ずっと、いつまでも傍にいさせて 
     お願いだから

     神さまになんて祈らない
     ただ、あなただけに願うから
     怖いくらい、だい好きなあなたに

     だから……お願い
     ずっといつまでも、あなたの傍にいさせて





    

「これは……?」
 蔵の中だった。
 総司はそれを片手にすくいながら、訊ねた。
「へえ」
 橘屋の主人はふり返り、微笑んだ。
「あぁ、それは真珠いいますんや。知りはりまへんか?」
「知っているけど、こんな綺麗なものは見たことがない」
「極上の品どす。純白というより、碧みを帯びておりますやろ。お気にいりはったんやら、お持ちになりはっても宜しゅうおまっせ」
「こんな高価なものを?」
 訊ねた総司に、主人は微笑み頷いた。絹布にのせて総司に手渡す。それを総司はじっと見つめた。
「ありがとう。でも、これって……」
「沖田はん?」
 そっと、総司は小さく呟いた。
「……まるで誰かの涙みたいだ」












「総司」
 框へ上がろうとした処で声をかけられた。ふり返る。すたすたと原田が歩みよってきた。
「何処へ行ってたんだ? 医者か?」
「その、えっと違います」
 にこっと総司は笑った。
 それにちょっと毒気をぬかれ、原田はかりかりと頭をかいた。
「あのなぁ……あんまし一人で出歩くなよ」
「原田さんにしては珍しいお言葉ですね」
「俺たちの似顔絵が出回っているらしいんだ。気をつけるにこしたこたぁねぇぜ」
「えぇ」
 伊東一派が新選組から分離。高台寺党と称して陣を構えたのは、三月程前のことだ。一見平穏に見える両者陣営だったが、その表面化しない部分では多くの陰謀とかけ引きが様々な形で行われていた。
 お互いの腹の探り合いって処か。
 小さく呟き、総司は自室へ向かった。ふと顔をあげると、土方がこちらへ歩いてくるところだった。一瞬、どうしようかと躊躇うが、逃げ場などどこにもなかった。
 仕方なく俯きがちなまま、すれ違いかけた。
「……どこへ行っていた」
 すれ違う瞬間、低い声で訊ねられ、どくんっと心臓が跳ね上がった。
 総司は小さく答えた。
「別に……どこという事もありません」
「顔色が悪いな」
 土方は手をのばし、総司の頬にふれかけた。だが、あと少しでふれるという瞬間、総司の方が一歩後ずさってそれを避けた。
「……」
 一瞬、土方の黒い瞳に苦痛の色が浮かんだ。が、その感情を押さえ込むように手を握りこみ、視線をそらせた。
 静かな声で言った。
「具合が悪くないなら、今から一緒に来い」
「……」
「仕事だ」
 そう言い捨て、土方は背を向けた。ついて来るのが当然とばかりに、振り向きもせず歩いてゆく。総司は躊躇ったが、仕事となれば仕方なかった。
 屯所を出て一丁も行かぬうちだった。角からすっと二人の影が現れる。少し向こうから、もう一人。原田と永倉、大石だった。
 無言のまま二人についてくる。総司は土方を見た。だが、何も云わなかった。











