山南さんを斬った時、鮮血が目の前で飛び散った。
真っ赤な鮮血が。
私は、それを見たくなかった。
その鮮血の向こうにある、あの人の冷たい瞳も。
足下に横たわる屍も。
自分の血塗られた手さえも。
何もかも見たくない──と、そう心から望んだ。
そして、次の朝。
私の目は見えなくなっていた……。
見えないと云っても、一時的なものだった。
山南の切腹の後、総司は部屋にこもって泣いた。
大切な友人のために泣いて泣いて、涙をこぼし続けた。
その時、何度も手で目を擦ったのがいけなかったのか。
それとも、心の重荷が症状を後押ししたのか。
翌朝、総司の視界はぼんやりと霞んでしまっていたのだ。
それを知った近藤が慌てて呼んだ医者は、総司の目を診ると、一時的なものだと判断した。しばらく目を休めれば、すぐ治るだろうと。
総司はそれに安堵の息をこぼしたが、すぐさま、この事が土方に知られれば又不快げに眉を顰められると、怯えた。
山南の事で確執が深まっている処に、この騒ぎなのだ。心配するどころか、侮蔑にみちた一瞥をあたえられるのは確実だった。
あの切腹の時の、こちらをまっすぐ見据えていた冷たいまなざしを、総司は今も忘れていない。
否、忘れるどころか、思い出すだけで心の底がしんと冷え切るような気がした。
だが、それは杞憂だった。
近藤が、土方は昨夜出張に発ったと告げたのだ。山南の葬儀にさえ出ない彼に怒ったが、それに肩をすくめただけで出て行ってしまったと。
事実、副長の土方が行かなければならない案件がさし迫っている以上、近藤も強くは云えなかったのだが。
「……」
この屯所に彼がいない、という事実を知ると、総司は安堵の吐息をもらした。だが、一方で、その胸奥が微かに痛む。
それは寂寥というものだったのか、それとも恋しさだったのか。
あんなにも冷たい男。
見向きしてくれるどころか、いつも侮蔑にみちた否定的な言葉さえ吐かず、傷つけるばかりの男など、いっそもう思いきってしまえればいいのに。
なのに──好きだと。
愛してる、と。
何度、抉るような傷をあたえられてもそう想ってしまう自分に、総司は苦笑するしかなかった。
(どうして、こんなに好きなのかな……)
ため息をつきながら、のろのろと立ち上がる。
僅かだが、ぼんやりと視界は開けているのだ。むろん、人も物もぼやけた輪郭しか捉えられなかったが。
数日の事だと聞かされてはいたが、もう三日の時が過ぎていた。状況は全く変わらない。
総司は焦りを覚えながら、部屋を出て廊下を歩いた。
部屋でじっとしているのにも飽きてしまったし、医者の処へ行きたいと思ったのだ。
幸か不幸か、誰にも見とがめられる事はなかった。朝方の屯所は皆忙しく、外へ出ている者も多いので、案外人気が少ないのだ。
「……何とか行けるかな」
総司は呟き、ゆっくりと壁に手を這わせながら歩き出した。
もう歩き馴れた町並みなので、道のりは頭に入っている。
だが、それでも、見えているのと見えないのでは大きな違いがあった。
総司は迷ってしまい、立ち止まった。手探りで場所を探ろうとしたが、何も手がかりになるものがない。
しかも、気のせいなのか水の匂いがした。川のせせらぎも聞こえる。
(まさか……ここは川? え、どうして……っ)
焦って両手をさまよわせた瞬間、足下が何かにとられた。
「あっ!」
大きく躯が傾き、倒れこんだ。いつのまにか岸ぎりぎりに立っていたらしく、浮遊感が襲う。
(川へ落ちる!)
