あなたは手作り派? それとも買っちゃう派?
 買っちゃう派なら、ご予算はいかがぐらい? もちろん、本命の話だけど。
 手作り派なら、クッキー、ケーキ、トリフ。どれを作る?
 いやいや、これはバレンタインのお話。
 恋人がいる子なら誰でも、悩んでしまうこの季節。
 そして。
 ここ、都心のデパートの一角──戦場と化したバレンタイン特設会場にも、悩める子羊(否、仔猫ちゃん?)が一匹……。



 

 
 
 ……怖い。
 もう1時間近くたっていた。
 が、どうしても総司は前に進めないのだ。歩いていって、あの凄い戦場の中へ飛び込んでいく勇気がでない。
 もちろん、土方のためにチョコを買いに来たのだが、それにしても……。
(……怖すぎる。だいたい、何が売ってるのかさえ見えないよーっ)
 手作りにしようか買おうか悩んでいた総司だったが、一応どんなものがあるのかとデパートへ見に来たのだ。が、この分では入手どころか、見ることさえ出来そうにない。
 どうにかしない訳にはいかないのだが。
 何しろ、初めてのバレンタインデー。
 しかも、数日前、またまた二人は大喧嘩してしまったのだ。それきり電話もかけてない。さすがに今度は怒ったのか、土方からも音信不通だった。電話やメール攻撃も困るが、全く無視されてしまうと、総司もどうしていいのかわからなかった。仲直りはしたいのだが、きかっけが掴めず一人でしくしく泣いていたのだ。
 そこで思いついたのがバレンタインデー!
 チョコレート会社の策略だろうが何だろうが、この際どうだっていい。
 官舎の部屋の前でチョコ抱えて待つのが第一作戦。それでもって、彼が似合うと云ってくれたふわふわの白いセーターなんか着て、涙目で見上げれば完璧なはずだった。きっと抱きしめてくれて、甘いキスの後はHなんかしちゃって、そこでもちょーっと色々頑張ったら、彼のことだからすぐに許してくれるはずだ。
「よーし! 土方さん、待ってて!」
 と、決意も新たに戦場へいざ繰り出そうとはするのだが──あまりの凄まじさに退却。
 それを何度も何度も、先ほどからくり返していたのだ。
(……だめだ、諦めよう)
 総司ははあっとため息をつくと、とぼとぼ歩き出した。が、不意に、どんっと誰かにぶつかってしまった。
「あ、す、すみませんっ……」
 慌てて謝ってから顔をあげると、上から「あれ?」という声がふってきた。
 見上げるが、まったく見覚えのない男だ。
 まだ若い男でハンサムという訳ではないが、どこか愛嬌のある顔をしていた。にこにこ笑うと優しい感じがする。ぴんぴんに跳ねた短い茶髪が印象的だ。かなり派手な赤と金のジャンパーを着て、この愛嬌がなかったら、ヤンキー?と思ってしまっただろう。
「あれ、きみ、総司くん? 沖田総司くんだろ?」
「え?」
 いきなり名前を呼ばれ、総司はきょとんとした。どう見ても初対面の男だ。
「あのう……」
「あ、いきなり驚かせて悪かった。おれね、永倉新八。土方さんから聞いてないかな? あの人と一緒に働いてるんだけど」
「あぁ……いっちゃんのお兄さん!」
 そう云ったとたん、永倉の傍からひょこっと可愛い女の子が顔を出した。まだ高一ぐらいだろうか。目がくりくりして、ちょっと勝気そうな可愛い女の子だ。
「あなたが沖田さんですか?」
 磯子はにこにこと話しかけてきた。愛嬌のある目もとが永倉とよく似ている。
「あたし、永倉磯子でーす。いつも平ちゃんから、あなたのこと聞いてるんですよ」
「平ちゃん……」
「おいっ、磯子、あいつのことを口にするなっ」
「もうお兄ちゃんたら、あいつじゃなくて平ちゃん♪ あたしの彼氏なんだからねっ」
「おれは認めん!」
