さて、ロケの間のお昼休憩。
 総司はるんるん気分で、お弁当箱を取り出していた。
 見るからに手作りです!という感じの、可愛らしいナフキンにきゅっと包まれているお弁当箱。
 それを見た磯子が、にんまり笑った。
「手作り?」
「うん」
 こっくり頷いた総司に、磯子は悪戯っぽく目をきらめかせた。
「もちろん、総ちゃんの手作りじゃないわよね」
「……だって、ぼく忙しいし」
「じゃあ、土方さんの手作りってこと。相変わらず愛されてるわね〜♪」
 磯子の言葉に、総司はなめらかな頬をぽっと染めた。
 長い睫毛を瞬かせながら「そ、そうかな」なんて呟きつつ、お弁当箱を愛しそうに見つめている。
 それを眺め、磯子はちょっとため息をつきたくなった。


(まったく、あの彼氏もツボを心得てるんだから)
(うまいこと手懐けちゃってるわよね。っていうか、これはもう餌付け?)


 そんな事を考えている磯子の前で、総司はお弁当箱の包みを開いた。
 中から出てくるのは、兎模様のこれまた可愛いお弁当箱。淡いピンク色に丸みをおびた形が可愛らしい。
 いかにも総司好みで、磯子は思わず感心してしまった。
 そして。
 総司はお弁当箱の蓋を、うきうきらんらん♪気分で、ぱかっと開いた。
 とたん。


「!?」


 中身を一目見たとたん、電光石火の早業で閉じてしまったのだ。
 それには、磯子も驚いた。
「……どうしたの」
 思わずお茶を飲む手をとめ、訊ねる。
 それに、総司は慌ててぶんぶんと首をふった。
「べ、別に」
「別にって、何? どうして開けないの?」
「え、その……こ、これは」
「彼氏の手作り弁当じゃない。愛がこもってるんでしょ」
「あ、愛……うーん、うーん」
 唸り始めてしまった総司に、磯子は小首をかしげた。
 ちょっと考えてから、このままでは埒があかないとばかりに手をのばし、ひょいっとお弁当箱を取り上げてしまう。
「あっ、磯子ちゃんっ!」
 非難の声をあげる総司を他に、磯子は、ぱかっと蓋を開けた。


 とたん、視界に広がるのはピンク!
 二段になったお弁当箱なのだが、一段目の白いご飯の上に、ピンク色に染めた白身魚でハートがどーんと描かれ、周りをこれまたハート型に型抜きされた人参が囲んでいる。
 その下にあるのが黄色い卵だけに、尚更ピンクハートが目にも色鮮やかだった。
 しかも、ご丁寧な事に、二段目のお弁当箱には、鶏そぼろの上に人参で器用に「I LOVE SOUZI」と入れられてあるのだ。


「……あ、愛ね」
 長い長い沈黙の後、磯子は呟いた。
 それに、総司は涙目状態でお弁当箱をそそくさと取り返した。
 いっそしまっちゃおうかとも思うが、どんな恥ずかしい絵柄つきにしろ、彼のつくったお弁当だ。おいしいのには間違いないし、何よりもロケでお腹もぺこぺこだ。
 いわゆる、背に腹はかえられぬという奴か。
 総司は蓋をあけると、箸で一生懸命にハートを切り崩し始めた。そのまま、ものすごい勢いでかき込み始める。
 その姿を眺め、磯子は深くため息をついたのだった。









