「あけまして、おめでとうございます」
「あぁ、おめでとう」
「今年もよろしくお願い致します」
「こっちこそよろしくな」
「……」
「……」
 沈黙が落ちた。
 畳に三つ指ついて頭を下げていた宗次郎は、顔を上げた。大きな瞳が悪戯っぽく笑い、前に坐る歳三を覗きこむ。
 それに歳三は小さく笑い、両手をさしのべた。
「堅苦しい挨拶は終わりだ。ほら……おいで」
「うん」
 宗次郎は嬉しそうに立ち上がり、歳三の傍へ歩み寄った。柔らかく彼の膝上に抱き上げられる。
 男の両腕がほっそりした少年の躯に回され、優しく髪を撫でられた。それを、まるで毛並みを撫でられる猫のような表情で心地よげに受けながら、宗次郎は男の広い胸もとに凭れかかった。
 傍から見れば、超妖しげな関係なのだが、この二人にすればごく日常的なことで、何の疑問もない。
「あのね、歳三さん」
「うん?」
「今年はね、新しくお煮しめ作ってみました」
「へぇ、えらく頑張ったんだな」
「うん」
 宗次郎はこくりと頷き、指折り数えはじめた。
「紅白なますでしょ? きんとんでしょ? 黒豆に、伊達巻卵。で、今年はお煮しめです。これで、お節料理も五種類作れるようになりましたよ」
「毎年、頑張ってるものな」
「うん……あのね」
 宗次郎は甘えるような表情で歳三を見上げた。
「今年も……食べてくれる?」
「もちろん」
 頷いた歳三に、宗次郎はぱっと顔を輝かせた。
 彼の膝上からすべり降りると、部屋の片隅に置いていた盆をとり上げた。
 歳三の前にそれを置くと、皿と箸を彼に渡し、重箱をそおっと開いた。
 中には、先ほど言っていた紅白なますにきんとん、黒豆、伊達巻卵、煮しめが綺麗に盛り付けられてある。
「へぇ、旨そうだな」
「味見はしたけど……食べてみて下さい」
「あぁ」
 歳三は一番初めにその煮しめを取り上げた。
 豪農育ち故か、彼の食事の仕方はいつも綺麗だ。箸使いもうまく、綺麗に何でも切り分けるし、とても洗練された動作で食事をとってゆく。
 もしかすると、女にもてる理由はそんな処にもあるかもしれなかった。
 そんな歳三は煮しめの里いもを食べると、前で不安そうにしている宗次郎に視線をやった。
 瞳を覗きこみ、にっこり笑いかけてやる。
「すげぇ旨いぞ」
「ほんとっ?」
 宗次郎は嬉しそうに叫んだ。歳三の傍らに寄り添い、一緒に重箱の中を覗きこむ。
「あとね、これ、伊達巻も頑張ったんです」
「焼き色つけるの難しいからな」
「そうなんです、油断してると焦げちゃうし……ね、どう?」
「うん、これも旨いよ。おまえ、ほんと料理上手だな」
 歳三に優しい声で褒められ、宗次郎はなめらかな頬をぽっと赤らめた。
「そん…な、歳三さんにお弁当とか渡してくる女の人たちにくらべたら……」
「いや、おまえの方が断然上手いって。俺はおまえが作ってくれた料理の方が好きだ」
「……」
 宗次郎は嬉しそうに、そして、本当に幸せそうに微笑った。
 まるで、花が綻ぶようなその笑顔。
 歳三は目を細め、それを愛しくてたまらないという表情で眺めた。手をのばし、そっと指さきで頬にふれてやる。
「……可愛いな」
「歳三さん……」
「俺のために作ってくれたんだろ? ありがとな、宗次郎」
「うん」
 こくりと頷き、宗次郎は歳三の肩にそっと小さな頭を凭せかけた。
 新春と言ってもまだまだ寒い一月。
 だが、二人の上にだけ早くも春がやってきたようだった……。
 

 