「そんなの関係ありませーん。それに今日だって平ちゃんへのバレンタインチョコの材料買いに来たんだもの」
「磯子、おれの分は……」
 にこっと磯子は笑った。永倉の腕に手をからめて、すりすりする。
「もっちろん、あるわよ♪ ちゃんと平ちゃんと同じ大きさで作ってあげるから」
「……同じ大きさ」
「文句あるなら作らないわよ。あ、沖田さんもチョコ買いにきたんですか?」
 磯子は不意に総司の方をふり向くと、あどけなく訊ねた。
 それに総司はこくりと頷いた。
 藤堂がぺらぺら喋ったせいと永倉経由で、磯子は総司の彼氏のことをしっかり知ってるのだ。
「でも……ちょっと怖くて」
「あ、わかるー。でも、買うの? 手作りしません?」
「手作りって……難しいでしょう。お菓子とか作ったことないし」
「うん。あたしも、今年初めて手作りするんです。で、わりと簡単なブラウニーにしようと思って。あまり甘くないようにして、胡桃入れて。それだったら、甘いもの苦手な男の人でも食べれるんじゃないかな。ね、一緒につくりません?」
「えっ、いいの?」
 一瞬、総司は心が動きかけた。が、永倉の存在が気になる。
 何しろ、土方とは喧嘩の真っ最中なのだ。そんな彼と仲直りするには、びっくりさせて喜ばせるのが一番だった。なので絶対絶対、彼には秘密にしておきたい。
 そっと見た総司の瞳の意味に気づいたのか、永倉は苦笑した。
「大丈夫、おれ、絶対リークしないよ。んなのしたら、後が怖い」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えようかな」
「やった!」
 磯子は嬉しそうに笑った。飛び上がって喜んでから、総司の白い手を握りしめた。何かスポーツでもしてるのか、磯子は健康的に日焼けしていて、しかも力がなかなか強い。
「初めてで不安だったの。一人で作るより、二人で作る方が楽しいし♪」
「はい、ぼくも」
「頑張りましょうね、沖田さん!」
「頑張りましょう、磯子さん!」
 二人は固く両手を握りしめあい、互いの決意を高めあった。
 手作りバレンタインチョコで、彼氏の心をしっかり掴んでみせるのだ! 
 ある意味、この瞬間、カーン!と戦闘開始のゴングが鳴ったのかもしれなかった。






 2月13日。つまり14日の前日。
 総司は永倉のマンションにお邪魔していた。行ってみるとわかったのだが、実は、永倉は家族用官舎に住んでおり、しかも妹と二人暮らしだった。両親は田舎にいるという。
「日中、妹が部屋に一人だけど、何しろここは警察官の官舎だからね。あまり泥棒も入らないだろうし」
「そうですね」
「土方さんとこと違って家族棟だから子供多いし、ざわついてるだろ?」
「どうなんでしょう。確かにあっちはすごく静かですけど……」
 なんてことを話しながら部屋に通されてみると、キッチンで磯子はもう準備万端だった。きっちり三角巾で髪をおおい、エプロンをして立っている。総司もすぐさま同じような姿にされてしまった。
 それを眺めていた永倉がにやにや笑った。
「何か、女の子二人の料理教室みたいだね」
「お兄ちゃんはあっち行ってて!」
「はいはい」
 永倉がリビングの方へ引っ込むと、二人はさっそく料理を始めた。
 いろいろ手を動かしながら、ふと、総司は訊ねた。
「あの、磯子さんは平助とどうやって知り合ったの?」
「いっちゃんでいいです」
 にこっと笑ってから、磯子は答えてくれた。
「中高合同のテニスの地方代会で、上手な人いるなーと思ってたら、平ちゃんで。ほらぁ、名前もエースをねらえの格好いい「藤堂さん」と同じでしょ? あたしはひろみじゃないんだけど」
