ごぉぉぉんと、京の都に鐘の音が響いた。
所謂、除夜の鐘である。
今夜は、そう、大晦日だった。
忙しい忙しい新撰組も今日ぐらいはのんびりといきたい処だが、生憎、いつもより尚更忙しい。
だが、そのばたばたもようやく少しは落ち着き、土方は朝から追われていた書類を何とか片しおえ、ほっと安堵の息をついた。
ちらりと外を見れば、もう夜も更けてきている。
もうすぐ年明けだろう。
そうすれば、正月だ。
あたり前のことだが、明日は正月!なのだ。
(……正月)
土方はぐっと拳を固めた。というか、決意を固めた。
もう十年近く片思いしてきた相手、可愛い可愛い総司とようやく結ばれたのは、ついこの間のことだ。
いわゆる、まだまだ新婚さんって感じなのだが、そんな状態で年を越すにあたり、土方はぜひとも叶えてみたい望みがあった。
それは。
(総司と一緒に今から年明けの初詣に行って、あけましておめでとうって挨拶して、今年も二人仲良く一緒に過ごそうと約束して、帰ってきたら褥に入って当然姫初めして、で、翌朝は一緒に仲良く二人きりで雑煮と焼き鯛を食って、それから……)
などなどなど。
新婚生活に甘い夢を見る夫のごとく、土方の願いごとというか妄想は果てしなくつづいてゆく。
何しろ、もう十年近くもずっと夢見てきたことなのだ。
びしばしの筋金入りである。
土方は指折り数えながら、あれもこれもと考えた。
むろん、彼だとて、全部叶えられるとは思っていない。
そのあたり押しが弱いというか、今ひとつ腰が引けているというか。
さすが十年も手を出せなかっただけはあって、べた惚れの可愛い恋人の事になると、鬼の副長はどこへやら、かーなーり弱腰になってしまうのだ。
だが、やはり、ちょっとぐらいは叶えられたいなと思ってしまうもので。
(できれば、姫初めは外したくない!)
というか、絶対絶対絶対の最重要必須案件だ!
そりゃ、すったもんだの末に晴れて恋人同士になってからは、有り難く何度も頂かせて貰っているが(何を?とは聞いてはいけません)。
やはり、姫初めというものは格別だろう!
恋人同士だからこそ味わえる、至福の一時なのだ。
(よーし! 俺の望み、絶対に叶えてみせるぞー!)
土方は一人頷き、決意をがっしり固めた。
その時だった。
「……土方さん」
ぱたぱたと足音が廊下で鳴ったかと思うと、障子が開いた。
とたん、ひょいっと総司が顔を出した。
風呂上がりなのか頬が上気し、大きな瞳をきらきらさせているところが、何とも可愛らしい。
湯の香りが白い項から匂いたつようで、土方は思わず硬直してしまった。というか、その、腰辺りがやばい。
だが、慌てて座りなおすと、恋人らしく優しい笑顔をつくってみせた。
「な…何だ?」
「えーと、あのね。もう先に寝ますね」
「……え?」
「だから、寝ますって。私、巡察で疲れちゃったし、もう夜も遅いし、だからおやすみなさーい♪」
「え、ちょっ……ちょっと待てーっ!」
今にも障子を閉めて去ろうとする総司に、土方は慌てて立ち上がった。
びっくりしている総司の手を掴んで、彼にしては強引に部屋の中へ連れ込む。
そのまま、がんがんに火を起こしてあった火鉢の傍へ坐らせた。
珍しく強引な男の行動に、総司は頬をぷうーっとふくらました。大きな瞳で、上目遣いに睨んでくる。
そんな表情さえも可愛いなぁと頬が緩んでしまうのだから、恋する男はどうしようもない。
「もうー! 何なんですか」
「……いや、寒そうだから。部屋の中の方があたたかいし」
つい、土方は口ごもってしまった。
(新撰組の鬼副長として、隊内どころか京洛でも恐れられている俺が、いったい何やってるんだ!)
そう思いはするのだが、総司を前にすると、どうしても今ひとつ強気になれない。
「その、俺の羽織……着るか?」
「いりません。すぐ寝ますからいいです」
そっけなく云い捨てた総司は、ちゃっちゃっと言葉をつづけた。
「明日の朝も早いから、もう寝たいですし」
「早い?」
土方は眉を顰めた。
何か仕事の予定でも入っていただろうかと、頭の中にある「総司お仕事予定表」をぱらぱらぱらーっと素早くめくってみる。
だが、ずーっと前から「恋人と二人きりで過ごす正月計画」は入念に準備されてあったため、そんな予定など入っているはずもないのだ。
というか、土方自身が二人の幸せのために完全に排除してある。
年始の挨拶も二日に回せるものは回して、後は全部、近藤に押しつけてやったのだ。
なのに、何で?
「仕事……入ってねぇはずだろ」
訝しげな表情で訊ねた土方に、総司は、
「はい」
と、こっくり頷いた。
にこにこ無邪気な笑顔で答えてくる。
「仕事じゃありませんよ」
「じゃあ、何なんだ」
「あのね」
大きな瞳をきらきらさせ、総司はうふふっと笑った。それから、うきうきした口調で告げた。
とんでもない、お言葉を。
「明日の朝、一番隊の皆や斉藤さんとね、初詣に行くのです〜♪ 初日の出を見て初詣行って、帰りにお雑煮も食べようかなって。だから、ね? 早く寝なきゃいけないの当然でしょ」
「あぁ、そりゃ当然だな……って! 何でそんなものに行くんだよッ!」
危うく頷きかけ、だが話の内容のとんでもなさに途中で気づいた土方は、思わず大声で叫んでしまった。
それに、総司はびっくりした顔になった。目がまん丸になっている。
「何でって……だって、お正月ですから」
「正月だったら、一番隊の連中……いや! それよりも斉藤の奴と、おまえは初詣に行くのか!?」
「行ってはいけないのですか」
「あ、あたり前だろっ」
「何で?」
「何でって……っ」
土方は絶句した。
こんな質問されるとは、思ってもみなかったのだ。
この可愛い総司と俺は、恋人同士じゃなかったのか。
それとも、あれは夢だったのか!?
