土方は酒があまり好きな方ではない。
 それ程強い訳でもないので、あまり自ら進んで飲むこともなかった。もちろん、酔ったこともほとんどない。
 だが、それは総司のためでもあった。
 宴の時、いつもいつも総司が傍に寄り添い、彼にあまり酒を飲ませなかったのだ。とくに、それは彼が新撰組副長になってからは顕著だった。ほんの少し飲んだあたりで、ぱたりと杯を伏せさせてしまうのだ。
 それを周囲は疑問に思いつつ、素直に総司の言葉に従ってる土方に、皆苦笑していた。
 土方さん、ほんっと総司の言いなりだなぁ〜と。
 が、それに深い理由があるなど、誰も考えなかったのだ。
 その夜までは。








 満月の綺麗な夜。
 お月見と称し、屯所の一角で隊士たちによる宴が開かれた。
 いつもの如く無礼講で行われたのだが、総司は少し遅れてしまった。巡察の当番だったので、それを終えてからの参加になったのだ。
 総司は巡察の後、一番隊隊士たちが驚くほどの早さで屯所に駆け戻ると、大急ぎで自室へむかい着物を着替えた。幸い、斬りあいは全くなかったので少し汗をかいた程度だ。それを手拭でざっと拭い、涼しげな夏の単と袴に着替えた。
 そして、大急ぎで宴が行われている部屋にむかった。
 中庭に面した大きな部屋から、やいやい騒ぐ声が聞こえていた。廊下からそこへ走りこんだ総司は、ぐるりと部屋の中を見回した時点で、ちょっと訝しげな表情になった。
「……土方さんは?」
 そう訊ねた総司に、部屋の片隅でお酒を飲んでいた斉藤が「さぁ」と首をかしげた。
 総司は仕方なく上座にむかうと、土方の席であるはずの隣の座布団の上にぺたんと坐った。もう顔を真っ赤にしてにこにこしている近藤に、総司は訊ねた。
「近藤先生、土方さんはどこに行かれたんですか」
「あぁ、歳か。さっき酔いを冷ましてくると、出ていったが……」
「酔いを?」
 総司は思わず聞き返した。
 念のため見てみると、土方の席の前には幾つかの銚子が転がっている。それを見れば、どれだけ彼が飲んだかわかるものだった。総司は重ねて近藤に問いかけた。
「あの、土方さん、そんなに酔ってたんですか?」
「いや、たいして事なかったがな。いつも通りだったぞ」
「そうですか……」
 総司はちょっと安堵し、ほっと息をついた。なら、思ったより飲んではいないのだろう。
 が、それは間違いだった。
 酔いというものは、時がたつにつれて表にあらわれてくるのだ。それをつくづく思い知らされたのは、そのすぐ後だった。





 ……カタン。
 僅かな音が廊下の方で鳴った。
 それに、総司は顔をあげ──絶句した。
 土方が廊下の柱に凭れかかるようにして、立っていたのだ。いや、それはいい。
 立っているのはいいのだが、問題はその状態だった。

(ひ、土方さん……!)

 固まっている総司の様子に、それを不審に思った隊士たちもふり返った。その気配に気づいたのか、土方がゆらりと黒い瞳をあげた。
「!」
 いつもきっちり結い上げられている黒髪が、僅かに乱れていた。手櫛でかきあげてしまったのだろう。額に艶やかな前髪がはらはらと落ち、男の色気を醸しだしている。
 土方の黒い瞳は酔いに潤み、誰もがはっと息を呑むほど艶にあふれていた。しっとり濡れた黒曜石の瞳で、夢見るようにこちらを見つめてくる。
 その頬は僅かに上気し、いつもきっと固く引き結ばれている形のよい唇も微かに開かれていた。甘い吐息まで感じられそうで、どこか接吻を求めているような錯覚さえ覚えてしまう。
 その上、常日頃は癇症なほどきっちり整えられた襟元が、ゆるく開かれていた。酔いゆえの暑さのため、土方が自分自身でくつろげたのだろう。
 いつも端然としてるだけに、どこか自堕落なその姿は危ういほど艶かしかった。





「!?」
 ぼんっと総司の頬が真っ赤になった。
 両手で口をおおったまま、慌てて周囲を見回せば、周りの隊士たちも驚いた表情で土方を見上げている。いつも冷然とした鬼の副長の思ってもみない姿に、唖然としたのだろう。
 中でも、まだ年若い少年の隊士たちなどは、ぼうっと見惚れるような瞳をむけていた。否、「ような」ではない。憧れと恋慕にみちた目で、土方だけに完全に見惚れてしまっているのだ。
 それを見た総司は、めらめら嫉妬と怒りの炎を燃えあがらせた。

(土方さんのばかっ! あんなにあんなに気をつけてきたのにーっ!)

 総司と土方のつきあいは長い。何しろ、土方が十四才、総司が五才の時からのつきあいなのだ。
 だからこそ、よーく知っていた。さほど酒を嗜まない土方が酔えば、どんな状態になるか。
 確かに、土方は端正で綺麗な顔をしているが、常は鋭いまなざしと怜悧な表情のためか、日頃の彼に艶など全く漂っていなかった。逆に冷え冷えとした凄味を感じさせる程だ。ところが、酒に酔うとその様は一変してしまうのだ。
 しっとり濡れたような黒い瞳と、うっとりしたような表情で、零れるほどの男の艶を纏ってみせる。女だけでなく、総司のように憧れる少年の心を魅了し、妖しく惑わしてしまう程だ。
 それを知ってるからこそ、必死になって酒を飲ませないようし、ひた隠しに隠してきたのに。
 なのに──っ!





