総司は大きくため息をついた。
ついてから、誰かに聞かれなかったかと、思わずきょろきょろ辺りを見回した。屯所の昼下がりは賑やかだが、幸いなことに周囲には誰もいなかったので、もう一度、大きくため息をついた。
「あーあ」
縁側にごろんと寝転がり、ぼんやり空を見上げた。
ため息をつくような事ではないとわかっている。ため息をつくような状況ではないことも。
でも、だけど。
本当なら総司は幸せの絶頂にいるはずなのだ。ずっと憧れてきた、大好きだった男と一ヶ月前に結ばれて、心ばかりかその体まで彼のものにしてもらって……。
そこまで考えてから、総司はまたため息をついた。
実際、その体が問題なのだ。
「どうして、こうなっちゃうかなぁ」
昨夜、土方と喧嘩してしまったのだ。それも、その体の関係のことで。
初めはすごくいい感じだった。
土方の部屋へ行って、仕事が終わるのをちゃんと待って、二人で布団敷いて。ぎゅっと抱きついた総司を、土方は優しく抱きしめてくれた。
いつもいつも壊れ物みたいに大切に扱ってくれるから、彼と過ごす夜は気持ちいい。
初心な総司は恥ずかしくて口には出せないが、少し痛い時もあるけど、でもふわふわした心地の彼との夜は、とても好きだった。
いつもみたいに優しく丁寧に愛撫してくれて、体が熱く蕩けそうになってから交わった。
その時、少し変だなと思いはしたのだ。妙に男の表情が冷静だった。いつもみたいに熱く濡れた目をしてなかった。
その理由はすぐわかった。何度も体を揺らされてよがり泣いて、いつもより随分長く、でもどこか静かな交わりの後、ようやく土方は達した。
「どうして? 今日はすごく……」
長かった交わりを問いかけた総司に、土方はちょっと困ったように笑った。
「悪い、辛かったか?」
「違うけど、でも……本当にどうかしたのですか」
「正直、疲れてたんだ。ちょっと、その気になれなかった」
つまり、欲情してなかったという事なのだ。それ自体は仕方ないと思った。彼はとても忙しいのだから。
でも。
「なら、どうして私を抱いたんです?」
思わず言ってしまった総司に、
「え?」
土方は目を見開いた。
「どうしてって……そりゃ、おまえが抱きついてきたから」
「だから、抱いたんですか。全然その気ないのに、疲れてるのに、そんなの……そんな、嬉しくない」
「何で、おまえは気持ちよかったんだろ。俺、ちゃんとしただろ。なら、いいじゃねぇか」
平然とした口調で言ってのけた土方に、呆気にとられた。カッとなる。
「何ですか、それ! ちゃんとしたって。抱いてやったとでも言いたいんですか?」
「そんなこと言ってねぇだろ」
「言ってます。まるで、それじゃ私が無理やりしてるみたいじゃないですか。疲れててその気もない土方さんに、こういこと無理やりさせてる色情魔みたいじゃないですかっ」
「色情魔って、おまえ……意味わかってんのか」
「それくらいわかってます! いつまでも子供扱いしないで下さい」
総司はがばっと起き上がり、夜着を身につけ始めた。それに土方も不機嫌そうに起き上がった。
「何してるんだよ」
「部屋に帰るんです。お疲れのところ、本当に申し訳ありませんでしたっ」
「……ほんっと、子供みてぇな奴だな」
「その子供を抱いてやったなんて言ってるのは、どこのどなたです」
「あぁ! もう、うるせぇ」
鬱陶しげに土方は髪をかきあげた。眉間に皺をよせ、苛立った表情で総司を見た。
「いつまでもぐちゃぐちゃ言ってねぇで、帰るんなら帰りな。こっちはめちゃめちゃ疲れてるんだよ」
「……っ」
本気で怒ったらしい土方の様子に、総司も一瞬言葉につまった。だが、自分の気持ちを全然わかってくれないこの男に、今更謝る気にもなれず、そのまま部屋を飛び出した。
それきり会ってない。
