愛してる……?
本当に、私のこと愛してるの?
じゃあ……どれくらい?
どれくらい、私のこと愛してくれてるの?
……土方さん……?
「……どうせ、信じねぇくせに」
突然、そう呟いた土方を、近藤は訝しげに振り返った。
ここは京都守護職である会津藩が在する黒谷屋敷だ。本来は金戒光明寺という寺なのだが、もともと京で事が勃発した時の砦として建立されたため、非常に堅固なつくりだった。その一室で、近藤と土方は公用方と会うため、先ほどから待っていたのだが。
「歳? どうした」
そう問いかけられ、土方は我に返った。無意識のうちに昨夜からの苛立ちを口に出してしまったのだろう。
かるく首をふり、苦笑した。いい加減なんとかしないと駄目だ。
(俺も総司の事となると、他は何も見えなくなっちまうからな……)
「いや、何でもねぇ。それより、近藤さん」
「あぁ」
「大坂へ誰か行かせるというのは、もう本決まりなのか」
「いや、まだ決めてない。おまえの意見を聞いてからと思っていたんでな」
「なぁ……それ、俺が行っても構わねぇか?」
そう訊ねた土方に、近藤は驚いた。
「わざわざ、おまえが出向くことはないだろう」
「いや、ちょっと……こっちを離れたくてな」
「何だ、また女か。しつこいのに手を出したのだろう?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ、俺の方が嫌われちまっただけさ」
「程ほどにしておけよ」
呑気そうに近藤は笑った。その親友の人の良さそうな笑顔を眺めながら、土方は思った。
(ここで、俺の相手はあんたの可愛い総司だよ、なんて言ってやったら、どうするかな。下手すると、泡吹いてひっくり返るかもしれねぇな)
一瞬、悪戯心がわいたが、やめておくことにした。
何もこんな所で云う事はない。それに、ひっくり返ってくれるならいいが、怒り狂った近藤と取っ組み合いにでもなったら、それこそ目もあてられない。
だいたい、その可愛い弟子に、まだ手を出した訳ではないのだ。
ずっと前から懸想していただけだ。胸に秘めてきただけだ。
そして。昨夜、その想いを──
「歳」
促され、はっと我に返った。廊下の向こうから足音が近づいて来る。
近藤にならい、すっと居ずまいを正した。
廊下の向こう、中庭に植えられた楓が赤く色づいた葉を、風にさわさわと揺らしていた。
「元気ないな」
突然、そう呼びかけられ、総司はびくっと肩を震わせた。
怯えたような顔で振り返ったが、そこに友人の顔を見出し、ほっと息をついた。
「あぁ……斉藤さんですか」
「誰だと思ったんだ」
「いえ、別に……」
総司は俯き、袴の膝もとをいじった。
「副長か」
そう訊ねたとたん、白い指さきがぴくっと震えたのを、斉藤は見逃さなかった。
綺麗な顔を覗きこむと、小さく唇を噛んだまま俯いている。
何か、あの男との間にあったのだろう。それは確かだったが、こんな時の総司は素直でなくなる。話したいことは山ほどあるくせに、いつも心の奥に抱え込んだまま俯いてしまうのだ。いったん引き出してやれば、堰を切ったように話してくれるのだが。
こんなふうになるのは、いつでも土方のためだった。他のことでは無頓着であまり拘らない総司が、土方のことになると、驚くほどの執着や迷いを覗かせる。それが何を意味しているのか、この若者を想い続けてきた斉藤はよくわかっていた。そして、総司にとって、自分がどんな存在なのかも。
(おれもつくづく損な役回りだよな)
思わず苦笑した。
だが、それを総司は別の意味にとったようだ。
怒ったように顔をあげ、斉藤を大きな目で睨みつけた。
「何がおかしいんです」
「別に、おまえのことを笑った訳じゃない」
「でも、今笑っていたじゃありませんか」
「おいおい、おれにあたるな。おまえらしくもない、本当に何があったんだ」
総司はまた俯いた。
唇が震え、何かを言いかける。だが、それはすぐに閉じられてしまった。
斉藤はため息をついた。ほんとに手間がかかる。
「副長に何か言われたのか。あの時、何があったんだ」
それは昨日の夜のことだった。
