いっそ、甘い甘い鎖で繋いでしまいたい
私のこの手に、あなたのすべてがあるのだと
初めて逢った瞬間から
今も、そして、これからも
愛しいあなたは、私だけのもの……
ずるいなぁって思う。
どうして、この人こんなに格好いいんだろう。
ここまで格好いいなんて、ちょっとずるいと思わない?
「……」
そんなことを総司が思いながら眺めていると、不意に視線の先で、土方がふり返った。
訝しげに、その形のよい眉を顰めている。
「? どうかしたのか?」
「……別に何でもありません」
「ふうん」
土方はかるく肩をすくめると、また店先へ視線を落とした。
綺麗に並べられた扇子を眺めている。それは彼自身のものを買うためじゃない、総司のものなのだが。
でも。
(……早く帰りたい)
総司は不意にそう思った。
早く早く屯所へ帰って、この人を部屋に隠してしまいたい。
他の誰にも見せたくない。
だって、この人はこんなに綺麗で格好いいんだもの。
「……」
総司は、幼い頃から憧れ恋しつづけて、今やようやく自分の恋人というべき立場になってくれた男を、じっと見つめた。
艶やかに結いあげられた黒髪、その切れの長い目。形のよい唇は優しくて、そこから囁かれる声はとっても甘くて低い。
すらりとした長身に黒い小袖と袴をつけたその姿は端然とした武家姿なのだが、どこまでも男の艶を漂わせていた。その立ち居振舞い一つにまで、人の心を惹きつける華がかもし出されるのだ。
その証に、道ゆく女のほとんどは彼をふり返っていた。それがまた面白くなく、総司は早く帰りたいとまた思った。
「総司」
呼ばれ、顔をあげた。
土方が優しく微笑みながら、手招きしている。それに、総司は仕方なく歩み寄った。
「何ですか」
「いや、何ですかじゃなくて……この中で気にいったのはないか?」
「……ありません」
素っ気無く答えた総司に、土方は不審そうな目をむけた。
この人、全然わかってない。
何で私がこんなに怒っているのか。
今だって、ほら。
お店の女の人、めちゃくちゃ愛想よくて時々、さり気なく土方さんの手にさわったりしちゃって。
それをまた、土方さんも全然ふり払わないし。
ふうん、なら好きにすれば? 私なんか放っておいて。
「あ……おい、総司!」
後ろで彼が呼んでいたが、総司はくるりと向きをかえると足早に歩き出した。
さっさと帰っちゃおうと思ったのだ。
ところが、あんまり急いだものだから、路地裏への角を曲がったところで思いっきり転んでしまった。見れば、下駄の鼻緒が切れてしまっている。
総司は坐りこんだまま、思わずため息をついた。
「おい……大丈夫か」
追いついてきた土方が、慌てて傍らに跪いた。
袴が汚れるのも構わず片膝をつき、総司の顔を覗きこんでくる。放り出された下駄を拾いあげ、眉を顰めた。
「切れちまってるな」
「……私が」
「え?」
見下ろす土方の前で、総司は俯いた。きゅっと桜色の唇を噛んだ。
「……私が我儘だから、罰あたったのかも」
「おまえが我儘なのはいつもの事だろ?」
揶揄するような土方の言葉に、総司は頬をぷうっとふくらました。それに、くすくす笑いながら、そっと口づけた。
「けど、俺はそんなおまえが可愛くて好きだ」
「土方さん……」
「鼻緒、すげかえてやるよ」
そう云うと、土方は懐から手拭を取り出し、端に歯をたてた。きりっと八重歯で噛みきり、手拭を引き裂く。
「……」
その仕草に、総司はどきっとした。
ものを噛みきるという彼の仕草に、色んなことを思い出してしまったのだ。
あの皓い歯が自分の耳朶に優しくたてられる時。
この手をとって指を含み、甘咬みしながら悪戯っぽい瞳で自分を見上げる瞬間。