朝から土方は近藤と黒谷屋敷だし、総司も朝食さえずらして顔をあわさないようにした。本当に彼のいうとおり、拗ねてる子供みたいだと思ったが、自分でもどうしようもなかったのだ。
ずっと憧れてきた人。兄のようだった人。
その彼に「好きだ」と囁かれて、恋人になって……もしも、御伽噺ならここで終わりだろう。
でも、恋愛はつづくのだ。
(私と土方さんは、まだ一ヶ月だものなぁ。そりゃ、土方さんは経験豊富だろうけど、私は違うし……)
はぁとまたため息をついた時、上から声が降ってきた。
「盛大なため息だな」
「さ、斉藤さん!」
慌てて起き上がると、斉藤はちょっと首をかしげるようにして総司を見下ろしていた。じっと眺めてから、ぽつりと訊ねる。
「喧嘩、か?」
「え」
「あの人と痴話喧嘩でもした訳だ」
「痴話喧嘩って、そんな違いますよ!」
真っ赤な顔で言い返してから、総司は不意に立ち上がった。歩み去ろうとしていた斉藤の腕を掴んだ。
「斉藤さん」
「何だ」
「つきあってくれません? すっごくおいしいご飯屋さん見つけたんです。そろそろ昼ごはんでしょう?」
「あの人と行けばいいだろう。どうせ、その為に見つけたんだろうが」
「ち、違いますよっ、何で私が土方さんのために……っ」
耳たぶまで真っ赤にして口ごもる総司に、斉藤はため息をついた。
(あの人が副長なんて、誰も言ってないんだがな)
「……まぁ、いいか。行こう、つきあうよ」
「え? ほんとですか、嬉しいな」
にこにこしてる総司とともに、斉藤は玄関へ向かった。草履を履いて外へ出ると、少し曇りがちだったが、ひんやりした風が心地よい。さらさら吹き乱される髪をちょっと手でおさえている総司に、斉藤は尋ねてきた。
「で、どこだって? その飯屋は」
「結構近くなんです。でも、嬉しいな」
「何が」
「斉藤さんと出かけるの久しぶりじゃないですか」
(そりゃ、おまえが副長とばっかり出かけるようになったからだろ)
そう言いたいのを我慢してる斉藤の腕に、総司が柔らかく手をからめてきた。見ると、にこにこ無邪気に笑っている。
正直、たまらんなぁと思っていた斉藤は、総司の首筋にあるものを見つけた。
白い肌に残された、紅い跡……。おそらく昨夜の土方との情事の名残だろうが、ひどく艶かしい。どきりとし、慌ててあらぬ方向を見た斉藤は、次の瞬間、思わず立ち止まった。
「斉藤さん?」
驚いて斉藤を見上げた総司は、彼が見ている方向へ視線をやった。とたん、どきんっと心臓が鳴った。
道の向こうから二人の武士が歩いてくる。一人は総司と斉藤を見て穏やかに笑いかけてくれた近藤だったが、もう一人は……
(……土方さん)
総司は慌てて斉藤の腕に絡めていた手を下ろした。だが、もう遅い。全部見られていたに違いないのだ。その証拠に、歩み寄ってきた近藤はにこやかに話してきたが、土方の方は不機嫌に押し黙ったままだった。切れの長い目でまっすぐ総司だけを見ている。
「二人して、どこへ行くんだね」
訊ねた近藤に、斉藤はあっさり応えた。
「飯屋です。おいしい飯屋を見つけたと、総司が誘ってくれましたので」
「ほう。総司は斉藤君と本当に仲がよいなぁ。年も近いし、話があうのだろう」
にこにこと近藤は頷いた。なぁ?と傍らの土方を見るが、彼の方は眉を顰め、むすっとして何も答えない。その様子に近藤はだいたい察したらしくため息をつくと、総司の方へ向き直り、ぽんぽんっと細い肩をたたいた。
「総司も非番なのだろう? たまにはゆっくりしてきなさい」
「はい」
小さく頷いてから、そっと見てみると、土方は明らかに不愉快そうな表情で総司を見ていた。僅かに唇を噛んでいる。
昨夜のことでなのか、斉藤と出かけることに嫉妬しているのか、それはわからなかったが、後者ならいいなと総司はちょっと意地悪く思った。
