「早く帰ってこないかなぁ」
 もう約束の時間から半刻も過ぎてしまっていた。
 先ほどから、宗次郎は玄関前をずっとうろうろし続けている。
 とびきりお天気のいい昼下がりだった。
 しっかり稽古は済ませたし、お約束の書物の勉強も済ませた。
 もちろん、お掃除もご飯のお片付けも完璧だ。
 あとは前から約束していたお祭りに連れていって貰うだけだった。
 でも、肝心の連れて入ってくれるはずの男が帰って来ないのだ。
「うーん、遅いなぁ」
 宗次郎は小首をかしげ、道の向こうを眺めた。さらりと柔らかな黒髪が揺れる。
 不意に、その大きな瞳がまん丸になった。ぱっと可愛い顔が輝く。
「あっ」
 小さく声をあげると、大慌てで傍の門の影に隠れた。
 どんどん声が近づいてくる。何やら大声で話している近藤と、それに相槌をうっている歳三の声だ。
 それが門前まで来た時、いきなり宗次郎は飛び出した。
「お帰りなさい! 歳三さんっ」
 小さな手をいっぱいに広げて、だい好きな男に飛びつく。
 さすがに歳三は驚いたようだったが、すぐに優しく笑った。その力強い両腕で、ふわっと抱き上げてくれた。
「ずっと待ってたのか?」
「うん! だって、お祭りでしょう? すごく楽しみにしてたんだもの」
「おまえは本当に祭りが好きだなぁ」
 くっくっと喉を鳴らして笑い、そっと宗次郎の体を地面に下ろした。
 それから、隣で笑いながら見ている近藤をふり返った。
「そういう事だから、勝ちゃん、行ってくるな」
「あぁ、気をつけてな。あまり遅くなるなよ」
「わかってるって」
 そう言いざま踵を返そうとした歳三を、近藤は呼びとめた。
「それから、歳」
「あぁ?」
「また甘やかしまくって、あれもこれもと買い与えないでくれよ。菓子ばっかり食べたら、ちゃんとした夕飯が食べれなくなるからな」
「……うーん、まぁ、気をつけるよ」
 ちょっと自信なさげに歳三は答えた。
 実際、彼はこの可愛い仔猫ちゃんに弱いのだ。
 ねぇねぇと潤んだ瞳でねだられると、いけないと思いながらもついつい買い与えてしまう。
(俺って、ほんとこいつに骨抜きだからなぁ……)
 そう思いながら見やると、彼の視線に気づいた宗次郎はにこっと笑ってみせた。
 その笑顔がまた、とんでもなく可愛い。
「お菓子、いっぱい買ってね」
 にこにこしながら言う宗次郎に、歳三はため息をついた。隣で近藤が苦笑した。
「だから、今さっきの聞いただろ? 夕飯が食えなくなるだろうが」
「だってぇ、お菓子、だい好きなんだもの」
「……少しだけな」
「えー、いっぱい食べたい」
「駄目だって」
 この調子でねだられ続けたら絶対逆らえねぇぞと思いながら、歩き出そうとした歳三の袖を宗次郎がくいっと引っ張った。
 ん?と見下ろした歳三に「もう一回、抱っこして」と言ってくる。
「抱っこしてやったら、菓子は少しにするか?」
「わかんないけど、もう一回抱っこして下さい」
「はいはい」
 身をかがめ、もう一度その腕に抱き上げた。小さな少年の体は軽いものだ。
 抱きあげたとたん、ふわっと細い両腕が彼の首にまわされた。
 そして──
「!」
 次の瞬間、宗次郎の果実のような唇が、歳三の唇に重ねられていた。
 小さな舌まで入れて、深い濃厚な口づけだ。
 甘く甘く蕩けるような……。
 そっと唇を離し、にっこり可愛く笑った。
「いつも歳三さんがしてくれる通り、舌も入れちゃった」
 あどけない声で、宗次郎はつづけた。
「でも、教えられたとおり上手にできたでしょ? だから、お菓子いっぱい買ってね」
「──」
 しばらくの間、歳三は固まっていた。
 いや、くちづけなら何度もしている。本当に数え切れないくらい、この宗次郎としている
 だが、それは絶対に人目のない所での行為だったのだ。とくに、今、後ろに立っている人物の前では絶対に……。
(……やっべぇー……)
 到底、ふり返ることは出来なかった。
 二人の接吻と宗次郎の言葉を見聞きした近藤が、どんな顔をしているか確かめたくもなかった。そんな勇気など全くなかった。
「……え、えーと……」
 歳三はゆっくりと歩き出しながら、言った。もちろん、その腕には宗次郎を抱いている。
「そ、そろそろ、俺、行ってくるから……」
「……歳……」
 低いドスのききまくった声が後ろから聞こえ、歳三は思わず背筋をぴんっとのばした。無意識のうちに早口になる。
「いや、早く行かねぇとまずいし、なっ? 宗次郎、行こうか」
「うん!」
 無邪気に笑う宗次郎を抱いたまま、歳三は足早に歩き出した。だが、その後ろでめらめらと近藤が燃えている気配がした。
 大急ぎで門を出て道を歩き出したが、思わず頭が痛くなってしまった。
 どう考えても、祭りから帰ってきた後に一騒動はありそうだ。
 腕の中、見下ろすと、その原因である宗次郎はにこにこ笑っている。何でも許してしまいたくなる、くらくらするほど可愛い笑顔だ。
 それに微笑み返してやりながら、歳三はしみじみ思った。
(育て方……本気で考え直そう)
 と。
 しかしながら、そんなものはとっくの昔に手遅れ。
 彼の心をめろめろにする宗次郎の性格は、もう完璧に形成済で。
 土方歳三、二十一才がこの可愛い仔猫ちゃんに翻弄されまくる愛と苦悩の日々は、こうして、まだまだ続いてゆくのだった……。 

 









[あとがき]
 この後の近藤さんと土方さんの喧嘩、見てみたいような見たくないような(笑)。どのみち、宗次郎は祭りで疲れてくうくう眠ってるんでしょうね。でも、土方さんも自業自得のような気も。そう思われません? あぁ、またふざけた話を書いてしまった〜。


戻る