新撰組副長、土方歳三は悩んでいた。
正直な話、不祥事を起こした隊士を打ち首にするか切腹にするか判断した時などより、ずっとずっと悩んでいた。
いや、あの時はきっぱりすっきり「打ち首!」と即決したのだが。
だが、今回は違う。
深く深く悩んでいた。
その悩みの原因は……そう!
彼の可愛い可愛い、大切で目に入れても痛くなくて、どこもかしこも食べてしまいたいくらい可愛い恋人、沖田総司のことである。
ここだけの話、総司は実は収集家だった。
現代でいうコレクター、マニアだ。
その対象も時々で変わった。
綺麗な京菓子ばかり集めて食べもせず、うっとり眺めていた時もあったし、見事な手鞠を集めて喜んでいることもあった。
土方はその様子を見るたび、よくもあれだけ集め、しかも次から次へと対象が変えられるものだと感心していたが、反対はしなかった。
する理由もなかったし、そんなことする勇気もなかった。
また、ここだけの話……彼の恋人は怒ると、壮絶に怖かったのだ。
うっかりした事を言ってしまい、その逆鱗にふれようものなら、あっという間に褥から追い出され、お触り禁止令が出てしまう事は必定。
しかも、その期間中にちょっとでも触ったりすれば(それが偶然の接触であっても!)期限は無期延長となってしまう恐ろしさだった。
いやいや、話はそれてしまったが。
とにかく、総司は収集家である。
それはいい。
それは良かったのだが……。
はあっとため息をつき、土方は組んでいた腕をほどいた。
そして、目の前でにやにや笑いながら話を聞いていた原田に、視線をむけた。
「……で、どう思う?」
「土方さんも、意外と神経細かいねぇー」
「この俺がさんざん悩みぬいた末に、ようやく打ち明けた話に対する答えがそれかっ」
「それかって言われてもなぁ」
原田はうーんと首をかしげた。
しばらくの間じーっと黙って考え込んでいたが、やがて不意に顔をあげると、
「ま、可愛くていいんじゃない?」
にかっと笑ってみせた。
それに完全に脱力してしまった土方に、傍から斉藤がぼそっと言った。
「いいじゃありませんか。別に実害があるものではないですし」
「なら、おまえが体験してみやがれっ。いや、想像だけでもしてみろ!」
「想像すると…………笑えます」
「笑うのか! おまえ、あの状況を想像して笑うのか!?」
「まぁまぁ、土方さん、落ち着いて」
いつもの冷静沈着な副長はどこへやら、もの凄い勢いで斉藤に食ってかかる土方を、原田が両手をあげて宥めた。
それでも、にやにや笑いは隠せないまま、言葉をつづけた。
「ま、そのうち総司も飽きるって。あと少しの辛抱さ」
「あと少しの辛抱だという保障がどこにある」
「ど、どこにって……いや、それはおれも知んねぇけど」
「この間の京菓子は三ヶ月だった。次の手鞠は一ヶ月。いや、一ヶ月なら俺も何とか我慢できる。けど、もし三ヶ月だったら!? 到底我慢できねぇよっ」
「四ヶ月とか五ヶ月とか、どんどん延長してゆく可能性もありますしねぇ」
「……斉藤、俺に喧嘩売ってるのか」
「鬼の新撰組副長に? いえいえ、とんでもございません」
首をふって答えた斉藤を疑わしげに眺める土方に、原田が身を乗り出した。
「じゃあさ」
「あぁ」
「思いきって言っちゃえば?」
「何を」
「やめてくれって」
「……」
土方の眉間に深い皺が刻みこまれた。ぐっと唇を噛みしめている様子はまさに悩める男。端正な顔だちだからこそ許せるのだが……。
「それは……できねぇ」
「……かもな」
原田はしみじみと頷いた。
この提案は、言ったとたんに原田も駄目だと思ったのだ。
泣く子も黙る新撰組鬼の副長であるこの男が、実は誰よりも恐れているのが(骨抜きにされてると云った方がいいか)、その今話題独占中の若者なのだから。
(……あーんな可愛い顔でにこにこ笑いながら、この人を手玉にぽんぽんっ取ってるんだからな。くわばら、くわばら……)
また深い深いため息をついた土方を見ながら、もう処置無しと思ってしまった原田だった。
その夜のことだった。
夕餉も風呂もとっくの昔に終わり。
土方が就寝前の一時、せっせっと書類を片付けていると、足音が近づいてきた。
軽やかなそれは土方の部屋の前でとまると、そっと澄んだ声で訊ねてくる。
「……土方さん? 入ってもいいですか?」
「あぁ」
応えを返すと、総司はすっと障子を開けて身を滑りこませてきた。白い寝着の上に薄紅色の丹前を羽織った姿が何とも艶かしい。
土方の傍に膝をつくと、さらりと髪を揺らして覗きこんできた。
「まだお仕事おわりません……?」
「もうちょっとで終わる」
「じゃあ、お布団の用意させて貰いますね」
そう言って立ち上がり、総司は布団を引き出した。せっせと布団を敷いて綺麗に皺をのばし、まるで可愛い新妻のように整えてくれている。
それはいい……それはいいのだが。
土方は仕事をしながら様子を伺っていたのだが、総司が布団を敷き終わったとたん、決意を新たにした。
頑張れ、俺!
