土方はコートの内側に潜ませてある銃の重みを感じながら、答えた。
「……内偵捜査のひとつだよ」
「内偵……捜査?」
「そう。捜査の一環で、色々と調べに行く途中だったんだ。それで動きやすい格好にしたって訳」
「えっ、ご、ごめんなさい」
 総司が突然、謝った。ぺこりと頭を下げる。
「ぼく、お仕事の邪魔をしてしまったんだ。本当にごめんなさい、あの、ぼくに構わず行って下さい。ホテルで待っていますから、その……っ」
「そんなこと、駄目だよ」
 くすくす笑いながら、土方は総司の躰をゆるく抱きすくめた。
「せっかく逢いに来てくれたのに、俺のお姫様はつれないなぁ。総司を残して仕事なんかしてられる訳がないよ」
「でもっ、お仕事が」
「大丈夫大丈夫、あとで何とかなるから。総司、昼ごはん、まだだよね? 一緒に食べよう」
「ぼくにとっては昼ごはんっていうか……その、晩ごはんになっちゃいますけど」
「あぁ、そうか。時差があるものな」
 土方が連れていったのはホテルだった。彼がとっている部屋に案内される。
 途中、フロントによって何かを言っていたことを不思議に思っていると、悪戯っぽく笑われた。訊ねた総司に、「内緒」と囁く土方の笑顔に、ちょっとほっとする。
 まだ、少し怖い気がしていたのだ。
 見慣れない格好をしているからか、時折、ふと浮かべられる冷たい表情に、どきりとしてしまう。今まで総司があまり見たこともない大人の男の表情だった。
 それに土方も気づいているようだった。部屋に戻ると、すぐに着替えてくれた。黒いボトムスはそのままだったが、ホフホワイトのシャツに着替えるだけで、随分と印象が変わる。
「やっぱり、こっちの方がいい……」
 そう言って無邪気に抱きつく総司を受けとめながら、土方は苦笑した。それから、総司の手を引くと、言った。
「ちょっと待っていて、引っ越しをするから」
「?」
 土方は手早く荷物をトランクに積み込み、その部屋を出た。同じ階にある別の部屋へ向かうと、受け取っていた鍵で扉を開ける。
「あれ、ここ……」
「さっきの部屋で二人は狭いからね。部屋を変えたんだ」
「それでフロントに寄っていたんだー」
 新しい部屋は小綺麗なコーナースイートの部屋だった。広々としていて、アンティーク風のインテリアが素敵だ。
 総司がきょろきょろと部屋を探索している間に、土方はルームサービスの注文を済ませ、荷物の整理をした。
「そうだ、総司の荷物は?」
「あのね、これだけなの」
 持ち上げてみせたバッグに、土方は「へぇ」と感心したように呟いた。
「少ないね」
「だって、二三日で帰るつもりだし」
「……そんな短期間で帰すかよ」
「え?」
「いや、こっちの話」
 土方は意味ありげに笑ったが、そのまま何も言わなかった。ちょうどルームサービスが届き、テーブルの上に美味しそうな料理が並べられる。総司は、わぁっと歓声をあげた。
 ボーイが部屋を出て行くと、土方は椅子をひいて「どうぞ」と微笑いかけた。それに総司はうきうきしながら、腰かけた。
 土方は料理を色々と取り分けてやってから、自分の席にようやく腰を下ろした。その動きをぼうっと見ていた総司は、はっと我に返った。慌てて言う。
「あ、あの……ぼく、自分でやるから」
「どうして」
「どうしてって、その……駄目だと思うから。少しは自分でやらなきゃ」
「だから、何で」
 押し問答するうちに、土方は珍しく不機嫌になっていた。微かに眉を顰めている。
「俺が一緒にいるんだから、俺がやった方がいいと思うけど」
「でもね、こんなふうに何でも土方さんにやってもらっていたら、ぼく……土方さんなしで生きられなくなっちゃう」
 それで結構、俺なしで生きられたらむしろ困る、なーんて事を土方が考えているとも知らず、総司は小さな声でつづけた。
「もうちょっと、ぼくも色々と出来るようにした方がいい気がするし」
「そんな事、気にしないで欲しいね」
 土方は手をのばし、総司の手を掴んだ。そっと指をからめ、握りしめてやる。
「前にも言っただろう? 俺が総司を甘やかしたいんだ……総司のために出来ることがある事が何よりも嬉しい。本当なら、ずっと24時間おまえの傍にいて、世話をしていたいくらいだ」
