「……遠くへ?」
驚いたように 宗次郎は目を見ひらいた。
「そう 遠くへだ」
もう夜だった。佐藤屋敷の縁側。星が瞬いている。半ばほど上った三日月が綺麗だった。握り飯をほおばりかけた手をとめて、 宗次郎は歳三を見上げた。
「しろが?」
「あぁ」
歳三は頷き、 宗次郎を見た。
「お咲ちゃん、可愛がってたのに」
甘く鳴いていた白い猫。それを歳三は思いうかべた。
「それでも、遠くへいっちまったんだよ。年だったからな」
「だけど、でも……もっと探せば帰ってくるかも」
「帰ってこねぇよ」
歳三は頬づえをついた。
「どんなに探しても、二度と帰ってきやしねぇさ。死んじまったんだから。そんなふうに、ひっそりと猫はゆくのさ」
歳三は遠い目を夕焼けにむけた。なめらかな頬に、紅い光が影をつくる。
「いや……猫に限らないか。覚えておくといい、 宗次郎」
「はい?」
「人にとっても死ぬってのは突然なんだ。昨日まで傍にいた奴が消えちまう。いなくなっちまう。もう二度と逢えない。うんと遠くへいっちまう。つまり、そういったことなんだ。死ぬってのは」
「……誰でも?」
「え?」
「誰でも、みんな、そうなの?」
「あぁ……みんなさ」
そう答えた歳三に、 宗次郎は俯いた。じっと握り飯を見ている。それに歳三は不審な目をむけた。覗きこんだ。
「 宗次郎?」
そう訊ねたとたん、突然、 宗次郎は顔をあげた。
「どうしようっ!」
「……何が」
「姉さんが 、その突然、死んだらどうしよう!」
「……いや、そんな今すぐって訳じゃ……」
「それに、それに!」
宗次郎は歳三の着物を掴んだ。
「それに、もしも、 と、歳三さんが死んだらどうしようっ!」
「………」(俺はまだ生きてる。勝手に殺すんじゃない)
「いなくなっちゃったら、どおしよう! みんないっちゃって、一人残されたらどおしよう! 歳三さんが死んだら!」
「 宗次郎ー。おまえ、それ……本人にむかって云うなよ」
「歳三さんっ、死なないでね! 先に死なないでっ。ね、約束してよ、絶対、先に死なないって!」
「……いやだ」
しばらく沈黙した後、歳三はきっぱり断った。
「何かわからねぇけど、それだけは……絶対、いやだ」
「いやだって、でも、やだよっ! 歳三さん、やだったらやだやだっ、さきに死んじゃやだっ! やだよぉっ!」
「俺だっていやだ!」
「わぁぁぁんっ!」
泣きだした 宗次郎に、おのぶが角を生やして出てきた。
「歳三っ! おまえはまた、小さい子を苛めてっ」
「俺のせいじゃねぇよっ。こいつが訳のわからんこと……」
「歳三さんのばかぁっ! わぁぁぁんっ、わぁぁぁんっ」
わぁわぁ泣きじゃくる 宗次郎に歳三は困りきった顔をした。
おのぶが中へ戻っていくと、ため息をつき、 宗次郎の小さな身体を抱きあげる。両腕に抱いたまま庭をぐるぐる周りながら、あやすように云った。
「わかったよ。わかったから 俺が悪かった」
「ええーん、ふぇっ……えっ」
「怒鳴ってごめん。悪かったって。だから、頼むから泣きやめよ。あ、そうだ! 今日は祭りだったな。たくさん買ってやるぞ。おまえの好きなもの、たくさん」
「……じゃ、泣きやむ」
宗次郎は歳三の肩に頬をおしつけた。ぺったりくっつく。
(ほんとにもー、ったく、俺は何だってこんな事やってんだ? 何だって、この俺がこいつのご機嫌をとらなきゃならねぇんだ?)
夜空を見上げ、ため息をつく歳三。
それに 宗次郎は小さな声で云った。
「ごめん…なさい」
ちょっとびっくりしたように、歳三は 宗次郎を見た。それに、宗次郎は涙で濡れた大きな目で彼を見上げた。
「泣きべそして、ごめんなさい。歳三さん」
歳三はびっくりしたまま 宗次郎を見た後、それから笑った。
(かなわねぇな、ほんと)
くっくっと笑いながら、 宗次郎を抱き直した。
すると花のような笑顔になり、ぱっと小さな手で歳三に抱きついてきた。
かわいいなぁと思ってしまう。
それから、 宗次郎は云った。
夜空にひびく声。
「あのね、あのね」
「うん?」
「お面と飴玉と凧と独楽を買ってね。金魚掬いもさせてね」
「………」
[あとがき]
宗次郎6才。土方さん、振り回されてます。もちろん、この後、お祭りで全部買わされた訳です。でも、好きな人が自分より先に死んじゃうってのは、一番の不幸ですよね。いつかは必ずってわかっていても。土方さんの場合、総司が病気になってから、ずっとその不安と恐れと戦ってきた訳だから、すごくつらかったと思うんですけど。いや、その、同人的設定ではの話ですよ。(念のため)