いわゆる艶事の一場面をまざまざと思い出してしまい、躯中がかぁっと熱くなった。頬が火照るのを感じた。
(……ずるい)
何をしてもどんな事をしても、こんなにも様になってしまうなんて。
こんなにも格好いいなんて、絶対ずるい。
だから、どきどきしちゃうのに。たまらなくなってしまうのに。
それをまた本人は自覚してないのだから、尚更ずるくて……
「ほら、出来た」
土方は鼻緒をすげかえた下駄を、総司の足元に揃えてくれた。肩を抱くように立ち上がらせ、履くのを手伝ってくれる。
だが、総司は下駄でなく、すぐ傍にある土方の顔ばかり見ていた。
端正で綺麗な横顔。
男にしては長い睫毛が伏せられて、形のよい唇は優しい笑みをうかべている。
総司の視線に気づいたらしく、僅かに小首をかしげ、濡れたような黒い瞳が見返した。
「どうだ? 歩けそうか?」
「うん……だけど」
総司は手をのばし、ぎゅっと土方の腕にしがみついた。
恥ずかしいけど、いっちゃおう。
いいよね? だって、この人は私のものだもの。
「早く帰りたいです」
「え?」
「早く帰って、あなたを独り占めしたいの。だって」
総司は甘えるように身をすり寄せた。それでも恥ずかしくて、耳朶まで桜色になってしまっている。
「……あなたを見てたら、その気になっちゃったんだもの」
「……」
土方の目が驚いたように見開かれた。
が、すぐにくすっと笑うと、総司の腰に腕をまわし、柔らかく抱き寄せた。
「珍しいな、おまえから誘ってくるなんて」
「そう? でも、たまにはいいでしょ」
「あぁ、すげぇ嬉しいよ」
そう答えざま、悪戯っぽい瞳で総司の顔を覗き込んだ。
「けどさ、俺の何にその気になっちまったんだ? どんなことで?」
「ん……さっき、手拭を歯で裂いた時」
「へぇ」
くすくす笑いながら、土方は総司の手を引いた。繋いだまま歩き出しながら、愉しそうに笑っている。
それに、総司は小首をかしげた。
「変だと思わないの? そんな事でって思ったりしないの?」
「しねぇよ」
「何で?」
不思議そうに訊ねた総司に、土方は微笑んだ。
足をとめてふり返ると、総司を見下ろした。そっと手をのばし、なめらかな頬を手のひらに包みこんだ。
すくいあげ、そのまま口づけを落とした。深く唇を重ね、甘やかに舌を絡めてくる。
たちまち総司は躯の芯までとろとろに蕩けてしまい、男の胸もとに縋りついた。
それを土方は優しく抱きすくめてくれた。
「どうしてだと思う……?」
口づけの後、土方は訊ねた。
総司は男の胸もとに顔をうずめたまま、ゆるゆると首をふった。ふわりと柔らかな髪が揺れた。
「わかりません……どうして? 教えて」
「秘密」
くすっと笑い、土方はもう一度だけ総司の額に口づけを落とした。
それから肩を抱くと、ゆっくり歩き出した。路地裏を抜け、表の広い道へ出てゆく。
それでも、彼は総司の肩を抱く手を離そうとしなかった。そればかりか人目を気にして身を捩った総司を、より強く抱き寄せた。
「土方さん……駄目だってば」
「何で」
「人が見てる」
「見させておけばいいさ」
あっさり断言してから、土方は悪戯っぽい瞳で総司を覗き込んだ。
形のよい唇の端がちょっとだけ上がった。
「……可愛いな」
「え?」
「おまえ、耳朶まで桜色になっちまってるぞ。めちゃくちゃ可愛い」
「え……あ」
思わず耳を両手でおさえてしまった総司に、土方は喉を鳴らして笑った。
それから、総司の細い腰をすくうように片腕で抱き寄せると。
その桜色に染まった耳もとに唇を寄せ、囁いたのだった。
「早く帰って……俺を独り占めしてくれよな」
「……」
それに総司は顔をあげ、土方を見上げた。
そして。
花のように微笑むと、こくりと頷いてみせたのだった……。