「もうもう……信じらんないーっ!!」
 総司の叫びが部屋に響き渡った。
 ロケが終わった後、速攻で部屋へ帰ってきたのだ。どうせここにいるだろうと思った彼氏は、やっぱりそこにいた。
 勝手知ったる恋人んちのリビング、それもソファの上にくつろぎまくって寝ころっがり、雑誌を悠然とめくっている。
「何が」
 視線もむけぬまま答えた土方に、総司はお弁当箱をぐいっと突きだした。
「これです! これ!」
「……」
「どうして、こんな事するの!? すっごく恥ずかしかったんだから」
「何で恥ずかしいのさ」
 土方は身を起すと、かるく肩をすくめた。
「俺の愛をたっぷりこめたお弁当じゃないか。恥ずかしがる必要ないだろ」
「だって、あ、あのハート飛びまくりですよ! 恥ずかしくなるのが普通でしょ!? 土方さんも、あんなお弁当つくって恥ずかしくなかったの!?」
「全然」
 あっさり答えた土方に、一瞬、総司は(この人、絶対に羞恥心ってものがないんだ)と絶句しかけたが、すぐさま我に返り、きゃんきゃん反論した。
「土方さんがそうでも、ぼくは恥ずかしいの! ぼくは常識人なのっ」
「ふうん」
「今後、絶対にお弁当受け取りませんからね! あんな恥ずかしい思いするぐらいなら……」
「あ、駄目だよ。それ」
「へ?」
 訝しげに見た総司に、土方はにっこり微笑んでみせた。
「明日からずーっと半永久的に、お昼ご飯、おまえは俺お手製のお弁当しか食べちゃ駄目って事になってるから」
「は?」
「磯子ちゃんも了承済。おまえの健康管理のためだって云ったら、あっさりOKしてくれたぜ?」
「なっ、な……」
「ほーら、嬉しいだろ。明日から毎日毎日、昼食は俺の愛がたっぷりこもったお弁当だよ」
「そ、そこまでするーっ!?」
 総司はたまらず叫んだ。
 手にしたお弁当箱をブンブンふり回す。
「どうして、そんな事勝手にしちゃう訳!? 何でっ!?」
「そりゃ、決まってるだろ?」
 土方は形のよい唇の端をつりあげ、にやりと笑ってみせた。
 とんでもなく人の悪い笑みだ。
「いやがらせさ」
「へ?」
「だから、いやがらせ。俺の願いを無視した挙げ句、メロンパン以下の扱いをしたおまえに対するい・や・が・ら・せ」
「……」
「俺の気がすむまで、ずーっとこのお弁当つづけるつもりだからな」
 そう云って、つーんとそっぽを向いてしまった土方に、総司はあんぐり口を開けた。


 これが、これが!
 二十歳を超えた大人の男のする事だろうか!?
 この人って、こういうキャラだったのっ?


