「来なくて良かったんだぜ」
ドアを閉めて外に出たとたん、土方は云った。
それに、斉藤は肩をすくめる。
「オレだって心配だったんですよ。あ、これは見舞いです」
「……」
土方はそれが総司の好きなケーキであり、つまりはあの嫌な伊庭の店のものだと知って眉を顰めたが、一応は受け取った。つくった人間はいざしらず、ケーキはおいしいのだから仕方がない。
「始末したみたいですね」
手提げ袋を持ち直した土方に、斉藤が云った。
それに、無言のまま目をあげる。
「何の話だ」
「だから、例のストーカー。すぐに手配したみたいで」
「……あぁ」
土方は小さく笑った。
「あれか」
「あれか、じゃないですよ。総司を迎えに行くまでにやっちゃった訳ですか。電光石火の早業ですね」
「時間があったからな。山崎が手のものを走らせて、すぐさま捕まえてくれたぜ」
「山崎……あの男を動かした訳ですか。まぁ、彼は土方さんに心酔して忠誠を誓っていますから、何でもするでしょう」
やれやれと肩をすくめてから、斉藤は訊ねた。
「で、マジで海へ沈めちゃったんですか」
「いや、海は海でも貨物船だ」
「?」
不思議そうな斉藤に、土方は淡々とした口調で云った。
「総司をあれだけ傷つけ、怖がらせたんだ。いっそ殺してやろうかと思ったが、俺もプロだからな。仕事以外で手を汚すのは信条に反する気がして、やめた」
「それは何よりです」
「で、捕まえたあいつを少し痛めつけてから、貨物船に放り込ませたのさ。今頃は貨物船の中で、海外に売り飛ばされるって運命だ。その後は神のみぞ知るってとこだな」
「……成程」
どのみち、生き地獄しか待っていないという事だ。世の中には死んだ方がましという地獄もある。あの男がそれを思い知った時には、既に手遅れだろうが。
もっとも、斉藤は同情する気にもなれなかった。
今日知った事だが、あの男は総司以外にも、幾人かの少年少女に乱暴し、酷い事をしてきたらしい。ある意味、自業自得だった。
「近藤さんも心配していましたよ」
そう云った斉藤に、土方は苦笑した。
「おまえも近藤さんも心配性だな。俺はそこまで無鉄砲じゃないぜ?」
「そうとも思えませんがね。今回だって、海外へ売り飛ばされた男の末路、土方さんがある程度依頼したのでしょう」
「さぁ。そんなもの知らねぇな」
土方は形のよい唇の端をつりあげた。黒い瞳が不敵な笑みをうかべる。
まさに、スナイパーの男の表情だった。
裏も表の世界も知り尽くした、危険な男の瞳だ。
こんな男に愛されるなど、まさに命がけだった。
一度愛された以上、決して手を離す事は許されないのだ。
──永遠に。
「総司も大変だ」
斉藤がそう呟いた時、不意に後ろのドアが開いた。
慌てて見ると、ぴょこんと総司が顔を覗かせている。
「どうして、お外で話しているの?」
「え、あ……総司」
「いつまでたっても入ってこないから、心配しちゃった」
その実、総司が不安だったのだろう。
それを察した土方は優しい笑みをうかべた。そっと細い肩を抱いてやる。
「ごめん。ちょっと話し込んでしまった……斉藤もすぐ帰るみたいだし」
「え、斉藤さん。もう帰るの?」
目を丸くした総司に、斉藤は小さく笑った。ひらりと手をふる。
「ちょっと見舞いに寄っただけだから。オレも、恋人たちの時間を邪魔する気はないよ。ごゆっくり」
悪戯っぽい斉藤の言葉に、総司は、ぱっと頬を赤らめた。恥ずかしそうに俯く。
「そんな、邪魔だなんて……」
(いや、十分、邪魔だと思われているって)
総司の後ろで、さっさと帰れとばかりに独占欲丸出しの男の表情に、斉藤はやれやれと肩をすくめた。
細い肩を抱き寄せている仕草に、これは俺のものだ、誰にもさわらせるものかという主張を強く感じてしまう。
(ストーカーって、実際、総司はこの人にストーカーされているも同然だものなぁ)
斉藤は二人のマンションを出て歩きながら、そう思った。
部屋に盗聴器はつけられているわ、他の男と話すのも邪魔されるわ、少しでもやばい事になったら無人島に連れ去るつもりでいるわ。
別れることなど絶対許されないし、一生、総司は土方のものでありつづけなければならない。別れの「わ」の字でも口にしたら最後、どうなるかわかったものではないのだ。
そんな危険極まりない男の行動は、ストーカーそのものだった。
だが、総司はそれで幸せなのだから、もう仕方がない。
恋人同士であるのなら、危険な愛も幸せにかわってしまうのだろう。
「ま、当人同士が幸せならいいか」
そう呟きつつ、斉藤は青空の下を歩いていった。