「はぁ」
「休憩の時に思いきって話しかけたら、平ちゃん、優しく笑ってくれて……それで一目惚れ? でもねっ、実は平ちゃん、もっと前の大会からあたしを見ててくれたらしくて、もう嬉しくて嬉しくて♪」
「そうなんだ」
 総司はにこにこ笑った。
 だが、磯子はちょっとため息ついた。
「でも……障害多いんです」
「永倉さんのこと?」
「んー、お兄ちゃんもだけど、でも、実はお兄ちゃん、平ちゃんとのバトル楽しんでるとこあるから。それより、あんまり会えないことかな? 平ちゃん大学受験で忙しいし、もし……その第一希望駄目だったら、すごく遠くなるって話だし」
「平助なら大丈夫だよ! すごく一生懸命勉強してたし。あ、学部は違うけど、ぼくと同じ大学めざしてるんだ」
「聞いてます。沖田さんは教育学部でしょ? 小学校の先生になるって。平ちゃんは弁護士めざしてるから法学部だけど……大丈夫かなぁ、平ちゃん」
「大丈夫だって」
 力いっぱい生地を練りながら力説する総司に、磯子はにこっと笑った。
「ありがとうございます。ちょっと元気でてきました」
「うん、あ、これ、そろそろ胡桃いれる?」
「そうですね」
 胡桃を入れて混ぜて、型に流し込んだ。あとはオーブンに入れて待つばかり。
 一緒に洗い物をしながら、今度は磯子が訪ねた。
「沖田さんは? 沖田さんは素敵な恋愛してるんでしょ? あんな大人の土方さん相手なら、障害なんかもないだろうし」
「……そうでもないよ」
 総司はぽつりと呟いた。
「え?」
「意外とあの人、大人じゃないし。それに……障害もいっぱいなんだ」
「どうして?」
「いろいろと……でも、今一番問題なのはぼくの気持ちかな」
「気持ち?」
「うん。どうしても、まだ決心できなくて……すごく困ってるから。それでまた、この間も喧嘩しちゃったし。このチョコで仲直りできたらいいんだけど……」
 長い睫毛を伏せて憂い顔の総司に、磯子は胸がきゅんっとなるのを覚えた。
 平助への気持ちとは違うが、何か可愛いというか、守ってあげたいというか。
(……土方さんが夢中になるのがわかるかも)
 そんなことを考えていた磯子は、不意に気がついた。はっとしてオーブンの方をふり返った。
「あ──ッ!」
「えっ?」
 突然の大声に、総司も驚いて飛び上がった。
 磯子は洗い物を放り出し、オーブンへ駆け寄った。大急ぎでボタンを押してとめる。
「どうしようっ、おやつと焼き物キー押し間違えちゃったっ」
「ええっ」
 総司も一緒になると覗きこむと、高すぎた温度設定のため、まっ黒焦げになったブラウニーが……。
「やり直しかい?」
 磯子の声に驚いて飛んできた永倉も、それを覗きこんだ。
 と言っても材料がもうない。二人してがーんとショックを受けていたが、磯子はすぐに立ち直った。
 が、総司はそうはいかない。何しろ、喧嘩中の彼氏へのチョコだったのだ。これを仲直りにきっかけにするつもりだったのに……。
 呆然と立ち尽くす総司の前で、磯子が腕まくりした。
「とりあえず、これ出さないと」
「さわるなっ、火傷する! おれがやるから」
「えーん、お兄ちゃんお願いー」
 永倉と磯子がわぁわぁ云いながら、オーブンから黒焦げのブラウニーを出していると、折も折、ピンポーンと間の抜けた呼び鈴が鳴った。
 二人は手が放せそうにないので、総司は慌てて玄関に向かった。
「はーい!」
 鍵を外し、大きくドアを開いた。
 愛想よく笑いかけた。
「どちらさまですかぁ?」
「……」
 沈黙が落ちた。
 次の瞬間、バタンッ!と総司はドアを閉めていた。
 大急ぎでドアを閉めて、鍵もチェーンも掛けてしまう。 
 ──ドンドンドンドンッ!