ずっと昨夜から自分はため息ばかりだったのだ。少しは彼も悩めばいい。
つんと顎をあげ、総司は土方から目をそらせた。
「では、失礼します」
近藤だけに一礼すると、総司は斉藤の腕に手をからめ歩き出した。見せ付けるように、ぎゅっと抱きつく。斉藤が困っているのはわかっていたが、とにかく、彼に意地悪してやりたくてたまらなかったのだ。
足早に歩く総司の傍で、斉藤がはぁっとため息をついた。
「……で?」
食事の最中、斉藤は訊ねた。
え?という顔で見た総司に、だめだと首をふる。
「おれまで巻き込んだんだ。ちゃんと喧嘩の理由を説明してもらうよ」
「すみません。その……怒ってます?」
「複雑なところだな」
肩をすくめ、斉藤は醤油をとった。皿に少したらしながら言葉をつづける。
「で、結局のところ、理由は何なんだ」
「土方さんが私に気を使いすぎるってことです」
「?」
「だから、つまり、優しすぎるっていうか……土方さん、全然、自分の気持ちを優先させないで、私のことばっかりなんです」
「いいことじゃないか」
「よくありませんよ。こないだの夜だってね、いろいろして終わってから聞いたら、本当は疲れてたって言うんですよ! 挙句、ちゃんとしたんだから文句はないだろって」
「………」
「ね? 酷いと思いません? 私のこと何だと思ってるんです。気持ちいいのは好きだけど、土方さんも一緒に気持ちよくなってくれなきゃ、全然よくないのに。私の体で、土方さんが気持ちよさそうな顔してくれるのが嬉しいんです、好きなんです。なのに、これじゃ一方的すぎるじゃないですか」
めちゃくちゃ生々しい話をしてるのだが、興奮した総司は全く気づいてない。斉藤は奥まった席でよかったと心底思った。
「それに、夜のこともそうだけど……この頃、土方さん、すごく私に遠慮してる」
箸で豆腐を切り分けながら、総司は呟いた。
「遠慮?」
「っていうか……めちゃくちゃ優しいんです。昔なら怒るようなことでも怒らないし、部屋へ行って仕事の邪魔しても怒らないで甘やかしてくれるし、所構わず体にさわったり口づけてきたりして……」
「……屯所でもか?」
「時々……でも、土方さん、すごく上手いから誰も気づいてないと思うな」
無邪気に答える総司に、斉藤はかるく目眩を覚えた。
あの、いつも物に動じない冷静な男がそこまで溺れてしまうとは。
いや、あぁいう気質だからこそ、本気の恋となったら夢中になってしまうのか。それとも、この総司相手だからこそなのか。
どちらにしても、土方は総司を本当に溺愛しているのだろう。
斉藤はため息をついた。
態勢を立て直し、目の前に座る可愛らしい想い人を見つめた。
本心はあの男に渡したくないが、総司の幸せは自分では与えられないとわかってるから……。
「総司、副長はさ……おまえのことが可愛くてたまらないんだよ」
「え……」
総司の大きな目が見開かれ、すぐ見る見るうちに耳たぶまで真っ赤になった。慌てて手をふる。
「そ、そんなのっ」
「だから、おまえを甘やかすし優しくしてしまう。今まで出来なかった分、副長はおまえを可愛がりたくてたまらないんだろう。何でも願い事を聞いてやりたい。おまえが望むことなら何でも叶えてやりたいと、そうあの人は思っているはずだ」
「………」
「しかし、ほんと、お姫様扱いだな。まぁ、仕方ないか。こんなに可愛くて綺麗な姫君が自分のものになったんだ、誰でも有頂天になるだろうさ」
斉藤は小さく笑いかけた。それに総司はちょっと目を伏せた。
「……ごめんなさい、斉藤さん」
「いい、とっくの昔に諦めてるから。おれはおまえが幸せならいいんだ」
「………」
「だから、総司。あの人の手を離したら駄目だ。おまえが副長を好きな分の、たぶん何倍も、あの人はおまえを想ってる。さっきだって、ちょっと食事に行くというだけで、凄い目でおれを睨んでいただろ?」