思わず、総司はきつく瞼を閉ざした。
だが、その躯が不意に引き戻された。ぐいっと引き寄せられ、逞しい両腕に抱きすくめられる。
総司は誰かに抱きとめられていた。誰かが助けてくれたのだ。
「……っ」
総司は驚き、顔をあげた。
だが、むろん、そこに誰かがいるのはわかるのだが──男である事もわかるのだが、顔までは見えない。
「あ、ありがとうございます……っ」
慌てて身を起こしながら、云った。
「そのっ、どこのどなたかは知りませんが、助けて下さってありがとうございます」
「……」
「えっと、もう大丈夫ですから……あ、その、ここは何処ですか。場所を教えて下さると有り難いのですが」
そう云ったとたん、ぐいっと肩が掴まれた。
男の凄い力に、思わず躯中がすくみあがってしまう。
「ぇ……な、何……?」
「見えないのか!?」
大声で怒鳴られた瞬間、総司は鋭く息を呑んだ。
さぁっと躯中から血の気がひいてしまう。
(嘘っ、まさか……!)
「おまえ、目が見えないのか!?」
彼の声──だった。
聞き間違うはずのない、土方の声だ。
総司は慌てて逃れようとした。狂ったように身を捩り、もがく。
「は、離して下さい!」
「……」
「離して! あなたには関係ない……っ」
そう叫んだ瞬間、ふっと男の力が緩められた。
肩が離されたかと思うと、代わりなのか、柔らかく手首を掴まれる。
だが、それはとても柔らかで優しくて、ちょっと力をこめればふり払えそうな程だった。そっと指がそえられてるだけ、だ。
その頼りなさにかえってふり払えなくなってしまった総司は、小さく息を呑んだ。思わず見えない瞳で男を見あげる。
すると、低い声が響いた。
「……すまない」
突然の謝意に、総司は「え?」と目を見開いた。
男は、静かにつづけた。
「確かに……そうだな、俺には関係のない事だ」
「……」
「いきなり訊ねられ、驚いただろう。驚かせてすまなかったな」
「……い、いえ」
「どこかへ行く処なのか。よければ、送っていくが」
その物言いに、総司はふと細い眉を顰めた。
声は、確かによく似ている。
だが──どこか口調というか抑揚が違うのだ。
彼の声は張りがあり澄んでいるが、もっと厳しく冷ややかで、まるで刺すような鋭さがあった。
だが、今、目の前で話している男の声は柔らかで、とても穏やかだ。優しげと云ってもいいだろう。
(……もしかして……土方さん、じゃない……?)
総司はこくりと息を呑んだ。
ちょっと躊躇ってから、おずおずと話しかける。
「あの……すみませんでした」
「え?」
「さっき、あなたを知人と間違ってしまったみたいです。申し訳ありません」
ある意味、かまをかけてみたのだ。
だが、それを男は否定しなかった。
「……いや、構わない」
そう軽い調子で答えたのだ。
やはり、この男は土方ではない。
(……よかった……)
思わず安堵の息をもらしてしまった。
土方ではなかったのだ。第一、彼が京に戻っているはずもない。
(……土方さんじゃなくて……本当に良かった)
こんな姿を彼に見せたくなかったのだ。
見られることで、いったい何を云われるのか。
また確執が深まってしまうのではないか。
そんな恐れが、総司の身も心も震わせていた。
一瞬、数日前の、鮮血に染まった視界の中で見た、彼の冷ややかなまなざしが脳裏に蘇る。
思わず小さく身を震わせた総司に、男は心配そうに声をかけてきた。
「体の調子が悪いのか? その目も……体調のためなのか」
「少しだけ。でも、すぐ治るそうですから」
「本当に? 医者には診せたのか」
「今から行く処です」
「なら、送っていこう」
「え、そんな……いいです」
総司は慌てて手をふった。
これ以上、他人をわずらわせる訳にはいかない。
言葉使いから江戸の者であり、また、侍だとわかっていたので、尚の事だった。自分が新撰組の沖田だとは知られてないようだが、もしもこの男が討幕派の浪人なら厄介なことになる。
だが、そんな総司に、男はくすっと笑った。
