「メロンパンのお約束 後日談」
 いちごミルクシリーズ








 ……ジレンマだった。
 本当の事を云っちゃいたいけれど、云っちゃうとゲームオーバー。
 後に待ってるのは、「いただきまーす」とナフキンつけた狼さん。
 憐れうさぎちゃんは食べられるのを、待つばかりなのだ。
 だからこそ。
 絶対絶対、本当の事を云ったらだめ。
 だめったら、だめ。
 ──なんだ…けれど……





「おいしい?」
 土方はにっこり微笑みながら、そう問いかけた。
 磨かれた窓ガラスから(もちろん、彼氏が磨き上げた)射し込む光も眩しい、清々しくも爽やかな朝である。
 そんな朝のキッチンダイニングで。
 テーブルに肘をついて、柔らかな笑顔でこちらを見ている彼は、もううっとりしちゃうぐらい格好よくてきれいで。
 すっきり整えられた艶やかな黒髪も。
 じっとこちらを見つめる、濡れたような黒い瞳も。
 柔らかな笑みをうかべた形のよい唇も。
 朝の光の中で、白いシャツにブラックジーンズがモデルばりに似合ったとびきりのいい男は、ずばり、総司の愛する彼氏である。
 家事万端は云うに及ばず、一流シェフなみの料理の腕までもっちゃって。
 こうして、朝の忙しい時間に、ちゃっちゃっと前日から仕込んでおいたパンを焼いて、朝食にさし出してくれる、めちゃくちゃ良くできた最高の彼氏。
 そんな土方が愛をこめて焼いたというメロンパンを、そっと割ってみれば、ふんわりたちのぼる湯気と甘い匂い。
 上にまぶしたグラニュー糖がきらきらして、中はふわふわで。
 一口食べてみれば、もうこれぞ最高!完璧! あなた、パン職人になった方がいいんじゃないの!?と聞きたくなるほどの、おいしさで。
 思わず。


(おいしいー!!)


 と叫んじゃいそうになっても、仕方のない事だろう。
 だが、しかし。
「…………」
 総司はごっくんと、その言葉もろともパンを呑み込み、俯いた。
 彼の質問には答えぬままに。
 ぱくぱくメロンパンを食べながら、視線はひたすら落としている。
 それを土方はしばらくの間、じーっと見つめていてから、両腕を組んだ。
「今回も不合格です、か」
「……」
「今度こそいけるって思ったんだけどなぁ」
 ぶつぶつ呟きながら、土方は残りのメロンパンがのった皿を取り上げた。それに総司は驚いて顔をあげる。
「あ、え、それ!」
「これ?」
 土方はわざとらしく小首をかしげてみせた。
 それに、総司はこくこく頷く。
「そのメロンパン、ど、どうするのっ?」
「もちろん、処分しますよ。俺の愛をたっぷりこめたメロンパンだけど、何しろ、総司のお気に召さなかったんだ。このまま無理して食べて頂く必要もありませんからない」
 嫌味たっぷりに答えてから、土方はキッチンの片隅からタッパーを取り出した。そこへ、メロンパンをせっせと詰め始める。
「え、そんな無理してなんか」
「いや、無理して食ってもらう必要ないから。職場でちゃんと皆に配って食べるから大丈夫だ」
「大丈夫って、ぼく……っ」
 慌てて総司は椅子を蹴倒し、立ち上がった。
 思わず手をのばすが、ひょいっと避けられてしまう。
 見上げれば、土方はとっても意地悪な目で、こちらを見下ろしていた。
「……っ」
 とたん、じんわりと涙が目にうかんだ。


 本当はとってもとってもおいしいのだ。
 一度食べたら、もう忘れられないぐらい、病みつきになっちゃうぐらいのおいしさだったのだ。
 だけど、でも。
 ここでおいしいって云ったら、OKしちゃう事になるから。
 まだ心の準備ができてない自分には、とても難しい事だから。
 だから、おいしいって云えないのに……なのに……。


「……まったく」
 しばらくの間、総司を見つめていた土方はやがて、はぁっと大きくため息をついた。
 ぽんぽんっと総司の頭をかるく掌でたたいてから、小さく笑う。
「仕方ないなぁ。ほんと素直じゃない恋人だ」
「……っ、だって……」
「まだOK出せないってわかってるよ。でも、メロンパン、おいしいんだよな? もっと食べたいんだよな?」
「……」
 声に出さぬままこくこく頷いた総司に、土方は苦笑した。
 メロンパンがいっぱい入ったタッパーを綺麗な布で包み込むと、「はい」とさし出してくれる。
「……も、貰っていいの?」
 思わずそう訊ねた総司に、土方はくすっと笑った。
 身をかがめ、ちゅっと音をたてて頬にキスしてくれる。
 そして、耳もとに唇を寄せると、こう囁いたのだった。


「かわいい歌姫にそんな顔でねだられたんじゃ、たちまち降参しちまうに決まってるだろ?」




    ……さて。
    この勝負、勝ったのはどっち?











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