優しい声で囁きかける。 
「何だって、そんな風に考えちまうんだ。俺がいやだって? 冗談じゃねぇよ、俺はおまえと出来る事なら、何だって喜んで参加するさ。おまえと一瞬一秒でも一緒にいたいと願っている俺だぜ? いやだなんて、思うはずがねぇだろうが」
「だって、ぼく、可愛い女の子じゃないし! いやじゃなくても、土方さんが恥ずかしい思いするし」
「おまえはおまえだろう?」
 土方は身をかがめ、総司の可愛らしい顔を覗き込んだ。その瞳を見つめながら、静かな声で云い聞かせてやる。
「おまえは総司だ。俺の大切で可愛い総司だ。それで他に何が必要だって云うんだ? 男でも女でも、そんなのどうでいいじゃねぇか。俺は、おまえ自身を好きになったんだ。それとも、何か? おまえはそうじゃねぇのか。俺自身の事を好きになってくれたんじゃなかったのか」
「そ、そんな事ありません……!」
 慌てて、総司は叫んだ。なめらかな頬を紅潮させ、一生懸命に自分の気持ちを伝えた。
「ぼくは、あなた自身を好きになったんです! どんな姿でもどんな人でも、それでも、土方さんだけが一番だい好き……!」
「ありがとう、総司」
 土方は嬉しそうに笑うと、総司の頬にちゅっと音をたててキスしてくれた。
「俺もおまえが一番だい好きだ」
「土方さん……」
「ほら、行こう」
 身を起こした土方は、少年の手を優しく握りしめた。
「そろそろ教室が始まる時間だろ? ケーキを一緒に作るんだろ?」
「はい……」
 まだちょっと躊躇いがちだったが、それでもこくりと頷いた総司へ微笑みかけると、土方は手をつないだまま歩き出した。教室に入る前、離そうとしたが、平気な顔でさっさと入っていってしまう。
 握られた手が、指さきが、ちょっと熱く感じた。
 場所につくと、土方もさすがに離してくれた。それに慌てて離し、だが、自分を見つめる彼の優しい黒い瞳に、もっと頬を紅潮させてしまう。
 例のマサコという人気パティシエが入ってきて、さっそく教室が始まったが、総司の頬の火照りはなかなかひかなかった。
 何しろ、傍にいる彼がどきどきするぐらい格好いいのだ。
 カッターシャツを肘まで腕まくりし、スーツのボトムの上に黒いギャルソンエプロンをつけている。その姿は大人の男の艶にあふれ、思わず見惚れてしまう程だった。
 実際、総司だけでなく、教室にいる女性やスタッフたちは皆、ちらちらと熱い視線を彼にむけている。
 土方には、無条件に人を惹きつけてしまう魔力があるようだった。それが総司には嬉しく、だが、ちょっと悔しい。
 しかも、そんな格好いい彼が卵白を泡立てメレンゲをつくっていく様は、とても手慣れていて───
「何で?」
 びっくりした顔で、彼を見上げた。
「どうして、こんなに手慣れているの?」
 そう訊ねた総司に、土方はちょっと照れくさそうに笑ってみせた。
「姉貴が菓子づくり趣味なんだよ」
「信子さんが?」
「あぁ。で、昔、よく手伝わされたって訳さ。メレンゲづくりなんか、もう何回やらされた事か」
「知らなかった……」
「けど、あまり期待するなよ。俺は手伝っていただけだからな」
 とは云うものの、土方の手際はなかなかのものだった。器用な彼は何でもこうしてさっさとこなしてしまうのだ。
 総司も一生懸命頑張ったので、焼き上がったスポンジはふんわりきめ細かで、おいしそうだった。二人で苺やラズベリーを選び、綺麗にデコレーションしてゆく。 
 チョコレートで出来たメッセージを(LOVEと綴られてある)ちょこんと載せて、出来上がりだった。
「やったぁ♪ できた!」
 総司は嬉しそうに笑い、そのケーキを満足そうに眺めた。優しく微笑みながら、土方も見守ってくれた。
 教室側が用意してくれた箱にケーキを入れ、二人はそれをさげて仲良く帰路についた。
 街中はバレンタインのイルミネーションに満ちて、とてもとても綺麗だった……。








 あちこち見ながら歩いていた総司は、ふと気がついた。
 周囲をよくよく見回せば、駅とは反対方向へ来てしまっている。どう考えても、帰り道ではなかった。
「……? 土方さん?」
 くいっと腕を引っぱった総司に、土方はふり返った。僅かに小首をかしげてみせる。
