[Hijikata.Side]





「……まずいなぁ」
 土方は思わずため息をついてしまった。
 ここのところ酷く仕事がたてこんでいて、いつも午前様か徹夜という有様で、総司と会う暇など全くなかったのだ。
 だが、ようやく今日早く帰れそうだと、総司に連絡をとって。勉強にもつきあってやるからと、自分の部屋で待っててもらうことにして。
 なのに。
 二週間ぶりなのに──
「どうすりゃいいんだよ」
 苛々しながら前髪をかきあげ、携帯電話を睨みつけた。
 そんな土方の様子に、助手席に坐っていた斉藤がふり返った。夜のネオンが車の窓外を過ぎ、その明かりが斉藤の顔を照らした。
「電話しないんですか?」
「するさ」
「じゃあ、早くすればいいじゃないですか。それとも聞かれくない電話だとか」
 嫌味ったらしい口調に、土方の目つきが悪くなった。だが、そんなもの何とも思ってない斉藤は小さく笑い、運転席の島田に話しかけた。
「所帯もちは大変ですねぇ。な、島田?」
「は、ははは」
 島田は引き攣った笑いをうかべた。
 それをバックミラー越しに眺めながら、土方はシートに凭れかかった。携帯電話を開き、自宅の番号をプッシュする。
 短いコール音の後、総司の明るい声が出た。
「はい」
 総司はいつも名乗らない。やはり土方の部屋だと遠慮しているのだろう。
「……俺だ」
「あ、土方さん! 今どこ? 駅? 今日は土方さんの好きな肉じゃが作ってみたんです。もっと味つけ濃い目の方が良かったかなぁ。でも、出汁の味がしなくなったらやだし……」
「総司、その……」
 おそるおそる土方が言いかけたとたん、総司の話し声がぴたっと止まった。何かを感じ取ったのか、急に黙り込んでしまう。
 土方はますます焦ってしまった。
 心底、やばいなぁとは思う。
 この俺が9才も年下の少年の態度に一喜一憂してしまってるなんて。
 だが、これも惚れた弱み。
 仕方ないと言えば仕方ないのだが……。
「あのな。総司、今日……」
「……」
「すまない。本当に悪いと思ってる」
「……」
「事件があって、今日は帰れそうにないんだ。悪い」
「……」
「総司? おい、聞いてるか? 何か喋ってくれよ」
 あんまり続くだんまりに、土方は思わず懇願してしまった。
 そのとたん、だった。
 思わず携帯から耳を離してしまうほどの大声で、思いっきり叫ばれたのだ。
「土方さんなんか、だいっ嫌いっ!」
 ガチャン!
 ……ツーツーツー。
 虚しい機械音に、土方は深くため息をついた。
 がっくりした気分で携帯電話を仕舞うと、斉藤がにや〜っと笑いながら問いかけてきた。
「総司、かなり怒ってるみたいですねぇ」
「うるせぇ」
「ま、早めに片付くことを祈りましょう」
 そう言う斉藤に心の中で同意しながら、土方は疲れた表情で目を閉じたのだった。
 

 

 

