あなたといるだけで、幸せになれるの
胸がどきどきして、体中が熱くなってしまうの
ねぇ
そんな私を、あなたは知ってるのかな
あなたに恋してるって気持ち
ほんの少しでも知ってくれてる……?
「……宗次郎?」
驚いたように、歳三は目を見開いた。
昼前頃、稽古の後、ちょっと気だるそうだった宗次郎に、彼はすぐさま気づいた。
もともと気配りが細やかな男だが、宗次郎の事となると、その世話焼き度はかなり上昇してしまう。
傍から見ると、かなり奇妙な光景だった。
何しろ、仇っぽい女でも惚れ惚れするほど、それこそ水も滴るようないい男が、確かに可愛らしいが紛れもなく少年の世話をせっせとやいているのだ。
もっとも本人達は勿論、月日の積み重ねとは恐ろしいもので馴れきってしまった試衛館の面々は、それをごく当然の事としていたのだが。
で、話はその稽古後に戻る。
いつものように井戸端で水を汲み上げてやり、手拭で首筋の汗を拭ってやったあたりから、歳三は妙だなと思ってはいたのだが、熱でもあるのかと額と額をあわせたとたん、その疑問は最高潮に達した。
「あ……わぁっ!」
突然、宗次郎が悲鳴をあげたかと思うと、後ろに飛びのいてしまったのだ。
その可愛い顔どころか、首筋から耳たぶまでもう真っ赤だった。それを歳三は茫然と見た。
「な、何をするんですか!」
大声で叫んだ宗次郎に、歳三は唖然としたまま呟いた。
「何って……熱はかろうとしただけだろ……」
「そ、そんなのありませんから! 熱なんて、ないんですっ」
だが、まだその顔は真っ赤だった。頬を紅潮させ、目を潤ませながら、彼を上目遣いに見ている少年の姿はかなり可愛い。
それに、歳三は僅かに目を細めた。
「ふーん?」
と両腕を組み、小首をかしげるようにして宗次郎を眺めた。そんな彼に、宗次郎は思わず息をつめた。
いつも、彼の綺麗な黒い瞳で見つめられると、どきどきして訳がわからなくなるのだ。
自分でも何をしてるのか、何を言ってるのかわからなくなって、終いには絶対に口にしてはいけない想いまで告げてしまいそうだった。
宗次郎は両手をあげて、胸もとをぎゅっと握りしめた。
そんな宗次郎に、歳三が訊ねた。
「おまえ、何か俺に隠してるのか?」
「え……えぇっ?」
「やっぱりな、何か隠してるだろ。あ、それか? その懐に何か隠して……」
言いざま、歳三は手をのばした。宗次郎の細い体をあっという間に抱き寄せ、懐を探ろうとしてくる。
宗次郎はかぁぁぁっと頭に血がのぼってしまった。
こんな抱擁なんて何度もされた事だったし、口づけまでされた仲だ。なのに、男の大きな手が体のあちこちにふれるたび、どんどん訳がわからなくなった。
熱くて熱くて、くらくらして───
(も……だめ……)
「……え?」
不意に歳三は手をとめた。
腕の中の細い体が突然、かくんっと力を失ったかと思うと彼の胸に凭れかかってきたのだ。驚いて顔を覗きこむと、宗次郎は真っ赤な顔のまま気を失っている。
まるで酔っ払いが寝入ってしまったようだった。
「おい、宗次郎? 宗次郎っ?」
歳三はぴしゃぴしゃと頬を叩いたが、まったく反応はなかった。
仕方なく宗次郎の体を両腕に抱き上げると、部屋へむかって歩き出した。男の逞しい腕には、まだ十四才の少年の細い体は軽いものだった。が、少し軽すぎる気もするのだ。
「もっと色々食わせねぇとな、何か買ってくるか」
そう呟くと、歳三は愛しさのこもった目で腕の中の少年を見下ろした。
目を覚ました宗次郎は、しばらくの間、ぼんやりと天井を見上げていた。
が、突然、我に返るとがばっと勢いよく起き上がった。周囲を見回したその大きな瞳が、すぐに失望の色をうかべた。
「……歳三さん、いっちゃったんだ」
今日あたり吉原へ行かねぇとな──などと、朝に呟いていたのだ。それを宗次郎は聞かないふりで、しっかり聞いていた。