「え、そうかな。全然、気がつかなかったけど……」
「今頃、苛々して待ってると思うぞ。早く帰って仲直りしろよ。おまえの気持ちをちゃんと伝えたら、あの人は絶対にわかってくれるさ」
「う、うん……」
総司は戸惑ったように目を伏せると、小さくこくりと頷いた。
そう頷いたものの。
屯所の門が近づくにつれて、総司は足が重くなった。
仲直りといっても、どう切り出せばいいのか。さっき、あんな仕打ちをした自分を、彼は怒っているんじゃないだろうか。
(……絶対、怒ってるだろうなぁ。さっきのあの人の顔、すごく不機嫌そうだったし……でも、もとはと言えば、土方さんだって悪いんじゃない? 昨日の夜、追いかけて来てくれるかなと思ってたら全然だったし、今朝も知らん顔だったし……そ、そりゃ、私も意地はって朝ごはんずらしたけど……)
ぐるぐる一人で回っている総司を、斉藤は横目で見た。
「総司、駄目だぞ」
「え、え?」
「また意地はりかけてるだろ」
図星の言葉に総司がつまってると、斉藤はぐいっと門の中へ押し出した。
「とにかく、行ってこいって」
「わっ!」
門の中へ突き飛ばされるように入ったとたん、誰かにぶつかった。ぱふっとその人の胸もとに抱きとめられてしまう。
「あ、す、すみませんっ」
慌てて身を起こした総司は、思わず息を呑んだ。自分を抱きとめてくれたのは、他でもない土方だったのだ。
ちょっと眉をひそめて総司を見下ろしている。こちらを見つめる黒い瞳に、総司は胸がどきどきするのを感じた。
「あ、え……と、すみませんでした」
総司は土方から体を離すと、そのまま傍をすり抜けて立ち去ろうとした。だが、一瞬早く、土方の手がその細い手首をきつく掴んだ。彼にしては乱暴にぐいっと引き寄せられる。
「来い」
低い声で言うと、総司の手を掴んだまま有無を言わさず、土方は門の外へと歩き出した。とても断れる雰囲気ではなかった。
土方に連れてゆかれながら振り返ってみた総司に、斉藤が「頑張れよ」と声に出さず言って、手をひらひら振って見せた。
いったいどこまでいくつもりなのか。
土方はきつく掴んだ総司の手を放すつもりはないようで、それが少し恥ずかしかった。何しろ通りをどんどん歩いていくのだ。ただでさえ端正な容姿をもつ土方と、花のように綺麗な総司はよく目立つ。その上、手まで繋いでいるのだから人目を引かぬほうが不思議だった。
「あの、土方さん」
「………」
「土方さん、手、放してもらえません?」
総司の言葉にもあくまで無言の土方に、ちょっと怖くなった。最近、こんなふうに扱われたことがないのだ。いや、昔からでもない。見上げた土方の端正な顔は冷ややかで、総司は悲しくなった。
(……本気で怒ってるんだ)
そう思ったとたん、熱いものがこみ上げてきた。あ、と思った時には、ぽろりと涙がこぼれてしまう。
行きかう人々には気づかれてないようだが、恥ずかしくてたまらなくて、総司は慌てて自由な方の手で涙を拭った。ごしごし目を擦ってから顔をあげると、いつのまにか土方が立ち止まり、総司の顔を覗き込んでいた。驚いたような顔をしている。
「総司……おまえ、泣いてるのか」
「な、泣いてなんかいません……っ」
完全に涙声で言い返してから、総司は俯いた。短い沈黙の後、そのなめらかな頬が男の手のひらでそっとすくいあげられた。
「悪い、頭にきて強引な事をしちまったな」
もういつもの土方だった。優しく総司の頬を撫でてから、そっと肩を抱いてくれる。
「行こう、もうすぐだ」
「でも……どこへ?」
「そこの料理屋だ。おまえは昼飯食っただろうが、こっちはそれどころじゃなかったんだよ」
「そんなに忙しかったんですか」