「そんなの駄目。土方さんのお仕事が駄目になっちゃうよ」
「なら、せめて一緒にいる時ぐらい、俺の好きにさせて欲しいね。俺のためにも」
 きれいな笑顔で囁きかけてくる土方に、総司は耳朶まで真っ赤になった。濡れたように黒い瞳に見つめられ、どきどきする。
 こくりと頷いた可愛い総司に微笑みかけてから、土方は言った。
「ほら、食べよう。総司が好きそうなものを選んだんだ、気にいってもらえると嬉しいね」
「うん!」
 元気よく返事をした総司は、食事を始めた。それを眺めながら、土方は微かに唇の端をあげた。













 とてもあたたかだった。
 気持ちがよくて、もっともっとして欲しくなって、でも眠くて仕方がなくて。
「……ん……」
 微かに声をあげると、耳朶を柔らかく甘咬みされた。
「……総司? 起きたのか」
「っ…ぁ、な……に……?」
「じゃあ、そろそろ出ようね」
「???」
 出るって何? と思う間もなかった。腰と膝裏に腕がまわされたかと思うと、いきなり浮遊感がおそう。
 びっくりしたあまり、完全に目が覚めた。思わず声をあげてしまう。
「ど、どこっ? ここ!」
「バスルーム」
 あっさり答えた土方は総司の躰を両腕に抱いたまま、にっこり笑ってみせた。
 そう言われて見回せば、確かに周囲は白いタイルやバスタブがある。バスルームに間違いないだろう。だが、問題はそこではなかった。
 バスルームで浴槽の湯に浸かっていたのだから、当然のことなのだが、土方はもちろん、総司も一糸まとわぬ裸身で……
「きゃあああっ」
 思わず悲鳴をあげた総司に、土方はびっくりしたように目を見開いた。
「何、どうしたの」
「どうしたのって、ぼくも土方さんも、ふ、服着ていない……っ」
「あぁ、そんなこと。服を着たまま風呂に入れるはずもないからね」
「何で? どうして? いつの間にこんな事になっているのっ?」
「へぇ、全然覚えてないんだ」
 感心したように呟いてから、土方は総司をバスマットの上に下ろした。そのままバスタオルでくるんでくれる。
 自分は手早くバスタオルで濡れた躰を拭ってから、バスローブを着た。
 こういうバスローブは体格が良くなければ似合わないのだが、土方は引き締まった躰つきでありながら、しっかり肩幅もあるし、きれいに筋肉がついているため、とても格好よく着こなしてしまう。
「総司、ご飯を食べた後、眠ってしまったんだよ。それでしばらく寝させていたんだけど、俺、退屈になったからね。それで総司をお風呂に入れて、躰を洗ってあげていた訳」
 退屈だから恋人を風呂に入れて躰を洗うなど、意味不明なことをさらりと言ってのける土方に、呆気にとられつつ、総司は訊ねた。
「ぼく、寝ちゃったって……今、何時なの?」
「夜の11時ぐらいかな。時差で疲れていたんだよ、いくら飛行機の中で眠ったと言っても完全に休める訳じゃないしね」
「でも、あの、ごめんなさい」
 思わず総司は謝った。
「せっかく来たのに、そんな長い間、眠っちゃうなんて……土方さん、その間、どうしていたの」
「少し仕事で出たりしていた。もちろん、ホテル側に総司のことを頼んでからね」
 そう答えながら、土方は総司の躰をバスタオルで包んだまま、抱き上げた。きょとんとしている総司をベッドルームに運んでいく。優しくベッドの上に降ろされ、目を瞬いた。
「? ぼく、眠くないよ?」
「うん、わかっている。だから、眠る以外のことをしよう」
「眠る以外のことって……」
 目の前で、唇の端をあげてみせる男に、言葉の意味を察してしまった。顔が赤くなる。
 恥ずかしそうに視線をそらした総司に、土方がのしかかり、ついばむようなキスをあたえてくる。
 リップ音をたてて口づけ、総司の頬や首筋、耳もとにしなやかな指さきでふれた。感じるポイントなんて全部、知り尽くしている。
 たちまち、総司の瞳がしっとりと潤んだ。
 それを見てとり、深く唇を重ねる。舌を絡め、舐めあげ、くらくらと酩酊するような濃厚で激しいキスをあたえた。
「っ…ふ…ッ、ぅ……ん…っ」