仕方ないとは思った。何しろ、歳三にぞっこんの遊女から熱い恋文が何通も送られてきてるのだ。それを疎ましく思う男はいないだろう。
だが、言いようのない淋しさに襲われたのも確かだった。
恋しい、そう──恋しくてたまらない男が遊郭へ行ってしまうのだ。もちろん、自分みたいなのが引きとめられるとは思っていなかった。何しろ、自分は娘でさえないのだから。
だが、そうは思ってみても、どうしようもなく彼が恋しかった。思わず彼の着物の袂を掴みそうになった。行かないでと泣いて縋りそうになった。
一方で、そんなこと出来るはずがない自分もわかっていたのだが。
歳三もそうなのだが、彼に育てられたも同然のせいか、この少年もかなり気が強かった。勝気で、なかなか矜持も高いのだ。その辺りの娘のように泣いて縋るなど、恥ずかしくてとても出来るものではなかった。
宗次郎はため息をつくと、褥の上で両膝を抱え込んだ。が、不意に気がついた。
自分は稽古着姿ではなかったのだ。きちんといつもの絣の小袖を着せられ、褥に寝かされていた。その着替えを誰がしたのか、考えなくてもわかりきっていた。
「わ……わ、わぁっ……」
宗次郎はまたまた真っ赤になってしまった。
あの人に自分の裸を見られたのだ! いや、何度も見てるから、彼は何とも思ってないだろうけど。弟としか思ってないのだから。でも。
つい最近、彼への恋心を自覚したばかりの宗次郎にすれば、とんでもなく恥ずかしい事だった。
初恋の男にふれられ頭に血がのぼって気絶した挙句、知らない間に着替えまでされるなんて、もう、穴があったら入りたい、いや、無ければ掘ってでも入りたい気分だった。
「やっ……いやだぁ!」
叫びざま、恥ずかしさを振り払うように、握りしめた布団に顔をうずめた。とたん、背後で荒々しい足音が聞こえた。
「──宗次郎っ!」
飛び込んできたのは、とうの昔に吉原へ行ったはずの歳三だった。
部屋に駆け込むと、何かを探すように見回した。
「どこだ! どこに隠れやがったッ!」
それを、宗次郎はきょとんと見つめた。
「な…に? 歳三さん?」
「何って、おまえが嫌がる事をしやがった奴だよっ。どこへ逃げたんだ」
「……」
宗次郎は大きな瞳を見張ったまま、ふるふると首をふった。
「誰も…いないよ。私、何もされてないし……」
「じゃあ、どうしてあんな声で叫んだんだよ。いやだって悲鳴あげたじゃねぇか」
苛立った口調で言った歳三を、宗次郎は呆然と見つめた。が、自分の行動が彼を誤解させた事に気づき、慌てて謝った。
「ご、ごめんなさい。あれは……その、いろいろ思い出して一人で叫んじゃったんです」
「はぁ?」
呆れ返った顔の歳三を前に、宗次郎は恥ずかしそうに目を伏せた。
長い睫毛がなめらかな白い頬に翳りをおとし、ぞくぞくするほど綺麗で艶かしい。
それに思わず視線を吸い寄せられている歳三に気づかぬまま、言葉をつづけた。
「ちょっと考え事してたら、恥ずかしくなってきちゃって……本当にごめんなさい」
「……なら、いい。けど、本当に嫌な事された訳じゃねぇな?」
こくんと頷いた宗次郎にほっと安堵の息をもらしつつも、歳三はちょっと真剣な顔で言い聞かせた。
「いいか? もし、実際、嫌な事されたりしたら、その時も今みたいに叫ぶんだぞ。俺を呼んでくれたら、すぐ飛んできてやるからさ」
「? 嫌な事って?」
無邪気に聞き返した宗次郎に、歳三は思わず「うっ」と詰まってしまった。
どう答えたらいいのかわからず、目をさまよわせた。
「それはつまりだな……そうだ! おまえが嫌だなぁと思うことだよ」
「歳三さんが無理やりお薬飲ませたりする時も、いやだなぁって思いますよ」
「あれは違う意味の嫌だろ」
「うん。本当はそんなに嫌じゃありませんし。だって、歳三さん、いつも口移しで飲ませてくれるんだもの」
「……」
とんでもない事を言ってにこにこ笑っている宗次郎に、歳三は絶句した。