 しばらくの間、絶句していたが、このままでは埒があかないのだ。
 あんな恥ずかしい思いは二度と御免なのだから。
 総司はむぅ〜っと考え込んでから、ある事に気づいた。顔をあげると、恋人に呼びかけた。
「……あのぅ、土方さん」
「何」
「一つだけ云っていい?」
「どうぞ」
 そっけない口調だが促してくれた土方に、ちょっとほっとしつつ言葉をつづけた。
「メロンパン以下の扱いって……比べる対象が違ってるような気がするんだけど」
「……」
「違う?」
 僅かに小首をかしげ、総司は無言のままの土方をじっと見つめた。
 それに、土方はそっぽを向いたまま、答えた。
「じゃあ、昨日は? メロンパンの方が大事だって云ったじゃないか」
「そ、そんな事云ったっけ……」
「云いました、聞きました。すげぇショックだったんだからな」
「う。それは謝ります。ごめんなさい……でも、でも、やっぱり比べる対象が違うって気がするの。だって」
 総司は大きな瞳で彼を見つめ、ちょっと小首をかしげた。
「だって、あなたはぼくの恋人でしょう?」
「……」
「メロンパンなんかと比べものになるはずないじゃない」
「……ふうん」
 土方は総司の方へ視線を戻した。
 何を思いついたのか黒い瞳がきらめき、形のよい唇がどこか意地悪な笑みをうかべている。
「だったらさ」
「な、何?」
「メロンパンより、俺を優先してくれても当然だと思うけど?」
「え……優先って……?」
 きょとんと小首をかしげた総司に、土方は「おいでおいで」と手をひらひらさせた。
 さっきまでの意地悪な笑みは嘘のような、やわらかで優しい笑顔だ。
 濡れたような黒い瞳が総司を見つめ、甘い声で総司の名を呼びながら、そっと手をさしのべてくる。
 それに、この男にべた惚れの総司がぐらっとこないはずがない。
 総司は思わずうっとり見惚れてしまい、つい、ふらふらと歩み寄った。だが、それがとんでもない大間違いで。
 すぐ近くまで来たとたん、ぐいっと手首を掴まれ、乱暴に引き寄せられてしまった。
「あ!」
 びっくりして声をあげた総司に、土方はくすっと笑った。華奢な体を膝上にひょいっと抱きあげながら、悪戯っぽい瞳で覗き込む。
「つまりは、こういう事」
「え」
「昨日の夜のつづきしようぜ。メロンパンのせいで中断されちまっただろ?」
「え、えぇっ!?、や、やだ!」
 男の言葉にはっと我に返った総司は、慌ててじたばた暴れた。だが、どこをどう押さえているのか、今度はどうしても逃れられない。
 総司はベビーピンクの唇を尖らせ、きっと彼を睨みつけた。
「騙した! 騙したんですねっ」
「また人聞きの悪い事を。恋人同士なら当然のことだろう?」
「だって」
「じゃあ、やっぱり、このお姫様は愛する王子よりもメロンパンを選ぶって訳ですか?」
「そ、それとこれは違うもん!」
「いーや、違わない」
 そう云ってから、土方は総司の可愛い顔を見つめた。額と額をふれあわせてから、怖がらせないようにそっと瞼に唇を押しあてる。
「な? そろそろ俺も限界ってこと……理解してくれよ」
「……土方さん……」
 総司の目が見開かれた。それに、静かな口調で土方は言葉をつづけた。
「そりゃ、わかってる。受け身のおまえが怖いって思うのも当然だ。けど……俺だっておまえが欲しい、欲しくてたまらない。そこのあたり、少しでいいから理解して欲しいんだ」
「わかってはいるんだけど……」
 優しい声で話しかけてくる土方に、総司は俯いてしまった。柔らかく何度も髪を指さきで梳かれ、撫でられる。
「ごめんなさい、わかってるけど、でも……」
「……」
「どうしても、怖くて……」
「……仕方ないなぁ」
 華奢な躯を抱きしめ、土方はその肩口ではぁっとため息をついた。
 それから、不意にぱっと躯をおこした。
 何を思いついたのか、悪戯っぽい笑顔で覗き込んでくる。
「じゃあさ、こうしようか」
「え」
「俺が最高においしいメロンパンを焼くことが出来たら、そのご褒美にってことでどうだ?」
「は?」
「つまりさ、おいしいメロンパンのご褒美に、総司が俺の気持ちを受け入れてくれるってこと」
「……」
 びっくりして目を丸くした総司に、土方はくすくすと笑った。
 すべすべした頬や首筋に、ちゅっと音をたててキスを落としてくれる。
 まだ驚いたままの恋人の可愛い顔を覗き込み、言葉をつづけた。
「おまえが最高においしい!って思うメロンパンを焼けたら、OKって事にしようぜ」
「え……」
「な? それならいいだろう?」
「で、でも、それじゃ……」
 総司は瞳を揺らしてしまった。


 それでは、あまりにも彼が不利ではないだろうか。
 どんなに彼がおいしいメロンパンを焼いてくれても、総司はそれにNOと云いつづければいいって事になってしまうのだ。
 こんな約束をしたら、彼はいつまでたっても……


 そこまで考えてから、総司は気が付いた。


 ……そうなのだ。
 優しい彼はこうして、自分に逃げ道と猶予をくれているのだ。
 そして、YESと云う時も、わざわざ気恥ずかしくそれを言葉に出さなくても、おいしいですって云うだけですむように、気づかってくれているのだ。
 いつだって、自分の事だけを愛して甘やかしてくれる、優しい恋人。


「土方さん、だい好き……!」
 思わず両手をのばして抱きついた総司に、土方は微かに苦笑した。ぽんぽんと背を手のひらでたたいてくる。
「何だ、もうその気になってくれたのか?」
「そうじゃないけど、でも……ありがとう。土方さん」
「まだメロンパン焼いてないよ。けど、見てろよ、おまえがびっくりするぐらいの……一口食べたら思わず『おいしい!』って云っちまうぐらいの、最高においしいメロンパン焼いてやるからな」
「はい、期待してますね」
 嬉しそうに幸せそうに云った総司に、土方は優しく微笑んだ。
 そして。
 わがままで甘えたな可愛い恋人を抱きしめると、それはそれは優しいキスをしたのだった。





      ……ほらね

      愛情たっぷり
      最高に最高においしい
      彼氏お手製のメロンパン


      さぁ……遠慮なく
      召し上がれ?















[あとがき]
 召し上がったら最後、狼さんに食べられてしまうかもしれない総ちゃん(笑)。結局、またまた土方さん、お預け状態です。次回ぐらいには何とか成就させてあげたいなぁと思っているのですが。