肉食獣の雰囲気を漂わせた男は、にやりと笑いかけた。
 それに、どきどきしながらも、慌てて首をふった。
「違います。そんな事、全然なくて……」
「ふうん?」
 総司の答えに、土方は肩をすくめた。くすっと笑う。
「けど、今夜は逃がさないよ。というか、永久に逃がさないけど」
「な、何、それっ」
 呆気にとられる総司に、土方は鋭い視線をなげた。それは、総司がどきりとするぐらい、真剣なものだった。 
「俺から逃げようとしただろ?」
「……え」
「ずっと逃げていた。今日も、この一ヶ月も」
「それは……」
 総司はきゅっと唇を噛んだ。


 違うのだ。
 逃げるつもりなんて、なかったのだ。
 ただ、甘えたらいけないと思っていた。
 仕事で忙しい彼の邪魔をしたくなかったから。
 だから、メールもやめたし、電話もしなかった。
 逢えば、電話をすれば、どうしても我侭を云ってしまう。
 甘えてしまう。
 また、あの時のように、行かないでと泣いて、彼を困らせてしまう。
 だって、彼が好きだから。
 好きで好きでだい好きで、ずっと傍にいたくてたまらないから。


「逃げたんじゃなくて……甘えたらいけないと思ったの」
 そう云った総司に、土方は小首をかしげた。
「甘えたら、いけない?」
「うん」
 こくりと頷いた。大きな瞳で、じっと彼を見上げる。
「ぼくはいつもいつも、土方さんに甘えてばかりだから……我侭云ってばかりだから。この間だって、お仕事なのに引き留めて駄々こねて、土方さんを困らせて……」
「困ってなんかいないよ?」
 土方はかるく肩をすくめた。優しく笑いかける。
「あの時も云っただろ? 拗ねてるおまえも可愛いよって」
「だって、それじゃ……土方さんに呆れられちゃうもの。ぼくなんか我侭で甘えただし、全然しっかりしてないし。一人じゃ何も出来ないし、こんなんじゃ……いつか、土方さんに嫌われても、仕方ないもの……っ」
 そう云ってきゅっと唇を噛んでしまった総司を、土方は呆れたように眺めた。


(このお姫さまは、何を云っているんだか)


 可愛くて清楚な感じのする容姿に、素直で気取らない性格。
 どんなに売れても驕らず、ファンを大事にする事はもちろん、ロケ先で会った子どもたちにも優しい少年。
 その容姿も性質も歌声も才能も、人々の心を掴んで離さず、何万人という熱狂的ファンをもつ歌姫なのだ。
 総司が出たCMの商品は売れまくり、この不況下に、出す曲出す曲全部ヒットしているドル箱少年。
 なのに、その人気絶頂歌姫が、「ぼくなんか……」と泣いている姿など、いったい誰が信じるだろう。
 総司は、自分がどれだけ魅力的なのか、全然わかっていないのだ。


(まぁ、そのあたりも、天然で可愛い処だよな)


「……嫌う訳ないだろ?」
 土方は総司の傍らに腰をおろし、そっと肩を抱き寄せてやった。子どもをあやすように、背中をぽんぽんと叩いてやる。
「こんな可愛くて優しくて素直な歌姫の傍にいさせて貰えるだけで、俺は幸せなんだよ? これ以上望んだら贅沢だとわかっているのに、どんどん欲しがってしまう俺の方がずっと我侭だ」
「土方さんが……我侭?」
 びっくりしたように目を見開く総司に、こつんと額をあわせ、土方は笑った。
「そ。俺も我侭。だから、お互いさまって事でいいんじゃないの? おまえも俺を甘やかせてくれているんだから」
「ぼくが……」
「だから、な? 一ヶ月も知らんぷりするのはやめてくれ。その方が俺はずっと傷ついたんだよ。仕事、手につかなくなるぐらいだった」
「あ……」
 総司は息を呑み、それから、慌ててぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「音信不通にされるぐらいなら、我侭で困らせてくれる方がずっといいね。可愛い総司の声を一ヶ月も聞けないと、さすがに切れそうだったし」
「き、きれるって」
「ロケ先へ踏み込んでやろうかと思った」
「それはっ」
「実際、今日の北海道出張だって、おまえがCMロケで行ってるの知ってたから、別の奴と替わってもらったんだ。すげぇもめたけど」
「えぇっ」
「だから、音信不通はナシにすること。俺の我侭増長させないためにもね」
 悪戯っぽく笑ってみせる男に、総司はこくこくと何度も頷いた。
 我侭で迷惑かけるどころか、音信不通にしたせいで、逆に彼の仕事に支障が出ていたなんて。
 思ってもみなかった展開に、総司は焦ってしまう。
 そんな総司の頬に、土方はちゅっと音をたててキスをした。
「だからさ、今夜は俺をうんと甘やかせてくれるだろ?」
「は?」
「我侭お互いさまって事で、一ヶ月知らんぷりされた仕返しに、俺も思いっきり我侭に振る舞ってみようかなぁと」
「え、えーと、それはまさか……」
 総司は思わずベッドの上をずりずりと後ずさった。だが、のびてきた男の手に素早く抱きかかえられ、ベッドへそっと横たえられる。
 というか、気がついたら、天井を見上げていたのだが……
「ちょっ、ちょっと待っ」
「待たない。っていう我侭を云ってみました。許してくれる?」
「許すとかそうじゃなくて、何なのこの状況!」
「恋人同士の愛の確かめあいじゃない?」
「確かめあわなくても、わかってます。土方さんの愛はわかってるから」
「いいや、わかってないね」
 土方は総司の顔を覗きこむと、にっこり笑ってみせた。
「俺の気持ちを疑った挙げ句、一ヶ月も知らん顔するんだから、絶対わかってない。だから、今夜はたっぷり教えてあげるよ。どんなに俺が総司を愛しているか、嫌いになりっこないってこと、懇切丁寧にじっくり教えてあげるから」
「いい! いいです、お断りします!」
「まぁまぁ遠慮せずに。……じゃあ、いただきます」
 優しい笑顔でそう云った土方は、往生際悪くバタバタ暴れる総司の首筋に、かぷりと噛みついたのだった。