鬼の副長がここで負けてどうするんだっ。
「あ、その……総司」
「はい?」
総司はソレを手にしたまま、くるりとふり返った。もう既に用意されつつあるソレに絶句したが、ここで怯んでいる場合ではなかった。
「その……今夜はやめないか?」
「やめるって……事をするのを?」
「いや、そうじゃなくて……ソレだ」
土方はソレを指さした。
「ソレはもうやめて欲しいな、と思って……」
「土方さんっ!」
いきなり鋭い声で名を呼ばれ、土方はぎくりとした。
総司は布団の上にきっちり正座し、ソレを膝上に抱いたまま、もの凄い目つきで土方を睨みつけた。
日頃、可愛いくて綺麗で、にこにこ優しい笑顔をうかべているだけに、その姿は壮絶なまでの恐ろしさだった。心なしか目がつりあがってる気がした。
「私、土方さんがそんな狭量な男だとは思っていませんでした!」
「いや、そういう問題では……」
「土方さんは、私の好みにまで口出しするのですか? そんな人だったなんてっ」
「しかしな、好みとか、それ以前の……」
「それとも……もしかして、私としたくないからっ? も、もう嫌いになったから、そんな……そんなこと……っ」
不意に、総司の大きな瞳がうるうるっと潤んだ。
綺麗な目から、今にも大粒の涙がこぼれ落ちてしまいそうだ。
「総司っ!」
土方は慌てて書類を放り出すと、総司の両手をとって固く握りしめた。
瞳を覗きこみ、力強く断言してやる。
「そんな事あるものか! 俺がおまえを嫌うなんてあるはずないだろっ?」
「ほんとに……?」
「あたり前だ」
「私のこと……愛してます?」
「愛してる! 誰よりも愛してる」
「じゃあ、許してあげますね」
ちゅっと音をたてて総司は土方の頬にかるく口づけた。それから、くるりと向き直ると、またソレを取り上げた。
「早くお仕事片付けて下さいね〜♪」
そう云いながら、せっせとソレを並べてゆく。
「……」
しばらくの間、土方はそれを呆然と眺めていた。
何かがおかしい。
よくわからないが、うまく誤魔化されてしまった気がする。
この、俺が?
京でも策謀家として名を馳せたこの俺が!?
思わず土方は腰をうかし、手をのばした。総司の腕を掴んで言いつのった。
「おい、ちょっと待て。なんかこれじゃ……」
「土方さん」
絶妙の間合いで、総司はふり返った。
そして。
かるく小首をかしげ、可愛らしく微笑んでみせた。
「今夜も可愛がってね♪ 旦那さま」
「……はい」
頷き、土方はすごすごと机の前へ戻った。筆をとり書類を片付け始めた彼の後ろで、総司は可愛い声で歌をうたいながら、せっせとソレを並べてゆく。
しばらくすると、声がかかった。
「はい、用意できましたよ。ね? 早く〜♪」
可愛い恋人のお誘いに、土方は筆を置いてふり返った。そして、寝着に着替えると、褥に入ったのだった。
上下左右四方をずらーっと。
総司お気に入りの「市松人形」で囲まれたお褥に。
ふっさり揃えられた黒髪に黒い目の市松人形たちが、じーっと二人を見下ろしていた。
はっきり云って怖い。不気味だ。
ほとんど怪談の世界だったが、総司にすれば、せっせと収集した大切なお宝物人形たちなのだ。お給金のほとんどを費やしたと云ってもいい。
(ただ、その、別の場所で飾ってくれと思うのは、俺の我儘なのか……?)
土方は総司の躯を抱き寄せながら、深くため息をついた。
何にしろ、今夜もなのだ。
褥をきっちり囲んで並べられた「市松人形」たちに見下ろされ、あーんなことやこーんなことを、総司と致さなければならないのだ。
もうすっかり諦めの境地に達してしまい、もはや何も云う気になれない。
どう足掻こうが無理なのだ。
これは俺に定められた運命なのだ。
せめてせめて。
あと二ヶ月ほどで、総司が人形収集に飽きてくれることを、心から切実ッに願う土方なのだった……。
[あとがき]
昔、知り合いにぬいぐるみだい好きで、ベッドの上下左右にずらりと並べて寝てる子がいました。眠る時いつも「ちょっとごめんね〜」とぬいぐるみをよけて入って眠ってたという。それで思いついたこのお話ですが、いかがだったでしょうか。市松人形なんて怖いですよね。あんなのに囲まれてたら、土方さんも萎えますよね。いや、それも総司の作戦だったりして(笑)。
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