 すぐさま、もの凄い勢いでドアが叩かれ出した。ピンポンピンポンピンポンと、呼び鈴も連続ラリーで鳴らされまくる。
 あまりの騒ぎに何事かと永倉がやってきたが、ドアを背にしてへばりついている総司に目を丸くした。
「……何?」
 と聞きかけた瞬間、外から声が聞こえた。
 二人とも聞き覚えのある、あの男の声だ。
 警視庁組織犯罪対策部所属、異色キャリア、モデルばりの容姿で、今年28才で、黒髪に黒い瞳で、総司の恋人で──って、もうわかりきってる?
「おいっ、総司ッ!」
「……」
「そこにいるのはわかってるんだ! いや、何だって永倉の家なんかにいる!? 今すぐ出てこいーっ!」
「……なんかで悪うございましたね」
 ぶつぶつ呟いた永倉は、固まってる総司に小さく笑った。
「もしかしなくても、喧嘩中?」
「……はい」
「うーん、でも悪いけど、開けさせてもらうよ。ここ、おれの家だから」
 そう云われては仕方がない。永倉がチェーンを外す音を背に脱兎のごとく駆け出すと、総司は奥のキッチンへ走りこんだ。
 黒焦げになったブラウニーと睨めっこしていた磯子が、びっくりして顔をあげた。
「? どうしたんですか?」
「土方さんが来た!」
「えっ」
「どうしようーっ、この黒焦げの早く隠さないとっ」
「隠すって、まだ熱いしっ」
 二人して慌てまくっていると、玄関の方でドアが開く音がした。つづいて永倉と土方が何か言い合っているのが聞こえる。しばらくすると廊下で足音が響き、すぐさま土方がコート姿のままキッチンへ飛びこんできた。
 ちょうど、総司と磯子は、黒焦げブラウニーを隠そうと型ごと持ち上げたところだった。ところが、ものの見事に床へ叩き落としてしまい、慌てて総司がその上にがばっとおおいかぶさる。
 その様子に、飛びこんできた土方も呆気にとられた。驚いた顔で床に這いつくばってる総司を見下ろした。あまりの状況に怒っていたのも忘れてしまったらしい。
「……何やってんだ」
「土方さん、そのっ」
「何隠して……」
 土方は歩み寄ると総司の腕を掴んで、無理やり立ち上がらせようとした。そのとたん、ぼろぼろっと総司の目から涙があふれた。
 えっと驚く土方に、総司が泣きながら大声で叫んだ。
「土方さんのばかぁっ!」
「ば、ばかって……」
「せっかく頑張ってたのに、いくら見つかるにしても、こんな時に来ることないじゃないっ! 最悪ですっ」
「ちょっ、おい?」
「ばかばかばかぁっ」
 総司はわんわん泣きながら、土方の胸を両手の拳でぽかぽか叩いた。それを、しばらくの間、土方は呆気にとられたまま見下ろしていた。が、やがて、そおっと総司の細い体を抱きしめた。柔らかな髪に顔をうずめた。
 そして、ぽんぽんっと、まるで子供にするように優しく背中を叩いた。
「ごめん……俺が悪かったな」
 甘い声で耳もとに囁きかけた。
「みんな、俺が悪いんだな。総司……ごめんな」
 まだぐすぐす泣いている総司を抱きしめ、土方は額や瞼に優しくキスをしてやった。顔を両手であげさせ、泣いたせいで上気して薔薇色になった頬にもキスし、唇で柔らかく涙をぬぐった。
 そんな彼の優しい言葉や仕草に、総司もようやく泣きやんだ。安心したように土方の胸もとに顔をうずめ、吐息をもらした。
 その可愛い恋人の華奢な躯を、土方はすっぽりと両腕で抱きすくめた。総司も男の広い背中に手をまわしてしがみついている。
「土方さん……」
「総司……」
 そこはもう、ピンク色のハートが飛びまう甘ーい世界。 
 完全に二人の世界へ入ってしまった彼らを残し、永倉と磯子はこっそりキッチンから抜け出した。