「ん? 何だ?」
「何だ? って……あの、別方向じゃないの? こっち」
「あぁ、これでいいんだ」
「って……え?」
 さっさと土方が向かってゆく方向に、総司は顔をひきつらせてしまった。
 どう見ても、そこはホテルだったのだ。
「土方さん!」
 慌てて叫んだ総司に、土方はもう一度ふり返った。走り寄り文句を云いかけた総司に、綺麗な笑顔をむけてみせる。
 すっと、その手をさし出した。
「ほら、おいで」
「……って、何でホテル?」
「バレンタインだから」
「!? バレンタインなら、土方さんは誰でもホテルに連れ込むんですかっ?」
 思わず叫んでしまった総司に、土方はくすっと笑った。
「まさか」
 そう云うと、総司の腕を掴んでそっと引き寄せた。少年の耳もとに唇を寄せ、囁きかける。
「……連れ込みたくなるのは、おまえだけだよ」
「……」
「ここ、覚えないか? ほら、前におまえが雑誌で見て、泊まってみたいって云ってただろ」
「え、あ……そう云えば……」
「おまえが泊まりたいって云ってた部屋、ちゃんとおさえてあるんだ」
 どこまでも用意周到な男である。
 バレンタインの夜に、このホテルへ泊まること自体は、どうやら前々から予定してあったらしかった。
 総司は諦めたようにため息をついたが、一つだけ念押しするのは忘れなかった。
「……手加減、してね」
「さぁ、それは保証できねぇな」
 土方は低く呟いた。総司はそれに抗議しようとしたが、彼はもうフロントへ向かってしまっている。
 チェックインすると、案内を断ってエレベーターにさっさと乗り込んだ。
 総司が泊まりたいと云っていた部屋は、ジュニアスイートだった。品よく纏められた室内は、どこかキュートで、いかにも女の子とかが「ロマンチック〜♪」と喜びそうだ。バレンタインのためか、真っ赤な薔薇が飾られたベッドルームも、とても綺麗だった。
 部屋に入ると、土方はコートとスーツの上着を脱ぎ捨てた。総司はケーキの箱を冷蔵庫にしまってから、彼の服と自分のコートをクローゼットに仕舞い込んだ。
 それから、彼の方をふり返り、ぷんっと頬をふくらませた。
「さっきの話ですけどね」
「あぁ」
「手加減、保証できないってどういう事ですか?」
 総司は可愛らしく桜色の唇を尖らせた。
 それに、土方は肩をすくめた。
「あんな事をしちまったおまえだ、少しは仕置きしねぇとな」
「……あんな事って、斉藤さんを誘ったこと?」
 思わず総司は云いつのった。
「とってもお腹すいてるみたいだったから、肉じゃが食べさせてあげて、それで、泣いて頼んだだけですよ? そりゃ、『斉藤さん、大好き!』とか云ったりしたけど、でも……」
 言葉が口の中に消えてしまった。
 男の纏う空気が不意に変ったのを、感じたのだ。
 慌てて顔をあげると、土方は切れの長い目で総司を見下ろしていた。その黒い瞳に、獰猛な獣のようなかげろいを感じてしまい、思わず身を竦めてしまう。
「あ、の……」
「……大好き、だって?」
「え! あっ、えーっと……」
「泣いて縋った訳か? 俺がいない間に家へ斉藤を連れ込んで、泣いて縋って大好きだと?」
「だ、だから、それは……」
「やっぱり、お仕置き決定だな」
「い、いやだ!」
 慌てて逃げだそうとした総司の細い腰を、逞しい腕が素早くさらった。あっと思った時には、軽々と抱きあげられている。
 そのままリビングを横切って寝室に入ると、ぽーんっとベッドの上に放り投げられてしまった。二度三度とバウンドしてから、慌てて逃げだそうとしたが、すぐさま土方がのしかかってくる。
「ひ、土方さん!」
 総司は慌てて、彼の胸に両腕を突っぱねた。
「まだ5時! それに、ぼく、さきに晩ご飯を食べたいから……っ」
「なら、食事の前の腹ごしらえって奴だな。後で何でも好きなもの食わせてやるよ。だが、その前に」
 まるで獣のような瞳で恋人を見下ろした土方は、ぺろりと舌なめずりしてみせた。
「おまえをたっぷり味あわせてもらうぜ」
「や、やだっ……!」
 じたばた暴れるが、土方はもうその手をシャツの下にすべりこませ、すべすべした肌を撫でまわし始めている。