 細い指さきが男のバスローブを縋るように掴んでいる。それがたまらなく扇情的だ。
 久しぶりだからこそ、土方はより優しく丁寧にその華奢な躰を愛した。ゆっくりと気持ちを高めていき、躰が男を自然と受け入れやすくなるように準備を施していく。
 初めの頃からだが、いつも総司の快感を引き出すことを一番に考えた。
 己の欲望を追うあまり、この我儘なお姫様に次はないと言われてしまうのが怖い。あちこちにセフレをつくり、遊びまわっていた男とは思えぬ慎重ぶりだが、本気の相手は特別なのだ。
「……ぁ、ぁ…っ」
 小さく声をあげて恥じらう総司の両膝を掴んで、押し広げた。さんざんほぐした蕾に猛りをあてがうと、一瞬、怯えたように目を見開いた。その表情がまた男の欲情をそそる。
 土方は胸もとにキスを落としてから、ゆっくりと腰を沈めた。慎重に、狭い蕾を貫いてゆく。
「んっ、ぅ…ぁ、ぁあッ」
 総司は仰け反り、悲鳴をあげた。最初の痛みだけはどうしても拭ってやることが出来ない。だが、それも回数を重ねるごとに、少しずつ小さくなってきているようだった。
 土方は己の腕の中にすっぽりとおさまる小柄な躰を抱きすくめ、囁いた。
「息を吐いて……いい子だから」
「土方…さ、ぁあッ、ひぃ…ぁ……っ」
「そう、いい子だ……総司……」
 総司の中はとろけそうなほど熱く柔らかだった。最後まで貫いたとたん、きゅっと締まり、危うくもっていかれそうになる。
 土方は低く呻いてそれを堪えると、持ち上げた総司の腿の内側に口づけた。白い肌に赤い花びらが散らされる。
 そうしながら、総司のものをやわやわと揉みしだいてやった。すると、総司は仔猫のような声をあげはじめ、腰をゆらゆらと揺らすようになる。
「っ…ぁ、ぁ…ぁん……っ」
 続きをねだる潤んだ瞳に促され、土方は総司の両膝を抱え込んだ。それまでとは一転して激しく腰を打ちつけ始める。
 たちまち、総司のベビーピンクの唇から甘い悲鳴があがった。
「やッ、ぁああ…っぁあッ」
「……あぁ、総司の中、すごく気持ちいいよ……」
「そん、なこと言わな…いで、ひッ、ぃああ」
 恥ずかしさに頬を紅潮させ、総司は啜り泣いた。それに喉を鳴らして笑いながら、もっともっと求めていく。力強い抽挿に、総司は男の逞しい躰に組み敷かれたまま、泣きじゃくった。
「ぁ、ぁあ…んッ、ぁああッ…やぁッ」
「いやじゃないだろ? ほら…すごく熱い……」
「やだぁ…っ恥ずか…ぁあッ、ぁ、ぁう──」
 ぐりぐりと奥を捏ね回すようにされ、総司は泣きながら首をふった。もう快感の限界を越えてしまったのだろう。総司のものは弾け、とろとろと蜜をこぼしている。
 その細い躰を二つ折りにしてのしかかると、互いの躰の間で総司のものが擦れた。土方が動くたび、愛撫されているような形になり、総司が前と後ろから同時にあたえられる快感に泣き叫ぶ。
「ぁッ、やぁあっ、ぁ…ぁ、も…許し……っ」
「……総司……っ」
 土方は上へ逃れようとする総司を引き戻し、その蕾の奥に己の楔を打ち込んだ。太い猛りに貫かれ、そのたびに総司が泣きじゃくった。
 息が荒くなってくる。ベッドが軋み、シーツもぐしゃぐしゃだったが、構うことなかった。
「ひぃッ、ぁあッ…ぁっ、ぁああッ」
「……く…っ……総…司……っ」
「ぁ、ぁあッぁああーッ……!」
 一際高い悲鳴をあげた瞬間、腰奥に男の熱がじわりと広がった。それは何度も何度も繰り返され、そのたびに快感が躰を痺れさせてゆく。
 総司は激しく息をしながら、男の身体に抱きついた。汗ばんだ背中に縋りつき、誘うように身をすり寄せる。
「……総司?」
 驚いたように、土方が腕の中の総司を見下ろした。それに、身体を少し起こしてキスをした。とたん、土方がふわりと微笑み、キスを返してくる。
 甘く激しい口づけ。それはやがて、情事のつづきの合図となる。
 シーツの波に再び二人が溺れていったのは、そのすぐ後のことだった……。












 夜明け前だった。
 土方は目を覚ますと、ベッドから抜けだした。裸のままバスルームに入り、熱いシャワーを浴びる。
 ざっと身体を拭ってから、用意していた衣服を身につけた。プレスされた白いワイシャツ、スーツのボトムス、ネクタイと纏っていく。