 そして。 
 よかったぁ、沖田さんー♪と単純に喜ぶ磯子の隣で。
 めろめろ甘甘の土方という、見たくもないものを見てしまった永倉は、横を向いて「げろっ」と胸を押さえたのだった。

 

 
 
  その翌日、2月14日。
 バレンタインデーの夜、仕事帰りに土方は総司の部屋へやってきた。
 もちろん、今夜はお泊まりの予定だ。
 食事の後、リビングでくつろぎながら、土方はくすっと笑って総司の頬を突っついた。
「……まだ怒ってるのか?」
「そうじゃありませんけど」
 総司は俯き、なめらかな頬を染めた。
「でも、なんか悔しくて……結局、土方さんに宥められちゃうし」
「いいじゃねぇか」
「よくありません。喧嘩するといつもこうですよね。ジタバタするのはぼくばっかりで、大人の土方さんは落ち着いていて」
「そうかな、俺もけっこうカーッとなってると思うが」
「でも、それでも最後は、土方さんによしよしって頭撫でられて、ぼく泣いて、抱きしめられて終わりでしょう? 何だか……」
「それが不満なのか?」
 訊ねられ、総司はぷうっと頬をふくらました。
 ……不満なのだ。
 でも、それは大人な彼のことじゃない、子供の自分が。
 いつまでたっても追いつけない、その隣にたつことができない自分が。
 早く大人になりたいと、心の底から思った。
 そんな総司の肩を、土方はそっと抱き寄せた。壁に凭れかかり、片足を投げ出した格好だった。僅かにネクタイを緩めた姿がちょっと自堕落だが、どこか大人の男の色気を感じさせた。そんな処でも彼は大人の男なのだ。
「総司……もう機嫌直してくれ」
 優しい声で、土方は話しかけた。ちゅっと甘いキスを額に落としてくれる。
「せっかくとれた明日の非番なんだ。俺はおまえとゆっくり楽しく過ごしたい」
「……ごめんなさい」
「いや、謝って欲しいんじゃないんだけどな」
 くすっと笑った土方を、総司は見上げた。その端正な顔を見つめ、かるく小首をかしげた。
「ねぇ、土方さん?」
「うん?」
「今年のバレンタイン……チョコ貰った?」
「あぁ」
 頷いた土方に、総司はきゅっと唇を噛んだ。
 やっぱりと思ったが、仕方のない事だとも思った。こんなにも格好よくて、しかも独身のキャリアなのだ。女の人が放っておくはずがなかった。
 悔しいけれど、悲しいけれど、どうしようもない。だって、自分は結局、チョコをあげれなかったのだから……。
 が、そう思っても、じわっと涙がこみあげた。気がつけば視界がぼやけている。そんな総司に、土方はすぐ気がついた。
「おい」
 苦笑し、総司の顔を覗きこんだ。
「おまえ、何か誤解してねぇか」
「誤解って……?」
「だから、俺が貰ったのは一つだけだ。他は全部断ったさ」
「断ったって……一つだけって……」
「昨日、おまえから貰っただろ?」
「……えぇっ?」
 総司は大きく目を見開いた。そのとたん、ぽろりと涙が一粒こぼれてしまったが、すぐに土方の優しい唇がそれを拭ってくれた。
 ……あれが、あげた事になるのだろうか。
 実は昨日、永倉の家で、土方は総司が作った黒焦げのブラウニーを全部食べてしまったのだ。磯子は目を輝かせ「愛の力ね〜♪」と喜んでいたが、同じことを期待された藤堂がどう対応したかはわからない。
 もちろん、そんなものを彼に食べさせるつもりなんてなかった。なのに、総司がとめるのも構わず、さっさと食べてしまったのだ。
 総司は座り直し、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。来年はもっとちゃんとしたの作るから」
