好きですって云ってみたかった。
 告白できたら、どんなに嬉しいだろうと思った。
 でも、そんな勇気なんて何処にもなくて。
 いつも、あの人の傍で俯いてばかりだった。
 だからかもしれない。
 あんな事をしたのは。
 あんな願い事をしたのは。


   「どうか、あの人が私を好きになってくれますように」


 叶うはずのない願いだとわかってはいたのだけれど……









「土方さん!」
 ばたばたと廊下の方で足音がしたかと思ったとたん、いきなり障子が開かれた。
 驚いてふり返る間もなく、総司が飛び込んでくる。
「土方さん、あのね……!」
 云いかけ──言葉を途切らせた。
 その場に、土方が一人でない事に気づいたのだ。
 何か報告でもしていたのか、監察方の山崎が驚いたように総司を見上げていた。それに、ちょっと頬を紅潮させた。
「あ、すみません……出直して……」
 もごもごと口ごもってしまった総司に、慌てて山崎が腰を浮かした。
「いえ! もう終わりましたので」
「でも……本当にいいのですか?」
「大丈夫です。はい、それでは失礼致します」
「ごめんなさい、山崎さん」
 出ていった山崎を見送り、総司はちょっと呼吸した。
 障子を閉めてからふり返ると、総司の恋人はうんざりしたような表情で文机に頬杖をついている。
「? 土方さん?」
「……俺は一言も口をきいてねぇんだがな」
「え?」
「まったく、二人して勝手に決めやがって。ここは俺の部屋だぞ」
「あ……ごめんなさい」
 総司は慌てて先ほどの山崎のように腰を浮かせた。
「山崎さんに用事があったんですね。すぐ呼んで……」
 最後まで云えなかった。
 不意に男の手がのびたかと思うと、総司の手首を掴んで引き寄せたのだ。あっと声をあげた時にはもう、土方の胸もとに抱きこまれてしまっている。
「ちょっ…だめ、土方さん……」
「何だよ。別にいいだろ?」
「よくない、よくありませんってば」
 総司は男の腕の中、なめらかな頬を紅潮させたまま見上げた。
 まだ抱きしめ、口づけようとしてくる土方に、突然、何かをまるで魔よけのお札のごとく突きつけた。
 それに、さすがの土方もたじろいだ。
「? 何だ……?」
「七月七日」
「あぁ」
「七夕」
「って……おまえ、これ短冊か?」
 総司の手から受け取り、まだ何も書かれてない短冊を眺めた。それに、総司はにこにこしながら頷いた。
「あのね、神社に笹の木があるでしょう。だから、そこに括りつけようと思って」
「それ、勝手に……」
「神主さんにはちゃんと許可貰いました。それに、もう子供たちは皆、願いごとしたんですよ」
「どんな?」
「んー、お団子食べたいとか、もっと遊びたいとか」
「おまえの願いごとじゃねぇのか」
 くっくっと笑いながら云った土方に、総司はぷうっと頬をふくらました。
「ひどい。真面目に答えたのに。私はね、もっとちゃんとした願いごとしますよ」
「ふうん……少しは大人になったんだな」
「子供の頃から、ちゃんとした願いごとしてます」
「どんな?」
 それに、総司はちょっと目を伏せた。小さく笑った。
「……内緒です」
「教えろよ」
「絶対に教えません」
 あくまで強情に断る総司に、土方は肩をすくめた。
 諦めてくれたのかとほっとしたとたん、左右の手首を掴まれる。
「あ……!」
 突然、引き寄せられ、きつく抱きしめられた。頬や瞼にあちこち口づけてくる。
「や…だめ……っ」
 慌てて男を押しやろうとする総司に、土方は顔を近づけた。そうして接吻される事を察してぎゅっと目を閉じた総司の頬に、吐息がかかる。
 なのに、土方はあと少しで唇がふれる──というところで、とめた。
「……?」
 訝しく思い、総司はおずおずと目を開いた。とたん、土方が唇の端をつりあげ、悪戯っぽい瞳でにっと笑ってみせた。そのまま、いきなり唇を重ねてくる。
「ん、んんん…んぅ……っ!」
 思わず抗った。
 吐息まで奪うような激しい口づけ。だが、それはすぐに優しく甘いものにかわった。
 一度唇を離してから総司の細い躯を膝上に抱きあげ、また唇を重ねた。何度も角度をかえ、深く甘く口づけあってゆく。
 総司の手が男の背にまわされ、きゅっとしがみついた。
「ぁ…ん、ん…ふ……っ」
 口づけの合間にもれる、甘やかな吐息。
 それに、土方は目を細めた。
「……あんまり煽るなよ」
「? え……?」
 男の呟きを訝しく思う間もなく、背中の男の大きな手がまわされた。そのまま、ゆっくりと押し倒され、気がつくと天井を……見上げてしまっている!?
「ちょっ…待って!」
 慌てて総司は叫んだ。
「ここ、副長室ですよ。しかも昼間」
「それがどうした」
「どうしたって……あっ、仕事中に副長がこんな事してて…ぁ、あんっ」
「いいんじゃねぇか? ほら……おまえだって俺が欲しいだろ?」
 濡れたような黒い瞳で覗きこみ、ちょっと意地悪く笑いかけてくる恋人。
 艶やかな黒髪が今さっき指でかき乱したように、僅かに乱れている。それがたまらなく男の色気を感じさせた。ぞくぞくしてしまう程だ。
 彼を見上げる総司の瞳が、しっとり潤んだ。
「うん……」
 こくりと頷き、白い両腕をさしのばした。
「欲しいです。だから……お願い、きて」
「いい子だ」
 満足気に、土方は笑った。
 そして。
 もう一度唇を重ねると、その甘やかな恋人の躯に溺れていったのだった……。