巡察から帰ってきた斉藤を迎えたのは、激しく言い争っている土方と総司の姿だったのだ。
「だから、嘘じゃねぇって言ってんだろ!」
総司はともかく、あの冷静沈着な男が珍しく声を荒げていた。
廊下の先で呆気にとられ立っている斉藤にも全く気づいてない。それほど、二人とも互いの事しか見えてなかった。
「嘘です、絶対にそんなの……っ」
「おまえ、そんなに俺の事が信じられねぇのかよ」
「信じられません。土方さんの言葉なんか……全然信じられない!」
「総司、おまえ……っ」
思わず総司の手首を掴んで引き寄せかけ……そこまできて、ようやく土方は他者の気配に気づいた。
驚いたように振り返り、そこに立つ斉藤に目を見開く。だが、すぐ我に返ったようだった。
総司の手首を放すと、そのまま踵を返した。夜着の裾をひるがえし、部屋を出てゆく。斉藤とすれ違う時も声一つかけなかった。それほど余裕がなかったのだろう。ちらりと見た土方の表情は、焦燥と苛立ちにみちていた。一方、総司の方はと見れば、今にも泣き出しそうな表情で俯いている。
斉藤はため息をついた。
結局、何も話さないまま朝を迎えたのだが、こうして萎れている想い人を見ると、声をかけずにいられない。その辺りに、総司への想いの深さがあらわれてるようで、自分でも情けなかった。
「昨日の夜……副長に何を言われた」
そう問いかけた斉藤に、総司は長い睫毛をふせた。
また白い指さきが袴をいじりはじめる。それを眺めながら、訊ねた。
「好きだ、とでも言われたのか」
「!」
弾かれたように総司は顔をあげた。その大きく見開かれた目が、すべてを肯定している。
「どう……して、それを?」
斉藤は苦笑した。
「見てりゃわかるよ。好きだと言われたんだろ」
「………」
総司はまた俯いた。耳たぶまで真っ赤にしたまま、こくりと頷く。
「なら、いいじゃないか。総司もずっとあの人のことを想ってきたんだろ」
「それは……そうだけど……って、どうして、斉藤さんが知ってるんです!?」
思わず叫んだ総司に、斉藤は肩を竦めた。
「何となく、な。たぶん、他の皆もわかってるさ。気づいてないのは、当の本人の副長だけだと思うよ」
「───」
「それで? 好きと言われて、総司はどう答えたんだ」
総司はきゅっと唇を噛んだ。
「……嘘つき、って」
「は?」
「だから、嘘つきって言ったんです。だって……!」
突然、堰を切ったように話しだした。
「だって、あの人、一昨日、女の人抱きに出かけたんですよ。私の見送り受けて、さっさと! 今までだって何度もそんなことがあったし、さんざん遊び回って女の人と浮名流して……なのに、突然、私のこと好きだなんて。そんなの信じられると思います?」
「うーん、でもな」
「あんな言葉、誰にでも言ってるくせに。私にだって気まぐれで言ったくせに。だいたい、土方さんみたいな人が私なんか好きになってくれるはずないのに……」
「そこまで決め付けてどうするんだ」
「だって、全然、土方さんの気持ちわからないんだもの。ほんとに好きかどうかなんて、わからないじゃないですか。あの人がどんな気持ちで、あんな言葉を私に言ったのか、何もわからないのに……」
だから、訊ねた。
愛してる──と。
耳もとで優しく囁かれた瞬間、この胸の内を満たしたのは、激しい歓喜と……そして、不安だったのだ。
「……愛してる……?」
小さく、呟くように訊ねた。ぎゅっと土方の着物を掴んだ。
「本当に、私のこと愛してるの?」
「あぁ、本当だ。おまえだけを愛してる……」
「じゃあ……どれくらい?」
そう訊ねた総司に、土方は目を見開いた。驚いたように総司を見下ろしている。そんな男の顔を見上げ、真剣な声で訊ねた。
「どれくらい、私のこと愛してくれてるの?」
「──」
「……土方さん……?」
それに、土方は何も答えなかった。僅かに眉をひそめたまま、総司を見つめているだけだった。
そんな彼を見て、総司は思ったのだ。
やっぱり、嘘なんだと。
ただ気まぐれにこんなことを言っただけ。それとも……そう、同情なんだ。
あんなこと言って泣いている私を可哀想に思ったから、優しい彼は放っておけなかったから。
だから、こんな残酷な嘘をついたの?