 感じやすい胸の尖りを指さきでつんっと弾かれ、総司は「あんっ」と甘い声をあげてしまった。慌てて両手で口をおさえたが、もう遅い。
「……おまえも楽しもう、な?」
 土方はにっこり笑うと、総司の細い躯のあちこちにキスを落し始めたのだった……。








「……ん、ん…ぁ、あぁっ」
 甘い声が、まだ夕暮れ時の部屋に響いていた。
 白いシーツの上、総司は獣のような体位をとらされていた。頭を前に落し、腰だけを高くあげた格好だ。
 彼の手が下肢の奥で動くたび、少年の甘い唇から小さなすすり泣きがもれた。ゆらゆらと細い腰がこの先の熱い行為をねだるように揺れる。
「……腰、ゆれてる」
 くすっと土方が笑った。
 肘をついて躯を倒し、少年の背に密着させながら耳もとへ低く囁きかける。
「そんなに俺が欲しいか……?」
「ん…ふっ、ぁ…んッ」
 総司は快感にぼうっと霞んだ瞳で、彼をふり返った。すかさず甘ったるい濃厚なキスをあたえられ、身も心もよりとろけてしまう。
「俺が欲しいか……?」
 再び、そう訊ねた男に、もう何も考えられなかった。喘ぎながら、こくりと頷く。
 それに土方は満足げに笑うと、後ろから総司の両腿に手をまわした。かるく膝を開かせ、濡れそぼった蕾に己の猛りをあてがう。
 そのまま、一気に奥まで貫いた。
「っひ、ぁああーッ!」
 甲高い悲鳴が室内に響いた。
 どうしても馴れる事のできない挿入時の痛みに、総司は思わず上へずりあがった。が、すぐさま男の力強い手が掴み、強引に引き戻す。
「…や、くぅ…ぁッ、ぁあ…っ」
 見開かれた大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。両手がシーツをたぐり寄せ、ぎゅっときつく握りしめる。
 それを見下ろし、土方は大きく息をついた。相変わらず少年の内部は熱く甘く絡みつき、ともすればもっていかれてしまいそうだ。
「……総司、きついか」
 訊ねた男に、総司はすすり泣きながら、だが、小さく首をふった。あきらかに我慢してるのがわかる。
 いたいけな恋人の様子に、土方は眉を顰めた。
 総司を苛めたり意地悪したりするのは好きだが、本質的に優しい彼は、自分の最も愛しい存在が泣いているのを見ると、たまらなくなってしまうのだ。
「抜こうか? やめようか?」
 優しい声で訊ねた彼に、総司はまたふるふると首をふった。
「やめちゃ…いや……」
「総司、無理するな」
「手加減…しないって……云ったくせに」
 シーツに顔をうずめながら答えた総司に、土方は苦笑した。それはそうなんだが……と呟きつつ、そっと掌で細い背を撫であげてやる。
 そうして撫でてやっているうちに、少年の細い躯の強ばりが少しずつとけてきた。それを感じながら、優しくキスを背に首筋に落としてやる。
 総司は小さく喘ぐと、かるく腰を揺らせた。
「…あ……土方、さ…ん…っ」
「……もう動いていいか?」
「ん……っ」
 こくりと確かに頷いたのを確かめ、土方はゆっくりと身を起こした。少年の中で男のものに角度がつき、「ひっ」と小さな悲鳴があがる。
 が、すぐさま甘やかな抽挿を始めた土方に、総司は艶めいた声をあげ始めた。
「あ、あ…あ、あぁっんっ……」
 緩やかに腰をひき、そして、また、ずぶりと奥を鋭く穿ってやる。
 抜き挿しされる度ぐちゅりと鳴る卑猥な音に、総司の甘い悲鳴が重なった。
「ひっ、ぁあ…んっ! ぁんっ」
「総司……もう痛くねぇか?」
「う、ん……いたく、な…ぁっ、ぁああッ!」
 頷きかけたとたん、律動がより激しくなり、総司は思わず泣き叫んだ。シーツを握りしめ、たまらないとばかりに顔を擦りつける。
 土方はそんな少年の細い腰を深く抱え込み、後ろから激しく突き入れた。ぎりぎりまで抜かれ、また乱暴に奥を穿たれて。
「やっ、ぁああ…ぁあっ! っぁあっ」
 小さな蕾を男の猛りが抜き挿しされるたび、総司の唇から啜り泣きまじりの悲鳴がまき散らされた。次第に頭の中がぼうっと霞んで、強烈な快楽に訳がわからなくなってくる。
 土方は身を起こすと、繋がったまま総司の躯を膝上に抱きあげた。何をされるか察した総司が身を捩って嫌がるが、無理やり腰を落とさせる。