「ぁ、ぁあ…んっ」
 甘い声をあげ、総司は仰け反った。
 そのなめらかな頬は上気し、ベビーピンクの唇は艶めかしく濡れている。
 それを見下ろしながら、土方は目を細めた。
 可愛くて可愛くて、たまらなかった。いつもは清楚で愛らしい総司なのに、ベッドの中では驚くほど艶めかしく色っぽくなる。最近、彼に磨かれたせいで、その色香がますます甘く匂いたつようだった。
 永遠に離したくなくなる。ずっと抱きしめ、躯を繋げていたくなる。
 どんなに愛しているか教えてあげると云ったが、その実、どれほど溺れているか愛しているか、自分自身が教えられたようなものだ。


(俺もとことん溺れこんでいるよな)


 甘い疼きにも似た自嘲を覚えながら、土方は総司の細い躯をかき抱いた。そのことで、角度がついたらしく、腕の中で少年が小さな悲鳴をあげる。
「っ、ぁあっ…や、あッ」
「可愛いね」
 くすっと笑い、総司の腰奥に緩やかに突き入れてゆく。奥まで入れると、総司の蕾がきゅうっと締まり、男のものを柔らかく受け入れた。
 思わず吐息がもれる。
「あぁ……気持ちいいよ」
 清らかで愛らしい総司の中に、こんな最高級の娼婦以上の快楽があるなどと、誰が思うだろう。否、誰も知らなくていい。
 永遠に、この歌姫は俺だけのものなのだから。
「ほら、キスをさせて?」
 顔を覗き込み囁きかけると、総司は涙で潤んだ瞳で彼を見上げた。小さく開いた蕾のような唇をぺろりと舐めてから、甘い甘いキスをあたえてゆく。
 まるで初恋のようなキスをあたえながら、土方は総司の細い肩を掴んで押え込み、激しい律動を始めた。
「んんぅ──ッ…!」
 いきなり始まった激しい責めに、総司がくぐもった悲鳴をあげた。だが、構わない。
 土方は迸るような欲望のまま、激しく腰を打ちつけた。柔らかな蕾に男の猛りを突きいれ、引き抜き、また奥深くを力強く穿つ。
 総司が泣きながら首をふり、キスから逃れようとしていたが、より深く唇を重ねつづけた。甘い小さな舌が震えているのを感じると、男の欲望が刺激される。
「ぅッ、んんぅッ…く、っ……」
「……っ…、はぁっ」
「ッ、く…ぅっ、ぃッ、ひ…イッ、ひいッ」
 土方は総司の細い両膝を掴んで押し広げ、柔らかな蕾に思うさま己の猛りを打ち込んだ。味あうように奥で捏ねまわし、また荒く息を吐きながら揺さぶってやる。
 初な少年の躯はもう逞しい男の責めに蹂躙されるままだ。凄まじい快感美に無理やり押しあげられ、もみくちゃにされる。
 総司はぽろぽろ大粒の涙をこぼしながら、首をふった。桜色の唇がわななく。
「ぁああッ…ゆる、してっ…ひ、ぃああッ」
「だめ…だよ、まだ満足してない」
「も、おかしくなっちゃ…や、やぁあ、んッ」
 不意に土方は総司の躯を抱きおこすと、四つ這いにさせた。何をされるか知った総司が必死に逃れようとするのを捕まえ、腰を掴みあげる。
 丸くてなめらかな肌を手のひらで味わいつつ、その奥にある蕾へ男の猛りをねじ込んだ。
「ぁああ──ッ」
 甲高い悲鳴をあげ、総司が仰け反る。がくっと肘から力が抜け、ベッドに突っ伏してしまったが、男にすればその方が都合が良い。
 土方は獣のような笑い声を喉奥でたてると、白い背にキスを落とし、激しく揺さぶり始めた。快楽だけを求め、総司を追いつめ、追いあげてゆく。
「ぁあッ、あっ…ぁあッ、あッ」
 ベッドに顔を押しつけ、総司は激しく泣きじゃくった。がくがくと揺さぶられ、もう何が何だかわからない。
 シーツに擦れる総司のものも勃ちあがり、ふるふると震えていた。自分でも切羽つまってくるのがわかり、無意識のうちに腰をくねらせる。それが男を喜ばせる仕草だと気づかぬままに。
 土方は満足げに喉を鳴らし、より激しく腰を打ちつけた。感じる部分だけを擦りあげられ、そのたびに泣きじゃくる。
 両手で必死にシーツを引寄せ、握りしめた。 
「ぁっ、ぃ…くッ、いっちゃ…ッ」
「一緒にいこう、総司……っ」
「ぁ、ぁあッ、いくっ、ぃ……ぁあああッ!」
 一際甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司は達していた。シーツに白い蜜が飛び散ってゆく。
 絶頂の快感に恍惚としたとたん、腰の奥に男の熱が叩きつけられるのを感じて、総司は「ひいっ」と悲鳴をあげた。二重の快感美が背筋を突き抜け、目の前がまっ白にスパークする。
「ひっ、いっ…ぃ、っ……」
 腰をびくびく震わせ、総司は泣きじゃくった。それに、土方が逞しい両腕で背中から抱きしめ、低く笑った。
「中出しされて、いっちゃった?」
「……ぁ、ぁ……っ」
「もっと欲しい? 俺のこと……もっと教えてあげるよ」
 男の声が魔法のように甘く響いた。それを総司は心地よく感じた。
 そっと抱きおこされ、とろけるようなキスをあたえられる。