本当の話、そっちの方がやばいのだが。薬よりも、くちづけの方が「嫌な事」の部類に入るはずなのだが。
しかし、もちろん、歳三にそれを追求する資格は全くなかった。何しろ、まだ十才だった宗次郎にくちづけを教え込んだ張本人なのだ。そればかりか、宗次郎が嫌がらないのをよい事に、もう四年も毎日のように口づけをしてしまっている。
だが、急に歳三は不安になって、宗次郎をじっと見つめた。それに、なぁに?と小首をかしげる少年の仕草がまた可愛らしい。
「……いや、おまえ……」
小さく呟きながら、歳三は宗次郎の傍に膝をついた。そして、片手を畳に置いて身を乗り出すと、そっと──唇を重ねた。
しばらく少年の甘い唇を堪能してから、静かに唇を離すと、宗次郎は大きく目を見開いていた。瞳があったとたん、かあっと首筋まで真っ赤になった。
「と、歳三さんっ」
「そういや、この頃してなかったと思ってな」
くすっと笑った歳三を、宗次郎はどこか潤んだような瞳で見上げてきた。それに思わず胸の内で舌打ちした。
(そんな目で見るなよ……こっちの理性がもたねぇだろうが)
思わず手をのばし、宗次郎の体をぐいっと抱き寄せてしまった。が、とたんに腕の中の少年の体が固くなったのを感じ、歳三は眉を顰めた。思わず不機嫌そうな顔になる。
「……おまえ、嫌なのかよ」
「え……?」
ぼんやりとした声で宗次郎が聞き返した。俯いているため、顔は見えない。だが、何だか泣いているような気がした。
苛立った声で歳三はつづけた。
「だから、こういう事を俺としたりすることだよ。くちづけたり、抱きしめたり……そういうの、もしかして嫌なのか……?」
「い…や……? どうして……」
「だってさ、今、おまえ、すげぇ体固くしてるじゃねぇか。それに、さっきも俺が抱きしめたら気ぃ失っちまうし」
「歳三さん……?」
おずおずと宗次郎は顔をあげ、そして、思わず息を呑んだ。
歳三は、今まで見たことのないような顔をしていたのだ。
いつも傲慢なくらい自信にあふれている彼が今、まるで不安な子供のようだった。眉を顰め、その黒い瞳を不安に揺らして宗次郎を見つめている。
「宗次郎、おまえ……」
呆然としている宗次郎を見下ろしたまま、歳三はのろのろと言葉をつづけた。実際、それを彼は口にするのが、それに対しての返答を聞くのが怖かったのだ。
「おまえ……好きな奴でもできたのか……?」
「ぇ……え、ええっ!?」
宗次郎はびっくり仰天した。あやうく歳三の体を突き飛ばしそうになった。
何故なら、確かに自分は好きな人がいて。
しかも、それは──それは、他でもない、彼自身で!
恋してる男から「好きな奴ができたのか」などと訊ねられ、宗次郎は完全に混乱した。真っ赤な顔のまま、俯いてしまう。
だが、そんなふうに慌てる宗次郎を、歳三は誤解してしまった。自分でも、すうっと顔色から血の気がひくのを感じた。
ずっと見てきたのに。幼い頃から可愛がり、いつしか愛しくて愛しくてたまらない存在となって。
ここまで来て、他の奴に奪われるのか。他の誰かのものになってしまうのか。
そう思っただけで、体中がカアッと熱くなった。あまりの激しい嫉妬と怒りに目眩まで覚えてしまう。
思わず、宗次郎の細い体を抱く腕に力がこもった。
「……誰にも渡さねぇ」
耳もとにふれた低い声に、宗次郎は「え?」目を見開いた。
その次の瞬間だった。
ぐるりと天井が回り、気がつくと宗次郎は褥の上に押し倒されていた。呆然としてる宗次郎の体に、歳三がのしかかってくる。
強く両手首を掴んで褥に押しつけられ、両足は彼の膝で押さえ込まれてしまった。身動き一つできない。
「……歳三、さん……?」
小さな声で呼んだが、歳三は何も答えなかった。獣のようにぎらつく黒い瞳でじっと宗次郎を見つめている。
そんな彼を、宗次郎は初めて怖いと思った。