「ちゃんとって……いや、それより……」
 土方は総司の瞳を覗きこんだ。真剣な口調で云いきかせた。
「もう永倉の家でなんか作るな。それに、人の顔を見たとたんドアを閉めるんじゃない」
「ご、ごめんなさい」
「書類を取りに寄ったら、おまえが出てくるんだからな。めちゃくちゃ驚いたんだぞ。あんまりおまえの事ばかり考えてたから、無意識のうちにおまえの家に行っちまったかと思ったほどだ」
「土方さん……ぼくのことばかり考えてくれてたの?」
「当然だ。いつでも俺はおまえのことを考えてるよ。とくに喧嘩した時なんかはな」
「じゃあ、しょっちゅう喧嘩しましょうか」
 悪戯っぽい口調で云った総司に、土方はため息をついた。向かい合った少年の細い肩にそっと額を押しあて、目を閉じた。
「勘弁してくれ」
「だいぶ懲りました?」
「懲りた。懲りたから、もうあんまり俺を困らせないでくれ」
「困らせてるつもりないんですけど」
「無意識なのが怖いよなぁ」
 そう呟いてから、土方は不意に顔をあげた。そうだと思いつき、ズボンのポケットに手を入れて何かを取り出した。
 不思議そうな顔をした総司の手をとり、そっと握らせた。
「……」
 その固い金属の感触に目を見開いた総司に、土方は静かな声で云った。
「俺からのバレンタインのプレゼントだ。今日は愛を告げる日なんだろう?」
「だって……喧嘩の原因……」
 総司は瞳を揺らし、とうとう俯いてしまった。きゅっと桜色の唇を噛んでいる。そのいたいけな様子に罪悪感を覚えたが、土方も今日は引く気がなかった。まっすぐ総司を見つめ、気持ちをこめて言葉をつづけた。
「おまえを愛しているんだ。もっと一緒にいたいんだ」
「……」
「おまえが何を不安に思ってるのか、わかってる。けど、俺はおまえ以外の誰とも一生を共にする気はない。おまえしか望まない。だから、頼む、俺と一緒に暮らしてくれ」
「……なんか、プロポーズみたいですね」
 小さく呟いた総司に、土方は真剣な表情で頷いた。
「みたいじゃない、本気だ。俺はおまえにプロポーズしてるんだ」
「土方さん……」
「今すぐ決めなくていい。この鍵はおまえに預けておくから、今度の……そうだな、ホワイトデイに返事してくれないか。もちろん、おまえが断ったからと云って、俺は全然諦める気はねぇが」
「もし断ったら、どうするんです?」
「何度も何度も、しつこくアタックするさ」
 思わずくすっと笑った総司に、土方も微笑んだ。抱きすくめ、優しく甘く口づけてくれる。
「だい好き……土方さん」
 総司はそう囁くと、土方の首に両腕をまわした。彼の手がいつのまにかシャツをめくりあげ、するりと肌を撫で上げるのに気づいた。が、ちらりと見ればもう夜も11時だ。そろそろ甘い時間が訪れてもいい頃だろう。
 うっとりと微笑み、その優しい愛撫に身をまかせようとした。
 その途端だった。
「!」
 突然、部屋の電話がけたたましく鳴り始めた。
 総司はびっくりして飛び起き、不機嫌そうな顔になった土方にも気づかず、大慌てで電話へ向かった。受話器を取り上げたとたん、男の泣き声が響いてくる。
『──総司〜っ、びーっ』
「えっ? 何っ……もしかして平助?」
『いっちゃんに嫌われたぁ。オレ、あのブラウニーで……っ』
「あ、あの黒焦げブラウニー……どうしたの?」
『すげぇ苦くて、どうしても完食できなかったんだーッ! ううっ、そうしたら、いっちゃん、愛の力不足!って怒り出して……』
「うーん。それはね、平助、いろいろあって……」
『どうしよう、いっちゃんに嫌われたらオレ、オレぇっ』
