桜んぼのような唇が、つやつや濡れていた。
 それに、接吻をしたくてたまらなくなる。
 甘い吐息まで奪うように口づけ、躯の芯まで痺れさせて。
 唇を重ね、甘く柔らかな舌を吸いあげると、腕の中、微かに震える宗次郎の幼い躯───





 いつもの口づけのすべてをまざまざと思い出してしまい、歳三は思わず両手を握りしめた。
 その衝動をやり過ごすように、僅かに視線をそらせた。
 が、そんな男の気持ちなどまったく知らぬげに、宗次郎は身をすり寄せてくる。微かに高い体温がたまらなかった。
「……ね、歳三さん」
 甘い甘い声が、囁いた。
 それも、男の理性を打ち砕くような言葉を。
「だい好き……一番、だい好き」
「──」
 歳三は思わずぎゅっと目を閉じた。
 とても逆らう事などできやしない。
 この可愛いらしい仔猫を前にして、平気でいられる男がいたら、お目にかかりたいぐらいだ。
「……」
 ため息をつくと、歳三は宗次郎の細い腰に腕をまわした。そっと抱きよせてやりながら、訊ねた。
「……で? どれが欲しいって?」
「あのね!」
 とたん、宗次郎は先ほどまでの艶かしさなど遥か彼方にふっ飛ばし、生き生きと叫んだ。
「このお菓子が欲しいんです。あれとこれとそれ」
「……さっき蜜豆くったとこだろうが」
「だって、久しぶりでしょ? 歳三さんとのお出掛け。すっごく甘えたいんだもの」
「……」
 困った表情でじっと黙り込んでしまった歳三を見てとり、宗次郎はまた小さな体を擦りよせた。
 男の手をとって指をからめると、自分のなめらかな頬にみちびいた。そっとふれさせながら、僅かに小首をかしげてみせる。さらりと絹糸のような髪が柔らかくゆれた。
「ね、お願い……」
 とても弱冠十三才とは思えぬ、男心を知りつくした甘え方だ。
 それに、この少年を溺愛してる歳三が逆らえるはずもなかった。女を誑かすにかけては百戦錬磨のこの男も、宗次郎にかかると全く形無しになってしまう。
「仕方ねぇな」
 肩をすくめ、歳三は菓子を買いあたえてやった。それに、店の男が声をかけてくる。
「羨ましいねぇ、兄さん、可愛い娘っこ連れて」
「いや、こいつは……」
 云いかけたが、ここで弁明しても仕方ないと肩をすくめた。
 一方、宗次郎はにこにこ笑いながら、男の言葉に返事をしている。
「お嬢ちゃんも楽しそうだね」
「え?」
「こんないい男の兄さんと道行きだ、楽しくて仕方ないだろ」
「はい! だって、歳三さん優しくて格好いいし、だい好きだもの」
 そう笑いながらうきうきと菓子袋を受け取っている宗次郎を、歳三は切れの長い目で見やった。