「……ここは」
 着いた所は黒谷屋敷だった。京都守護職会津藩の本陣。
 その門をくぐると、ひっそり迎えられる。
 誰を斬るのか。斬るために連れて来られたということはわかっていた。だが、誰を?
 廊下を渡る時、藩士が土方に耳うちした。
「四名のみ別室に」
「お手数をおかけしました」
 低く土方が礼を云う。ある一室に案内すると、藩士はすっと姿を消した。
 それを確かめてから、土方は彼らに向きなおった。
「いいか? 俺が襖を閉めた時が合図だ。わかったな」
 無言で四人が頷く。
 じっと見つめる総司に、土方は目をそらせた。
「脱走者だ。打ち洩らすなよ」
 そう云って、土方は立ちあがった。すっと部屋を出てゆく。総司や原田たちはある一室を囲むようにして、手配された。刀を構え、身構える。
 土方が部屋に入った気配がした。
「!」
「待ちたまえ」
 かるく手をあげて土方は彼らを制した。
「話は聞いた。あくまで君達が新選組を脱したいのなら、それもやむをえまい」
「……」
「脱走でなく分離として扱おう。無用の闘いは避けたいのだ。それ故、私は太刀を帯びていない。富永君も中村君も、刀を収めたまえ」
「……刀を収めろ」
 富永と中村。今の声は茨木と佐野か。この四人が脱走者か。
 土方が部屋を出る気配がした。
 内密に。今までと同じ。隊内には知らさず、内密に抹殺するつもりなのか。
 おだやかに笑って。脱走、いや、分離を許すと口にしながら。
 あの時もそうだった。
 伊東たちを見送った時。
 きっと口を引き結んだ近藤先生と対照的に、土方さんは静かに笑っていた。でも、あの人の目は全然笑っていなかった。ぞっとするほど冷ややかな光をうかべて……
 タンッ。
 鋭い音に総司は我に返った。襖が閉められた音だった。
 合図!
 総司は襖を蹴り倒し、斬りこんだ。
 悲鳴。怒号。
 袈裟がけに斬り下げた。たちまち室内は鮮血に染まる。一瞬のうちだった。
 肩で息をしながら屍を見下ろした。ゆっくりと刀を懐紙で拭う。ちらりと見ると、原田は屍から目をそらしていた。
 すっと襖が開き、土方が入ってきた。
 その彼をまっすぐ見つめた。が、総司の方を土方は一瞥もしなかった。小さく頷くと、静かに云う。
「……ご苦労」
 その声を背に、総司は部屋を出た。












 茨木達と葬儀は盛大に行われた。
 自害と告げられた。この手で殺したのに。


(やりきれない……!)


 総司はきつく唇を噛んだ。
 殺したのなら、殺したと大声で云えばいい。なぜ、こんな暗殺ばかり。その手を汚しておきながら、知らぬ顔で口を拭う。そのやり口が嫌だった。たまらなかった。
 今は嫌だとか何とか、云っている時じゃない。
そんなことわかっているけど、でも。
 俯き立っている総司の肩を、すれ違いざま原田がぽんと叩いた。ふり返った時には、永倉と笑いながら歩み去っていく。


(あんまり気にするな、ということか)


 総司は縁側に腰かけ、懐から絹布を取り出した。真珠。


 あの人は、無表情で平然と葬儀をとり行っている。
 いったい、あの人にとって、人とは何なのだろう。自分以外の人とは。ずっと、山南さんが死んでから、思ってきたことだった。
 もしかすると、あの人にとって、隊士の一人など駒にすぎないのではないのか。隊士なんて、あの人にとって目的を達成するための、利用すべき駒。
 あの口もとだけの笑みをうかべて、冷たく底光りする目のまま、その全てを操ってゆく。
 隊士も、幹部たちも、近藤先生も、そして、私も……?


 思った瞬間、総司はきつく目を閉じた。


 本当に怖いのは、そのことなのかもしれない。
 あの人にとって、私は何なのだろう。あんなに優しくて大好きだった人。何度も肌をあわせ、身も心も一つにとけあった、大切な恋人。
 今でも、私にとって、土方さんはこの世で一番大切な人だ。
 でも、彼は?
 彼は本当に、私のことを大切に思ってくれているのだろうか。
 昔はすぐわかったのに。あんなに何でも話せたのに。ただの気のおけない兄から、一番愛しい男になったとたん、思ったことが話せなくなってしまった。
 彼が何を考えているのか、わからなくなってしまった。もっと知りたいのに、でも、彼の本当の気持ちが怖くて。
 彼が変わってしまったんじゃないのか、もう、あの優しい人はどこにもいないんじゃないのか。そんなことを考えたら、何も聞けなくて……。
 かんじがらめだ。何もかも。
 身動き一つとれやしない。


