何でかな。
 この頃、我儘ばっかり言ってる気がした。
「だいっ嫌い──ですからね!」
 地団太踏んで。
 総司は子供みたいに叫んだ。
 その視線の先で、ぷいっと土方が顔をそむけた。
「嫌いで結構だ。俺だって、おまえなんかに好かれたくねぇよ」
「だいっ嫌い!」
「だから、云ってるだろ。嫌いで構わねぇって!」
「嫌い! 嫌い! だいっ嫌いっ!」
「俺だって、おまえなんか嫌いだよっ!」
 叫んでから、怒鳴ってから。
 土方は「しまった」という顔になった。慌てて手をのばしてくるが、一瞬早く、総司は背をむけていた。
 ばたばたと走り去る後ろで土方の声が聞こえたが、ふり返らなかった。
「……」
 遠く離れてから、総司は唇を噛んだ。
 わがままだって、わかってる。
 人あたりがよくて、優しくて明るくて。そんなの──本当の自分じゃないから。
 本当は、人見知りが激しくて、好き嫌いが多くて、うーんとわがままで、だい好きな彼を困らせてばかりで……。
(でも、私、土方さんにしか我儘言えないし、あの人もまたそれを許してくれるし……)
 昔から、やだやだやだって駄々こねて。
 ねぇねぇお願いって甘えて、聞きいれられない事なんか無かった。
 何でもしてくれた、どんな事でも叶えてくれた。
 今みたいに怒って喧嘩する事もあったが、それでも、いつも最後には彼の方から「ごめん」と折れてきたのだ。
 誰にでも優しい訳じゃない。ましてや誰かを甘やかすなど絶対にしない彼が、自分にだけ特別なのが嬉しかった。誇らしくてたまらなかった。
 それは、ここ──京に来てからでも変わらなくて。
 それどころか、恋焦がれてきた想いが叶い、彼の恋人にしてもらってからは、もっともっと優しくなって特別扱いになって。
 だから。
 まだ大丈夫かな。
 まだ甘えられるかな。
 そんなふうに彼を試すために、この頃、もっと我儘を言ってしまっていた。
 彼の愛情が不安で、本当に好いてくれてるのか怖くて。
 もっともっと愛してほしくて───
(……土方さん……)
 総司はため息をついた。


 
 
 
 いったい何でなんだ。
 この頃、我儘ばかり言われてる気がした。
 屯所の道場でだった。激しく打ちあう隊士達を前に、土方は端座していた。
 黒の長着の袖に腕をさしいれ、仏頂面で押し黙っている姿は鬼の副長そのものだ。もちろん、隊士達も皆怯えきり、びくびくしながら決してそちらへ視線をむけないようにしていた。
 だが、その実、土方の意識は完全に己が副長である事さえすっ飛ばしてしまい、ましてや目前で打ちあう隊士達のことなど遥か彼方、ただもう頭を占めるのは彼の可愛い恋人の事ばかりだった。
 長年の想いが叶い、ようやく手にいれた恋人。
 だが、とにかく、いや、昔からよくよくわかっていた事なのだが、その恋人は、本当にもう超がつくほどの我儘な性格だった。自分以外は知らないことなのだが。
 おねだりと駄々こねはもう日常茶飯事。しかも恋人になってからは、それがどんどん頻繁になっている。
 もちろん、その手を焼かせるところも可愛いのだが、しかし、さすがに今日は切れた。いくら何でも、あれだけ「だい嫌い!」を連呼されたら、どんなに寛容な男でもぶち切れるだろう。
 そこまで考えた土方は、ふと眉を顰めた。
(……だが、あいつは我儘な上に意地っぱりだからな)
 一抹の不安が胸をよぎった。
 何しろ、あれだけ可愛い恋人だ。正直なところ腕の中に一生閉じ込め、誰にも見せたくないほど可愛い恋人だった。
 だが、それだけにすぐ不安になってしまう。
 どうしても、総司の心をしっかり掴んでいるという自信がもてないのだ。さんざん女で遊びまくり恋愛経験も豊富な彼も、総司を相手にするとまるで嘘みたいに臆病になってしまう。
 そのため、こんな時もつい考えてしまった。
 くだらない喧嘩で意地をはってる間に、総司の気持ちが別の方向へむいたら?
 それでもって他の誰かに奪われたら?
 別れるなんて事になったら──等等。
(……冗談じゃねぇよ)
 眉間の皺が深くなった時、道場に入ってきた近藤が声をかけてきた。
「おう、歳。ここにいたのか」
 にこにこしながら歩いてくると、隣に腰を下ろした。
「おまえが道場に顔を出すなど珍しいな。いや、これから少し稽古をつけようかと思うが、おまえも……」
「用事を思い出した」
 いきなり立ち上がった土方に、近藤の目が丸くなった。
「用事? だが、これから稽古を……」
「あんた一人でやってくれ」
 そう言い捨てるなり、土方はさっさと道場を出て行ってしまった。
 そして、呆気にとられている近藤をふり返る事もなく、ただもう先ほど頭に浮かんだ様々な想像ばかりを考えながら、総司の部屋へすたすたと向かったのだった。
 
 
 

 
「……土方さん?」
 そっと障子を開いたが、部屋には誰もいなかった。
 怒って出かけてしまったのだろうか。
 総司は障子を閉めて中へ入り、部屋の真ん中に坐り込んだ。ぐるっと見回すと、何だか彼のいないここは別の部屋のようだった。
 空気まで冷たく感じてしまう。
 ふと、あるものが目に入った。そっと引き寄せ、顔を押しつける。
「……土方さんの匂い……だい好き」
 ぎゅっと胸もとに抱きしめ、そのままころんと畳の上に寝転がった。猫のように体を丸めた。
 早く帰ってきてほしかった。
 早く仲直りしたかった。
 我儘な自分を許して、優しく笑いかけて欲しかった。
 いつも我儘ばかり言って困らせてしまうけど、でも、だい好きだから。
 誰よりも愛してるから。
 ずっとずっと傍にいたいから。
「……ごめんなさい、土方さん」
 小さく呟いてから、総司はそっと目を閉じた。
 