土方はちょっと呆れたような顔をして総司を見たが、「まぁいい」と呟き、料理屋の暖簾をくぐった。二階の座敷に案内されて、料理がでると、総司はいつものように土方の給仕をした。総司のためにと、料理屋の賄に頼んで綺麗な菓子を用意させてくれる土方の優しさが嬉しい。
いつでもこうなのだ。
総司が願っていること、望んでいることを、口にださなくてもちゃんと察して叶えてくれる。
恋人になるまでは知らなかった土方の、驚くほどの優しさ。
「おまえが行った飯屋、旨かったか?」
「えぇ。もちろん、こんなちゃんとした料理じゃなかったけど、おいしかったですよ。また今度一緒に行きましょうね」
「そのうちにな。だが、その代わり、斉藤とはもう行くなよ」
「あれ、やいてるんですか」
「当然だろ。あんな喧嘩した翌日なんだ、気になるにきまってる。だから門の所でおまえを……」
言いかけ、不意に土方は口をつぐんでしまった。総司は小首をかしげた。
「門の所で、何です」
「いや、いい」
「えー、気になるなぁ。教えてくださいよ」
土方はそっぽをむいた。ちょっと顔が赤くなっている。
「おまえを……待っていたんだよ。そしたら、突然、おまえが俺の腕の中に飛び込んできて……わっ」
突然、総司に首に抱きつかれ、土方は後ろへひっくり返りそうになった。慌てて支えた彼に、総司がぎゅっと細い腕でしがみつく。
「だい好き! 大好きです、土方さん」
耳元にふれる甘く澄んだ声と、熱い体の感触に、土方は正直くらくらした。
こいつは、全然、男の欲望ってのが絶対わかってねぇぞ。
理性と欲望のせめぎ合いに息をつめている土方に気づくことなく、総司は小さな声で言った。
「ごめんね、意地はって。でも……土方さんと、対等でいたかったから」
「対等?」
驚いたように、土方は総司を見下ろした。それを総司はまっすぐ見つめた。
「私、あなたより九つも年が下でしょう? ただでさえ子供扱いなのに、私ばっかり優しくしてもらって……土方さんには何もしてあげられなくて。その上、あんな夜のことまで、無理させてたんだと思ったら、もうたまらなくて」
「ちょっと待てよ」
土方は総司の顔を覗き込んだ。
「言っとくが、俺は無理なんかしてねぇぞ。そりゃ昨夜は疲れてたが、それなりに楽しんだし」
「でも! 私は土方さんも一緒に気持ちよくなってくれなきゃ嫌なんです」
真剣な口調で言った総司に、土方は目を見開いた。
「土方さんと一緒に気持ちよくなりたいんです。私の体を抱いて、土方さんが気持ちよさそうな顔をしてくれると、すごく……その、泣きたいくらい嬉しくなるんです。幸せな気持ちになるんです」
「総司……」
「優しい土方さんも好きだけど、でも、私に気を使わないで。私には好きなことをして、思ったことを言ってください。でなきゃ、土方さんに何をしてあげたらいいのか、私、全然わからないから」
「おまえが傍にいてくれたら、他に何も望まねぇよ」
さらりと告げられた言葉に、総司は頬を紅潮させた。嬉しそうに、だが恥ずかしそうに俯く総司を、土方は膝上に抱き上げた。あっと身もがく体を両腕で柔らかく抱きすくめる。
「だが、そんな風におまえが思っているなんて全然わからなかった。俺もまだ経験がたりねぇって事かな」
「これ以上、経験されたらついてけません。私のためとか言って、他所で女の人と遊んだりしたら許しませんからね」
「はいはい、お姫様」
くっくっと笑いながら言った土方に、総司はちょっと驚いた顔になった。
(斉藤さんと同じこと言ってる……)
ちょっと小首をかしげてから、総司は土方の胸もとに顔をうずめた。ぎゅっと抱きつき、甘えるように体を擦り寄せる。
「……総司」
低い掠れた声で呼びかけられ、総司はえ?と顔をあげた。
気がつくと、土方が熱っぽい目で見下ろしている。
「してもいいか?」
「え、何が……あ」
