わが園の李の花か庭に落りしは
はだれのいまだ残りたるかも






「……李?」
 総司の部屋だった。
 褥の上で総司は半身を起こし、小さく首をかしげた。さらりと柔らかな髪が、最近とみに細くなった肩で揺れた。
 土方はその傍に胡坐をかいて坐り、それを無造作に差し出した。
 黒谷から帰ったばかりなので、まだ黒羽二重の羽織に仙台袴という正装姿だった。
「李、ですか」
 総司はちょっとびっくりしたように云った。
 その手をとり、土方は李を掴ませた。
「ほら。よく昔、食っただろ」
「えぇ」
「……? 何してるんだ?」
「いえ、きれいだなぁと」
「眺めててどうする。そりゃ食うもんだ」
「ねぇ、土方さん」
 李を手にしたまま、総司は不意に云った。
 熱に潤んだ瞳が揺れた。
 その熱っぽい瞳や青白い頬に不安を覚えながら、土方はできるだけ優しい声で答えた。
「あぁ、何だ」
「昔、食べた李。あれ……甘かったですね」
「? 昔、食べた李?」
「ほら、土方さんが道場の庭から勝手にいっぱいとっちゃって、皆にも内緒だぞって分けてくれて……」
「あぁ……あれか」
 土方は思い出し、苦笑した。
「けど、あの後、おまえ、周斉先生に喋っちまっただろ。たっぷり小言もらったぞ」
「ごめんなさい」
 総司はくすくす笑った。
 ひとしきり笑ってから、やがて──視線を落とした。
 ぽつりと呟いた。
「何かね……とても遠いんです」
「……」
「あの頃のこと、今でも思い出せるけど、皆……土方さんの云った事、近藤先生や、永倉さん、原田さん……皆の笑顔も。李も。あのまっ青だった空も」
「……総司」
「ほんの昔の事なのに、とても遠い。とても……遠いんです。二度とは戻れないからかな」
 細い指さきが李をもてあそんだ。
 長い睫がそっと伏せられた。
「今でも……李は甘いんでしょうか」
「……」
 不意に、土方は手をのばした。
 無言のまま総司から李を奪い取ると、皮を剥いてやった。
 それから、驚いて見上げる総司に再び押しつけた。
「ほら、食え」
「え……」
「早く」
 苛立ったような口調で云われ、総司は慌てて李を口もとに運んだ。真っ白な歯がたてられると、透明な汁がこぼれた。
 一口だけ齧った総司を、土方は見つめた。
「甘いだろ」
「……ん」
「甘いって云えよ」
「……甘い、です」
 くすっと総司が笑った。
 相変わらず強引だなぁと云いたげな表情で、男を見上げる。が、すぐに、それは幸せそうな笑顔になった。
 思わず抱きよせた土方の腕の中、総司はくすくす笑いながらくり返した。
「えぇ……とても甘いです」
「そうか」
「甘くて……だい好きです」
 そう囁いてくれた総司の唇を、そっとふさいだ。
 熱っぽい舌を堪能し、その細い躯を二度と離さぬとばかりに両腕で抱きしめた。総司の白い手が土方の背にまわされ、きつくしがみついた。
 口づけは、甘い李の味がした……。











「何だ? 李?」
 シャツの襟もとをゆるめながら、土方は訊ねた。
 鉄之助が盆を手にしながら、はい──と答えた。
 遠く演習の声が聞こえた。
「お好きですか?」
「好きだよ」
 土方は一つを手にとり、眺めた。ふと目を細めた。
「……とても遠い、か」
「はい?」
「いや……何でもない」
 目をふせ、小さく笑った。
 土方は李を一口齧り、僅かに眉をひそめた。
「……酸っぱいな」
「少し早いですから」
 鉄之助が盆を置きながら、何気なく答えた。辺りを片付けると、部屋を出ていった。
 一人きりの、静まりかえった部屋だった。
 何もかもが──遠かった。
 試衛館での日々も。
 京での日々も。
 そして。
 永遠に失われてしまった愛しい恋人との日々も……。
 土方は目を閉じ、低く呟いた。
「もう……甘くないんだな」
 男の声が、僅かに震えた───。







わが園の李の花か庭に落りしは
はだれのいまだ残りたるかも













 

[あとがき]
 正直な話、何でこの歌をつけたのか、意味さえもよくわかってません。なんていい加減な(笑)。お願いですから、追求しないでやって下さいね。
 ただ、総司との日々を一人思い出す土方さんを書きたくて、書いたお話でした。短いお話ですが、少しでも彼の切なさ、悲しみが皆様につたわれば……と思います。


戻る