 男の逞しい剛直に真下から深々と貫かれた少年は、細い悲鳴をあげて仰け反った。
「っひ、ッぁああーッ!」
 自分の体重のため、ずぶずぶと深く咥えこんでしまう。
 限界まで呑み込まされ、総司は息さえつまるのを覚えた。
「や…ぁっ、は…ぁあっ、や…っ」
 ぽろぽろ涙をこぼしながら何とか腰を上げようとするが、男の力強い手がそれを掴んで乱暴に引き戻した。
 より最奥をぐっと抉られ、総司は大声で泣き叫んだ。
「い、や…あ! も、許し…てぇ…ッ」
「おまえだって、感じてるくせに」
 くっくっと笑いながら、土方は前へ手をのばした。そっと総司のものを握りしめてやると、確かに固くはりつめている。
 男の親指がぬるりと蜜をすくった。
「こんなに感じて……可愛いな」
「ひっ…ぁあっ、あっ」
「手加減なしでいかせまくってやるよ」
 そう囁きながら、土方は少年の細い両足を後ろから抱え上げた。膝裏に腕をまわしてすくいあげ、左右に開かせる。
 そのまま、総司の躯を何度も上下させ始めた。
「ぁああーっ…ッ!」
 掠れた悲鳴をあげ、総司が仰け反った。自分の意思など関係なく、躯が動かされ蕾に男の猛りが抜き挿しされる。
 まるで味わうように、土方は総司の躯を上下させ、何度も抽挿を繰り返した。そのたびに、男の逞しい猛りが蕾をずぶりと貫き、また荒々しく引き抜かれる。
 腰奥がとろけてとろけて、気が変になってしまいそうだ。
「やっぁあっ、あっ…も、どうにかなっちゃっ…ひいッ!」
「イキそうなんだろ? ほら、いっちまえ」
「あっ、ぁああっ、い…く、いく…いっちゃうぅ……ッ!」
 総司が泣き叫んだ瞬間、白い蜜がまき散らされていた。シーツにぼたぼたっと音をたてて滴り落ちる。
 その吐精をつづけている少年の蕾に、男の猛りが激しく突き込まれた。だが、まだ吐精の最中なのだ。目も眩むような快感美に貫かれ、総司は泣き叫んだ。
「ッひっ、ぁ…やぁあ…っ!」
 甘く痺れきった蕾の奥を、太い楔で容赦なく穿たれ抉られ捏ね回され、少年の悲鳴と泣き声がとまらなくなる。
 耳もとにふれる男の息づかいも荒くなった。
「……は…ぁ…っ……」
「やっ…ぁッ! も…土方…さ…ぁあっ…!」
「……総…司…っ……」
「ぁあっ、も…だめっ…ひっ…っぁああぁあーッ!」
 より甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司はまた達していた。その腰奥に、男の熱も激しく叩きつけられる。
 二人はもつれるようにシーツの海へ倒れこんだ。あまりの快楽に半ば失神している総司に、荒く息をしながら土方がおおいかぶさってくる。
「……愛してる……!」
 掠れた声で囁き、抱きしめてくれる男の腕の中、総司はうっとりと目を閉じた……。








 結局、食事はルームサービスを頼んだ。
 総司が身動きできない状態になってしまったのだ。誰のせいかは、云うまでもない事だった。
 ソファに幾つもクッションを重ねて坐り、つんっと唇を尖らせている総司の前に、土方は自らテーブルをセッティングしてくれた。ボーイの手伝いも断り、綺麗にクロスをかけたテーブルの上、ワゴンから食事をならべてゆく。
 バレンタイン用のディナーを頼んでくれたらしく、どれもとてもロマンチックでおいしそうなものばかりだった。この後で、一緒にケーキを食べようと約束してくれる。
 それに、総司の機嫌もそこそこ浮上した。
「でも、まだ許した訳じゃありませんからね!」
 食事をしながら、総司は大きな瞳で隣に坐る男を見上げた。
「ぼく、手加減してねって、云ったのに」
「俺も保証できねぇなって断っておいたぜ?」
 くすくす笑いながら、土方はまだ少し濡れている少年の髪や頬に口づけを落とした。
 ベッドでさんざん抱いてから、バスルームでもう2ラウンドもされてしまったのだ。総司が動けなくなって当然だった。
「土方さんって、ほんっと欲望に正直ですよね」
「誤魔化したり隠すより、いいだろ?」
「こっちの身がもちませんよ」
 ぷいっと顔をそむけた総司に、さすがに土方も困惑した表情になった。ちょっと不安そうな瞳で、総司を覗き込んでくる。
「ごめん、悪かった」