「謝れば? それで、今度こそ頑張って全部食べるとか……え? 難しい? 確かにそうだろうけど、でも……」
 そう云いかけた瞬間だった。
 突然、ぶちっと音が鳴り、電話はうんともすんとも言わなくなってしまったのだ。
 驚いてふり返ると、土方が眉を顰め、ぶち抜いた電話コードをぶらぶらさせていた。
「ちょっ……土方さん!」
 思わず叫んだ総司に、ぽいっとコードを放り投げ、低い声で云った。
「人のことなんか放っておけ」
「でも!」
「全部食えばいいんだ。俺はおまえが作ったものなら、何でも食える」
 きっぱり断言した土方に、総司は目を見開いた。
 しばらく黙った後、
「……じゃあね」
 と云った。
 もしかすると、電話を無理やり中断された事を怒っていたからかもしれない。だから、こんな意地悪な質問をしたのだ。
「じゃあ……もし、毒なら?」
「毒?」
「チョコに毒が入ってるとわかっていても、食べれますか?」
「食べるだろうな」
 驚いたことに、土方はあっさり答えた。冗談かと思ったが、真剣な表情だ。
 片手で僅かに乱れた黒髪をかきあげ、そっと目を細めた。
「その毒を入れたのがおまえの意思なら、俺は食う。それで死のうが苦しもうが、仕方ねぇさ。俺はおまえのためなら、何でもしてやりたいと思ってるから」
「……土方さん……」
 総司はもう何も言えなかった。ただ黙って俯くしかなかった。
 こんなにも、自分は愛されているのだ。
 この人はこんなにも、自分を愛してくれている。
 どうして、土方さんはこんなにも大人なんだろう。時々、子供っぽいところも見せてくれるけど、でも、基本的にはすごくすごく大人だ。
 不安がってばかりのぼくを抱きしめ、いつでもじっと待っててくれる。優しく受けとめてくれる。
 なのに、ぼくはいつまでも子供で、この人を困らせてばかりで。
 本当に──こんな自分でもいいのか、今でも不安だけど。
 この人の隣にいるのが自分でいいのか、考え出すと怖くなるけど、でも。
「毒入りチョコなんて、ぼく、絶対作りませんよ」
「そうか?」
 くすっと土方は笑った。手をのばし、総司の唇に指さきでふれた。
「おまえが作ってくれるものには、いつでも毒が入ってるけどな。おかげで俺はすっかり毒づけさ」
「嘘! そんなこと、ぼくは絶対……」
 思わず言いつのりかけた総司に、土方は手をのばした。首筋に手をかけて引き寄せ、その耳もとに唇を寄せた。
「……甘い甘い毒だ」
 桜色の耳柔を噛むように、そっと囁きかけた。
「俺をおまえの虜にしてしまう、魔法の愛の毒だ。それがいつも入ってるのさ」
 総司はちょっと目を見開いた。が、すぐに小首をかしげた。
「それを食べると、ぼくの虜になっちゃうの?」
「あぁ。虜にされて、おまえの事しか考えられなくなって、おまえだけを愛して愛して愛し抜いてしまう」
「ふうん、そんな凄い毒が入ってたんだ」
 くすくすと総司は笑った。そして、悪戯っぽい瞳で男を見上げた。
「じゃあね、あの黒焦げブラウニーにも入ってた? もっと虜になっちゃった?」
「もちろん」
 そう云って笑った彼が、とっても優しくて。
 だい好きで愛しくて。
「土方さん……だい好き!」
 そっと両手をのばすと、土方は優しく抱きしめてくれた。甘いキスが瞼や額、頬に落とされる。それにうっとりと目を閉じた。
 ゆっくりとマットの上に横たえられ、衣服を脱がされてゆく。白い肌のあちこちに口づけてくる土方に、総司は小さく甘く喘いだ。
 無意識のうちに、下肢に顔をうずめた男の髪に指をからめた。今日は仕事帰りなのでいつもより、きっちり整えられている。その艶やかな黒髪を指でかき乱した。
