のどかな春の昼下がりだった。
縁側を雑巾がけしていた 宗次郎は、ふうっと息をついた。
別に誰かに言いつけられた訳ではない。ただ、何か体を動かしていないと、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだったのだ。
幼い 宗次郎には理解できない心の動きだった。座り込んだまま首をふる。
突然、ふわっと体が浮いた。
びっくりして見上げると、大好きな笑顔が見下ろしていた。
「歳三さん!」
「よう、 宗次郎。久しぶりだな、元気だったか?」
軽々と片腕で 宗次郎の小さな体を抱き上げたまま、歳三は悪戯っぽく笑いかけた。
他の誰よりも端正なその顔は、あまりに綺麗で、いつもはちょっと冷たく感じるぐらいだ。だが、その印象は笑ったとたん、一変する。
切れ長の目を細め、優しく明るく笑う彼が、 宗次郎はだい好きだった。彼の笑顔を見るたび小さな胸をドキドキさせた。
でも、今日は。
「久しぶりなんかじゃありません」
ぷいっと顔をそむけた 宗次郎に、歳三は怪訝そうな顔になった。
いつもと様子が違う。
この少年は誰よりも歳三に懐いているはずだったのだ。
形のよい眉をひそめ、少年の顔を覗き込んだ。
「どうした、今日は馬鹿に機嫌が悪いな。何かあったのか?」
あやすようにかるく体を揺さぶった。それに 宗次郎が大きな目でにらみつけてくる。
「下ろして!」
「 宗次郎」
「下ろして、私はもう子供じゃありませんっ」
「まだ十だろ。十分、子供じゃねえか」
「いやっ、下ろしてってば、歳三さんなんか嫌いなんだから!」
大きな声で叫んだとたん、しまったと思った。
大好きな人になんてことを言ってしまったのだろう。
思わず体を竦めたが、歳三は怒ることもなく、そっと抱き下ろしてくれた。そのまま目の前にしゃがみこんで顔を覗き込む。
耳元で低い声が優しく囁いた。
宗次郎の大好きな声。
何度も子守唄を歌い、優しくいつも話しかけてくれる声。
「 宗次郎……?」
「……」
「いったい、どうしたんだ。何をそんなに怒っている? 俺が原因か? 何か悪いことしたのか? 俺は……悪いが思い当たらねえんだ」
困惑したような表情の歳三を、 宗次郎は半泣きで見上げた。
この人が悪いんじゃないのに。
こんな子供の駄々ほうっておけばいいのに、いつも 宗次郎の気持ちを察して、きちんと向き合ってくれる。
彼は好き嫌いが激しく、どうでもいい人には怖いくらい冷たいが、本当に心を許した相手には驚くほど優しくなるのだ。
それを知っているだけに、自分を大切に優しく扱ってくれる彼が嬉しく、その一方で大好きな人を困らせている自分が情けなかった。
「……久しぶり、じゃないの」
「え?」
ようやく話し出した 宗次郎に、歳三は首をかしげた。
「昨日、歳三さんと会ってるの。浅草の近くで……歳三さん、気づいてなかったけど」
「? 浅草で? そりゃ気づかなくて悪かったな。けど、そんなことで怒っているのか」
歳三は不審げに眉をひそめた。
宗次郎は素直で優しく性質のよい子供だった。
だからこそ、誰からも好かれ、この試衛館でも近藤や井上たちに可愛がられているのだ。それが、こんなことでつむじを曲げるなど……
「そうじゃないの。気づかなくて……当たり前だから。でも、でも、あの時、歳三さんは」
「俺が?」
宗次郎はきゅっと唇を噛んだ。
見れば、耳朶まで真っ赤になって、それがひどく可愛らしい。白い兎みたいだった。
歳三の目がとろけるように優しくなった。
「何だ。言ってみろよ。怒らねえから」
「歳三さん、お、女の人と……女の人と……く、口を……」
そのまま俯いてしまった 宗次郎に、歳三はようやく合点がいった。
昨日の自分の行動を思い出したのだ。あんなところで接吻してた自分も馬鹿だったが、あれは女の方からしてきたのだ。
いや、そんなことより、最悪なのは、それを 宗次郎に見られたことだ。他人から見れば、子供相手にどうでもいい事だろうが、歳三にはなぜかそうは思えなかった。
(俺もこいつには弱いからなぁ……)
自分自身に苦笑しながら、歳三はそっと 宗次郎の艶やかな髪を撫でた。
「ごめんな、 宗次郎。子供のおまえに見せたのは悪かった。けど、俺は男だからな、あぁいう口づけとかする時があるんだ。したくなるんだ。な? 勘弁してくれよ」
「どうして? したくなるの、どうして?」
「気持ちいいから……って、そういうことは子供は知らなくていいんだ」
「気持ちいいから、するの? 気持ちよかったら誰とでもするの?」
「そこまで俺は無節操じゃねえよ。好みとか、その、相手のこと好きだなあと思ったら、したりする訳だ。誰でもいいって訳じゃない」