不意に手を掴まれ、袴ごしに押し付けられた。熱い感触に総司は目を見開く。
「ちょっ……やだ、は、放して!」
「おまえ、さっき言っただろうが。優しいだけじゃいやだって」
「そうだけど、や、何手動かしてるんですかっ」
「これ触るの初めてだったよな。今日はおまえがしてくれるか?」
「いきなり……極端すぎます。そ、それにどうしたらいいかわからないし……」
「俺がやってるみたいにしてくれりゃいいんだよ」
「え、え……く、口で?」
聞き返すなり、総司は顔を真っ赤にして俯いてしまった。それに土方はちょっと強引すぎたかなと思った。可愛い恋人の顔を覗き込み、悪戯っぽく笑ってやる。
「冗談だよ、そこまで要求しやしねぇって」
「ごめんなさい……」
目を潤ませる総司の頬に、土方は優しく唇を押しあてた。膝上に抱いたまま、首筋から胸もとへと唇を滑らせてゆく。総司は小さく喘ぎ、細い両腕で男の首にしがみついた。
「ぁ……土方、さん……っ」
「総司……」
男の骨ばった指が、総司の白い肌を這う。胸もとの可愛い飾りを摘み上げられ。たまらず身を捩った。そっと畳の上に寝かされ、丹念に愛撫を施される。
「ふ、ぁ……ん、ん、ぁ……っ」
シュッと僅かな音が鳴り、帯が引き抜かれた。袴も下ろされ。小袖の前が開かれる。昼間の明かりに裸身を晒され、羞恥に総司は頬を染め上げた。恥ずかしそうに顔をそむけ、長い睫毛を伏せている。その様がまた艶かしく、土方の全身を熱い痺れが走った。
「総司、綺麗だ……」
さも愛しげに両手のひらで白い体を撫で回す。肌を男の熱い手のひらがすべるたび、総司の桜色の唇から甘い吐息がもれた。胸から腰のくびれ、腰骨と手をすべらせ、白い腿の内側へと這わせてゆく。柔らかく押し広げられ、総司は男が自分のそこに顔をうずめるのを感じた。
「ぁ、ぁああ……っ」
思わず声をあげてしまう。総司のものが熱く柔らかな感触に包みこまれていた。音を鳴らして、土方が総司のものを丁寧にしゃぶり、舐めまわしてゆく。筋の一つ一つを舌でたどり、裏側から鈴口まで余すところなく舌を這わせた。
総司の腰がゆれ、甘い嬌声が唇からもれ始める。両手がさまよい、男の髪を掴んだ。やめて欲しいのか、もっと求めたいのか、だんだん自分でもわからなくなってくる。
「ぁ、ぁああ、やあっ……ああっ……!」
悲鳴のような声をあげ、総司が身を大きく反らせた。次の瞬間、土方の口の中で達してしまう。後始末までしてから口元を拭いながら顔をあげた男に、総司は思わず泣き出してしまった。
「ご、ごめんなさい……っ」
「何が」
「自分はしないくせに、あなたにこんなことさせて……っ」
「ばか、俺はおまえと取引してるんじゃねぇんだぞ。睦みあってるんだろうが」
土方は総司の頬を撫でてやり、小さく笑いかけた。
「それに、この後……おまえの方が辛いんだ。何も謝ることじゃねぇよ」
「土方さん……」
啄ばむような口づけをあたえられて、総司は自分の体に男を受け入れる準備が施されるのを感じた。男の長い骨ばった指が差し込まれ、少しずつ緩まされてゆく。
「ん、ふ、ぅ……っんん……っ」
「総司……熱いな。おまえのここ、すげぇ熱いよ」
「や、ぁん……っ、ん、ふぅ……っ」
「もう、いいか? してもいいか?」
「う、ん……土方さん、きて……」
甘く誘う総司に頷き、土方は総司の両膝をすいあげた。自分の猛った雄を柔らかな蕾に押しあて、慎重に差し込んでゆく。
「ぁ! はっ、ぁん……く、くぅ……ッ」
「総司、もう少し……力、抜け」
「ん、う……く、ぅう……ふぅ……っ」
「そう、そうだ……いい子だ……」
何とか根元までおさめ、土方は息をついた。すぐにでも激しく貪ってやりたくなるが、そんなことをすれば、この華奢な恋人は壊れてしまう。心のどこかでそれを願ってさえいるのに、絶対にできない己もまた、よくわかっているのだ。