まるで見知らぬ男のようだった。いや、実際、宗次郎の知らない彼がそこにいた。いつも優しい笑顔で宗次郎に接する彼とは別人の、若い男の欲望と衝動を剥き出しにした、それは―――
「……ん……っ」
不意に唇を重ねられ、宗次郎は小さく喘いだ。が、次に大きく目を見開いた。
今までと全く違う口づけだったのだ。
男の舌は少年の咥内を深く犯し、乱暴に舐め上げた。歯茎から舌、上顎の裏側まで淫らに這わせてくる。まるで暴力のような口づけだった。どんなに首をふって拒んでも、彼は許してくれなかった。
やがて、宗次郎の目じりから、涙がぽろりと零れ落ちた。
それに気づいた歳三は、突然、我に返ったように唇を離した。が、まだ宗次郎を組み伏せたまま、弱々しく喘いでいる少年を見下ろしている。
宗次郎は涙に濡れた瞳で、彼を縋るように見つめた。
桜色の唇が僅かに震えた。
「……怖、い……」
「宗次郎」
「歳三さん、怖い……こんなの嫌だ」
「!」
その言葉に、歳三は大きく目を見開いた。
しばらくの間、呆然と宗次郎を見下ろしていたが、不意に激しく顔をそむけた。きつく目を閉じ、何かを耐えるように奥歯を強く噛みしめた。
「……すまねぇ」
やがて、その唇から低い声がもれた。
歳三は宗次郎の手首を離し、体を起こした。立ち上がると、いつもより足早に部屋を出ていってしまう。
その背を、宗次郎は涙でいっぱいの瞳で見送っていた。
昼飯の時、歳三と宗次郎は顔を合わせた。
が、何を言っていいのかわからない宗次郎は黙りこんでいたし、歳三もまた口一つきかなかった。
ただ、もう癖になっているのか、宗次郎の膳の上にある魚を箸でぼぐしてくれたりの世話はいつもと同じだった。
幼い子供の頃からそうなのだ。
宗次郎が怪我をしないよう、嫌なめにあったりしないよう、驚くほど気を使ってくれる。今、魚を丁寧にほぐし、骨と皮をよけて身だけを皿にのせて渡してくるのも、それと同じことだった。
まだ会って間もない頃、佐藤家での昼飯時に、焼き魚を食べた宗次郎が骨を飲み込んでしまい、喉奥に小さな傷を負った事があった。
その時、痛がって泣く宗次郎の小さな体を抱きかかえ、周囲が驚くほど、おろおろと取り乱したのは他ならぬ歳三だった。
何度も飯を食べさせ、水を飲ませてようやく納まったのだが、その時から、歳三は宗次郎の前に置かれた膳に魚があると、すっと取り上げるようになった。そして、身だけにして戻してくるのだ。それは、もう一人で十分できるようになった今でも続いていた。
「……」
宗次郎は彼がほぐしてくれた身を口に運びながら、ちらりと隣を見やった。
とたん、どきりとした。
魚をほぐした時についたのか、指についた脂を歳三は舐めとっていた。そして、指を舌で舐めながら、ふと気づいたようにこちらへ視線をやったのだ。
切れの長い目が妙に艶をおびて、指を舐めるという行為とともに、まるで流し目のようだった。
あの、唇が……舌が……。
宗次郎は先ほどの口づけを思い出し、とたん、体中がカアッと熱く火照るのを感じた。箸を握りしめたまま俯いた宗次郎に、前にいた永倉が不審そうに声をかけた。
「どうしたんだ? えらく顔が赤いが」
「え、いえ」
「熱でもあるんじゃないのか?」
そう訊ねられ、宗次郎は慌てて首をふった。その隣で、歳三は黙々と食事をつづけていた。
宗次郎に熱があるなどとなれば、いつも誰よりも大騒ぎするはずの男の様子に、何か勘付いたらしい原田がにやっと笑った。
「喧嘩した?」
そう聞かれ、宗次郎はふるふると首をふった。
原田は腹ばいになって煎餅を齧りながら、それを眺めた。
なめらかな頬を紅潮させ、きゅっと唇を噛みしめたまま、潤んだ瞳を伏せている。
その様は、少年特有の清楚さと幼さゆえの艶かしさが入り混じり、男の保護欲と嗜虐心を妙にかきたてた。
(……これじゃ、土方さんもたまらんよなぁ)
ま、どこまで理性がもつかが見物だと思い、原田はにんまり笑った。