「じゃあ、歳三さんはあの女の人が好きなの?」
「う。いや、それは……」
「私より好きなの?」
いつのまにか、 宗次郎の大きな瞳には、涙がいっぱいだった。
なめらかな白い頬を赤らめ、薄紅色のさくらんぼみたいな唇が少し震えている。
あまりの可愛さに、歳三はしばし呆然となった。自分の体がカッと熱くなるのを感じる。
(こいつは、何だってこんなに可愛いんだ? その辺の女なんかめじゃねえ……って、俺、十の子供相手に何考えてるんだよ! しかも、こいつは男だぞ)
歳三はぶるぶると首をふり、 宗次郎から少し体を離そうとした。
が、 宗次郎はそれをどう思ったのか、必死に細い腕で男の体にしがみついてくる。
甘い 宗次郎の匂いが歳三の五感を刺激した。両手がさまよい、思わずその細い体をきつく抱きしめたくなる。
「歳三さん、答えて下さい。私より好きなの?」
「そんな訳ねえだろ」
「じゃあ、好き? 歳三さんは私が好き?」
まるで恋人に浮気が見つかり責められているようだ。
「好きだよ」
宗次郎相手にでも、いつも何気なく言ってた言葉なのに、全く違う意味合いに思えた。
「おまえのことが好きだ。あんな女よりずっとな」
そうきっぱり言い切って、歳三は息をついた。
とにかく、この辺で話を終わりにしたい。でないと、とんでもないことになりそうだ。
「じゃあ、して!」
突然そう言った 宗次郎に、歳三は「え?」と戸惑った。
「してって、何を……おい、まさか」
「昨日、女の人にしてたこと。くちづけ? 私にもして」
「 宗次郎、あのな」
「だめ?」
潤んだ瞳で見上げられた瞬間、心臓がどくんっと鳴った。
腕の中、おねだりの表情で見上げている 宗次郎は、もうめちゃくちゃ可愛い。
ぷっくりした頬も、薄紅色の柔らかそうな唇も、細い手足も白い肌も、痛いほど歳三の男を刺激していた。
胸のうちにこみ上げる甘酸っぱい感情に気づいた瞬間、心底もうだめだと思った。
ここまで可愛いと思うなんて、絶対、自分は 宗次郎にいかれてる。
昔、下心があるとか色々いわれて、あの時はびっくりしただけだったが、今同じことを言われたら絶対返す言葉がなかった。
下心ならある。絶対、ある。
「 宗次郎」
不意に手をのばすと、膝上に 宗次郎の小さな体を抱き上げた。横抱きにして、その可愛い顔を覗き込む。
ぱっちりした大きな目が男を見上げた。
「目、閉じろ」
「はい」
素直に返事し、 宗次郎は目を閉じた。それを見下ろし、歳三は顔を近づけた。
ゆっくりと、唇を重ねた。
はじめは優しくこすり合わせ、だんだん深く唇を重ねていく。
唇を吸い、舌を差し込んで小さな舌を舐め上げた。
唾液があわさった唇から、つたい落ちる。
ねっとりと濃厚な口付けをあたえる歳三に、 宗次郎の体が震えた。
「ん……んっ、っふ……ん、ぁ……」
必死に男の腕にしがみついている。かなり長い接吻の後、 宗次郎は小さく喘いだ。歳三は 宗次郎の唇をかるく指先でぬぐってやった。
「どうだ? 宗次?」
「これ……が、くちづけ?」
「あぁ、ちょっときつかったか?」
宗次郎はぼうっとした顔で、歳三を見上げた。頬が紅潮している。
ゆるゆると首をふった。甘えるように両手をのばしてくる。
「ううん、気持ちいい……もっとして。もっとちょうだい」
「よし、いくらでもしてやる」
歳三は小さく笑い、 宗次郎の小さな体を抱き寄せた。
宗次郎の唇は甘く、柔らかだった。今まで味わったどんな女とも比べ物にならない。虜になりそうだった。
だが、すぐ、 宗次郎に虜にされるなど冗談じゃないと思った。
ちょっと可愛いと思ったから、気まぐれでこんな事してるのだ。
そうとでも思わなければ、自分の行動が理解できなかった。
(気まぐれだ、ちょっと遊び心を出したって奴だ)
何度も自分に言い聞かせながら、再び 宗次郎と唇を重ねた。
しがみつく細い腕、熱い体、柔らかな唇を感じた瞬間、男の全身を甘い痺れが走った。
(すげぇ……可愛い)
もはや、どうしようもないほど、身も心も 宗次郎の虜にされていることを彼が自覚するのは、もう少し先のことだった……。
[あとがき]
小悪魔 宗次郎、です。土方さん、10才の子供にいきなりディープキスです。もっとちょうだいは、某ロリータ漫画からです。いい年して好きなんです。そのため、うちの土方さんと
宗次郎は、あのてのノリで……すみません。この話は2につづきます、いきなり大人になりますけど。もちろん、可愛い小悪魔 宗次郎は、まだまだ書きたいです。いえ、本当は、振り回されて、でも
宗次郎にメロメロで甘甘してしまう土方さんが書きたいんです。すみません。
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