「……宗次郎」
 低い声で呼ばれ、びくんっと躯が震えた。
 驚いてふり返ると、歳三が歩み寄ってくるところだった。困惑したように眉を顰めている。
「おまえ、こんな夜に何をやってるんだ」
「……あ…ごめんなさい」
「躯が冷えてるぞ。夏だからって、こんな所に突っ立ってたら風邪ひくだろうが」
「ごめんなさい」
 宗次郎は小さく謝った。
 が、それでもその場から動こうとしない。それに、歳三は小首をかしげた。
「どうかしたのか? 何かあるのか?」
「ん……あのね」
 宗次郎は小さな声で云った。
「今日、七夕……でしょう?」
「あぁ……そういえば、そうだな」
「あんまりお天気よくないから……でも、彦星と織姫、逢えたのかなぁって……」
「宗次郎……」
 可愛いことを云う少年に、歳三は思わず微笑んだ。
 そっと宗次郎の躯を胸もとに抱きよせた。その冷えた躯にちょっと眉を顰めたが、優しく背を掌で撫でてやった。
「大丈夫だ……きっと逢えたよ」
「本当に?」
「ほら、星もすげぇ出てるだろ。だから、大丈夫だって」
 それに、宗次郎はほっとしたように吐息をついた。が、すぐに長い睫毛をふせてしまった。
 歳三が顔を覗きこむと、きゅっと桜色の唇を噛みしめている。
「宗次郎?」
「……私、ずるい」
「え?」
「本当は……本当はね、二人が逢える事より、自分のことばかり考えてたの」
「自分のこと?」
「二人が逢えなきゃ、短冊に書いた願いごとも叶わないんだって、そう思って……」
「……」
 その言葉で気づき、歳三は目の前の笹を見上げた。
 かなり高いそれには幾つか短冊が吊られていた。おそらく、門人たちも一緒になって吊るしたのだろう。
「宗次郎、おまえも願ったのか?」
「うん……」
「どれだ?」
「一番、天辺……」
「え」
 歳三は驚き、思わず宗次郎を見下ろした。
「よく、おまえ付けれたなぁ。あんな天辺、すげぇ高いところにあるぞ」
「若先生に肩車してもらいました」
「だよな。俺でも手が届かねぇ……」
(……だから、あそこに付けたんだもの)
 宗次郎は夜空を見上げ、小さくため息をついた。それに、歳三が微かに笑った。
 ぽんぽんっと背をかるく叩いてくれる。
「大丈夫だって。あの二人も逢えるし、おまえの願いごとも叶うさ」
「……本当に?」
「あぁ、この俺が保証してやる」
 自分に向けられる男の優しい笑顔に、宗次郎は心の中がほんわかとあたたかくなるのを感じた。
 叶わない願いだとわかってるけど。
 でも、少しぐらいは期待してもいいよね……?
「歳三さん」
「ん?」
「ありがとう」
 そう云った宗次郎に、歳三は笑いながら、頭を優しく撫でてくれたのだった。









「あの時さ、おまえ……何を願ったんだ?」
 そう訊ねた土方に、総司はくすくす笑った。
 男の厚い胸もとに身をすりよせながら、答える。彼の手が優しく髪を撫でてくれるのが心地よい。
「だから……内緒だって云ったでしょう?」
「意地悪だな。教えてくれてもいいじゃねぇか」
「だめ」
「なら……」
 土方は僅かに小首をかしげてから、また問いかけた。
「これぐらいはいいだろ?」
「え?」
「あの願いごとが叶ったのかどうか。それぐらいは、俺に教えてくれるだろ?」
「……」
 総司はその大きな瞳で土方を見上げた。
 あの時と同じように。
 濡れた黒い瞳で優しく自分を見つめてくれる土方を。
 幼い頃からだい好きで、恋を自覚してからは、どうしても自分を好きになって欲しかった人。
 あんな願いごと、恥ずかしくて、とてもこの人には告げれないけど。
 でも、この人の言葉は本当だったから。
 ちゃんと願い事は叶ったから、ずっと抱きしめてきた想いのまま──
「……叶いましたよ」
 しばらく黙ってから、総司は答えた。
 白い両腕をのばして土方に抱きつくと、甘い声で囁いた。
「ちゃんと……叶いました。だから、私はとっても幸せなんです」
 それを聞いた土方は微笑むと、また優しく口づけてくれた。二人して畳に転がったまま、何度もついばむように口づけあう。
「ぁ…んんっ、ん……っ」
「……か」
「え?」
 不意に低く呟いた土方の言葉に、総司は小首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや、てっきり別の奴のことだと思ってたんだけどな……」
「? よく意味がわからないんですけど」
「わからねぇなら、いいさ」
「えー、教えて下さいよ」
 ねだる総司に、土方はくすくす笑った。
 そして、恋人の体を抱きしめると、悪戯っぽい声で答えたのだった。
「さっきのおまえと同じだ。……内緒さ」




  ──どうか、あの人が私を好きになってくれますように



 願いごと……ちゃんと叶ったよね?










 

[あとがき]
 今、7月7日夕方6時。突然思い立って正味30分で書いちゃいました。土方さん、ちゃーんと全部知ってるんですよ。宗次郎が何を短冊に書いたのかも、全部。知っててわざと聞いてる訳です。もちろん、宗次郎の内緒の願いごとは、上の一文。でも、土方さん、宗次郎が別の人を想ってるんだと勘違いしてた訳です。
 また一年、土沖の恋愛のお話を楽しく書けて、それで皆様が少しでもはっぴーになってくれますように。葉月雛の願いごとでした♪


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