「……ただいま」
 低い声で言ってみた。
 だが、もちろん、答える人はいない。
 もう午前2時半だった。終電は当然のことなかったのでタクシーで帰ってきたのだ。
 斉藤や島田は警察の仮眠室に泊まっていたが、その方がずっと楽だったが、強引に帰ってきてしまった。総司がまだいてくれることを、不安半ば期待半分で願いながら。
 真っ暗な部屋に、コートを脱ぎながら「やっぱりな」とため息をつき、バスルームに向かった。
 さっさとスーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。熱いシャワーで躯を温めてからパジャマに着替えると、何か腹に入れようとリビングへ戻った。
 ぱちりと明かりをつけて、ふとダイニングテーブル上に気がつく。
「……」
 ダイニングテーブルの上には、二人の分の食事が並べられていたのだ。きちんとラップされ、だが、両方とも手もつけれていない。
 突然はっと気がつき、慌てて玄関へ走った。
 さっきは頭が回ってなくて気がつかなかったが、そこにはちゃんと総司の靴があった。
 ということは、怒って帰ってしまったのではないのだ。
 うきたつような嬉しさに、土方は胸を熱くしながら、寝室のノブに手をかけた。
 そっと音をたてないよう開けると、確かに小さな寝息が聞こえた。ベッドのど真ん中で総司がぐっすり眠っていた。
(……総司)
 足音をたてずに歩み寄ると、その可愛い寝顔を眺めた。
 愛しくて愛しくてたまらない恋人。
 忙しい自分のせいで、恋人らしいこともしてやれなくて。
 けれど、逢えないなら逢えない分だけ、もっともっと愛しくて。
 ふとした瞬間に想い出すだけで、この胸が熱くなるほど大切な。
 やっと手にいれた、やっとつかまえた。
(……俺の宝物……)
 そっと、総司の柔らかな髪を指さきでかきあげた。
 身をかがめ、優しいキスを頬におとしてやる。
 一瞬、ベッドに入って総司を抱きしめ眠りたいと思ったが、やはり気が引けた。
 いくらここが自分の家でも、あんな食事まで作らせた挙句、約束を破ってしまったのだ。もしふれるなら、総司に謝ってからにしたかった。
 土方は身を起こすと、一人がけソファの上に放ってあった毛布を取り上げ、寝室を出ていった。リビングに戻ると電気を落とし、クッションを枕にしてラグマットの上に寝転ぶ。
 少々躯が痛いし冷たいが、まぁ訓練の野営よりはずっとましだろう。
 毛布にくるまると、土方は静かに目を閉じた。
 

 

 

 早朝、鳥の鳴き声で目が覚めた。
 もちろん、今日も朝から仕事なのだ。冷えた朝だったが、なぜか躯はあたたかかった。
 まだ少し早いようだったが、土方は心地よく眠れた気分のまま伸びをしようとして、不意に息を呑んだ。
 躯の動きをとめ、おそるおそる自分の腕の中を見下ろす。とたん、大きく目を見開いた。
「……」
 そこには、総司の姿があったのだ。
 同じ毛布にくるまり、ぴったりと躯を寄せて眠っている。彼の胸に顔をうずめ、すやすや寝息をたてていた。
 いったい、いつのまに来たのか。
 総司がもぐりこんできたのにも気づかず眠っていたとは、よほど疲れていたのだろう。
 だが、これで冷たくなかった理由がわかった。
 少年の躯を抱いていたから、あたたかく心地よく眠れたのだ。
「……抱き枕みてぇだな」
 くすっと笑い、土方は総司の躯をより強く抱き寄せた。
 腕の中のあたたかで愛しいぬくもりを。
 彼の体だけでなく、心もあたためてくる少年を。
 愛しくて、何よりも大切で。
 ずっとずっと傍にいたいと、初めて願った存在。
 どんなに寒くても冷たくても、大丈夫だ。
 逢えない時でも、おまえのぬくもりがいつも俺を包んでくれるから。
 おまえがいてくれさえすれば。
 俺はもっともっと強くなれるから──
「総司……愛してる」
 そっと囁いた土方の腕の中、夢心地にか、総司が目を閉じたままふわっと微笑んだ。
 それに思わずなめらかな頬にキスし、抱きすくめた。
 誰よりも愛しくて。
 世界中の何よりも大切な恋人は、とても優しくあたたかだった……。





[Souji.Side]