「遠慮するな。それに……その目では到底行き着けないだろう」
「え、あ……」
「場所は何処だ」
「その、寺田町の……」
「ならば、こっちだな」
突然、すっと総司の手がひんやりした感触に包みこまれた。
男の手だ。大きな手だった。
それがしっかりと総司の手を握りしめる。
「だ、大丈夫です……っ」
慌てて総司はふり払おうとしたが、先程とは違い、ぎゅっと握りしめられた。指さきが絡みあう。
「手を繋いでないと、また転ぶぞ。今度こそ川に落ちてもいいのか」
「そ、そんな……」
からかうような男の口調に、総司は思わず唇を尖らせてしまった。子供のように拗ねた表情になっているのがわかる。
それに、男がくっくっと喉を鳴らして笑った。その声はとてもよく土方と似てはいるが、彼とは対照的に明るく優しい。
第一、こんな楽しげな笑い声など、土方が総司の前でたてた事もなかった。
(でも、まるで……)
手を繋いだまま歩きだしながら、総司は思った。
まるで、こうしていると、土方といるようだ。
土方と手を繋ぎ、優しい声で話しかけれ、笑いあいながら歩く。
現には決してありえない事だけど、それでもせめて夢の中で叶えられたいと何度も望んだ。その願いは叶えられる事はなかったが……。
(でも、今、私はこうして歩いている)
総司は長い睫毛を伏せた。
(この人は土方さんじゃないけど、でも、そうなのだと思ってしまいたいから……その方が幸せな気持ちになれるから……)
診療所への道すがら、男は他愛もない話ばかりをした。
天気や、総司がどんなものが好きかとか。花が好きだと答えれば、どんな花がと聞かれ、菓子が好きだと答えれば、河原町においしい菓子屋があるのだと教えてくれた。
土方とは、絶対にありえない会話。
だが、まるで、愛しい男と一緒に道行きでもしているようで───
(……夢を見てるみたい)
総司は、そんなふわふわした幸せな気持ちのまま、診療所へとたどり着いた。
そこに着いてしまったのが、淋しい程だった。そっと手を離しながら、小さな声で礼を云った。
「あの……ありがとうございました」
「いや」
「助かりました」
ぺこりと頭を下げ、総司は診療所の中へ入ってゆこうとした。とたん、後ろから声をかけられる。
「ここで待っているよ」
「え?」
総司は驚き、ふり返った。むろん、霞んだ視界には映らない。
だが、そこで誰かがこちらを見ているのはわかった。
「帰りも送ってゆく。それでは家まで辿りつけないだろう」
「で、でも……そんなご迷惑は……」
「ついでだ。放って帰ったら、後味が悪い」
そう云うと、男はその場を離れたようだった。近くで時をつぶしてくるつもりなのだろう。
総司はしばらく呆然としていたが、やがて、慌てたような足取りで診療所の中へ入った。もしも本当に待っていてくれるのなら、少しでも早く終わらせようと思ったのだ。
もしかすると、早く出てくれば、今の人が待っていてくれるかもしれない。
(……あと少しだけ、夢を見ていたい)
火照った頬を感じながら、総司はそう心に呟いた。
診察を終えて出ると、もう昼過ぎ近くになっているようだった。
意外にも、かなり時がかかってしまったのだ。
総司は落胆のため息をついた。
(もう……待っていてくれるはず、ないよね)
塀に手をそえると、そろそろと歩き出そうとする。
だが、不意にその肘が柔らかくとられた。いつのまにか男が寄りそい、手を貸してくれていたのだ。
「……あ」
思わず声をあげた総司に、男は笑った。
「随分時がかかったな」
「す、すみません……っ」
「ため息をついていたが、何か悪い事でも云われたのか」
「え、あ……違います」
総司はふるりと首をふった。
「目は順調に回復してると云われました。だから、そうではなくて……」
「そうではなく?」
「時がかかってしまったから、もう……あなたが帰られたと思ったのです。それで……」
さすがに落胆していたとは云えず、口をつぐんでしまった。