(俺もつくづく矛盾してるな……)
苦笑し、ゆっくりと柔らかく揺らし始めた。総司の感じる部分を探り、そこを柔らかく擦りあげてやる。たちまち総司の頬が紅潮し、甘い声が唇からもれ始めた。
「ぁ、あ、ああぁ……ん、ぁん……っ」
「総司……」
「い、い……そ、こっ……ぁ、ああ……っ、はぁあ……っ」
総司は体を仰け反らせ、両手で土方の膝上あたりを掴んでいる。もっと強く打ち込んで欲しいのだろう。それを見て取り、土方もようやく理性を手放した。
「あ、ああーっ!」
甲高い悲鳴が部屋に響いた。総司の腰奥に何度も何度も男の楔が鋭く打ち込まれる。その度に背筋を貫く快感に、総司は激しく泣きじゃくった。抱え込むようにしてくる男の体にしがみつき、甘い濡れた声をあげつづける。
「ああっ、ぁ、あ…ひっ、ひぃ、ぃ……っ!」
「……っく……」
「は、ぁ! ぁあ、ひ、土方…さん……っ、あ、ぁ、す、好き……っ」
甘く激しく突き上げられながら叫んだ総司に、土方は堪えきれぬほどの愛しさを覚えた。熱いその体を両腕にかき抱き、答えを返す。
「俺もだ……俺も、おまえが好きだ……っ」
「土方さん……っ」
一際甲高い声で総司が叫んだ瞬間、その熱い腰奥で土方は達した。熱い感触が広がるの感じ、総司は息をつめる。
まだ眩しいほどの陽光を瞼の裏におぼえながら、総司は熱く心地よい波に飲まれてゆくのを感じていた……。
夕焼けが部屋の中を染め上げていた。
優しく執拗な情事に心地よく疲れた総司はぐっすり眠っている。
その傍らで土方は半身を起こし、先ほどからじっと総司だけを見つめていた。手をのばし、そっと頬にふれると「ん……」とかすかな声をあげて寝返りを打つ。そんな仕草さえも愛しく、土方は目を細めた。
ふと、先ほどの会話を思い出した。
「気を使わないで……か」
そうではない。気を使っていたのでは決してなかった。
本当の自分を知られるのが怖かっただけだ。おまえに嫌われたくなかったからだ。
おまえを一瞬でも放したくない。
この腕の中に閉じ込めて、誰にも見せたくない。
他の誰かと話している総司を見るだけで苛立つ。
総司をひっさらい、何度も何度も交わって、もう俺のことしか考えられなくなるくらい、その白い体を抱き尽くしてやりたくなる。
そんな……自分を知られたくなかった。
長い年月焦がれるように想いつづけ漸く手に入れた総司を、二度と放したくない。手放すくらいなら、いっそ殺してやる。最期の瞬間、総司の綺麗な目に映るのが俺であるのなら、たとえそれが憎しみの涙に濡れていても、この身が痺れるような歓喜だろう。
あぁ、俺はおまえに狂っている。
こんなにも綺麗で無垢なおまえを穢すだけでは飽き足らず、その笑顔、その唇、その指一つまでも独占したいと渇望している俺を、おまえは知っているのだろうか。
いや、知られたくない。出来ることなら永遠に。
俺はおまえを愛してる。おまえの優しい笑顔をずっと見ていたい。あの澄んだ甘い声で「土方さん」と呼ばれていたい。
だから、俺は己の内で息づく狂気を慎重に押し殺す。
おまえを愛しているから。
ずっとずっと、いつまでも。
おまえに愛されていたいから……。
「あのね」
屯所への帰り道、総司が小さく笑いながら言った。
もう夜なので人気も少ない。それをいいことに土方は総司の白い手を握っていた。初め、恥ずかしいと総司は嫌がったが、したい事を言っていいんだろ?と言ってやると、頬をあからめて頷いたのだ。これから、この手でいろいろ出来るなと不埒な事を考えながら、土方は総司の手を握りしめた。
「あのね、今日、斉藤さんに言われたんです」
「……」
とたん、不機嫌な顔になった土方に、総司は唇を尖らせた。
「もう、そんな顔しないで聞いて下さい」
