夕闇に。
 ひっそりと咲いていた。
 白い花だ。
 そっと指さきでふれると、柔らかな花びらがふるえた。蜜のような夕闇の中、零れおちてゆく。なめらかな血に濡れた。
「………」
 不意に、くすっと笑った。
 斉藤の傍で、彼が。
 黙ったままふり向くと、彼は瞳をあげ、微笑んだ。
 ふしぎな。誰にもできない、笑み。
 思わず見つめ返すと、彼はすうっと瞳をそらした。静かに刀の血を懐紙で拭いとった。ふわりと舞う白い花びら。
 その桜色の唇が笑っていた。
 酔ったように潤んだ瞳が、また彼を見た。
「これで……」
「……え?」
「これで、何人めでしょう……」
 不意の呟きに、斉藤は眉をひそめた。
 彼はうっすらと笑ったまま、もう一度くり返した。
「これで……どれだけ人を殺したのでしょう……」
 夕闇に、血の匂いが濃い。
 濡れた花びらの鮮やかさが息苦しかった。
「殺して。殺して──殺しつづけて」
 唄うように彼はつづけた。ゆっくりと、そのしなやかな指さきで髪をかきあげる。
「この手も躯も、みんな血で真っ赤だ。そう見えませんか。そう思いませんか」
「………」
「殺す事なんか知らない月日の方が、今まで生きてきた大半をしめるのに。なのに……躯は人を殺すことを覚えきっている。この手もこの目もこの声も、すべて。何もかも……指さき一つまで」
 彼はまっすぐ斉藤を見た。
「ただ、人を殺すためだけに。私は……人を斬って命を奪うためだけに、ここにいるのでしょうか」
 その細い指さき。きれいな。
 汚れ一つなく白い。
「───」
 ゆっくりと、彼はその瞳を血溜まりにむけた。屍の。真っ赤な。零れおちた純白。なめらかに濡れた、花びら。
 血に濡れた花びら。
「……本当に。なんて……」
 静かに。
 その視線を花びらにあてたまま、彼は小さく呟いた。
「なんて……染まりやすいのか……」
 夕闇の中。
 のばされた彼の白い指が、花にふれた。
 ほろほろと、いく弁も花びらが零れおちてゆく。真っ赤な血。なめらかに濡れて。
 残酷なほど脆く……。
 何も云えず、息さえつめて、魅せられたように、斉藤はそれを見つめつづけた。
 いったい、どれほどの時が過ぎたのか。
 やがて、花びらが皆、血の中に沈むと、彼はようやく顔をあげた。
 そして、ゆっくりと。
 微笑んだ──。
 もう、夕闇の中で僅かにしか見えない。
 だが、それは。
「───」
 白い花のようだった。
 あの、血に濡れた白い花の……
 花の……、
「……総司」
 かすれた声で呼びかけたが、応えはなかった。
 彼は長い睫毛をふせると、何事もなかったように踵を返した。ゆっくりと歩きだす。
 夕闇の中、遠ざかる華奢な背。
 目をそらし、斉藤はふり返った。今まで、二人してあった光景を。
 垣根に零れる白い花。花。花。
 屍。血溜まり。のろのろとつづく路地。家々。
 夕暮れ。
 そのむこう──夕闇の中に佇んで。
「………」
 黙ったまま背をむけた。彼の後を追い、斉藤は歩きだした。
 何故だか、自分の長くのびた影が恐ろしかった。
 

 
    ただ、血の如く。
    空だけが紅い───






 

 


[あとがき]
 うちは土沖サイトだったはずなのに……。すみませんっ。このお話は「真珠の涙」の前にあたるお話です。土方さんとうまくいってない頃の孤独な総司です。斉藤さんはいつも総司の一番の理解者だし、同じように人をたくさん斬ってる立場なので、尚更近いのです。「真珠の涙」との間にはまだ色々あるんですけど、暗いしシリアスだからなぁ。書くかどうかは未定という事にしておきます。


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