一方、部屋の中に戻った土方に、総司はさっそく紙袋に目をとめた。
「あ、ケーキ。伊庭さん処の!」
嬉しそうに笑い、冷蔵庫に入れにゆく。
それを見送り、土方は少し元気になったのかと思った。
だが、さっき、ベルが鳴っただけで身を竦めていたことを思えば、まだまだなのだ。
ゆっくり愛してやればいい。
ゆっくり癒してあげればいい。
「総司」
土方は総司の細い躯を後ろから抱きすくめた。
優しく髪にキスを落しながら、囁きかけてやる。
「好きだ……誰よりも愛しているよ」
「うん、ぼくも……」
総司は耳朶まで桜色に染めて、初々しく答えてくれた。それがたまらなく可愛い。
躰の向きをかえ、そっと唇を重ね合わせると、意外な事に積極的に応じてきた。細い指さきが男のシャツを縋るように掴んでいる。
暴力を受けた後なのだ。
男からの行為は怖いかと思って身をひこうとしたが、総司の方が身をすり寄せてきた。不思議に感じつつ覗き込むと、潤んだ瞳が彼を見上げる。
「……欲しく、ない?」
「え?」
目を瞬いた土方に、総司が小さな声で云った。
「他の人に傷つけられたぼくなんて……欲しくない?」
「まさか」
思わず声音がきつくなった。
「そんな事あるはずないだろう。何があろうが、おまえは俺の可愛い総司だ」
「だったら、抱いて」
珍しく積極的な総司に、土方は驚いた。目を見開いた彼の前で、総司は耳朶まで赤くなりつつ云った。
「本当は……まだ怖いの。一人になるのがいやなの、土方さんにぎゅっと抱きしめてもらいたいの。いっぱい抱いてもらって……全部、怖いこと忘れたいの」
「総司……」
「お願い、土方さ……」
最後まで云わせなかった。
土方はかるく身をかがめると、総司の細い躰を両腕に抱きあげた。静かに寝室へ運んでいくと、ベッドの上に優しく降ろしてやる。
何度もキスをあたえてやりながら、服を脱がせていった。白い華奢な裸身がシーツの上に横たわる。
未成熟な少女のような躰つきに、土方は強い保護欲をかきたてられた。
こんなにも愛しい、こんなにも守ってやりたいと思った存在はない。
総司が幸せそうに笑ってくれるのが、何よりの望みだ。
「……愛している」
甘い睦言を囁きかけ、優しい愛撫をあたえた。
その躰すべてを慈しむような行為に、総司は仔猫のような声をあげて身悶えた。白い両手が男の肩に縋りつく。
下肢に顔をうずめると、総司はいつものように、いやいやと首をふった。恥ずかしくてたまらないのだ。
だが、土方は甘い快楽を引き出すことが、一番だと思った。強烈な快感をあたえてやることで、総司の不安や怖さを少しでも消し去ってやれるなら、その彼方へと連れさってしまいたい。
いつもより執拗にしゃぶり、舐めまわした。一度達した後も、またすぐ唇に含んで舌の愛撫をあたえる。
「っ、ぃやあっ、ぁあ…も、だめぇっ……」
泣きながら総司は両手で土方の頭を押しやろうとした。だが、次第に、その手からも力が抜けてしまい、髪にふれるだけになる。
土方は、達する直前で顔をあげると、下肢の奥に指をすべらせた。ベッドボードから取り出したクリームを、蕾に塗りこめてゆく。
濡らせた指をさし入れると、総司は小さな悲鳴をあげたが、抗わなかった。
「ふ…ぅっ、んっ、ぁ、んっ」
奥のしこりを探りあて、指の腹で押しあげるようにして揉みほぐしていく。
たちまち、総司は啜り泣いた。ゆらゆらと腰を揺らし、男を求める。
「ぁ、ぁ……土方さ…ん……っ」
「可愛いな、総司」
「お願……っ、ぁ、も…我慢できな……っ」
十分ほぐした事を確かめてから、土方は指を抜いた。濡れそぼった蕾に己の猛りをあてがい、一気に貫く。
「ッぁああーッ……!」
悲鳴をあげ、総司がのけ反った。
その細い躰を、土方はきつく抱きすくめた。すぐには動かず、馴染むまで待ってやる。
総司は長い睫毛を瞬かせ、男を見上げた。ベビーピンクの唇が囁く。
「……土方、さん……」
「総司……好きだ、愛しているよ」
そう囁きかけた土方は、ゆっくりと動き始めた。総司の細い両足を抱え上げ、腰を打ちつけてゆく。
次第に激しくなっていく動きに、総司が甘い声をあげた。鋭い苦痛は、快感の中にとけ消える。
男の肩に縋りつき、泣きじゃくった。
「ぁっ、ぁあんっ、んっ……ぁあっ」
「総司……」
「ふ、ぁっ、ぁあっ、やァッ…ぁっ、ぁっ」
熱い強烈な快感が総司をどこまでも浚ってゆく。
男の情欲に巻き込まれるような激しさだったが、今はそれが心地よかった。快感だけに夢中になってしまいたい。