愛してる──だなんて。
こんなにもあなたに恋焦がれ、それでもこの胸の内に必死に押し隠して、ずっとずっと苦しんできた私を知りもしないで。
同情で、そんな言葉を口にしないで。
こうして私の心を傷つけるあなたを、いっそ思い切れたら良かったのに。こんなにも愛してさえいなければ……。
「………」
さまざまな物想いに黙り込んでしまった総司を、斉藤は見つめた。
二人はただすれ違ってるだけなのだ。
互いの想いに気づけば、あともう少しすれば、この恋は成就されるのだろう。それを妨げる権利は誰にもない。
(そうだ……このおれだって祝福してやるさ。おれが望むのは、おまえが幸せでいてくれること、それだけなんだから)
じっと黙り込んだ二人の傍、中庭に植えられた楓が赤く色づいた葉を、風にさわさわと揺らしていた。
「わぁ、綺麗」
思わず総司は歓声をあげた。
店先に並べられた花々。あふれるような色の鮮やかさに、うっとりした。
もともと、総司は花がだい好きだ。
まるで娘のように菓子や花が好きな総司を、土方はいつも苦笑して眺めていたが、咎めることはなかった。それどころか、彼自ら買い求めてきてくれることもあったのだ。総司がまだ
宗次郎と呼ばれていた頃も、行商の土産によく買ってきてくれたものだった。
「どれにしまひょ」
訊ねる花屋の主に、総司は首をかしげた。大きな目があちこちの花を見回す。
「んー、迷うなぁ」
綺麗な白い花に目がとまった。ふわふわしたそれは、まるで淡い夢のようだったようだった。
「じゃあね、それにして下さい。五本ぐらいかな」
「へぇ」
手早く水を切り、主は根元を紐で縛ってくれた。束にされたそれを受け取り、総司は勘定を払おうとした。
その時、すっと傍らから手が差し出された。黒い袖が目の端に映る。
低い声が耳を打った。
「……これでいいか」
「へ、へぇ。おおきに」
主が慌てて受け取った。
男の手が無造作に総司の細い肩を抱く。それに、思わず息をつめた。見あげることもできず、ただ花束を抱えたまま立ち尽くしている。そんな総司に、土方はぶっきらぼうな口調で言った。
「総司、帰るぞ」
「………」
俯き、きゅっと唇を噛んだ。それでも歩き出した総司を連れ、土方は屯所への道を辿った。
もう手は放されている。だが、それでもここで今向きを変えて逃げ出せば、たちまち追われ捕まえられるのはわかっていた。
本当は、逃げたい訳じゃないのに。
本当は、この人の傍にずっといたいのに。
今だって、ほら、逢えたことが嬉しくてたまらない。胸がどきどきして、知らず知らずのうちに頬が火照ってしまう。
こんなにも好きなのだ。だい好きでたまらないのだ。
なのに……。
涙がこみあげそうになって、総司は慌てて白い花に顔をうずめた。
それを土方はちらりと見た。
「おまえ……よく似合うな」
「え?」
思わず顔をあげた総司の目に涙を見つけ、土方は眉を顰めた。
そんなにもいやなのかと思う。自分の傍にいるのが、そんなにも嫌でたまらないのか。
「……花、だよ」
ぷいっと顔をそむけ、無愛想な声音で言った。
「白い花、おまえに似合うなと言ったんだ」
「………」
総司が何か小さく言った。それが聞き取れなくて、土方は総司の方を振り向いた。