 やれやれとため息をつきたくなる。
 どこまでわかってやっているんだか。
 あんまり男を煽ると知らねぇぞ、こっちの忍耐もいつまでもつかわからねぇんだからな。


 そんな事を考えながら眺めていると、宗次郎がくるりと歳三の方をふり返った。また傍により、手をつないでくる。
 そのまま菓子屋の店先を離れると、宗次郎が綺麗に澄んだ声で云った。
「お菓子買ってくれて、ありがとう」
「あぁ」
「歳三さん、だい好き!」
 にこにこ可愛らしく笑いながら云った宗次郎に、歳三は思わず苦笑した。
 本当に、そろそろやばいかもしれない。
 正直な話、男の衝動も何もわかってない宗次郎の無邪気さが、たまらなかった。
「……ったく、そんなふうに男を煽るんじゃねぇよ」
 低く呟いた歳三に、宗次郎は「え?」と小首をかしげた。それに手をのばし、くしゃっと柔らかな髪をかきあげてやる。
「何でもねぇ。本当に、おまえは可愛いな」
「可愛い? 歳三さんにとって、私は可愛い?」
「あぁ、昔から何度も云ってることだろうが」
「じゃあ……じゃあね」
 宗次郎は口ごもった。
 訝しげに見やった歳三の前、ぽっと頬を桜色に染めた。
「じゃあ……歳三さんの周りにいる女の人たち、よりも?」
「宗次郎……」
 その瞬間、男の胸をこみ上げた熱いものは何だったのか。
 歳三は思わず両手をのばし、往来の真ん中であるにも関わらず、少年の華奢な躯を引き寄せた。胸もとにきつく抱きこむと、その柔らかな髪に顔をうずめた。
「歳三さん?」
「……ちくしょう、可愛くてたまらねぇよ」
 舌打ちし、歳三はより強く宗次郎の躯を抱きしめた。
 が、宗次郎は顔を真っ赤にして身を捩り、男の胸に両手を突っぱねた。
 何しろ、ここは往来の真ん中なのだ。辺りを憚らぬ抱擁に、ちらちらと人々がふり返ってゆく。それが恥ずかしくてたまらなかった。
「や、やだ……歳三さん」
 だが、そんなふうに身を捩る様さえ、男を熱く刺激してしまう。
 歳三は腕の中にすっぽりおさめた華奢な躯に、思わず吐息をもらした。そして、少年の細い手首を掴むと往来を横切り、すぐ傍の路地裏へ連れこんだ。
 薄暗く人気のない路地裏に、宗次郎はちょっと怯えたように大きな瞳を見はった。が、壁に凭れさせられ、優しく唇を重ねられると、安堵したように躯の力を抜いた。
「んぅ…歳三…さん……んんっ……」
 何度も角度をかえて唇を重ねられ、宗次郎はうっとり目を閉じた。
 唇を擦り合わされ、うすく唇を開くと男の舌が忍び込んでくる。甘やかに絡められ、時折きつく吸われた。
 背中がぞくぞくするような、甘ったるく濃厚な口づけだ。
 身長差がある二人なので、歳三の腕は宗次郎の躯を半ば抱きあげた状態だった。少年のつま先も宙にういてしまっている。
 十三才になったとはいえ、まだこんなにもか細く小柄なのだ。とても男を受け入れるはずがなかった。
 だが、歳三も焦る気はなかった。
 確かに、こんなふうに可愛く甘えられたり口づけたりすれば、男の身の内を熱く暗い衝動が突き上げたが、歳三はいつもそれを奥歯を食いしばるようにしてやり過ごした。


 愛しいからこそ。
 こんなにも愛しいと初めて思った存在だからこそ。
 ゆっくりと手をかけて育ててゆきたかった。
 華奢で可愛らしい躯も、その素直でのびやかな心も。
 この手で大切に育て、見守り、愛してゆきたかった。


「……宗次郎」
 口づけの後、くたりと己の胸に凭れかかってしまった宗次郎の髪を、歳三はそっと撫でた。さらさらと素直な髪が指の間からこぼれてゆく。
「おまえが一番、可愛いよ」
 そう甘い声で囁いた歳三に、宗次郎は一瞬え?という顔をしたが、先ほどの会話を思い出したらしく、ぱっと頬を染めた。
「歳三さん……」
「誰よりも一番可愛いさ。おまえは俺の宝物だ」
「うん……」
 こくりと頷き、宗次郎は嬉しそうに微笑んだ。男の胸に顔をうずめると、そっと幸せそうなため息をもらした。それに歳三は目を細め、細い体を抱く腕に力をこめた。


 俺の可愛い宗次郎。
 こんなにも幼いおまえが恋をするのは、いつの事だろう。
 いつか、俺の気持ちを知ってくれる時があるのだろうか。
 そして……この俺を愛してくれる日がくるのか。
 だが、もしもおまえが俺を想ってくれなくとも、それでも、俺はおまえを愛してるよ。誰よりも愛してる。
 この腕から、もう二度と離したくないほど。
 本当は今すぐでも、この小さな躯も柔らかな心も奪いつくし、己だけのものにしてしまいたいほど……。


 思わず、歳三は己の想いに低く笑った。
 そこまで溺れ込んでいる、この幼い少年に狂わされている自分が、少しおかしかったのだ。

(……ったく、ざまぁねぇよな)

 さんざん女で遊びまわった自分が、この少年の前では初恋も同然だった。少年の行動一つに一喜一憂し、完全にふり回されてしまっている。
 だが、そんな自分は嫌ではなかった。むしろ、もっともっと溺れこんでしまいたいくらいだった。
 どんなに愛しても愛しても、まだ足りない。
 それぐらい愛してる、溺れきっている。
 この世の何よりも、大切な宝物───





「……歳三さん」
 気がつくと、宗次郎が彼の背に細い両腕をまわしていた。見下ろした歳三を、艶かしく潤んだ瞳が見上げてくる。口づけをねだるように、身をすり寄せた。
「だい好き……」
 そう囁かれ、歳三は優しく微笑んだ。
 可愛くて可愛くてたまらない。
 稚いがゆえの甘い艶に、躯中が熱くなった。
「……好きだ、宗次郎」
 歳三は甘い声で囁くと。
 愛しい少年の桜んぼのような唇に、そっと口づけたのだった……。












 



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