気が付くと、四つ這いにされ、後ろから責めたてられていた。ぱんぱんと腰を打ちつける音が鳴る。
男の太い楔が何度も蕾の奥に打ち込まれ、そのたびに、総司は泣き叫んだ。シーツにしがみつき、涙をこぼしながら快感に溺れる。
「ぁっ、ぁあっ、い…くっ、いっちゃ……っ」
「一緒に……いこう、総司……っ」
「ぅ…んっ、ァアッ! ぁ、ぁああーッ!」
甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司は達していた。それと同時に、男の熱が最奥に叩きつけられる。
強烈な刺激に、総司は腰をくねらせ泣きじゃくった。躰がとけてしまいそうなほど熱く、痺れている。
自分の中が、彼でいっぱいだった。
身も心も彼だけに満たされ、夢みたいだと思う。
「……土方…さん……」
掠れた声で呼んだ総司を、土方が背中から優しく抱きすくめた。
「土方さん」
情事の後、二人してシャワーを浴びてから、ゆったりとした部屋着に着替えた二人はリビングに戻った。
土方が腕に抱いていた総司をそっとソファに抱きおろしてやると、不意に、呼びかけられる。
「何だ」
「あのね……」
総司は少し躊躇っているようだった。だが、促すように見つめると、おずおずと言葉をつづける。
「ぼくを……ずっとずっと好きでいてくれる?」
小さな声で訊ねられ、土方は何を今更と思った。だが、すぐに柔らかな口調で答える。
「もちろん、ずっと好きだよ」
「それは……ぼくが我侭しても? 今回みたいに失敗しても?」
「だから、失敗じゃないだろうが」
土方は苦笑し、総司の髪をかきあげた。ちゅっと音をたてて額にキスを落とす。
「とにかく、俺は何があってもおまえを愛しているよ。おまえがどんな事をしても、俺の気持ちは変わらない」
きっぱりと云いきった土方に、総司は安堵の吐息をもらした。
それから、心底ほっとしたという口調で云った。
「よかった……。ぼく、他の人に何をされるよりも、土方さんに嫌われたりすることが一番怖いから」
「俺がおまえを嫌う?」
土方は目を見開いた。思わず喉奥で笑ってしまう。
向きをかえさせると、その顔を覗き込んだ。瞳をあわせ、囁きかける。
「こんなにも愛しているんだよ。俺の全部と引き替えにしても足らないぐらい大切だし、おまえだけを愛している」
「土方さん……」
「逆に、俺は、おまえに嫌われるのが一番怖いね」
「怖いの?」
総司は無邪気に小首をかしげた。そうして、この男の怖さを知らないからこその発言をする。
「じゃあね」
「うん?」
「ぼくが土方さんを嫌ったら……どうするの?」
一瞬、男の目に危うい光が湛えられた。だが、すぐさまそれを隠すように白い首筋に、そっと顔をうずめる。
「さぁ、どうしようかな」
くすっと笑った。
ストーカーというが、実際、彼がその男の立場にならなかったとは云いきれないのだ。
こんなにも愛している総司にもしも嫌われたら、拒絶されたら、無理やり連れ去ってしまった事だろう。
どこか遠くの無人島にでも連れ去って、自分だけのものにして、自分の愛と情欲だけを狂ったように与えつづける。
その危険な愛のどこが、あの男と異なるというのか。
だが、だからといって、許せるというものではなかった。
総司は、今や、土方のものなのだ。彼だけがこの可愛い歌姫を愛することを許されているのだ。
そうである以上、他の男が手をふれるなど、ましてや傷つけるなど、言語道断だった。
地獄へ突き落としてやっても、まだ飽き足らない。
いったい、どうしてやろうか……。
土方は舌なめずりするように、策を練り出した。
だが、そのとたん、総司がバンバンと背を叩いた。はっと我に返る。
「何?」
不思議そうに覗き込むと、総司が桜色の唇を尖らせている。
「ぼく、お腹すいているのです」
「え」
「もう夜でしょ? ハーブティーじゃ、お腹いっぱいにならないもん」
総司も元気を取り戻してきたらしい。食欲が出てきたのがいい証拠だ。
こうして守っていこう。
愛していこう。
そうすれば、ずっとずっといつまでも。
幸せでいられるはずだから。
「わかった」
微笑み、頬にキスした。
「腕によりをかけて、とびきりおいしいご飯を用意してあげるよ」
「うん」
嬉しそうに幸せそうに笑う総司を、土方はもう一度だけ抱きしめた。
そして、人を地獄へ突き落とす策士でも凄腕のスナイパーでもなく、可愛い恋人のご要望に応える一人の男として、軽い足取りでキッチンへと向ったのだった。
ラストまでお読み下さり、ありがとうございました♪