 甘くて心地よくて、幸せで。
 本当に、あなたの腕の中、とろけてしまいそう……。


 やがて、甘く艶めかしい恋人の時間が、再び舞い降りてきた───。













 さて、翌日。
 新千歳空港から、満足げな土方にしっかり寄りそわれ、疲れきった様子でよろよろと飛行機に乗りこむ総司の姿があった。それもこれも、この傍にいる男に、夜通し鳴かされてしまったせいなのだ。
 デートにしろ飛行機にしろ、キャンセルだけはつくづく御免だと思う。
「……土方さんと逢ったの運のツキだったって事?」
 シートにぐったり坐り込みながら、そう呟いた総司に、土方は小首をかしげた。
「運のツキ?」
「そうです」
「あぁ、なるほど、幸せな運って事」
「違いますっ、絶対、逆だもん」
「逆、ねぇ」
 土方はくすくす笑った。総司の耳もとに唇を寄せ、他には聞こえないよう囁きかける。
「あんな甘くて最高の夜を過させてあげたのに? ほんとつれないお姫様だね」
「さ、最高って……何度やったと思ってるの、ぼく、もうくたくたなんだから」
「三度かな。でも、おまえも最後にはもっともっとって……」
 にっこり笑いながらとんでもない事を口にしかけた土方を、総司は慌てて遮った。
「そういう事、云わなくていいんですっ。ぼくも、何を云ったかなんて覚えてないんだから」
「大丈夫、俺が覚えててあげるから」
「忘れて下さい」
「そんなもったいない。録画しておきたいぐらいなのに」
「……」
 総司は思わず半目になって、土方を見てしまった。正直な話、この男ならやりかねないと思ったのだ。
「……まさか、土方さん」
「録画してないよ。大丈夫、安心して」
 くすっと笑った土方は、総司の頬にちゅっとキスを落とした。もちろん、心の中で(今回は)などと呟いているのは、総司は知らないことだ。
 だが、何も知らない総司は、男の甘い笑顔とキスにちょっとご機嫌をなおした。彼の胸もとに凭れながら、大きな瞳で見上げる。
「家に戻っても、傍にいてくれる?」
「あぁ」
 土方は髪を撫でてやりながら、答えた。
「今日は休みだから」
「じゃあ、今度こそ二人の休日してね」
「うんと甘やかしてあげるよ。だから……今はおやすみ」
 優しい声で囁いた土方に、総司はこくりと頷いた。端正な彼の顔を見上げながら、思う。


 さっきはあぁ云ったけど、でも、やっぱり、このキャンセルは幸運だったんだよね。
 今、こんなにも幸せなのだから。


「総司……?」
 小さく笑った総司に、土方が呼びかけた。それに、ううんと首をふってから、彼の肩に頭を凭せかけた。
 そして、だい好きな彼のぬくもりを感じながら、そっと目を閉じたのだった。

















[あとがき]
 土方さん、後日、録画する気まんまんです。でも、総司、そういうのは気づくんじゃないかと。
 春のお話ではありませんでしたが、皆様が少しでもお楽しみ下さったら、とっても嬉しいです♪
 ラストまでお読み下さり、ありがとうございました♪