絡められた指さきに 後刻談









「……土方さん」
 傍らから声をかけられ、ようやく我に返った。
 ふり返ると、斉藤が歩みよってくる処だった。
 土方が当初訪れた時は、総司に対する彼の態度を予測してか心配げな表情だったが、駕籠へ乗せてやるまでの一連を見ていたのだろう。
 その表情は、安堵したように和らいでいた。
「申し訳ありませんでした」
 そう云って頭を下げた斉藤に、土方は静かな声で答えた。
「おまえが謝る事ではないだろう」
 精鋭であるはずの一番隊と総司、斉藤をもってしても、完全に倒せなかったのだ。
 これ以上を望むのは酷だと、土方自身もよくわかっていた。
 ただ、それをわかっていながら、総司に対して刺すような言葉を吐いてしまった愚かな己を、心の奥底で嫌悪する。
 自然と声音が低くなった。
「今更悔いても仕方あるまい。今後、より鍛錬することだ」
「……いえ」
 斉藤は一つ呼吸を置くようにしてから、顔をあげた。
「斬り合いの事ではありません」
「では」
「総司を守ることが出来なかった事を、謝したのです」
「……」
 土方の切れの長い目が一瞬、探るように斉藤へむけられた。
 どんな思惑があって、その言葉を投げつけてきているのか。
 だが、すぐに微かな冷笑をうかべると、切り返した。
「守るなどと……そんなことが必要か」
「……」
「あれは、もう子どもではない」
「それでも……必要だと思っています」
「何故」
「それは、土方さんが一番よく知っているのではありませんか」
 静かな──だが、ある意味を含んだ問いかけに、土方はすっと目を細めた。


 斉藤は、土方と総司の間にある深い溝を知りながら、尚かつ、土方自身が抱く激情に気づいているのだ。
 侮蔑の言葉を投げつけ、冷たく傷つけ、一切手もさしのべず背をむけて。
 そのくせ、この世の誰よりも──それこそ気も狂ってしまいそうなほど、総司だけを愛し求めている彼自身の心を。


 無言のまま見据える土方に、斉藤は僅かに視線をそらした。
 ゆっくりと言葉をつづけた。
「むろん、オレでは到底守りきれません。ですが、せめて、共に戦う時は支え守りたいと願っています」
「……」
「但し、それは総司自身の躯のこと。心までは到底守りきれない」
「当然のことだろう」
 そう答えた土方に、斉藤は一瞬きつい目をむけた。
 しばらく黙ってから、意を決したように言葉を放つ。
「……どんなに」
「……」
「どんなに傷つけても、割れて砕けぬ玉などありえぬのだと……そのこと、土方さんはわかっていますか」


 何を喩えているのか、すぐ理解した。


 このままいけば、総司は壊れてしまう──と云っているのだ。
 土方があまりに傷つけすぎたため、あの玉は砕け散ってしまうだろうと。
 美しくも儚い、あの玉は。


 土方はふと視線を転じた。
 しばらく無言のまま、周囲の光景を眺めやる。
 晴れ渡った青空に、濃い緑と黒々とした家屋が目にも鮮やかだ。その前で動き回っている隊士たちに目をむけたまま、低い声で呟いた。
「……確かに」
 不意に雲が陽を覆い隠し、佇む二人の上にも翳りを落とした。
「このままでは、砕けてしまうだろうな」
「……」
「傷ついた玉は輝きを失う。そして……俺のものにもならないだろう。ならば」
 ゆっくりと、土方は斉藤の方をふり返った。
 一瞬、その黒い瞳が昏い熱を帯びた。
 えもいわれぬ愉悦にみちた、快楽にも似た男の表情。
「……いっそ、壊れてしまえと」
「──」
「この手に掴めぬのなら、砕け壊れてしまえばいいと願うのは……男の性というものか」
 愕然と彼を見つめる斉藤に、土方は唇の端を微かにあげた。
 その端正な顔にうかべられた、恍惚と云ってもよい笑み。
 斉藤が掠れた声で呟いた。
「土方さん、あなたは……」
 皆まで聞かず、土方は背を向けた。
 斉藤をその場に残し、屯所にむけて落ち着いた足取りで歩き出す。
 また陽のふり注ぎ始めた白っぽい道の彼方、総司を乗せた駕籠は既にもう見えなかった。樹木の濃い緑が風にざわめく。
「……」
 己の指さきをそっと握りこんだ。


 絡められた細い指さき。
 愛おしい、と。
 何よりも大切だと、守ってやりたいと。
 そう願う一方で。
 己のものにならぬのなら、いっそ壊れてしまえ──と、そう叫ぶ己がいる。
 身勝手な男がいる。


「……総司」
 愛しいその名を、唇にのぼらせて。
 土方は静かに瞼を閉ざした。
 ゆるやかに手をあげ、口許へはこぶ。
 己の中にある争いも葛藤も、どこへ向うのか何一つわからぬまま。
 残された愛しいぬくもりだけを求め、己の指さきにそっと──口づけたのだった。



       その熱に。
       恋に。
       愛に。


       ……絡められた指さきに。
















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