 総司はきつく目をとじると、己の肩を抱きしめた。









 その日は朝から雪が降っていた。
 不思議と寒くない日で、ただ雪の美しさに町は輝く。そんな冬のある日だった。
 土方は副長室で職務に忙殺されていた。
 一段落つきかけた頃、突然、部屋の外が慌ただしくなった。
 何かあったのかと土方は目をあげる。
「副長!」
 障子を開き、飛び込んできたのは山崎だった。
 彼にしては珍しく血相を変えている。誰かが斬られたのか。が、そんな報告には土方も慣れきっている。僅かに眉をひそめた。
「何だ」
 その問い掛けに山崎は上擦った声で応えた。
「あ、あの…今、隊士が一人斬られたと……!」
「隊士が?」
「はい、三条で!」
「少し落ちつけ。珍しい事ではないだろうが」
「それが…副長……っ」
 山崎は一瞬、口ごもった。それに土方もさすがに異変を感じた。何か嫌な予感を覚えつつ、山崎を見やる。
「それが……斬られたのは沖田さんなのです……!」
「!」
 一瞬、土方は何も答えなかった。
 いや、何も言えなかった。山崎の言葉が理解できぬかのように、呆然と見返している。その端正な顔から血の気が失せた。
「……まさか……」
 掠れた声で呟く。手元の書類が畳の上へ滑り落ちた。
「総司が……?」
「今、遺体をこちらへ運んできているようです」
 土方は無言のまま、じっとそこに坐っていた。暫く考えてから、不意に鋭い声で訊ねた。
「本当なのか、本当に総司の遺体なのか。しかし、総司は……いや、総司は出掛けていたのか? 確かに戻ってないのか」
「戻ってこられてません。副長……」
 山崎にも土方の衝撃がよくわかっている。
 総司はただ一番隊組長なだけではなかった。新撰組の大幹部、京随一といわれた剣の使い手。
 だが、そんな事よりも何よりも、土方にとって総司は唯一の拠り所だった。山崎は二人の関係の深さに気づいている。総司は土方自身の命よりも大切な存在だったのだ。
「……」
 土方はきつく唇を噛みしめ、立ち上がった。副長として振る舞わなければならない。大勢の隊士達の前で醜態を見せる訳にはいかない。
 だが、総司の亡骸を前に取り乱さない自信が土方にはなかった。
 十年もの間、この手で育て慈しんできた。長年、燃えるような想いで見つめ続け、ようやくこの手にいれることができた恋人。
 大切で愛しくて、この腕の中にいつも閉じ込めていてやりたいとまで想っていた。
 そんな総司の亡骸を見たら自分は……


(もしかしたら狂うかもしれない……)


 土方は一瞬、固く目を閉じた。










「……ん……」
 総司は小さく身じろいだ。
 目をあけると見慣れぬ天井が映る。慌てて身を起こそうとしたが、くらりと頭の中が重く霞んだ。
「……?」
 不意に傍らで人の気配がした。見覚えのある娘が土間から顔を覗かせている。
「いやぁ、気ぃつきはった?」
「? えぇ……あなたは?」
「うち、ここの茶店の娘どす。ほら、よくお団子を食べに来てくれはったやろ? あの男前の人と一緒に」
「……」
 思わず、くすっと笑った。


 男前の人。
 すぐ土方の事だとわかったのだ。
 昔、恋の始まりの頃、今のように何処か気まずい奇妙な関係になる前、二人よく散策したものだった。
 この茶店にもよく寄って団子を食べて。もっとも甘いものが苦手な土方は食べなかったが。総司は彼といられるだけで幸せだった。
 二人で縁台に腰掛けて、いろんなことをお喋りして。
 時々、土方は誰も見てない隙に、総司の頬や髪に口づけてくれた。嬉しかったけど恥ずかしくて真っ赤になった総司に、土方はたのしそうに笑っていた。


 幸せな幸せな記憶。


 何だか……ずっと昔のような気がした。
 あったことさえ朧げな。


「それで、私はいったい……?」
「あんさん、この茶店の前で倒れはってん。目眩おこして」
「……あぁ」
 雪を美しいと思い、久しぶりの散策に出た。原田にも注意されていたが、一人歩きはもう癖になっていたのだ。昔なら絶対にありえなかったこと。いつも総司の傍には……