何だと問いかけた彼に、思ってもみなかった言葉が返された。
「たくさんの女の人に、そんなこと言ってきたのでしょう?」
「………」
土方は目を見開いた。そんな言葉を総司から言われると思っていなかったのだ。
呆気にとられている土方を、総司は大きな目で睨みつけた。
「わかってるんですからね、土方さんがどんなつもりでそんな事言ってるかなんて」
「? おい……」
「もうやめて下さい。私は同情されるのも、気まぐれに振り回されるのも御免です。あんな残酷な嘘ばかりついて、私が傷つかないとでも思ってるんですか?」
「ちょっと待てよ、同情とか気まぐれって……何言ってんだ、おまえ」
腕を掴もうとした土方の手から、総司はするりと身をかわした。そして、屯所へと走り出しながら、大声で叫んだ。
「土方さんなんか……だいっ嫌いだ!」
「総司!」
思わず叫んだ土方を振り返りもせず、総司は駆け出した。
涙がどんどんあふれてくる。視界がぼやけて、足元が見えなくて今にも転びそうだった。だが、それでも、涙を拭おうとする事もなく、ただひたすら総司は走り続けていた。
「ったく……」
土方は深くため息をついた。
そのまま屯所へ帰る気にもなれず、すぐそばの大石の上に腰掛けた。
近くの神社の境内に植わっているのだろう、塀ごしに見える大きな楓の樹木を、ぼんやり眺めた。
「だいっ嫌い、か……」
自嘲するような笑みをうかべ、呟いた。
こうなる事は初めからわかっていたのに。
いや、それでも構わない、いっそ力づくでもとまで思いつめた恋だった。
だが、いざ総司からあんなふうに拒絶されると、このざまだった。さんざん女と遊んできたはずの自分が、どうする事もできず、ただ茫然と立ち尽くすしかできなかった。この手から逃れ走り去ってゆく総司を、追う事さえできなかったのだ。
「あそこまで嫌われてるとはな」
くっくっと喉奥で笑った。少しは期待していたのだ。自分が気持ちを告げ、心から愛せば、少しは心を開いてくれるのでは……と、そんな都合のよい夢を見ていた。だが、現実は違った。愛を告げた自分は、総司に完全に拒絶されたのだ。
土方は嘆息すると、立ち上がった。かるく襟元をただし、踵を返そうとする。
そのとたん、幾つかの人影が現れた。
眉をひそめた土方に、頭らしい男が問いかけてくる。
「新撰組の土方だな」
「あぁ、そうだ」
頷いた土方を、男達はぐるりと取り囲んだ。四人もいるが、頭らしい男を除けば他はたいした腕でないだろう。だが、何しろ多勢に無勢だった。
それでも、土方は薄く笑った。
草履を脱ぎ捨てながら、唇の端を吊り上げる。
「ちょうどいい、こっちも気にくわねぇ事があってな、血が滾ってたんだ。相手してやるよ」
その顔はもう新撰組副長のものではない、修羅場をくぐり抜けてきた一人の男の顔だった。切れの長い目がぎらりと光る。
次の瞬間、楓の葉より濃い赤が、周囲に飛び散った。
ずっと走り続けてきた総司だったが、屯所が見えかけた処で、不意に足をとめた。
突然、胸の辺りがずきんっと痛くなったのだ。
それは貫くような痛みで、あっと胸をおさえた瞬間、黒く重い闇が胸奥に広がった。
(な……に、これ……?)