 ふと真夜中に目が覚めて。
 やっぱり誰もいないベッドにため息をついた。
 確かに自分一人で寝るとすごく広いけど、でも冷たかった。
 大きなベッドの真ん中に手足をのばして寝そべり、総司は「あーあ」とため息をついた。
 なんであんなこと言っちゃったのかなぁ。
 一ヶ月ぶりに逢えるって楽しみにしていたから? 
 でも、それは土方さんも同じだったはずなのに。
 早くから彼が住む官舎を訪ねて晩ご飯作ってたから? 
 でも、そんなのぼくが勝手にした事だったのに。
 だけど、絶対大丈夫って言われてたのに。約束してたのに。
 なのに。
『……すまない』
 本当に心から悪いと思っている声音だった。電話ごしでもよくわかるほどの。
『事件があって、今日は帰れそうにないんだ。悪い』
 そんなのわかってた。仕事で駄目になることもあるってわかってた。
 土方さんだって、好きで約束破った訳じゃない。
 でも。
 一生懸命作った、でもどんどん冷えてゆく食事を前に、ずっと坐って待ってた自分がすごく悲しくて。
 涙がいっぱい出そうなほど悲しくて、だから。
「……土方さんなんか、だいっ嫌い!」
 気がついたら、ガチャンッと思いっきり受話器を叩き付けていた。
 後からすごく後悔したけど、でも、自分から電話なんか掛けれなくて。
 もう一度掛けてきてくれない彼が、また憎らしくて。
 総司は冷え切った食事をそのままにお風呂へ入り、さっさと寝室へ入った。
 いつもは彼がいるから、ちっとも思わないのに。
 今夜は淋しいくらい冷たくて、広く感じたベッド。
「いいや。土方さんがいないんなら、好きなだけ手足のばして寝れるもん! どーんと真ん中で寝ちゃうんだから」
 ぱふっと枕に顔をうずめ、総司は唇を尖らせた。
 そして、そのまま眠ってしまったのだが──
「……」
 そろそろと視線を動かすと、今はもう4時。
 総司はそっとため息をつくと身を起こし、水を飲むために寝室を出た。
 月明かりの中、リビングを横切ろうとして──
「……えっ」
 びっくりして思わず叫びそうになった。慌てて両手で口をおさえて声を殺す。
 リビングのラグマットの上、クッションを枕にして毛布を引きかぶり、土方が寝ていたのだ。体を丸めるようにして眠っている。
 いったい、いつ帰ってきたのか。
 総司が寝たのは1時過ぎくらいだったから、それよりは絶対後だ。
 帰れないと言ってたからには遅くまで働いていたのだろうし、もう終電もなくなっていたはず。たぶん、タクシーか何かで帰って来たのだろう。
 本当なら本庁の仮眠室にでも泊まった方がもっとたくさん眠れるし、ずっと楽なはずなのに。
 ぼくが電話であんなこと言ったから?
 わざわざ帰ってきてくれたの? 
「……」
 総司はそーっと足音を忍ばせて近寄り、傍らに跪いた。
 覗きこむと、土方はぐっすり眠りこんでいる。全く起きる気配もなかった。
 よほど疲れているのだろう。
 微かにシャンプーの香りがするさらさらした黒髪が額に落ち、半ば目までかくしている。
 そっと指さきでかき上げると、男にしては長い睫毛。小さな寝息をたてる唇。
 頬から顎にかけての線がシャープで──
(……少し、痩せた?)
 最近、テロが激化し、土方が所属する部署は本当にてんてこ舞いのようだった。文字通り寝る間も惜しんで走り回っているのだ。
 そんな中、本当に久しぶりに早く帰れると聞いて喜んで。
 だけど、結局、早いどころか帰れないと言われ、思わず怒ってしまったのだが……。
(ごめんね、土方さん)
 総司は土方の頬に唇に、そっと指さきをすべらせた。
 忙しいとわかってるのに。
 あなたを困らせちゃいけないとわかってるのに。
 時々、わがままを言ってしまうの。
 こうして、あなたの傍にいさせてもらえる。その上、愛してもらえる。
 それだけで幸せだったはずなのに。
 あなたを好きになればなるだけ、どんどん求めてしまう。
 土方さん。
 あなたの愛を、優しさを。
 もっともっとって求めるぼくは、やっぱりわがままなのかな……?
「……土方さん」
 総司は毛布をもちあげて躯をななめにすると、だい好きな彼の腕の中にごそごそともぐりこんだ。
 その広くてあたたかい胸に顔をうずめ、目を閉じる。
 すると突然、ふわっと腕が回され、柔らかく抱きよせられた。
 起きたのかなと見上げたけど、まだ瞼は閉ざされたままで、寝息も頬にふれて。
 熟睡しながらも、無意識のうちに自分を抱きしめてくれる土方に、胸が痛くなるほどの愛しさを感じた。
「……土方さん、愛してる」
 そっと彼の頬にキスすると。
 恋人の腕の中、総司は幸せそうに目を閉じた。
 あんなに冷たく広かったベッドより。
 彼の腕の中は、世界中のどこよりも優しく、あたたかだった……。













[あとがき]
 だーっ! ちょっと、こっぱずかしい感じのお話でした。初々しすぎて、総ちゃん乙女状態? たまにはいいじゃん。いや、いつもかって。でも、こういうちょっと押しの弱い優しい土方さんも好きなんだけどな。皆様、少しはあったかくなりました?(笑)


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