おれ、永倉新八。
 今現在、花の京で新撰組二番隊長なんぞを勤めている。
 いや、これがさ、また大変で。
 ちょーっと左之と酒を飲んだりしてさぼろうものなら、すぐさま鬼の副長が現れ、すげぇ怖い顔で「切腹、命じられてぇか」などと恐ろしい事を本気で云ってくる。
 左之はげらげら笑って冗談さ〜と流してるが、あれが冗談を云ってる顔か!?
 絶対、本気だと思うけどな。
 ま、それはともかく。
 今日の話題は、その鬼の副長のことだ。
 つまり、土方さん。
 そこらの役者も顔負けの男前で、容姿端麗、頭脳明晰とそこまでいいのだが、いかんせん性格がちょーっと普通じゃない。
 とんでもなく好き嫌いが激しく、怒らせるとめちゃくちゃ怖い。
 しかも、けっこう自己本位な処があって、前しか見えてない性格っていうのかな。たまには後ろを振り向いてみたら?とは思うが、まぁ、人それぞれだしな。
 おまけに、土方さんの信念は、敵には容赦なく!味方にもちょー厳しく!みたいで。
 局長の近藤さんなんか、しょっちゅう追い立てられまくられてるからね。あの人も絶対、京に来てから痩せたと思うぞ。合掌。
 で、その土方さんには色々と謎がある。
 つい最近まで不審に思いつつわからなかったのだが、おれもようやく理解できた。
 いや、現実を理解したくはなかったが、ここまで来たら仕方がない。直視する他ないと云うべきか。
 左之にその心情をしみじみ話すと、何を今更ぁ〜と笑われたが、おれにすればまさしく青天の霹靂だ。
 世の中色々だなぁと、青空を見上げつつしみじみ思う今日この頃である……。








 初めておれが不審に思ったのは、実を云うと京への旅の最中だった。
 江戸を発つまで試衛館という道場に住んでいたのだが、そこはぼろっちくても何しろ道場は道場。
 それなりに部屋数もあったので、おれは原田左之介と一緒に生活していた。
 だからか、ぜーんぜん疑問に思ったりしなかったのだ。
 あれを見るまでは!
「……あー、いい湯だったぁ」
 その日、おれは左之と一緒に風呂に入り、ご機嫌だった。
 あと一泊で京だという事でうかれていたのかもしれない。
 手ぬぐいで顔をふきながら、左之をふり返った。
「すぐ部屋に戻るか?」
「うーん、いや、ちょっと一杯ひっかけてからにするよ」
「そんなもん部屋で」
「いや、たぶん、土方さんも総司も寝てるだろうし」
 成る程と、おれは頷いた。
 実を云えば、あぁ見えても、左之はなかなか気遣いの男なのだ。いつも読み終わった春画本、必ずこっちに回してくれるし。本当にいい友人だ(しみじみ)。
「そっか。じゃあ、おれ先に部屋に戻ってるわ」
「後でな」
 手をあげ、おれは左之と別れた。とんとんと音をたてて階段をのぼり、二階の部屋へ戻ってゆく。
 今日は四人同部屋だった。
 こんなこと初めてだ。それもこの宿がなかなか大きいために出来る事なのだろう。
 おれはもう寝てると云った左之の言葉を思い出し、そーっと襖を開いた。
 中には明かりがまだ灯されていた。
 が、二人は眠っているようだ。
 眠って──え? え……?
「……」
 おれはその場にある光景が信じられず、立ちつくした。
 部屋には四つの布団が敷かれてある。が、その布団は一つしか使われていなかった。
 それは、何故か。
 土方さんと総司が一つの布団に仲良くくるまり、すやすやと眠っていたのだ!
「な……っ」
 絶句したおれは慌てて目をこすってみた。
 だが、どう見ても光景は変わらない。
 一つの布団の中、二人は熟睡しているようだった。
 土方さんがこう──総司を胸もとに抱きよせるようにし、腕枕してやっていた。完全に眠っているらしく、男にしては長い睫毛が頬に翳りを落としている。
 総司も土方さんの胸もとに顔を押しつけ、きゅっと細い指で彼の夜着を掴み、くうくう可愛い寝息をたてていた。
 土方さんの片腕は総司の腰あたりを抱いてて、それはまさに「これは俺のものだ! 誰もさわるんじゃねぇよ!」と威嚇しているように見えた。
 ……それって気のせい?
 いや、絶対に気のせいじゃないだろう。
 しかし、それにしても───
「……何で、一つの布団でわざわざくっついて寝なきゃいかん訳?」
 おれはぼそりと呟いた。
 それほど寒いという訳ではない。 
 暑いという程でもないが、しっかり布団があるのに何も一つで眠る必要はないだろう。
 そんな事をこもごも考えつつ立ちつくしていると、不意に、ぽんっと肩を叩かれた。
「!」
 飛び上がりそうになって、おれは慌ててふり返った。
 すると、おれの様子に驚いたのか、目をまん丸にした左之が立っていた。
「新八、どしたの?」
「い、いや」
「ふーん?」
 首をかしげながら、左之はすたすたと部屋へ入った。どかっと褥の上に腰を下ろすと、大きくのびをする。
 布団をめくりあげて中へ入りながら、未だ戸口付近に突っ立っているおれに、訝しげな視線を投げてきた。
「何やってんの? 新八ちゃん、廊下で寝る気かい?」
「違うけど……その……」
 明らかにあの二人の様子がばっちり見えているだろうに、平然としている左之の様子に、おれは戸惑った。
 部屋に入って襖を閉めながら、ちょっと視線で示してみせる。
「あれ……びっくりしないのか?」
 そう訊ねたおれを、左之は心底不思議そうに見返した。
「びっくりって、何が?」
「土方さんと総司だよ。あの光景、びっくりしない訳?」
「だから、何で」
「何でって……二人、一緒に寝てるんだぞ」
「いいじゃん、いつもの事だし」
「い…いつもの事―ッ!?」
 思わず大声で叫んでしまった瞬間、さすがに土方さんが目を覚ました。
 僅かに躯を起こしてこちらをふり返ると、その切れの長い目でおれたちをまっすぐ見据えた。めちゃくちゃ凄味のある声で低く云う。
「……煩せぇな。総司が起きちまうだろ」
「す、すまん」
 慌てて謝ったおれをじろりと見てから、土方さんはまた躯を横たえた。
 どうも総司も半分だけ起きてしまったらしく、「や……」と可愛い声でぐずり、向こうへ寝返りをうとうとしている。
 それに土方さんが手をのばし、自分の胸もとへ柔らかく抱き寄せるのが見えた。
「大丈夫だ……」
 先ほどとは大違いの、甘く優しい声が囁いた。
「ほら、いい子だな……」
「う…ん……」
 やがて、総司はまた土方さんの胸もとに顔をうずめ、すやすやと眠りに落ちていったようだった。
 それに安堵の息をもらし、土方さんはまた総司の躯に腕をまわした。抱きすくめたまま、自分も眠りにおちてゆく。
 呆然とその二人の様子を眺めているおれに、左之は肩をすくめてみせた。
「ま、そういうことさ」
「……あ、あぁ」
 何がそういう事なのかさっぱりわからなかったが、おれはとにかく納得しておく事にした。
 ごそごそと自分の煎餅布団にもぐりこんだが、当然ながら、疑問が頭の中をぐるぐる回ってなかなか眠れなかった。
 だが、しかし。
 考えても仕方のない時は、考えるのをやめるにこした事はない。
 というより、これ以上、考えたくなかったという方が本音なのだが。
 とにかく、それは、おれの人生の教訓だった……。