そう思った総司は、次の瞬間、はっと息を呑んだ。
江戸にいた頃、行商に出ていた土方が喧嘩をし、大怪我を負った事があった。その時も、同じような感覚に襲われたのだ。知らせを聞いて駆けつけ、土方の怪我を見て初めて、その意味がわかった。あの時は、土方も泣きじゃくる自分を抱きしめてくれたが──
「まさか……」
総司の顔色が変わった。
くるりと身を翻し、先ほど走ってきた道を逆に駆け戻る。今度はもう無我夢中だった。
やがて、先ほど土方と別れた場所が見えてくる。とたん、鋭く息を呑んだ。
血の匂いが立ちこめ、地面には幾人かの男たちが倒れ伏していた。辺りはもう血の海だ。確かめると、どれももう事切れていた。
「土方さん……!」
視線が血の痕を辿った。それは、すぐ傍の神社の門をくぐり、境内へと続いている。
総司は弾かれたように走り出した。
境内に飛び込んだ総司は息を弾ませながら、素早く周囲を見回した。次の瞬間、その目が大きく見開かれた。
楓の樹木の根元。
その幹に寄りかかるようにして、男が座っていた。片膝をたて、肩で息をしながら目を閉じている。
血塗れの刀は放り出され、彼の左腕の黒い袖は鮮血にどす黒く濡れていた。
傷を負っている、それでも彼は生きていた。無事だったのだ。
「……っ!」
もう声にならなかった。
総司は境内を走って横切り、半ば泣きながら男に抱きついた。驚いている土方の体に両手をまわしてしがみつき、子供のように大声で泣き出した。
「……総、司……?」
土方は茫然としたまま低く呟いた。自分に縋りつき泣いている総司の細い肩を、そっと抱き寄せた。
「おまえ、どうしたんだ……屯所へ帰ったんじゃなかったのか」
「どうした、なんて……こ、こっちの台詞です……っ」
総司は顔をあげ、泣きじゃくりながら言いつのった。
「こんな怪我して、こんな事になって……」
「仕方ねぇだろ、いきなり来たんだから。さすがに四人相手じゃ手間取ったがな」
「どうして、そんな無茶するんです!……ど、どれだけ私が心配したか……っ」
また、総司の目からぽろぽろ涙がこぼれた。
「……すまねぇ」
「土方さんは、いつだってそうだ。全然……人の気もしらないで、好き勝手ばかりして」
「だから、すまねぇって」
「土方さんなんか、だいっ嫌いだ……っ」
そう言って彼の胸に顔をうずめた総司に、土方は苦笑した。そっと総司の柔らかな髪を撫でてやる。
「それはさっき聞いたよ」
「だいっ嫌い、嫌い……土方さんなんか……」
「あぁ」
「だけど……」
総司は不意にぎゅっと土方の体にしがみついた。
そして、消え入りそうな声で、そっと言った。
「でも……だい好きです」
「───」
「誰よりも好きです、愛してます……」
そう言った総司の肩が不意に掴まれた。驚いた土方がその顔を覗きこもうとしたのだ。が、総司は恥ずかしさに首をふり、土方の胸もとに顔をうずめてしまった。
「おい、総司!」
「今のは本当です。土方さんみたいに嘘じゃありません」
「俺だって嘘なんかじゃねぇよ……って、いや、それより本当なのか? 今の言葉は……っ」
ゆっくりと総司は顔をあげた。涙に濡れた目が土方を見上げた。
「……あなたを愛してます」
桜色の唇が囁いた。
「ずっと子供の頃から、あなただけが好きだったんです。あなたに憧れて好きで好きでたまらなくて、だから……いつでも苦しかった。女の人を抱きにいくあなたを見送りながら、一人で泣いていた」
「総司……」
「言わないでおこうと思ってたけど。ずっと片想いでいいんだと思ってたけど、でも……あなたがあんな事を言うから」
総司は泣き顔のまま、小さく笑った。
「もう……知っていたんでしょう? 私のこんな気持ち知ってたから、だから、あんなこと言ってくれたんでしょう? 泣いてる私に同情して、あんな嘘ついて……」
「おい、総司」
土方は不意に声を低めた。
ぐいっと総司の肩を掴んで、その顔を覗きこんだ。
「いい加減にしろよ。それ以上言いやがったら、いくらおまえでも怒るぞ」
「だって……」
「いいか? よく聞けよ。何でそんなふうにおまえが思ってるんだか知らねぇが、俺はおまえを愛してるんだ。おまえだけが好きなんだ。これは嘘でも何でもねぇ。正真正銘の、俺の本当の気持ちだ」
そう言いざま、土方は総司の体を抱き寄せた。背中がしなるほど強く抱きしめ、掠れた声で囁いた。