「あぁ、わかったよ。で、何だって」
「あなたにもさっき言われたけど、お姫様みたいだって。土方さんが私を姫君扱いしてるって」
「どういう意味だ?」
「すごく優しくしてもらってるって事ですよ」
土方は苦笑いをした。
本心を、己の本性を知られれば、とても優しいなどど言ってはもらえまいだろうに。
だが、それを知られないため、総司に優しくするのだ。
この狂気じみた愛を胸に秘めたまま、俺はおまえを優しく愛してゆく。とろけるように甘やかし、花びらを降らすように優しい幸せをあたえてやる……。
「……そうだな」
しばらく黙った後、土方は低く呟いた。
「おまえは俺の姫君だ。俺だけの可愛い姫君だな」
「土方さんまで、もう」
総司は困ったように笑った。
「鬼の副長が何言ってるんですか。可愛いなんて、私はそんな……」
「本当に、おまえは綺麗で可愛いさ。微笑ったところなんざ、花みたいだぞ」
「そうやって今までも口説いてきたんですか」
くすくす笑う総司に、土方は目を細めた。繋いでない方の手をあげ、そっとなめらかな白い頬にふれる。総司が驚いたように目を見開いた。
「俺はおまえを愛してる……」
「……土方、さん……」
「おまえを誰よりも愛してるから、優しくしてやりたくなるんだ。うんと甘やかして、何でも聞いてやりたくなる」
「だから、もう……」
総司は小首をかしげ、その澄んだ瞳で男を見上げた。
「そんなふうにしないで下さい。私はあなたの恋人でしょう? 甘えてばかりは嫌なんです」
「じゃあ、そうだな」
土方はちょっと意地悪い口調になった。
「これからは俺の気持ちをどんどんつたえるよ。もっと強引にさせてもらう」
「え、そんな」
慌てたように総司が土方の腕に縋りついた。
「強引なんて嫌です。優しい土方さんの方がずっと好きなのに」
「これから、どうしようかな。閨でも色々するか? 俺もやってみてぇことあるし……」
「だから! そんなの望んでませんってば」
必死になっている総司が可愛くてたまらない。
土方はくすっと笑い、総司の手を自分の胸もとに引き寄せた。あっと声をあげる総司の体を、そのまま柔らかく抱きすくめてしまう。
愛しい恋人を。
気も狂いそうなほど愛している、この存在を。
少しでも自分の傍に長くおいておきたいから。
せめて、こんな俺がおまえに知られてしまう日まで。
「土方さん?」
ちょっと不安そうに総司が呼びかけた。
「嘘だよ」
「え」
「そんな事しやしねぇよ。ちょっとからかってみただけだ」
そう言ってやると、総司は拗ねたように頬をふくらませた。その頬を両手ですくいあげ、唇を重ねた。
甘く深く、優しい口づけをあたえてやる。それだけで総司の体から力が抜けた。口づけを終え、もう一度抱きしめると、総司は恥ずかしそうに彼の胸もとへ顔をうずめた。
「総司……愛してる」
抱きすくめる腕の中、総司は耳たぶまで桜色に染めた。それに微笑み、土方は恋人を抱く腕に力をこめた。抱き寄せ、耳もとに唇を寄せる。
そして、秘めた想いのまま、こう囁いたのだった。
「だから、優しくさせてくれよ……な? 俺の姫君」
[あとがき]
……歪んでます。土方さん、めちゃくちゃ歪んでますよね。どうして、うちの土方さんはこうも性格悪いんだろう。でも、一応、これは甘甘のつもりで書いた話です。結局、ただの土方さんと総司の痴話喧嘩になっちゃいましたけど。うちの土方さんは情事をそれなりに好きでも、したくないほど疲れてる時もあるっていうタイプです。そのくせ、自分がしたい時はすごく激しいという、濃厚なんだか淡白なんだか。巻き添えになった斉藤さんは定番? うちの斉藤さんも総司にひっそり片思いしてます。
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