 で、京に上ってからだ。
 正直な話、あまりの忙しさに、二人のことになど気がまわる余裕もなかった。
 それに、土方さんと総司は別々の部屋だったので、もうあんな事で頭を悩ませることもないだろうと思っていたのだ。
 だが、しかし!
 それが甘い考えだったと思い知らされたのは、一年後の事だった。
 最近、異様にいちゃついてるなぁとは思っていたのだ。
 以前と違い、総司が何をしても土方さんは全然叱らなくなり、えらく甘やかし放題だと思ったのが始まり。
 次に手をつないだりしてるところを見たりもしていたし、左之の言葉もあったので理解は深めていたのだが、やはり「まさかなぁ」という気持ちがあった。
 そりゃ確かに総司は可愛い。そこらの女なんか目じゃないぐらい、とびきりの可愛さ可憐さだ。
 けど、相手は、あの女にかけちゃ百戦錬磨の土方さんだぜ〜?
 信じられないというのが、本当のところだった。
 ところが、ある日のこと。
 おれはその日、早朝からの巡察でばたばたしていた。挙げ句ちょっとした斬り合いがあったので、その報告のために副長室へ行ったのだが───
 近づいてゆくと、白い障子が固く閉じられているのがわかった。
 それに寝てるのかな?と思ったおれは、次の瞬間、ぱっきーんと凍り付いた。
 何しろ。
「……ほら、朝だぞ。早く起きろよ」
 土方さんの声だった。
 けど、いったい誰に話しているんだ?
 そう思ったとたん、甘ったるい声が答えた。
「やだ……もっと寝てたいです」
 それは、総司の声だった。
 いつも澄んでいる声がどこか掠れて、妙に色っぽい。
「けど、誰かが来ちまうぞ」
「だって……腰がまだ痺れてるんだもの。誰のせいかわかってるでしょ?」
「俺のせいだな、昨夜やり過ぎたか?」
 や、や、やり過ぎたって何を!?
「絶対やり過ぎ。土方さんってお褥では獣になっちゃうから」
「男は皆そうだろ?」
 くっくっと喉を鳴らして笑いながら、土方さんが答えた。
「おまえが可愛いすぎるのがいけねぇんだよ……けど、もうちょっと手加減した方がいいか?」
「うん。そのうち壊れちゃ……あ」
 不意に、総司の声がくぐもったと思う間もなく、衣擦れの音がした。
 総司の声がもっと甘く掠れる。
「や…ぁ、あ、ん…だ…めぇ、朝から……っ」
「いつまでも起きないからだろ? だいたい、こんな格好を晒してるおまえも悪い」
「そん…な、や…ぁっ、あんっ、ぁ…―っ…」