「おまえが好きだ。気も狂いそうなくらい、おまえだけを愛してる。女遊びも皆、おまえへの想いを断ち切るためだったが、そんなの初めから無理なことだった。俺はおまえしか愛せないんだ、おまえだけが欲しいんだ、総司……」
「土方さん……」
体を起こし、土方はもう一度、総司の顔を見つめた。そっと顔を寄せ、柔らかく唇を重ねてやる。しばらく口づけてから、うっとりと身をまかせてくる総司の耳もとや白い首筋に唇を落とした。
「あの時、おまえは……どれくらいかと聞いたが」
低い声が囁いた。
「どれくらい愛してるかと聞いたが、知りたいなら教えてやる。おまえは俺のすべてだ。俺の命も何もかもくれてやっても構わねぇくらい、おまえだけを愛してる。おまえがまだ子供の頃から、ずっとおまえだけを見てきたんだ」
そう告げてくれた土方に、総司は黙ったまま抱きついた。
嬉しさと幸せに、あとからあとから涙がこみあげてくる。なめらかな頬を涙がぽろぽろ零れ落ちた。
「好きです、愛してます……土方さん……」
「総司……」
固く抱き合う二人の上に、鮮やかな楓の葉がはらはらと舞い落ちていた。
「帰ったら、ちゃんと手当てしましょうね」
手拭で腕の傷を手当しながら、総司は言った。土方の怪我はそれほど深手ではなかったが、黒い小袖がざっくり斬られ、血が出ている様は総司の胸を苦しくさせた。怪我や血なんて見慣れてるのに、土方の怪我となると別なのだ。彼が傷を負うと、いつも不安になってしまう。
不安そうに目を伏せる総司に、土方は苦笑した。
突然、怪我を負ってない方の腕で総司の体を引き寄せた。
「え? ちょっ……ん、んぅっ……」
不意に唇を重ねてきた土方に、総司は驚いたが、すぐ男の腕に身をまかせた。うっとりと目を閉じ、甘い口づけを受ける。白い指さきが土方の襟もとをぎゅっと掴んだ。土方は何度も角度をかえて、深く口づけた。しばらく、その柔らかな唇を堪能してから、ようやく解放してやった。
腕の中、総司が幸せそうに吐息をもらす。
「……土方さん」
口づけの後、それでも腕の力を緩めようとしない土方の胸もとに、総司は小さな頭を凭せかけた。ゆっくりと琥珀色に染まり始めた境内を、舞い落ちる楓の葉を見つめながら、そっと問いかけた。
「ね……教えて?」
「何を」
「あのね、私との口づけ……いつも、嫌じゃなかったの?」
「いやなはずがねぇだろ」
「だって、私がしてってねだると、土方さん、困ったような顔をしてた」
「そりゃあ、おまえ」
土方は肩をすくめた。
「好きで仕方ねぇ相手とするんだぞ、こっちは口づけだけで我慢するのに必死だったんだ。かなり限界まできてたけどな」
「それは。その、口づけより先も私としたい、と言うこと……?」
おずおずと訊ねた総司に、土方は小さく笑っただけだった。かるく総司の耳もとに口づける。
「……そのうちにな」
「土方さん……」
真っ赤になって俯いてしまった総司が可愛い。目を細める土方に、総司は恥ずかしそうに抱きついた。
そのまま、小さな声で訊ねてくる。
「もう一つだけ……教えて」
「あぁ」
「私との口づけ……いつから、恋人の口づけになったの?」
その可愛らしい問いかけに、土方は微笑んだ。
「そんなの決まってるだろ? 一番初めの口づけからだよ」
その答えに、総司は嬉しそうに、幸せそうに微笑った。その笑顔はもう、花が零れるようで。
あまりの可愛さに。狂おしいほどの愛しさに。
土方は総司を抱きすくめると、もう一度、甘く優しく口づけたのだった……。
[あとがき]
やっと「くちづけ3」書きました。
恋人に何かあったら絶対にわかると思うんですよね。土方さんと総司の場合、そんなのありすぎかもしれませんけど。お仕事がお仕事だものね。
あぁ、長いお話の方で修羅場ものばかり書いてると、時々、無性にこういう甘ーい話を書きたくなるんですよね。皆様はどちらがお好みなのかわかりませんけど。
今回、絶対に書きたかったのは、土方さんが傷を負うシーン! この人って、どうしてか傷を負わせたくなるんです。いつも癇症なくらい端然としてるだけに、傷ついた獣みたいな姿が似合うというか。好きなんです。大人の男の色気みたいなの感じて。また、そういう傷だらけ土方さん書くと思いますが、皆様、怒らないでやって下さいね。>
戻る