総司が自分を見ている事にはすぐ気づいた。
今も、扇子を眺めている自分の横顔に、熱い視線を感じた。が、それに気づかぬふりを装い、土方は扇子を選びつづけた。
様々な美しい扇子が並んでいる。
が、どうしてもその中で、総司に似合いそうなものは見つからなかった。
誰よりも綺麗で清らかで可愛らしい総司には、やはり相応しいものを身につけさせるべきだろう。
そう思うからこそ、土方は総司の着物をつくる時も昔から煩かった。意外と無頓着な総司にかわり、あれこれと注文をつけたりするのだ。
今日の扇子選びもそうだった。
どうも気にいるものがない。
土方はため息をつき、総司の方をふり返った。
手招きして呼ぶと、ちょっと嬉しそうな顔をして歩み寄ってきたが、土方の手にふれる店の女に、すぐさま顔を曇らせた。拗ねたらしく唇を僅かに尖らせ、上目遣いで見つめている。
それに、土方は心の中で小さく笑った。
嫉妬して拗ねている総司が、可愛らしい。今すぐでも総司を抱きしめ、その頬に唇に口づけの雨を降らせてやりたいくらいだった。
が、土方は相変わらず素知らぬ顔で、扇子をさし示してみせた。
総司が剣呑な光をうかべた瞳で彼を見上げ、訊ねてくる。
「何ですか」
「いや、何ですかじゃなくて……この中で気にいったのはないか?」
「……ありません」
拗ねきった口調に、思わず大声で笑い出しそうになった。
だが、それを危ういところで抑え、土方はわざと困惑した表情をうかべてみせた。かるく小首をかしげてやると、総司はきゅっと唇を噛んだ。
それを見て思った。
あぁ、またそんなに唇を噛んで。せっかくの桜色で可愛い唇が、切れてちまうだろうが。もったいない。
ところが、総司はくるりと背をむけて歩き出してしまった。
少しからかい過ぎたのだろうか?
土方は素っ気無く店の女の手をもぎ離すと、そのまま背をむけた。総司を追って、路地裏へ入ってゆく。見ると総司が地面に坐りこんでいた。
怪我でもしたのかと、慌てて駆け寄った。
「おい……大丈夫か」
傍らに跪いてみると、傍に下駄が転がっていた。どうも鼻緒が切れたらしい。
「切れちまってるな」
「……私が」
「え?」
「私が我儘だから……罰あたったのかも」
それに思わず目を細めた。
罰があたるとしたら、俺の方だ。
初心なおまえの気持ちをわかっていながら、翻弄し意地悪している悪い男は、この俺なのだから。
だが、土方は揶揄するような口調で云った。
「おまえが我儘なのはいつもの事だろ?」
それに総司がたちまち拗ねた表情になったので、すかさず優しい声で囁いてやった。
「だが、俺はそんなおまえが可愛くて好きだ」
「……土方さん」
「鼻緒、すげかえてやるよ」
手早く懐から手拭を取り出した。歯をたてて切り裂き、それで鼻緒をつくった。
総司の視線を感じた。
ちらりと見やると、頬まで火照らせて彼の方をじっと見つめている。
その熱く潤んだような瞳で、何を感じて思っているかわかってしまい、思わず低く笑った。
鼻緒をすげかえてやると、総司が彼の腕にしがみついてきた。躯を擦りよせられ、甘い花の香りがふわりと漂った。
大きな瞳が男を見つめ、甘い声がひそやかに囁いた。
「早く帰りたいです」
「え?」
「早く帰って、あなたを独り占めしたいの。だって……あなたを見てたら、その気になっちゃったんだもの」
「……」
かるく目を見開いてみせた。が、本当は可愛くて可愛くてたまらない。
心の動きまで読めてしまくらいまだまだ子供で、そのくせ、滴るような甘い蜜で男を艶かしく誘ってみせる。
そんな総司がたまらなく愛しかった。
思わずその気持ちのまま手をのばし、総司の躯を柔らかく抱き寄せた。