 
「……だいたいさ」
 原田は遠く二人を眺め、呟いた。
 中庭を挟んでむこうの部屋。
 歳三と宗次郎がいるのは見えるが、さすがに会話は聞こえない。ということは、こちらのやっかみ半分の会話も聞こえないという事だった。
 それを確認してから、原田は言葉をつづけた。
「あれで契り交わしてないってのが、とんと理解できねぇ」
「うんうん。ほら、あの雰囲気」
「もう、完全に二人の世界〜だろ? 他者の立ち入る隙全くなし」
 何しろ狭い試衛館の中だ。
 当然の事ながら、歳三と宗次郎がやってるおままごとのようないちゃつきぶりは、全部、丸見えだった。
 年初の挨拶をかわして、いそいそと御節料理を出してきて食べて。
 あとは抱きあったり、食べさせあったりしてるのだ。
 しかも、毎年恒例なのだから始末におけない。
 原田は正月早々手にいれた春画本を眺めながら、ぐりぐりと肩を回した。
「しっかし、宗次郎も良くやるなぁ。あれじゃどう見ても、新妻だって」
「初めて作った御節料理を夫に食べてもらう、新妻って奴かい?」
「そうそう」
 永倉の言葉に頷きながら、原田は傍らの藤堂に視線をやった。先ほどから、藤堂はじーっと二人の方を見ている。
「おい、あんまり見てると土方さんにぶん殴られるぞ」
「わかってますよ。でも、いいなぁ。おいしそう、お節料理」
「食わせて貰えるものか。土方さん、宗次郎の作った料理、絶対他の誰にも食わせねーからな。宗次郎の方も「歳三さんのために作ったんです!」だし」
「けど、おいしい時はいいけど、失敗したこともあるでしょう?」
「昔、いなり寿司でな。けど、土方さん、それも全部食っちまったんだ。目に入れても痛くない、可愛い可愛い宗次郎が作ったものだ。たとえ、それで腹壊そうが何だろうが、あの人は絶対に全部食べきってみせるさ」
「ひえ〜、すごい」
 感心しながら、藤堂はまた視線を二人に戻した。
 ちょうど、歳三が箸で切り分けた伊達巻を宗次郎の口に入れてやり、何か囁いている。
 ちょっと頬を赤らめた宗次郎が恥ずかしそうに、歳三の胸もとに顔をうずめた。
 それを笑いながら抱き寄せる歳三も、めちゃくちゃ幸せそうだ。
「春だねー」
「だから、今日は正月だってば」
「いやいや、あの二人のとこだけさ」
「淋しいこと言うなよー、新八ちゃん。初詣行こうぜ」
「で、可愛い娘っこでもひっかけるか」
「おっ、それいいねぇ。平助、おまえも行く?」
「行きます。あ、土方さんと宗次郎はどうしましょう?」
「無理と思うが、一応、声かけるか」
「……一応?」
 怪訝そうな藤堂の前で、原田は立ち上がると大声で怒鳴った。
「おーい、初詣行くかいっ?」
 それに二人がふり返った。
 宗次郎が歳三の手を握って何か言い、それに歳三が僅かに唇の端をあげた。
 くすくす笑いながら、耳もとに何か囁きかけている。
 宗次郎は耳柔まで桜色に染め、原田たちの方へ向き直った。
「すみません。行きませんので、どうぞ」
「わかった。……な、ほらな?」
 ひらひらと手をふり、原田は藤堂に笑いかけた。なるほどと頷く。
 とりあえず手元のものを片付け、部屋を出た。
 最後に部屋を出ようとした原田は、ふと、何気なくふり返った。
 が、その瞬間、目にしたものに、苦笑してしまう。
「……」
 中庭を挟んで向こう側。
 冬にしては珍しい、あたたかな陽光の中で。
 二人は甘く口づけあっていたのだ。
 歳三は宗次郎の躯を膝上に抱き上げ、何度も角度をかえて唇を重ねている。縋るように彼の着物を掴んでいる宗次郎の白い指さきが、ひどく色っぽかった。
(……おいおい、障子ぐらい閉めてくれよ。けど……まぁ幸せなのが何よりさ)
 原田は小さく笑いながら、部屋を出た。
 玄関へ出ると先に待っていた永倉と藤堂が、
「何をにやにやしてるんだ?」
 と聞いてくる。
 それに笑って誤魔化し、原田は下駄に足を突っ込んだ。
「ほら、行こうぜ!」
「初詣、人多いですかねぇ」
「あたり前だろ。その分、可愛い娘っ子も多いさ」
「だといいんですけどねぇ」
「おまえー、そういう悲観的考えじゃもてないぜ」
「永倉さんは楽観的考えでももてないですよね」
「あっ、こいつ可愛くねぇー!」
 わぁわぁ騒ぎながら初詣へ向かう三人の上に、ひらひらと粉雪が舞い始めていた。
 それに、三人も、通りゆく人々も見上げる。
 そして、もちろん。
 試衛館の一室で。
 甘く幸せな時を過ごす二人も。
「……歳三さん、雪です」
「あぁ、綺麗だな」
「うん……すごく綺麗」
「宗次郎?」
「はい」
「今年もよろしくな」
「はい! 今年もよろしくお願いしますね」
 笑いあう二人は、まだ恋人同士ではないけれど。
 お互いを誰よりも想いあってることに、気がついてないけれど。
 それでも。
 幸せだから。
 いつまでも、こうして幸せに二人過ごしていけると信じたいから。
「……だい好き」
 小さな小さな声で告げられた、その言葉に微笑んで。
 ひらひらと。
 白い粉雪が降り舞う空の下。
 歳三は、宗次郎をそっと抱きしめたのだった。

 

 
    HAPPY  NEW  YEAR!








[あとがき]
 久しぶりの歳三さんと宗次郎。この二人の恋人未満の甘さを書くのも、私は好きです。ぎこちなさというか、初々しさというか。そんな二人のいちゃつきお正月をお届けしましたが、いかがだったでしょうか。皆様の新年が素敵なものとなりますように、願って♪


 戻る