(……土方さんがいたから……)


「迷惑をかけました」
 雪がまっ白で眩しくて、不意に目も開けられぬほどの眩しさで昏倒したのを覚えている。意識が遠ざかったのも。
 総司は躰を起こし、少し息をついた。外を見やるともう夜だ。隊の者たちも心配しているだろうと思った。
「すみませんが、駕籠をお願いできますか」
「へぇ」
 娘は急いで駆け出てゆく。それを見送り、総司は吐息をもらした。










 遺体は総司ではなかった。
 別の誰かが間違えられ、斬られたか。それともこれ自体が罠なのか。
 全身の力が抜けるような安堵の中、土方は懸命に考えをめぐらせていた。総司の死に動揺していた隊士たちも落ち着き始めている。
 が、一方で奇妙な事もあった。
 京中どこを探しても、総司の姿がないのだ。遺体の間違いが認められてすぐ、総司の行方を求めて探索方が四方に放たれた。が、何処にも総司はいない。
 もしかして、本当に総司は……?
 そう心配する近藤に土方は無言だった。心の中、必死に否定をくり返すが胸の奥からわきおこる不安は消せない。
「歳、おまえのせいでもあるぞ」
 ずっと黙りこんだままの土方に、近藤は云った。
「だいたい、おまえが総司を捕まえておかないから……」
「……ずっと傍におけって事かよ」
「だが、最近のおまえは総司に酷くあたりすぎる」
「酷く……ね」
 うすく土方は笑った。片手で前髪をかきあげる。
「ここまで来ればどうしようもねぇよ。山南の事から俺たちの間はこじれちまった。あいつは俺を半ば見限ったんだ」
「総司がおまえから離れる事などあるものか」
「……だといいがね」
 土方はため息をもらした。
「伊東派へ走らない方が不思議なくらいだよ。あいつは最近、俺の事をひどく冷めた目で眺めている。俺が信じられないみたいだ。俺を軽蔑しているのか、怒っているのか、憎んでいるのか、それさえもわからねぇが……」
「……歳」
「まぁ……仕方ねぇよな」
 そう呟くと、土方は視線を庭へと転じた。











「……ありがとう」
 駕籠から下りると、総司は丁寧に礼を云い代金を支払った。
 少しまだ目眩がするが、ゆっくりと屯所内へ入ってゆく。とたん玄関前にいた隊士たちが驚いたように総司を見た。慌てて中へ駆け込んでゆく者もいる。
「……」
 総司はちょっと唇を噛んだ。
 とくに門限は過ぎている。篝火がたかれた屯所内は、夜の闇が痛いほどだった。


(……脱走でもしたと思っていたのか)


 自嘲気味に思いつつ、総司は両手を握りしめた。
 厳罰に処すと?
 こんな大切な時期に隊規を乱す不届き者を。たとえ一番隊組長でも容赦しないと。なら罰をあたえればいい。切腹でも何でも構わない。


(もう……どうだっていいのだから……!)


 総司はきっとした表情で玄関へ向かった。框へ上がりかける。
 その時、廊下で慌ただしい足音がしたと思う間もなく、土方が姿を現した。後ろには近藤がいる。
「……総司!」
 凄い勢いで走り寄ってくる。
 手をあげた土方に総司は一瞬、殴られる! と身を固くした。が、その総司の躰は次の瞬間、荒々しく引き寄せられていた。


(……え?)


 背中がしなるほど強く抱きしめられる。
 両腕に総司を抱きしめて、土方はしばらく何も云わなかった。彼の体温、彼の匂いに包みこまれ、総司は呆然となった。
 昔ならよくあった。だが、新撰組副長となった今、隊士たちの衆目の的の中で、こんな剥き出しの愛情を見せる事など全くなかったのだ。
「……総司…総司……っ」
 呻くようにその名を呼び、土方は片手で総司の髪を荒くかき乱した。そうして不意に身を起こすと、総司の顔を覗きこみ、素早く躰全体に視線を走らせる。
「……」
 そうして深い安堵のため息をつくと、もう一度、総司の躰をきつく抱きしめた。そんな土方に抱きしめられたまま、総司は目を閉じた。


