あなたが好き。
あなたの全部が好き。
それは、ほんのちょっとした仕草でも。
ほら、少しだけ乱れた黒髪をかきあげる、しなやかな指さき。
あなたの指、きれいだものね。すごくしなやかで、爪の形まできれい。そう言うと、あなたはいつも「おまえの指の方が綺麗だ」と、私の指先に唇を押しあててくれるけど。
それから、あなたの瞳。
真っ黒で、まるで黒曜石みたいで。いつもすごく冷たいのに、私に微笑いかける時は優しくなる黒い瞳。知ってた? あなたがそうして笑いかけてくれるたび、私がいつもどきどきしてること。
あとね、声かな。
低くてよく透る声。はりがあって、鋭くなったり静かになったり優しくなったり。あなたの腕に抱きしめられてる時、耳もとでそっと囁いてくれる声が一番だい好き。
愛してるでも、好きだでも、もう何でもいいの。あなたが私のために優しく囁いてくれるだけで、この世で一番幸せになれるから。
だい好きな土方さん。
この世で一番一番大切で、誰よりも愛しい人。
「──土方さん!」
難しい顔で書類をめくっている土方さんの背中に、抱きついて。両手まわして、ぎゅっとしがみついた。
「……総司」
「はーい」
「何なんだ、いったい。邪魔するな」
「邪魔してませんよ? 癒してあげてるんです」
「どこが」
「私のぬくもり。癒されません?」
くすくす私は笑った。
でも、ほんとは嘘。
土方さんの体に抱きついて、癒されたいのは私。
土方さんのぬくもり感じて、このどうしようもない不安と恐れから少しでも救われたいのは私。
「総司、おまえどこ行ってたんだ?」
「え?」
「朝早くから出かけてただろう」
「えへへ、ばれましたか。あのね、ちょっとお菓子を食べに」
「菓子ばっかり食って、そのうち躯壊すぞ」
ちょっと眉を顰めて土方さんが言った。
でも、ごめんね。
もう躯壊れちゃってるんです。
そんなこと今朝まで私も知らなかったけど。
でも、そう言われちゃったから。
「土方さん、あのね」
「ん?」
「あのね、もしも、もしもですよ」
「あぁ」
「私が……一緒に死んでって言ったらどうします?」
「……」
土方さんは驚いた顔でふり返った。
しばらくの間、押し黙ったまま私の顔をじっと見つめている。あの黒い瞳で。やがて、ふっと息をはくと、かるく唇の端をあげてみせた。
「一緒に?」
「はい」
「いいぜ」
あっさり言ってのけた土方さんに、私はびっくりした。
この人、本当に意味わかってるのかな?
それとも冗談だと思ってる?
「一緒に死んでやるよ」
呆気にとられる私を前に、土方さんは静かな声で言った。
「おまえが本当にそれを望むなら、おまえに俺が必要であるのならな」
「……」
「愛してる、総司」
不意に土方さんは手をのばし、私の襟足に指さきをすべり込ませて引き寄せた。
そっと──唇を重ねられる。
「……っ……」
彼の乾いた唇の感触に、私は思わず目を閉じた。慣れた口づけ。でも、今日のはなんだか違ってて、まるで誓いの口づけみたいな気がした。
誓いの。何の……?
土方さんは何度か口づけをくり返してから、私の頬に首筋に唇を落とした。そして、最後に耳柔を噛むようにして囁きかけた。
「とうの昔に、俺の全部はおまえにくれちまったんだ」
「……」
「総司、おまえだけのものだ。俺の命も何もかもな」
「……土方さん」
震える声でその名を呼ぶと、ぎゅっと抱きしめられた。
あったかい腕の中、私は彼の背中に両手をまわして、その広い胸に頬を押しつけた。彼がよく着ている黒の着物ごしに聞こえてくる、優しい音。
とくんとくん。
彼の鼓動が聞こえる。
確かな彼の命。彼が生きている証。
この人をまきぞえにする訳にはいかないのに。この人まで死神の刃にかける訳にはいかないのに。
なのに、どうして私は離れられないのだろう。
こんなふうに傍にいたらいけないって、わかってるのに。
言葉のやり取りだけじゃない。
真実、愛しい人の命まで求めてしまう私は、なんて傲慢な人間なのか。
あぁ、神さま。
「……総司?」
そっと髪を撫でられた。幼い頃にしてくれたのと同じように、何度も何度も。
それが泣きたくなるほど嬉しくて。
「……土方さん、愛してます」
そう告げると、私の体を抱く彼の腕により力がこめられた。きつくきつく抱きしめられる。
「息できませんよー」とできるだけ明るい声で言って、笑ってみせると、また優しく口づけられた。甘い甘い接吻。
土方さんの首に両腕をまわして抱きつき、そっと目を閉じた。
……怖い。
助けて。
ずっと傍にいさせて。
本当は言いたいこと、いっぱいあるけど。
でも、あなたが愛してくれる、それだけでいいから。
あなたといられる日々を大切にしていきたいから。
土方さん。
あとどれくらい一緒にいられるかわからないけど。
あなたの知らない死神が私の中にどんどん巣くってしまい、私のすべてを支配しようとしてるけど。
もう少しだけ、あなたの傍にいることを許して。
あなたを愛することが罪であるのなら、どんな恐ろしい罰でも受けるから。
死んで、この身を地獄に落とされてもかまわないから。
あなたを愛していたいの。
愛してるって言葉の意味もわからなくなるくらい、愛して愛して愛し抜きたいの。
だから、ね。
「土方さん……」
あなたなしで生きられない、私を、どうか許して。
最後を迎える瞬間まで。
私は、あなただけを愛してる……。
[あとがき]
突発的に書きたくなったお話です。総司が自分の病を初めて知った時のお話。辛い時や悲しい時、愛する人が傍にいてくれるだけで強くなれるでしょう? だから、総司も土方さんから離れられないと思います。人間、そんなに強くないもの。ところで、この土方さん、全部わかってると思われます?
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