だが、俯いた総司の項は羞恥に紅潮している。恥ずかしそうに長い睫毛を伏せた総司に、男はちょっと息を呑んだ。
「……帰ったりしねぇよ」
やがて、どこか掠れた低い声が云った。ぶっきらぼうな調子だ。
それが土方の声に酷似していて、総司はどきりとした。
だが、すぐ、男は優しい調子に戻ると、云った。
「云っただろ? 放って帰ったら後味が悪いって。一度云った事はやり遂げるさ」
「武士に二言はない、ですか?」
「あぁ、そうだ」
男は悪戯っぽい口調で答え、笑った。
帰り道も穏やかなものだった。
行きと同じように男は総司の手を優しく引いてくれ、あれこれと気づかってくれた。
角を曲がる時や坂の前では必ず声をかけ、通りすぎる人々からも総司の肩を抱いたりして守ってくれる。
なんて優しい人なのだろう、と思った。
もしも、これが本当に土方だったなら、どんなに幸せだっただろう……とも。
こんな事を思うのは、この人に失礼だとわかっていながら、総司は思わずにいられなかった。
やがて、壬生の屯所近くまで来ると、総司は男を引き留めた。
「……ここで、いいです」
「家まで送るよ」
「いえ、大丈夫です。もうすぐそこですから」
「そうか」
「本当に、ありがとうございました」
総司は丁寧に頭を下げた。
それから、ちょっと躊躇ってから云う。
「あの……お名を、教えて頂けませんか」
「え?」
「その、目が治ったらお礼がしたいので……」
「それには及ばない」
「でも、私の気が済みません。ちゃんとお家へ伺って、お礼がしたいのです」
「一席でもって奴か? おまえ、あまり酒が飲めないだろう?」
「え、えぇ」
「菓子の方が好きみたいだからな」
くっくっと男は楽しそうに笑った。それから、不意に手をのばすと、くしゃっと総司の髪をかきあげる。
親しげな仕草に、総司の目が瞠られた。
「気にするな。俺が好きでやった事だ、礼だとか考えなくていい」
「でも、それじゃ……」
「なら」
男の指さきが、すいっと総司の髪を梳いた。そのまま、元結いにふれてくる。
「この元結いを俺にくれないか」
「元結いを?」
「とても綺麗な色だ。空の色だな」
「そうですけど……でも、こんな物でいいのですか?」
総司は訊ねながら、両手をあげた。元結いを外すと、さらさらと柔らかな黒髪が肩に流れる。
そっと男にさし出し、その手の中に落とした。
「これでお礼になるのかわからないですけど、でも……あなたが望むのなら」
「あぁ、これでいい」
男は頷くと、その元結いを大事そうに懐へしまってくれた。それを感じながら、総司はもう一度ぺこりと頭を下げた。
「では、ここで。本当にありがとうございました」
「あぁ……気をつけてな」
「はい」
まだ名残惜しかったが、総司は踵を返した。ゆっくりと屯所の方へ歩み出してゆく。
その背を男が見送ってくれているのはわかっていたが、ふり返らなかった。
ふり返っても、その瞳に男の姿を映し出せないのなら、その方がいいと思った。
(……それに、その方が夢見たままでいられる)
屯所に戻れば、すぐさま現に引き戻されるのだと、よくわかっていたが。
それでも。
その瞬間まで夢を見ていたいと、総司は静かに瞼を閉じた……。
その日の夕刻、屯所の玄関口辺りが騒がしくなった。
自室で何とか食事を終えていた総司は、それを訝しく思った。たまたま部屋を訪ねてきてくれていた斉藤に訊ねてみると、返ってきた応えは───
「……え」
総司は思わず息を呑んでしまった。
たった今、土方が帰営したというのだ。
出張先から帰ってきたのだと。
「そんな……」
戸惑い、ぎゅっと両手を握りしめてしまった。
一気に奈落へでも突き落とされた気分だ。
昼間の優しい夢が壊され、冷たく辛い現が身の内に押し寄せてくるのを、ひしひしと感じた。
だが、それでも目を背ける訳にはいかない。
どんなに辛くとも、これが現なのだとわかっているのだから。
「……」