それに気づいた宗次郎が顔をあげ、小首をかしげた。それに何でも無いと、手元の煎餅を差し出してやった。
「けど、ここにいるのは喧嘩したからじゃねぇの?」
原田はしつこく訊ねた。
「いつもだったら、土方さんと一緒にいるだろ」
「そうですけど……でも、喧嘩じゃないんです」
「じゃあ、何だい?」
「……」
宗次郎は黙りこんでしまった。
うまく答えられないのだ。
どうして、あんな急に彼は怒ったのだろう。
あんな事をしたのだろう。
「急に……歳三さん、怒って……」
「うんうん」
「その前に、好きな人ができたのかって聞かれたんですけど」
「えっ」
突然、原田はがばっと起き上がった。思わずせき込む様に聞いてしまった。
「それで!?」
「え…と、それでって……何も答えませんでした」
答えられるはずないでしょう? と言いたげに、目を潤ませている宗次郎に、原田はそうだよなぁと思った。
恋を告白できる勇気があったら、この少年も苦労しないだろう。それに、そうなっていたら、あの男も今頃は超上機嫌だ。あんな仏頂面で飯を食っていることはないはずだった。
「そうしたら、怒り出した訳だ」
「怒ったというより、怒った顔でいきなり……」
「いきなり?」
「お布団の上に私を……その、どんっと突き飛ばして……」
「──」
思わず息をつめてしまった原田に、宗次郎の声は小さく小さくなった。
「それで、あの……あの、私の……嫌がる事をしたんです……」
「……」
原田の目が丸くなった。
まさか、今この段階で、歳三が宗次郎に手を出すなど思ってもいなかったのだ。まだ十四才だ。もう少しは待つと思っていたが、やはり理性がもたなかったか。
(土方さんも堪え性がないねぇ……)
そう思いつつ、原田はざっと宗次郎の体を眺め回した。が、どこといって変わった様子はない。どう見ても、そういう事を男にされた感じがしなかった。
不審げな原田の前で、宗次郎は長い睫毛を伏せた。
「……どうしよう」
「え?」
「私ね、嫌だって言っちゃったんです。こんなの嫌だって。そうしたら歳三さん、出ていちゃって口きいてくれなくて……き、嫌われちゃったかも。もう二度と口きいてくれないかも……っ」
いや、そう思ってるのは土方さんの方だろうと思ったが、原田は何も言わなかった。そのかわり、もっとも知りたい事を訊ねた。
「宗次郎、立ち入った事聞くけどさ」
「はい」
「それで、どこまでされたんだい?」
「え」
「だからさ、どこまで土方さんにされた訳?」
「え……口ですけど」
「は?」
「口づけです」
宗次郎は綺麗に澄んだ声ではっきり答えた。
「口づけ?」
「えぇ、でもね、いつもと歳三さんがくれる口づけと違って、すっごく乱暴だったんです」
「……」
「どんなに嫌だって首ふっても、すごく熱い舌で私の口の中めちゃくちゃに掻き回して。気持ちいいんだけど、でも、私の舌を吸ったり舐めたり……」
「それ以上喋るなッ!」
思い出しながら、一生懸命、事細かに話していた宗次郎の言葉を、突然、凄い声が遮った。
驚いてふり返ると、そこには歳三が仁王立ちになっていた。首筋から耳柔までもう真っ赤になっている。
「もうそれ以上喋るなっ」
「え、だって、原田さんに聞かれたから……」
「左之! 今聞いた事はすぐ忘れろ! きれいさっぱり忘れるんだぞッ、いいな!?」
「……んな事言われても」
「わかったな!?」
凄みのある目で睨みすえられ、原田は慌てて「承知」と頷いた。
歳三は突然、手をのばすと宗次郎の細い腕を掴んだ。そのまま引き上げ、強引に部屋から連れ出す。
「え、ちょっ……歳三さんっ、痛いってば」
「いいから、来い!」
どんどん遠ざかっていく二人の声を聞きながら、原田は一生覚えててやるぞぉとにんまり笑った。
「おまえって一人にしておくと、とんでもねぇよ。ほんと目が離せねぇ」
「何が悪かったの?」
きょとんとしている宗次郎に、歳三は大きくため息をついた。
