その夜、歳三はめちゃくちゃ疲れていた。
 何しろ日野から、ここ試衛館のある牛込まで歩き通した挙句、ついてすぐ宗次郎相手の稽古につきあわされたのだ。いつもなら夕飯の後、近藤たちと色々喋りあったりするのだが、今夜はもうひたすら布団が恋しかった。
「あーあ、すげぇ眠い……」
 歳三は欠伸をしながら、ごそごそと布団を敷いた。夜着に着替えると、すぐさま布団の中へ潜り込んだ。
 体を横にして眠りに落ちてゆきながら、久しぶりに逢った宗次郎の事を思った。
 また背がのびていたなぁなどと。もちろん、自分の脇ぐらいしかないのだが。それに、十二という年齢から考えると小柄な方だろう。
 そんな事を考えながら、心地よい眠りに落ちかけていた歳三だったが、不意に廊下の方で物音がおこった。ぱたぱたと軽い足音がこちらへ近づいてくる。それはやがて歳三の部屋の前でとまると、そおっと障子が開けられた。
「……歳三、さん……?」
 案の定、少年の可愛い声が響いた。
 だが、歳三はもうとにかく眠い。返事もしたくなかったし、今夜はもう勘弁してくれの気分だった。
(……明日の朝なら遊んでやるから、頼む、今夜は寝させてくれ)
 口の中で呟き、歳三は布団をより引き寄せた。だが、宗次郎は出ていかない。そればかりか障子を閉めると、部屋の中に入ってきた。そして、しばらくの間、歳三が眠っている様子をじいっと見ているようだったが、不意に布団の端を持ち上げた。
 するりと小さな冷たい体が布団の中に潜り込んでくる。
 歳三は思わず眉を顰めた。だが、条件反射的に手を動かすと、そっと少年の体を腕の中に抱きこんでやった。
「……歳三さん?……起きてるの?」
 宗次郎の声が甘えるように訊ねた。が、それに歳三は何も答えなかった。腕の中の宗次郎の体が、少しずつぬくもりを取り戻してゆく。それが心地よく、うとうと眠りに落ちかけた。
 だが、事はそうすんなりといかなかった。彼の可愛い仔猫はいつでも、こっちの考えや願いを完璧に超える行動をしてくれるのだ。
「……?」
 薄く目を開いた。
 何か、妙に腰の下がごそごそしてるのだ。だが、それが何か気づいた瞬間、ばっちり目が覚めた。
「そ、宗次郎ッ!」
 叫びざま、がばっと起き上がった歳三に、宗次郎は目を丸くした。きょとんとしている。
「え、何?」
「何じゃねぇよっ、おまっ……おまえ、何さわってるんだっ!?」
 あまりの事に、歳三の声はもう完全に裏返ってしまっていた。それに、宗次郎は無邪気に笑った。
「何って、歳三さんの……おっきいね」
「大きいとか小さいとか、そういう感想聞いてるんじゃねぇっ! 何だって、こんな事するんだよ」
「……歳三さん、怒っちゃったの?」
 上目使いに覗きこまれ、歳三は「うっ」と詰まった。このちょっと潤んだ大きな瞳に、とにかく彼は弱いのだ。
 思わず目をさまよわせてしまった。
「怒って……ねぇよ。けど、俺が聞きたいのは何でこんな事したか、だ」
「だって、熱いんだもの」
「はぁ?」
「本当は寒くて淋しくて、歳三さんのお布団の中に入ったんだけど、そしたら……すごく熱いのが足にあたって……」
「………」
「何だろ?ってさわったら、歳三さんので。おっきくて、大人の人ってこんなのなんだぁって、ぎゅっと握ってみたの」
「……宗次郎、おまえ、俺のこと試してる?」
「試すって、何を?」
 あどけなく聞き返した宗次郎に、歳三は頭をふった。そして、はあっとため息をつくと、宗次郎の体を抱き起こし、きちんと布団の上に坐らせた。
 夜に布団の上で向きあって坐ってる二人の姿は、傍から見れば奇妙だったが、歳三にすれば切実だった。
(ここできっちり躾とかねぇと駄目だ。こんな事しょっちゅうされたら、ほんと堪らねぇよ)
 それから、歳三は宗次郎に対してこんこんと説教した。とくに、むやみやたらと人のものに触るなと、きつく注意しておいた。
 自分に対してだけならともかく、こんな事を例えば近藤になどしたら、それこそ卒倒ものだ。下手すりゃ、こっちが教えたと誤解され、さんざん怒鳴られてしまうだろう。
 宗次郎は眠そうに目をこすりながら聞いていたが、とりあえずこくこく頷いていた。そして、話が終わると、すぐさま布団の上で丸くなりすやすや眠ってしまった。
 それを歳三はため息をつきながら、眺めた。
(……育て方、間違ったかな)
 この試衛館に来てからは、ほとんど歳三が世話をやいてきた。躾ける事も叱る事も褒めてやる事も、みんな歳三がやってきたのだ。
 しかし、どうも今ひとつ幼く育ててしまったようだ。子供だからこそ恥じらいもなく、あぁいう行動ができるのだろうが。
 背がのびても、まだ十二才。あどけない笑顔は昔と同じだった。
「まだまだ子供だよな……」
 歳三は手をのばし、宗次郎の艶やかな髪を指さきで優しく梳いてやった。
 早く大人になって欲しいような、まだ子供でいて欲しいような。
 あぁいう事をされてもいいような、困るような……。
(……俺も複雑)
 困惑の表情でため息をついた土方歳三、二十一才。
 まだまだ、この可愛い仔猫ちゃんに翻弄される日々は続いてゆくのだった……。

 





 
 

[あとがき]
 ……弁解の余地なし。ノーコメントにさせて頂きます。いや、でも、その2もあるんですよね。ははははは……。 


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