「……歳」
 呆気にとられた表情のまま、近藤は声をかけた。
 それに、濡れたような黒い瞳がむけられた。
「何だ……?」
「おまえ、その……えらく酔ってるみたいだな。大丈夫か」
「あぁ……」
 土方は僅かに掠れた声で答えた。
 それがまた、総司しか聞いたことのない寝起きの声と同じで、ぞくぞくするほど艶かしい。
「大丈夫だ。それ程酔ってねぇよ……」
 そう云いながら、かなり酔ってるようだった。その証拠に、土方は先ほどから柱に凭れかかったままだ。その背を柱にあずけ、うっとりしたようなまなざしを、夜空の月にむけた。
「綺麗だな……すげぇ満月だ」
 が、そういう彼こそが美しかった。
 月の光にふちどられた端正な顔は、思わず息を呑むほどで。
 しかも、しかも──土方は、その上とんでもない事をやってのけたのだ。

(うわーっ! やめてよぉぉーっ!)

 総司は思わず立ち上がり、絶叫しそうになった。
 何と、土方はそうして柱に凭れ、月を眺めながら、静かに小唄を口ずさみ始めたのだ。
 うっとりした微笑みまでその唇にうかべ、僅かに掠れた低い声で口ずさんでゆく。
 その歌声に、隊士たちは思わず聞き惚れた。
 もともと土方の声は深みがあり、澄んだいい声だ。ちょっと声を低めて耳もとで囁けば、脊髄直撃ものだった。
 なのに、それが甘く優しい調子で小唄を口ずさんでいるのだ。
 見惚れ、聞き惚れないはずがなかった。

(ああああ、今までの苦労が全部水の泡になってゆく〜)

 畳に両手をつきガックリと項垂れてしまった総司を、原田や永倉、斉藤など幹部たちが同情と納得の目で見やった。さすがに今までの総司の行動の理由がわかったのだろう。成程ね〜という表情になっている。
 やがて、小唄をうたい終わった土方に、隊士たちは一斉に手を叩いた。口々に賞賛の声をあげる。
 それに、土方はふと気がついたように部屋の中へ視線を戻した。
 そこで初めて、こちらを見ている総司に気づいたのだろう。
 にっこりと微笑んでみせた。
 それも、いつも総司だけに見せてくれるはずの、心を許した優しい笑顔だった。柱に背をあずけ、僅かに小首をかしげながら、潤んだ黒い瞳で、うっとり微笑みかけてくる。
「!!!!!」
 さすがの総司の堪忍袋もそこでぶちっと切れた。
 真っ赤な顔で立ち上がると、総司はもの凄い勢いで部屋を横切った。途中、島田の足などをぎゅう〜っと踏んでしまったが、それさえ気づかぬほど頭に血がのぼっていた。
 そして、土方の前に立つと、不思議そうな顔をしている彼の腕を掴んだ。
「帰りましょう! 部屋に」
「え? だが、まだ宴が……」
「そんな事どうだっていんです! 早く部屋に帰るんですっ」
 総司は叫ぶと、土方をずるずる引きずるようにして歩き出した。それに、土方もちょっと小首をかしげたが、素直についてくる。あまつさえ、総司の細い肩に腕をかけ、そっと抱き寄せた。
 が、常々、人前での接触を嫌がる総司も今日は拒まなかった。
 こんな土方を見せてしまったのだ。その上、あの綺麗な笑顔の大盤振る舞い! どう考えても、ここで隊士たちに、しっかりきっちり牽制をかけておいた方が良かった。
 可愛らしい顔で、部屋の隊士たちをじろりと一睨みしてから、総司は足早に歩き出した。それに「いったい、何を怒ってるんだ?」などと呑気に訊ねてくる酔っ払い男がこ憎たらしい。
 いつも彼自身は総司に、さんざん笑顔を見せるなとか、可愛すぎるから心配だなどと、云いまくってるくせに。

(この人の方がずっとずっと魅力的なのに。あんな笑顔を見せたら、あんな艶っぽい瞳をしたら、みんな惹きつけちゃうのに。全然そんなのわかってないんだから……!)

 ぷりぷり怒りながら歩きつづけた総司は、ようやく土方の部屋の前まで来た。
 そこでふり返って見上げた総司に、土方は「ん?」というふうに小首をかしげてみせた。
 大きな瞳でちょっと睨んでやると、逆に、土方はその端正な顔に綺麗な微笑をうかべた。くすくす笑いながら、総司の躯に腕をまわし、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「何を怒ってるんだ?」
「……別に怒ってなんかいません」
「ほんとに? なぁ、機嫌直せよ。あぁ……そうだ、俺の部屋で二人だけの宴をやり直そうぜ」
「いいですね。当分の間、あなたを宴に出させるつもりありませんから」
「何で?」
 不思議そうな土方に、答えてやる気にもなれなかった。
 はぁっとため息をつき、総司は彼の腕にしっかり抱きついた。そして、酔いで超ご機嫌の恋人を、無理やり部屋の中へ引きずりこむと、ピシャッと障子を閉めたのだった。






 ちなみに。
 後日、当然の事ながら、土方には、宴への出席禁止と禁酒命令が、総司から出されたのだった。
 酔った自分自身の艶っぽさに全く自覚のない土方は小首を傾げたが、可愛い顔でめらめら燃えながら承諾を迫る総司の様子に、慌てて素直に頷いたのだった……。



 いやはや。
 酔った彼氏にはご用心。














[あとがき]
 いつもいつも総司が可愛いって事で、やきもち焼きまくりの土方さん。でも、彼の方がすっごくいい男なんだよというお話。いつも端正な男の人が気崩したりすると、格好いいですよね♪ 男の艶というか。ちなみに、きっぱりすっぱり申し上げておきますが、うちの土方さんは絶対攻でございます。いくら総司の言いなりになってても〜(笑)。
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