 突然、ぽんっと肩に手を置かれた。
「──っ!?」
 思わず飛び上がりそうになってふり向くと、あの時と同じように左之が立っていた。ただし、あの時と違ってにやにや笑っている。
 口を開きかけた俺に、「しーっ」と指をあてると、そのまま体の向きをかえさせられた。足音を忍ばせ、二人してその場を去ってゆく。
 完全に副長室から離れた所にまで来ると、左之はにやにや笑いのまま云った。
「駄目じゃーん、新八ちゃん。朝の副長室は出入り禁止どころか、近寄るべからずだぜ」
「えぇっ!? そ、そうなのか」
「常識、常識」
 いったい何がどこでそんな事が常識になったのか、さっぱりわからなかったが、おれは唖然としたまま左之を見返した。
 それに、左之はへらっと云ってのけた。
「新八はこういう事に疎いから〜。あの二人、しょっちゅう朝にいちゃついてるから、絶対近寄っちゃ駄目なんだよ。下手したら土方さんに切腹命じられちまうぜ」
「嘘だろ?」
「いや、ほんと。だって、新八ちゃん、あの可愛い総司の声聞いちゃったじゃん。それを知ったら、あの嫉妬深い旦那がどう思うかねぇぇ」
「…………」
 とたん、さぁーっと血の気がひいた。
 総司をあれだけ溺愛してる土方さんだ。
 あんな声をおれが聞いちまったと知れば、いったいどういう悲劇が待っているか、想像にかたくなかった。
 確かに、あんなにも可愛い声で泣いているのだ。
 それも、めちゃくちゃ色っぽい声で。
 あれじゃ、男として誰にも聞かせたくないと思うのは、当然のことだろう。
 そう……えらく色っぽい声だった。甘くて、ちょっと掠れたところがまた可愛くて。
 思わず聞き入ってしまうぐらいの───
 そこまで考えてから、おれはハッと我に返った。慌てて、ぶんぶん首をふる。
(お、おれは何を考えているんだ!?)
 そんなふうに一人で青くなったり赤くなったりしているおれを、左之は面白そうに眺めていた。
 やがて、はぁっとため息をついて去ろうとすると、突然、ぱっと手をさし出してくる。
「? 何これ?」
「口止め料」
「へ?」
「新八ちゃんが総司の色っぽい声を聞いて、それでもって超盛り上がってたってこと黙っててやる代わりの、口止め料。おれ、欲しい春画本があってさぁ」
「お、おまっ……それでも友人か!?」
 思わず叫んだおれに、左之はにんまり笑った。
「そのつもり〜、だから黙っててやるんじゃないの。はい、口止め料」
 どこまでも抜け目のない友人に、おれはもう抗弁する気力など残っていなかった。
 泣く泣く懐から財布を取り出すと、金を渡した。
 給料前なのに……。
 左之は「どうも〜」と笑い、さっさとそこを去っていった。
 それを見送り、おれはがっくりと肩を落とした。
 見上げれば、晴れわたった青空。ちゅんちゅん雲雀が頭上で鳴いている。
 なのに。
 こんなにも清々しい朝だというのに、いったい何でこうなってしまったのか。
 おれは真面目に報告をしようと思っただけなのに!
 だいたい、いつのまにあの二人はあんなにも深い関係になっていたんだ!?
 おれにはもう、わからない事ばかりだった。
「……人生って色々だよなぁ……」
 そう呟きながら空を見上げていると、通りかかった斉藤がぼそりと云った。
「何、朝から爺くさいこと云ってるんです。老けますよ」
「!!!」
 云い返してやろうとふり返った時には、もう既にその姿はなかった。
 さすが一刀流の達人。
 素早い。
 感心するより、呆れる他ないが。
「……おれ、まだ二十五才だぜ?」
 誰もいない廊下に向かって呟くと、おれはとぼとぼと歩いていったのだった……。







 永倉新八、二十五才。
 彼の新撰組二番隊長として、多忙な、尚かつ疑問符いっぱい人生いろいろの日々は、こうして続いてゆくのでありました。
 めでたし、めでたし?
















[あとがき]
 短いお話、かなりシリアスものがつづいたので、久しぶりにコメディタッチものをupしました。いや、今回の場合、ギャク? 考察というより、永倉さん受難物語です。いや、土方さんと総司って、ほんっと周囲の迷惑顧みずのいけいけバカップルですね。この朝も結局、午前いっぱいいちゃつきまくってるんですよ。永倉さんのため息も知らず。でもって、口止め料払ったのに、原田さんも何かの時につい口を滑らせたりして〜(笑)。その後の惨状は推し量るべし?


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