 早朝から仕事の予定だった。
 だが、早めに片付けてしまえば、夕方には戻ってくることが出来るだろう。もともと二ヶ月だった予定の出張は、あと一週間まで縮めることが出来ていた。それをもっと短縮させてやろうと思っている。
 総司に休みをとらせるのも一週間が限界だとわかっていた。ならば、少しでもあの可愛いお姫様と一緒にいられる時間を増やしたい。
「ま、例の仕事の方は片をつけちまったしな」
 土方はカフスボタンを止めながら、薄く嗤った。
 昨日、総司が眠っている間にホテルを抜け出し、さっさとかたをつけてきたのだ。人を殺した手で総司を抱いたと知れば、恋人は恐れおののくだろうが、総司が知ることなど永遠にありえない。
 もっとも、昨日、総司が突然現れたのには、さすがの彼も驚いてしまったが。
「びっくり箱みたいなお姫様だからな、油断ならねぇよ」


 誰かが後をつけていることには、すぐさま気がついた。
 まさか、総司だとは思わなかったので、腕を捻り上げてしまった。
 ただ、あれが総司だったからこそ、あの程度で済んだのだ。誰か他の知人なら、容赦なく腕の一本ぐらい折っていたかもしれない。
 自分でも自覚があるが、裏の仕事の最中はどうしても気がたっている。獰猛な肉食獣のようになっているのだ。
 だが、実際にそうだろう。獲物を狙い、仕留めることだけに集中している獣にならなければ、こちらが命を落とすことになりかねない。
 失敗は絶対に許されないのだ。それは死に直結している。
 むろん、そんな命がけの冷酷な世界で戦っている男の姿を、総司に知らせる気はなかった。
 総司の前では、あくまで優しくて甘い恋人でいたいのだ。
 それは彼自身のためでもあった。
 総司の傍にいると、総司の身体を抱きしめているだけで、気持ちがあたたかくなる。ふわりと陽だまりのようなあたたかさで包まれるのだ。
 そこには、死も、銃も、終わりもない。
 ただ、甘く優しい穏やかな世界だ。
 一頃前まで、土方が決して自分には与えられないと思っていた世界……。


 土方は鏡の中で自分の格好をチェックすると、寝室に戻った。まだ、総司はぐっすりと眠っている。
 柔らかな髪が乱れ、白い裸にシーツをまきつけるようにして眠っている姿は、まるで天使のようだ。
 可愛くて甘えたでわがままで、時々突拍子もないことをして彼をびっくりさせる恋人。
 大切な大切な宝物。
「……愛しているよ、総司」
 ベッドに片膝で乗り上げ、その頬にキスを落とした。
 とたん、総司がぱっと目を開いた。まだ少し寝ぼけた表情で彼を見つめ、ふわりと微笑んだ。
 ベビーピンクの唇が囁く。
「ぼくも……」
「え?」
「ぼくも愛して、います。土方さん」
 潤んだ瞳と、舌っ足らずの甘い澄んだ声。
 それに、土方は思わず苦笑せざるをえなかった。
 本当に、このお姫様は男をその気にさせるのが上手い。しかも、それが無意識ときているのだから始末におけないのだ。
 総司が小首をかしげた。
「もう……お仕事に行くの?」
「あぁ、だが、朝ごはんぐらい食べる時間はある。一緒に食べよう」
「土方さんのつくったの、食べたい」
「ごめん、それはちょっと無理だ。……あぁ、そうだ。ホテルを替えよう。この近くにコンドミニアムタイプのホテルがあるから」
「コンドミニアムタイプ?」
「キッチンとかがついている部屋だよ。少なくとも、今日の晩御飯からはつくってあげられる」
「うん」
 嬉しそうに笑う総司に、土方は部屋に備え付けの白いパジャマを着せてやった。その細い身体を両腕に抱き上げる。
 既に朝食はルームサービスで隣の部屋に用意させてあった。ソファに坐らせようとしたとたん、総司が土方の頬にちゅっと口づけた。それに驚いて見下ろすと、総司がにっこりと笑う。
「土方さん、だい好き」
 まさに、陽だまりのような笑顔だ。
 素直でやさしく、愛らしい彼の恋人。
 永遠の宝物。
 その存在を何よりも大切に思いながら、土方は恋人の身体をそっと優しく抱きしめたのだった。



             この時がずっといつまでも続くことを願いながら。