これは、二人が出逢った頃のお話。
当時、 宗次郎くんはまだ8才、とても利発で可愛い子供と評判でしたが、一方、歳三さんは女ったらしの不良ものとして大評判でありました。
……歳三さんの評判は悪い。
最悪だ。
「……歳三が!?」
驚き呆れた声で佐藤彦五郎が聞き返した。心底、驚いたらしく軽くのけぞっている。その傍に 宗次郎は立っていた。右手に蒲公英の花束をぎゅっと握り締めて。
「あの歳三が……この子を?」
「やっぱり、ご存知なかったのですか」
おのぶはため息をつき、首をふった。
「ここのところ毎日、歳は、この 宗次郎ちゃんを連れ歩いているんです」
「……あの、子供嫌いの歳三が?」
「えぇ、えぇ! あの子供と見れば蹴るわ放り投げるわの歳が、です。いったい何を考えているのか、私も本当に不気味で……」
「うーん、何かに憑かれたか」
歳三の姉にあたるおのぶ。その夫で名主の佐藤彦五郎。
二人とも弟もしくは義弟にあたる歳三を、常日頃からとても可愛がっている。が、その二人からしてこうなのだ。
(……ほんと、歳三さんの評判って最悪)
頭上に広がった青い青い空をあおぎ、 宗次郎はため息をついた。
宗次郎の姉などは宿敵のように嫌っている。普段は優しくてしとやかなのだが、 宗次郎が歳三と仲良くすることになると、きっぱり人が変わるのだ。
「どうして?」
その澄んだ目を大きく見開いて、 宗次郎は訊ねた。その可愛い弟の無邪気な様子に、姉は吐息をもらす。
「どうして、歳三さんと遊ぶといけないの?」
「だめです。絶対にだめ」
「だから、どうして?」
「あの人はあなたを騙しているのよ。いい? あの人は変な人なのです」
「歳三さん、変な人?」
どこが?
「全部! です」
きっぱり断言されてしまった歳三さん。
かわいそうだ、あんまりにも。
変な人だなんて。
そりゃ、怒りんぼで、女ったらしで食い意地はってて、我儘で、人苛めるの楽しみで、執念深くて、ちょーっと陰険かもしれないけど……。
「 宗次郎ちゃん」
不意に、おのぶが 宗次郎を振り返った。え?と顔をあげた 宗次郎に訊ねる。
「あのね、一つ聞いていい?」
「うん」
「歳に苛められてない? 悪さされてない?」
……苛める。
って、あれかな。お菓子とりあげられたり、喧嘩して野原へ置いてきぼりにされたり。
「本当のこと言っていいのよ」
(……でも)
宗次郎はおのぶを見上げた。にっこり笑って答える。
「すごくすごく優しいよ、歳三さん」
「……優しい、あの歳が」
「うん、すごく」
「その、聞いていい? どんなふうに?」
「えーとね、お祭りのも連れていってくれるし、手つないでくれるし、高い高いしてくれるし、おんぶもしてくれるし」
「……」
「どんなお願いしてもね、絶対聞いてくれるの」
それから。
だい好きだって。
おまえは可愛い奴だなぁって。
歳三さんが笑いながら言ってくれた時、すごくすごく嬉しかった。
でも、それを教えてあげた若先生(と、みんな呼んでいる。歳三さんは勝っちゃんだけど)は、真っ青になった。それから、頭抱え込んでぶつぶつ「宗旨がえか」とか、「おれだけは歳を信じてやらなければっ」とか呟いていた。
もう一人。歳三さんのお兄さんの石翠さんはにっこり笑った。それから、いい事を教えてくれたと頭撫でて、お礼だと魔よけを教えてくれた。
「それにね、いろんなものくれるよ」
あどけなく、 宗次郎は言葉をつづけた。
「独楽とか飴とか買ってくれるし、鳥の羽や虫もとってくれたし、あ! そうだ。このお花もね、歳三さんが摘んでくれたんだよ」
「……あの、娘っ子にも簪や花ひとつ贈ったことのない、あの子が」
呆れたように呟くおのぶの隣で、彦五郎が信じられないという顔で首をふった。
「そりゃ、いきすぎだ。いくら少しは子供を可愛がるようになっても、おかしすぎる。変だ」
「あの子が花……花摘みするなんて! それも、こんな小さい子のために。やっぱり、下心があるのかしらねぇ」
「下心って……どんな……?」
おそるおそる訊ねる彦五郎に構わず、おのぶは 宗次郎の前にしゃがみこんだ。その小さな肩を掴んで、言い聞かせる。
「 宗次郎ちゃん、いい?」
「はい?」
「歳三が暗いところに連れていこうとしたり、何か変なことされそうになったら、絶対、逃げるのよ! ついていっちゃ駄目だからね!」
「おいおい、おのぶ」
「いいえ、しっかり言っておかなければ! 歳は、この 宗次郎ちゃんに関しては変です。ただでさえ評判が悪いのに、このうえ子供にまで手を出したら、私はもう亡き父上、母上に顔向け……あっ、
宗次郎ちゃん」
くるりと背をむけると、 宗次郎は脱兎のごとくその場を逃げ出した。
(何か変なことって……?)