 ちっとも変わっていない。
 この人は何も変わっていないのだ。
 新撰組副長として、鬼と罵られ、冷酷無情な行動をとって。それでも尚、この人の中にある本質的なものは変わっていない。
 遠い昔、よく手をひいて歩いてくれた優しさは何も……。


「……土方…さん……」
 小さくその名を呼んだ総司に、土方はゆっくりと腕の力を緩めた。そして、ちょっと困ったような表情で笑う。
「おまえは……本当に心配かける奴だな」
「……ごめんなさい」
「どれだけ心配したと思うんだ。いや……そんな事より、早く部屋へ入れ。おまえ躰が冷えきっているぞ」
「はい」
 素直に頷き、総司は近藤にも頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした」
「いや、総司が無事だったなら、いいのだ」
 穏やかに微笑んでくれた近藤にもう一度頭を下げてから、土方と一緒に部屋へ戻った。部屋へ入ると、手早く火鉢の炭を起こしてくれながら、土方は全身で吐息をもらした。
「? 土方さん……?」
「……参ったよ」
「え?」
 聞き返した総司に、土方は小さく苦笑した。
「いや……今度ばかりは俺も参った」
「どういう事? 参ったって……?」
「おまえを見つけられなくて、頭の中もまっ白さ。新撰組副長が情けねぇ、結構な醜態を晒しちまったんもんだ」
「……土方さん」
 総司は畳の上に坐ると、じっと土方を見つめた。
 確かにどこか憔悴したような表情だった。けれど、その黒い瞳には安堵がある。幼い頃、野原で自分を見つけ抱き上げてくれた時のような。
「私、よくわからないんですけど。確かに門限破りはしましたけど、でも……時々はある事だったし……」
「おまえが斬られたって知らせが入ったんだよ」
「え?」
 目を見開いた総司をまっすぐ見つめ、土方は静かに言葉をつづけた。
「間違いだとすぐわかったが、おまえ自身は何処にもいない。しかも門限を過ぎても帰ってこないというので、隊中大騒ぎだったわけさ」
「……あぁ」
 総司は納得し、うなずいた。そうして目を伏せる。
「ごめんなさい……心配かけました」
「いや、いい。おまえが無事で帰ってきてくれたら……それでいいんだ」
 静かな彼の言葉に深い愛情がこめられていた。それを感じとり、総司は躰中が震えるほど嬉しくなる。


 もう終わりだと思っていた。
 何もかも失ったのだと。
 けれど、一番大切なものは同じだったのだ。
 この人を好きだという気持ち、この人を支えてゆく喜び。
 この人のために戦うすべて。