「ん……ぁっ、ああ…んぅっ!」
 短い悲鳴をあげて、総司は彼の口の中に放った。それを綺麗に嚥下した土方が口許を手の甲で拭いながら、顔をあげた。
 その彼を見た瞬間、総司は胸が大きく高鳴るのを感じた。
 乱された黒髪をわずらわしげに指さきでかき上げ、濡れた唇に笑みをうかべながら、土方は熱っぼい瞳で総司を見下ろしていた。
 本当に、甘い恋に毒された男の顔だ。
 愛の虜にされきった男の瞳だった。
 でも、わがままな自分はまだまだ足らなくて──
「ねぇ……もっと」
 総司は両手をさしのべ、甘ったるい声でねだった。
「もっと、ぼくを食べて。ぼくの虜にされちゃって」
「……あぁ」
 欲望に掠れた声で答え、土方は再び総司の下肢に顔をうずめた。ねっとりと熱い感触が少年のものを包みこむ。総司は満足げな吐息をもらし、目を閉じた。
 何度も何度も追い上げられて、それこそ躯の芯がとろとろに蕩けそうなくらい可愛がられた。
 そして、気がつくと、熱く濡れた雄の目をした土方に組み敷かれていた。両膝を抱え上げられ、恥ずかしいくらい大きく開かされる。濡れた蕾に熱い猛りがあてがわれ、息をつめた瞬間、一気に最奥まで貫かれた。
「ぁ…ぁああぁ──ッ!」
 悲鳴をあげ、総司は男の腕の中で仰け反った。すごい衝撃と熱だった。が、苦痛はない。むしろ、ぞくぞくするほど甘美な快感が背筋を突き上げた。
 ゆっくりと土方が腰を使って責め始める。次第に激しく揺さぶられ、総司は声も限りに泣きじゃくった。必死になって男の背中にしがみついた。もしかすると爪をたてたかもしれない。でも、そんなこと何だと云うのだろう。
 もっともっと愛して欲しい。
 あなたをぼくの毒で満たしたい。
 あなたをぼくだけのものにしたい。
 もう──ぼく以外のことは考えないで。
 好きだから、愛してるから、あなた以外欲しくないから。
 もっと虜になってくれる?
「……総司、総司……愛してる……っ」
 荒い息づかいとともに、土方の声が囁いた。
 それを聞きながら、彼を受け入れて。深く深く感じて。
 もしかすると、全部聞こえてたのかもしれないね。でも、こんな時にしか言えないから。
 だから、ぼくのお願い、聞いてくれる?
 ねぇ、お願い。
 土方さん。

「……ずっと…愛して……」

 そう囁いたきり気を失ってしまった総司の躯を、土方はそっと優しく抱きしめた。
 愛してるよ──と囁きながら……。





 今度やってくるホワイトデイの夜。
 あの人に、ちゃんと返事をしてあげられたらいいな。
 嘘や意地っぱりじゃない。
 本当のぼくの気持ちを、素直に告げてあげたい。
 あなたが好きだよって。
 だい好き、愛してる。
 ずっといつまでも、あなたの傍にいさせて下さいって。
 そう告げたら、あの人はどうするだろう?
 優しく笑って、抱きしめてくれるのかな。
 それとも、甘い甘いキスをしてくれるのかな。



 すべては、ホワイトデイまでのお楽しみ──







 

[あとがき]
 めちゃくちゃ長くなりました。お褥シーン、なるたけ直接的表現さけて見ましたが、いかがだったでしょうか? チラリズムって奴?(笑) 初めて出したいっちゃんでしたが、かなり女王さまです。永倉兄と彼氏平助に君臨してます。可愛い顔して意外と姉御肌タイプという設定でして。
 完全甘甘ではない二人のバレンタインでしたが、ま、この二人らしいかなと。つづきは一ヵ月後のホワイトデイで〜♪ 


長いお話へ戻る          「かくれんぼの恋」の扉へ戻る