 

 
 一方、土方は。
 苛々した気分のまま、総司の部屋の障子をぱんっと開け放った。
 だが、そこにいてこちらを見上げたのは総司でなく、同室の斉藤だった。壁に凭れ書物でも読んでいたのか、少し眠そうな顔をむけてくる。
 土方は訊ねた。
「……あいつはどこへ行った?」
「あいつとは、総司のことですか」
 わかりきってるくせに、いちいち聞き返す斉藤がまた憎らしい。
 思わず声が低くなった。
「どこへ行ったと聞いている」
「知りませんが」
 すっとぼけた表情で答えた斉藤を、土方は見据えた。が、相手に反応はない。
 しばらく無言で見合っていたが、ここで時を費やしていても無駄だと判断し、土方は「邪魔したな」と踵を返した。
 あれこれ考えながら自分の部屋に戻った土方は、障子を開いた。
 が、次の瞬間、思わずため息をついてしまった。
 部屋の真ん中に、総司がいたのだ。
 それも体を丸くして、まるで猫のような格好ですやすや眠っている。陽だまりの中、その寝顔はあどけなく可愛かった。
「………」
 静かに障子を閉めると、土方はできるだけ音をたてないように部屋を横切った。傍らに腰を下ろし、見下ろして。
 そのとたん──思わず微笑んだ。
 何とも可愛いことに、総司はその胸に土方が脱ぎ捨てた黒の羽織を抱きしめていたのだ。ぎゅっと抱きしめ、顔を押しつけるようにして眠っている。
 なめらかな頬に長い睫毛が翳りをおとし、僅かに開いた桜色の唇がまるで接吻を誘っているようだった。
 額にかかった柔らかな黒髪をさらりと指さきで梳いてやると、心地よさそうな笑みをうかべた。
 もう可愛くてたまらない。
 土方は総司の傍らにそっと体を横たえ、ぐっすり眠っている恋人を胸もとに優しく抱きよせた。両腕でかこむように抱いてやった。
「……ったく、おまえには叶わねぇよ」
 苦笑しながら呟き、可愛い恋人の寝顔を眺めた。
 どれだけ我儘を言われても、この可愛い唇からの言葉なら、何でも許してしまえる自分が不思議だった。
 今までの自分を考えたら、信じられないくらいだ。だが、こうして総司に骨抜きにされている事がまた心地よいのだから、どうしようもない。
 それに、自分は、総司にとって本当の己を出せる相手なのだ。
 腹がたったら怒って泣いて。
 我儘も言えて、他の誰も知らない顔を見せられて。
 そんな事ができるのは、やっぱり愛してるから。
 好きだから、気を許してるから。
(それに……むろん、わかってるさ)
 総司が自分を試してる事は。
 何しろ、彼以上に矜持の高い総司だ。たぶん、完全に土方を支配したと実感するまで満足しない。
 愛してると告げた彼を、いつまでも試し続けるのだろう。
 本当に愛してる? と。
 これでも愛してる? と。
 つまり、土方は、総司の愛と信頼を獲得するために、まだまだ障害を突破しなければいけないのだ。
 もちろん、彼にはそれを楽しむだけの余裕はあるし、それに、絶対に勝ち得てやる自信はあった。
 それにはまず、今日の我儘から片付けることなのだが。
(……確か、発端は花見だったかな)
 ちょっと眉を顰め、土方は考えた。
 明日は公用があるから花見は駄目だと断ったとたん、総司がまた我儘を言い出したのだ。
 他の誰にも見せない拗ねた表情で、桜色の唇をかるく尖らせ、潤んだ瞳で彼を見上げてきた。
 だい嫌いと連呼されて、さすがに土方も頭にきたが、結局、総司を甘やかしたいという誘惑には勝てない。
 あんな可愛い顔でねだられたら、どんな強情な男でもめろめろになってしまうだろう。実際、ここにもそうなった男がいるのだが。
(仕方ねぇ、明日の公用は近藤さんに押し付けるか。暇そうに道場で稽古つけてんだ、どうせ明日も暇だろう)
 めちゃくちゃ自分に都合よく判断し、土方は一人頷いた。
 とにかく、この我儘で気の強いお姫さまのご機嫌をとるためなら、公用の一つや二つ近藤に押し付けるなど至極当然の事だった。
「……ん、土方…さん……」
 不意に、彼の腕の中で、総司が小さく彼の名を呼んだ。夢心地に彼の胸もとに頬を擦り寄せ、甘えるように手を背にまわしてくる。
 その可愛い仕草に、土方は満足そうに笑った。
 たまらないほどの愛しさが胸の内にこみ上げた。
 どんな我儘を言われてもいい。駄々をこねられても構わない。
 どこまで愛してるのかと、何度も試されても。
 それでも。 
 他の誰にも見せない本当の姿を、見せてくれるなら。
 拗ねた顔も、怒った顔も、泣き顔も、もちろん笑顔もみんな、自分だけのものだ。 
 わがままを言うその唇さえ、愛おしいのだから。
「……もっと我儘言っても構わねぇからな」
 土方は耳もとに唇を寄せ、そっと囁いた。
 そして、最愛のわがままな恋人を、優しく抱きすくめたのだった……。
 



 
 


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