「総司……」
 土方は手をのばすと、総司の細い体を抱き寄せた。胸もとに抱き込み、小さな吐息をもらす。
「もう二度と放さねえぞ。おまえは俺のものだ、大切なたった一人の俺の総司だ」
「……土方さん」
「おまえが子供の頃から見てきたんだ。欲しくてたまらなかったおまえをやっと手にいれたのに、今更手放すなんざできるものか。俺を鬼だと憎んでもいい、最低だと心のまま罵ればいい。だが、それでも、おまえは俺のものだ、俺だけのものだ……」
 ゆっくりと畳みの上に横たえられた。思わず躊躇った総司に、土方は身をかがめ耳もとに唇をよせた。
「好きだ、愛してる……総司」
「……私も……」
 総司は恥ずかしそうに目を伏せた。その長い睫毛に口づけ、頬に、首筋に、唇をおとしてゆく。
 衣擦れの音がなり、いつしか総司は着物をほとんど脱がされていた。その白い肌に男の手が久しぶりにふれる。わき腹から腰のくびれを撫で下ろされ、総司は微かに喘いだ。
 優しく丁寧な愛撫の後、交わった瞬間、総司の目から涙がこぼれた。綺麗な涙がなめらかな頬をつたいおちてゆく。
 深く交わりながら、土方は眉をひそめた。
「苦しいのか……?」
「……ううん、嬉しくて……」
 小さな声で総司は答えた。両腕をのばし、男の首にすがりつく。
「もう、こんなふうに抱いてもらえないと思っていたから……」
「総司……」
 微笑み、ゆっくりと土方は腰を動かし始めた。
 久しぶりの総司の中は熱い。柔らかな感触が彼を締め付け、思わず吐息がもれた。
 総司も感じているのか、頬を上気させ、必死に唇を噛んでいる。
「声……聞かせろよ」
「だっ、て……外に聞こえたら……ぁ、あっ……」
「大丈夫だ、こんな夜に誰も来やしねえよ」
 総司が帰ってきた夜にという意味だったのだが、総司は違う意味にとったようだった。
「まだ……はやいのに……?」
 くすっと笑い、土方は総司の右足を肩にかけた。総司の感じる部分を擦りあげるように、腰を回し始める。
「ぁ……あっ、あ……や、ああ……っ」
 たちまち総司の唇から甘い啜り泣きがもれた。白い体をくねらせ、男から与えられる快感に悶えている。脱ぎ捨てられた着物を指先が掴み、それにしがみつこうとした。
 土方は足を下ろすと、総司の背中を引き寄せ、より深く交わった。腕の中、総司が掠れた悲鳴をあげる。
「しがみつくなら、俺にしがみつけ」
「ん……んっ、ぅ、はぁ……ああ……っ」
 男の言葉はもう総司にはとどいていない。
 熱い快感に何度もゆらされ、もう意識が朦朧とし始めているのだ。
「総司……」
 それでも必死に自分の体にしがみついてくる総司が、土方はたまらなく愛しかった。
 もう二度と放さないと、恋人の体をその両腕に、強く熱くかき抱いた……。









 気がついた時、総司は布団の中に寝かされていた。
 その総司の体を抱きこんで、土方が眠っている。左腕で腕枕をし、右腕を腰にまわして、総司の細い体を守るように抱き込んでいた。
 ふと頭をめぐらせると、脱ぎ捨てられた着物の脇にあの真珠を包んだ布が落ちている。総司は手をのばし、それを引き寄せた。薄闇の中、真珠が輝く。


(きっと……)


 総司は思った。
 この真珠みたいな涙を流す日が、いつか来るのだろう。今夜抱かれた時みたいな、喜びの涙じゃない。
 悲しくて、つらい心の涙を。
 それは本当にこの人と別れる時。いつか、この人に別れを告げられる時……


 総司は真珠を戻すと、土方の胸もとに顔をうずめた。とたん、低い声が耳もとで訊ねる。
「……どうした。眠れないのか」
「起きてたの?」
 驚いて訊ねた総司に、土方は黙ったまま笑った。総司の頬に優しく唇をおしあてた。
「ごめんなさい、でも……大丈夫。ちゃんと、眠るから」
「そうだな、朝までいてやるから安心して眠れ」
「朝までって……そんなの駄目ですよ。皆に知られてしまう」


 本当は朝までいてほしいのだけど。
 ずっとずっと、いつまでも一緒にいたいから。


 そんな自分の思いなんて、この人にはお見通しなんだろうなと見上げると、優しい黒い瞳が総司を見つめていた。
「……朝までいてやるよ」
 そっと囁かれ、総司は小さくこくりとうなずいた。優しく抱きしめてくれる彼の腕の中、総司は目を閉じた。


 きっと、いつか悲しい時がくるけど。
 あの真珠みたいな涙を流す時がくるけど。
 今は、まだ。この人が傍にいてくれるから。こうして抱きしめてくれるから。


「おやすみ、総司……」
 耳もとで囁かれる愛しい男の声を聞きながら、総司はゆっくりと眠りに落ちていった……。












                                    


[あとがき]
 久しぶりにお褥シーン書いたので緊張しました。色々な出来事ですれ違うようになった二人の話です。茶店でいちゃつくシーンは別ので書きたいです。甘甘の方が好きなので。でも、真珠って総司のイメージだと思っているんですけど。綺麗で無垢で、なんか痛々しい感じが。

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