宗次郎の部屋だった。畳の上に坐らせ、いいか?と両肩を掴んで、その綺麗に澄んだ瞳を覗きこんだ。
「あぁいう事は喋るもんじゃねぇんだ。口づけの事なんざ、ぺらぺら事細かに喋る奴がいるかよ」
「口づけは駄目なのですか? でも、歳三さんも原田さんも永倉さんも色々喋ってるじゃない」
「何を」
「遊郭に行って女の人と、あんな事したとか、こんな事したとか」
「………」
「なのに、どうして駄目なのですか? 私との口づけなんか、喋ってもいいんじゃ……」
「いい訳ねぇだろうが!」
いきなり歳三が叫んだ。
目を丸くした宗次郎を、歳三は乱暴に胸もとに引き寄せた。そのまま、ぎゅっと愛しい少年の体を抱きしめた。
「俺とおまえの事なんだぞ。そこらの遊女相手とは違うんだ」
「でも……」
「頼むから、あんまり俺を不安がらせないでくれよ……」
気弱な男の言葉に、宗次郎はますます驚いた。
自分がこの人を不安にさせるなんて。そんな事があるなんて、思ってもいなかったのに。
「俺の事なんか何とも思ってねぇみたいな、口づけなんかどうでもいいみたいな、そんな言い方やめてくれ。俺はおまえとのすべてを大切にしたいんだ。簡単に言い捨てられたくねぇんだよ……」
「そんなふうに思ってません!」
慌てて宗次郎は言い募った。男の胸に抱きしめられたまま、一生懸命、話した。
「あなたの事、何とも思ってないなんて。口づけがどうでもいいなんて……そんな、私だって、歳三さんとすることは全部……大切なのに……」
思わず目を閉じた。
着物ごしに感じる彼のぬくもり。体温。感触。鼓動。
そのすべてが愛しかった。恋しくて恋しくてたまらなかった。
(……あなたがいてくれるだけで、私はこんなに幸せになれる……)
宗次郎は甘えるように、頬をその胸に擦りつけた。それに男の腕がより強く抱き寄せてくれた。
うっとりと吐息をもらした。
「宗次郎……可愛い宗次郎……」
優しい声が、宗次郎の耳もとにふれた。それがたまらなく心地いい。
ゆっくりと背中を撫でる大きな手のひらを感じた。
だが、宗次郎はもう失神したりしなかった。
やっぱり、どきどきしたけど、でも、彼の腕の中はとても心地よかったから。
ここが自分のいるべき場所だと、心から思ったから。
「……もうあんな事、喋ったりするなよ?」
背中や髪を撫でてくれながら、そう念押しした歳三に、宗次郎はこくりと頷いた。
そして、素直な気持ちのまま言った。
「歳三さんが……傍にいてくれるなら」
「傍に?」
くすっと歳三が笑う気配がした。が、すぐに額に甘い口づけが落とされた。
「いいよ、いてやる。おまえの傍にいてやるよ」
「いつまで……?」
「おまえが望むままだ」
優しい声で囁いた歳三を、宗次郎は見上げた。
だい好きな、恋しい人がいてくれる。
自分だけを見つめてくれている。
それが何よりも嬉しかった。
幸せだった。
私は、この人がいてくれれば、本当に幸せなのだ。
誰よりも恋しい、だい好きな彼。
だから──
「……じゃあね」
宗次郎は細い両腕をのばし、歳三にぎゅっと抱きついた。
そして。
彼の耳もとに可愛い唇を寄せると、そっと囁いたのだった。
「ずっと。いつまでも傍にいてね……」
まだ、二人の恋は始まったばかり───
[あとがき]
宗次郎、恋自覚編。どきどきして戸惑う可愛い宗次郎を書きたかったのですが、いかがでしょう? それから、宗次郎の世話をやく歳三さんも。大人になってからは総司は土方さんの妻同然に世話をやいてますけど、でも、子供の頃は逆だったと思うんですよ。お魚なんか絶対ほぐしてあげてただろうなぁと。魚の骨が刺さって泣く小さな宗次郎に、おろおろする歳三さんも、また書いてみたいんですけど、皆様は読まれたいですか? おっけー♪と思われた方は、またリクしてやって下さいね♪
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