「……」
「けどさ、俺もおまえがすげぇ欲しかったんだ。いや、いつだってそうなんだが……ちょっと怒っていた事もあって、尚更、歯止めがきかなかった」
「あのお菓子づくり教室のこと? 斉藤さんを誘ったこと?」
「あぁ」
「だって! あれは」
 総司は土方の方へ向き直ると、大きな瞳でまっすぐ見上げた。
「バレンタインのチョコケーキだから、今年こそ秘密でつくりたくて。あなたをびっくりさせたかったし、それに……」
「それに?」
「……教室でも、云ったでしょう?」
 長い睫毛がふと、淋しげに伏せられた。
「ぼくなんかと……男の子のぼくなんかとカップルで、お菓子づくり教室なんて、あなたが嫌だろうし恥ずかしいだろうと……」
「総司!」
 思わず土方はその細い肩を掴み、顔を覗き込んだ。
「おまえ、まだそんなこと云ってるのか?」
「だって……」
「今日も前にも云っただろ? おまえがいいって。総司、おまえしかいらねぇって。おまえが俺の恋人である事に、何を恥じる必要があるんだ」
 土方は黒い瞳で総司だけを見つめ、真摯な表情でつづけた。
「俺はおまえが男でも女でも、そんなの構やしねぇんだ。おまえはおまえなんだから。可愛い大切なおまえは、世界中でたった一人だ。俺だけの総司だ」
「……土方さん……」
「愛してるよ……総司」
 そう囁きながら抱きしめてくれた土方の腕の中、総司は微かに吐息をもらした。安堵に、躯中から力がぬけてゆく。
 そっと男の胸もとに凭れかかり、小さな声で訊ねた。
「ほんと…に? 男の子のぼくでも……構わない?」
「あたり前だろ。おまえはおまえだ。俺は、おまえが俺の恋人になってくれた事を、毎日でも感謝してふれまわりたいくらいなんだからな」
「毎日って……」
 思わず、総司は笑い出してしまった。桜色の唇から、鈴を転がすような可愛い笑い声がこぼれる。
 それに、土方も嬉しそうに笑った。思わず、少年の細い躯をぎゅっと両腕で抱きすくめた。
「やっと笑ってくれたな。俺は、おまえの笑顔がすげぇ好きだ」
「土方さん……」
「泣き顔も可愛いが、やっぱり、笑顔が一番だな」
 そう云って微笑みかけてくれた土方こそ、とても綺麗で格好よくて、どきどきするぐらい魅力的で。
「土方さん……だい好き!」
 思わず素直に気持ちを告げ、総司は愛しい彼に抱きついた。甘えるように身をすり寄せると、より強く抱きしめてくれる。
 愛しくて、だい好きで。
 誰もがふり返るくらい、格好いい彼が自分の恋人だなんて、今でも夢みたいだと思ってしまうから。
(……本当はね)
 総司はそっと目を伏せた。
 本当は、今日教室に沢山いたみたいな綺麗な女性が彼に似合うんだって、よくわかってる。
 いくら彼が云ってくれても、現実は変らないから。
 ぼくが男の子だという事実だけは、絶対に。
 だけど、でも。
 彼は、誰よりもぼくを愛してくれた。
 世界中の誰よりも、ぼくだけを愛して。
 とろけるような極上の愛を。
 甘い甘いチョコよりも、濃厚な恋を。
 いつもいつも、降らすようにあたえてくれるから。
 囁きを、抱擁を。
 キスを。
 愛を。
「──総司……愛してる」
 とろけるような口づけの後。
 そっと囁いてくれた土方の腕の中、総司は夢見るように微笑んだのだった。







 ……だから
 きっと大丈夫
 この甘い一時は、ずっと続いてゆくの


 あなたとぼくの恋は
 どんな極上のチョコよりも
 甘やかに……


















[あとがき]
 パティシエさん、名前だけの登場でしたが、実は八木家のおまささんです(笑)。
 いつもながら、不安でいっぱいの総司。相変わらずと云うべきか。
 でも、ふつうのカップルでも恋愛していれば、不安だらけのはずですよね。総司たちの立場だと、もうそれが倍増しちゃうと思うのです。いくら土方さんがそれを打ち消そうとしても、なかなか消えないと。
 久しぶりの「かくれんぼの恋」、甘い甘い二人のバレンタイン話を、ほんのちょっとでも楽しんで頂けたら、幸いです♪
 


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