歳三さんは人を苛めるのが好きだから、意地悪も冷たくするのもあるけど、でも、でも……だけど。
喧嘩しても我儘いっても、最後には助けてくれた。野原へも探しに来てくれた。ぎゅっと力いっぱい抱きしめてくれて。喧嘩したのに、いっぱい悪いこと言ったのに。
「ごめん……ごめんな、 宗次郎」
そう言って抱きしめてくれた歳三さんがだい好きで、その腕の中わんわん泣いた。
だから、変じゃないもの。
ほんとに歳三さん、仲良くしてくれているんだもの。私のこと好きだから、一緒にいてくれるんだもの。
おかしくないもの、変じゃないもの……
「……おい」
両腕で目をごしごし擦りながら俯いていた 宗次郎の背中に、声がかけられた。振り返ると、薬箱を担いだ見栄えのいい若者がこちらへ歩いてくる。
宗次郎は大きく目を見開いた。
「歳三さんっ!」
大きく叫ぶなり、駆け出す。
そのまま凄い勢いで飛びつくと、彼の体にしがみついた。それを抱きとめつつも、歳三は驚いた表情でその名を呟く。
「 宗次?」
「変じゃないもの! 嫌いじゃないもの! 歳三さん、私のこと嫌いじゃないよね?」
「急に、どうしたんだ」
呆気にとられ訊ねる歳三を、 宗次郎は見上げた。
「あのね、おのぶさまや彦五郎さま、姉さまや、若先生も言っていたの。変だって、歳三さん、私と遊んで変だっておかしいって」
「はぁ?」
宗次郎は一生懸命、今日、皆に言われたことを喋った。おのぶや彦五郎の会話、若先生の様子。
「……ったく」
聞き終えるなり、歳三はそっぽを向いた。舌打ちし、ぶつぶつ呟く。
「あの人たちは、俺を何だと思ってんだか。完全な変人扱いじゃねえかよ」
「歳三さん、変じゃないよ」
真剣な顔で言った 宗次郎を、歳三はじっと見下ろした。しゃがみこみ、その瞳を覗き込む。
「なぁ、おまえ……やっぱり、俺と一緒に来るのやめら方がいいかもしれねえぞ」
「どうして?」
「うーん、つまりなぁ、俺と一緒にいるとろくなことねえし。姉さん達が言ってるとおりだし」
「変なことするってこと? 下心あるってこと?」
「下心……あのなっ! そうじゃなくて、俺のこと、この辺で何て言われているのか、知ってんのか?」
そう訊ねた歳三に、 宗次郎は元気よく答えた。
「こども嫌いで女ったらしの不良、ならずもの!」
「……よく知ってんじゃねえか」
「でも、信じてないよ。女ったらしは……その、そうかもしんないけど」
歳三は小さく苦笑した。
(……意味、わかってんだか)
「だけどね」
両手で歳三の着物の袖を握り締め、 宗次郎は頬を紅潮させた。この年頃の子供にしては大人びた、ひどく真剣な表情だった。
「歳三さんは、ならずものなんかじゃないよ。きらきらしてるもの。他の人とは全然違うよ。だから、分かったんだ。歳三さんは、いつか絶対やるよ。何かすごいことを……絶対!」
「……」
歳三はじっと 宗次郎を見つめた。それから、ぽんぽんっと 宗次郎の頭を軽くたたく。
「ありがとよ」
そう言って微笑む。 宗次郎は、その笑顔を見て思い出した。
「あのね」
佐藤屋敷に入って縁側に荷物を下ろした歳三に、相変わらずまとわりつきながら、 宗次郎は言った。
「これね、石翠さんに教えてもらったんだけど」
「何を」
「歳三さんに悪さされた時の魔よけだって」
「……俺は魔物か」
そっぽを向いて呟いている歳三の袖を、 宗次郎はくいくい引っ張った。
「あのね、あのね。今、言っていい?」
「はいはい、どうぞ」
「梅の花、一輪咲いても梅は梅!」
「!」
瞬間、歳三は絶句した。
それから、急にサーッと青くなり、次に真っ赤になった。
が、 宗次郎は無邪気そのものだ。
「ねぇねぇ、これ何のこと? よくわからなくて。何のことなの?すごく当たり前のことだと思うんだけど?」
歳三はゆっくり深呼吸した。
(……畜生、石翠兄さんっ)
「それは、こ、子供は知らなくていいんだ」
「どうして?」
「直に分かる、大人になれば分かることだ」
そう言い切ってから、歳三はキッと顔をあげた。 宗次郎の肩を強く掴むと、言い聞かせた。
「いいか! 絶対に二度と、それを口にするんじゃねえぞっ」
(……ほんとに魔よけだ。あの歳三さんが本気で怖がってる)
「二度と遊んでやらねえからな! いいな!?」
「うん」
素直にうなずき、 宗次郎は縁側に這い上がった。腰を下ろして顔をしかめている歳三に、背中から抱きつく。ぎゅっとしがみついた。
「黙ってあげる。そのかわり、ちゃんと連れていってね? 今日みたいに置いていかないでね?」
「……あぁ}
「約束だよ? 男同士の約束だよ」
そう言った 宗次郎を、歳三はため息をつきながら振り返った。
彼を信じきった、澄んだ瞳がじっと見つめている。
「……」
それを歳三は黙ったまま見返した。が、やがて片手を伸ばし、 宗次郎の髪をくしゃっとかきあげた。
「……男の約束だ」
宗次郎は小さく微笑むと、歳三の肩にその小さな頭をもたせかけたのだった
[あとがき]
土方さん、この辺りでもう 宗次郎に振り回されてます。下心はこの頃はないけど、「くちづけ」ではあるになっちゃいます。少しずつ段階ふんで恋愛関係にしたいのですが、時期ばらばらで書いているのですみません。まだ、告白もお初も書いてません。おいしいものは後にとっとくタイプなので、いつになるやらです。ごめんなさい。