「珍しいな、おまえから誘ってくるなんて」
「そう? でも、たまにはいいでしょ」
「あぁ、すげぇ嬉しいよ」
そう答えてから、土方は総司を覗き込んだ。
とっくの昔にわかりきっている事を、意地悪く聞いてやった。
「けどさ、俺の何にその気になっちまったんだ? どんなことで?」
「ん……さっき、手拭を歯で裂いた時」
「へぇ」
おかしくてたまらない。
総司が可愛くて可愛くて、どうにかなってしまいそうだ。いや、もう溺れこみすぎて、どうにかなっちまってるのかもしれねぇが。
手を繋いだまま歩き出した土方に、総司が小首をかしげた。
「変だと思わないの? そんな事でって思ったりしないの?」
「しねぇよ」
「何で?」
そんなこと、わかりきったことなのに。
土方は微笑み、総司を見つめた。
俺はおまえに、こんなにも夢中なのだから。
その気になど、俺はいつだってなっている。
おまえの瞳にも唇にも、指さきにも。
可愛らしく笑ってる時も、甘いもの食って喜んでる時も、泣きそうな顔してる時も。
いつでもどんな時でも、俺はおまえを見るとその気になっちまうんだ。
今だって、早くおまえを連れてかえって独り占めしたいのは、この俺の方なのだぜ?
あぁ……。
だが、今日は特別だ。
おまえが珍しく俺への執着を見せて、独り占めしたいと云ってくれたのだから。
この身も心も何もかも。
総司。
おまえだけのものすればいい。
いっそ、俺のすべてを独り占めしてくれ。
おまえに支配されるのなら、それはこの上ない幸せだろう。
とろりと甘い極上の酒のように酔わされる、至福の瞬間───
「土方さん……」
表通りに出ても肩を抱いている彼に、総司は身を捩った。恥ずかしそうに頬を染め、潤んだ瞳で男を見上げた。それに、たまらない疼きを覚えた。
微かに笑ってみせた。
「何で」
「人が見てる」
「見させておけばいいさ」
そう云ってから見下ろすと、総司は長い睫毛を伏せて恥らっている。そのくせ、男の手をふり払おうとしなかった。そっと抱き寄せてやると、素直に男の胸もとへ凭れかかってくる。
それに思わず微笑んだ。
「……可愛いな」
「え?」
「おまえ、耳朶まで桜色になっちまってるぞ。めちゃくちゃ可愛い」
「え……あ」
とたん、総司は両手で耳をふさいだ。
それがまた可愛らしく、今度こそ土方は声をたてて笑ってしまった。
可愛くて可愛くてたまらない。本当は、今すぐこの場で抱いてしまいたいくらいだった。熱い男の衝動が突き上げる。だが、それを押し殺し、総司の細い腰に腕をまわすと抱き寄せた。
いつもいつも、その瞳で唇で声で、誘っている総司にはわからぬ男の衝動だろうが。
その気にさせてるのは、おまえの方なんだぜ?
この俺をこんなにも溺れさせ、狂わせちまったのも……。
そんな事を思いながら、土方は総司の躯を抱き寄せ、耳もとに唇を寄せた。
そして。
甘い声で囁いたのだった。
「早く帰って……俺を独り占めしてくれよな」
いっそ、甘い甘い鎖で繋がれてしまいたい
おまえのその手に、俺のすべては握られているのだと
初めて逢った瞬間から
今も、そして、これからも
恋に狂った俺は、おまえだけのもの……
>
[あとがき]
短いお話の土方さんは、いつもけっこうへたれてますが、その実、本当はけっこう悪い男です。ずるいし、怖いし、意地悪だし。総司への強い独占欲と狂気じみた執着を隠しつつ、優しく愛してるという設定です。可愛くてたまらないくせに、わざと知らん顔したりする意地悪さ。でも、いい男はちょっと意地悪な方がいいかも♪ なーんて、思っちゃっているのですが。
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