土方が呼んでいるという隊士の言葉に、総司はゆっくりと立ち上がった。壁に手をつきながら、歩いてゆく。
こんな無様な姿を見せれば、土方に嘲笑されるのがわかりきっていたが、今更逃げる事もできなかった。
「──沖田です」
静かに声をかけると、中から「入れ」と応えられた。それに一つため息をつき、すっと障子を開く。
はっきりとは見えなかったが、いつもの文机前に土方が坐っているのがわかった。鋭い視線が向けられたのも感じる。
「……目が見えないそうだな」
何の前置きもなく云われた。
いきなり突き放すような、冷たい声。
総司はきゅっと唇を噛んだ。
(……やっぱり、全然違う……)
昼間聞いたあの優しい声とは、まるで違っていた。
同じような声なのに、その中に含まれる人格や感情が違うだけで、こんなにも違って響くものなのか。
声とは、不思議なものだと思った。
黙り込んでいる総司に、土方はつづけた。
「耳も聞こえねぇのか」
嘲るような口調だった。
それに、総司は顔をあげた。
「……聞こえています。それに……目もすぐ治るそうです」
「具体的には」
「あと二日ほどで。もうだいぶよくなってきてますし」
総司の言葉に、ふっと土方が嘲りの笑みをうかべた気配がした。文机に凭れかかりながら、云い放つ。
「ならば、さっさと治せ。皆の足手まといになる」
「わかっています」
出来るだけ感情をおさえて応えた総司を、土方は冷ややかに見据えた。やがて興味を失ったのか、すっと顔をそむけた。
「用はそれだけだ」
「……」
告げられた退去の言葉に、総司は無言のまま立ち上がった。込みあげるすべての感情を押し殺し、踵を返した。
ゆっくりと部屋を出てゆくが、その背に、彼の視線さえ感じなかった。
昼間のあの男とは違い、目もむけてくれぬのだ。
「……っ」
総司はきつく唇を噛みしめると、足早にその場を立ち去った。角を曲がり、自室へ通じる廊下まで来ると壁に凭れかかった。
人の気配は感じない。
だからなのか、涙がこぼれた。土方の前で押し殺した感情が、あふれた。
優しい言葉をかけてもらえるなど、思っていなかった。
自分たちは、そんな関係ではないのだから。
だが、それでも──わかっていても、突きたてられた棘は鋭くこの胸奥を引き裂いて。
総司の中にある、とても大切な柔らかな部分を傷つけたのだ。
(……夢だったんだ)
固く瞼を閉ざした総司は、己に云い聞かせるように呟いた。
幾度も。
幾度も。
あれは、夢だったのだ。
あの人が、土方さんであるはずがなかったのだから、と。
ほんの一時だけあたえられた、優しい夢。
それは夢であった証に、そっと握りしめる間もなく、指さきから零れ落ちてしまった。
今、自分に与えられぬ光のように。
「……」
総司はふと顔をあげると、ゆるやかに手をのばした。
誰かを。
光を。
求めるように。
それは、まるで
暗闇の中に射しこむ光を求めるがごとく───……
土方は書き物をしていた手を、ふと止めた。
外を見やれば、先程までやんでいた雪がまた降り始めている。
夕闇の中、ちらちらと舞う雪は幻想的でさえあった。
「……」
しばらくの間、それを眺めていた土方は、やがて僅かに嘆息した。
その端正な顔だちに翳りをおちる。
無意識のうちにか、その手が懐へ入れられた。
だが、指さきに何かがふれたとたん、その黒い瞳は柔らかな色をうかべる。
そして。
微かな息をもらすと、瞼を閉ざしたのだった。
今日、ふれた指さきを。
柔らかな声を。
明るい笑顔を。
誰よりも何よりも愛おしい、その存在を。
一時だけ
降り舞う雪が見せてくれた夢を
何よりも、せつなく想いながら……。
[あとがき]
愛しさの裏側で三話めです。もちろん、今更書かなくてもおわかりかと思いますが、総司を送り迎えした男は、土方さんです。総司が望んだとおりだった訳ですが、総司は真実を知りません。どこまでもすれ違いつづける二人のお話、また読みたいな♪と思って下さった方は、ちょこっとメッセージからGoGoしてやって下さいね。