いやいや、そんなはずねぇ!
確かに、今、ここで俺を、すげぇ可愛い──もうあちこち撫でまわして口づけまくってやりたいぐらい、可愛い顔でじーっと見ている総司は、俺の恋人だ。
だが、なのに。
その可愛い恋人が他の男と、初詣に行くという。
それも、よりによってあの斉藤と!?
(……何でって聞きたいのは、こっちの方だろうがッ)
ぎりぎり歯ぎしりしたい気分で、土方は俯いた。
ずーっと考えに考えて楽しみにしていただけに、それがおじゃんになってしまった事による反動はとてつもなく大きい。
どーんっと両肩に落胆の重しがのしかかって、当分立ち直れそうになかった。
恋する男は、その感情の浮き沈みも、とてつもなく大きいのだ。
土方はしばらく俯いたまま、黙りこくっていたが──やがて、ぽつりと云った。
力ない声で。
「……もういい」
「え?」
「もういい。おまえの好きにしろ」
「……」
総司は黙ったまま、じいっと土方を見つめた。
それから、
「……あのう」
身を乗り出し、彼の顔を覗き込んだ。小さな声で、訊ねてくる。
「何か……拗ねてません」
「……まさか」
「だって、顔も声も拗ねてる。つーんってしてますよ」
「……」
土方は自分でもわかるほど、ふてくされた表情でそっぽを向いた。唇が僅かに尖ってしまっているのは、もう仕方がない。
そんな彼に、総司はちょっとだけため息をついた。
やがて、小さな声でぽつりと呟く。
「……何で」
「……」
「どうして……誘ってくれないのかなぁ」
「……え?」
土方がその言葉に驚いてふり向くと、総司の方こそ可愛い顔で思いっきり拗ねていた。
白い頬がふくらみ、ぷるんとした桜色の唇が尖っている。
大きな瞳が、じいっと土方を見つめた。
「ね? どうして、誘ってくれないのですか?」
「総司……?」
「そんな風に拗ねたりするなら、何で私を誘ってくれないの? 何で、一緒に初詣行こうって声かけてくれないの?」
「──」
土方は目を見開いた。
え? ……え?
誘ってくれないって……誘ってよかったのか?
というか、もしかして待たれていた?
呆然としている土方の前で、総司は言葉をつづけた。
「いつ誘ってくれるのかなぁってどきどきしながら待ってたのに、いつまでたっても知らん顔だし」
ぷうっと頬をふくらます。
「それに、なーんか聞いた話だと、祇園や先斗町あたりから、誘いのお手紙がたーっくさん!来てるらしいじゃありませんか」
「……い、いや、それは」
「そりゃ、綺麗な女の人相手とは思わなかったけど。何しろ、可愛い男の子好きのあなたですからね」
総司はちらり土方を見て、はぁっとため息をついてみせた。
「もしかしたら、可愛い男の子をまた見つけたのかなぁと。それとか、ほら、鈴とか? あの子と初詣行くのかなぁと思ったりして、それに……」
「ちょっ……ちょっと待ってくれっ!」
慌てて、土方はさえぎった。
「俺、云っただろ! おまえしか可愛いと思えねぇって!」
「だけど、鈴は私の目から見ても可愛い男の子ですよ。土方さんがふらっと手出しても仕方ない……」
「何が仕方ないんだよ! どうして、俺が浮気するって思うんだ」
「だって、土方さん、可愛い男の子が好きでしょ? 綺麗な女の人よりも可愛い男の子が好きなんでしょ?」
たたみかけるように問いかける総司に、土方はがっくりきた。頭を抱え込んでしまいそうになる。
これでは、恋人同士として過ごす甘い正月よりも、あの告白の時点に逆戻りしているではないか!
「……頼むから、その可愛い男の子好きってのから離れてくれ。っていうか、まだそんな認識してたのか? おまえにとって、俺は今でもそういう認識なのか?」
思わずそう問いかけた土方に、総司はきっと目をつりあげた。
「土方さんこそ!」
「え」
「土方さんこそ、私をどう思ってるの? 本当に恋人だと認識しているの?」
「はあ?」
とんでもない事を云いだした総司に、土方は目を見開いた。
「そうに決まってるだろ。おまえ、今更何を云って……」
「だって!」
総司はぶんぶんと首をふり、両手を握りしめた。
「私がさっき斉藤さんと行くと云っても、土方さん、やきもちも焼いてくれなかったじゃない。知らん顔だったじゃない」
「知らん顔したか? 俺は」
「しました! 全然誘ってもくれなかったし、お正月、二人で過ごす気ないみたいだし、私……私、ほんとに土方さんの恋人になのかなぁ。好きって云ってくれたの、あれ、夢だったのかなぁって…思って……っ」
そう云ったとたん、総司の大きな瞳にぶわっと涙がもりあがった。かと思う間もなく、わぁーんと畳に突っ伏してしまう。
土方は慌てた。
「わっ、ちょっと待て! 総司……な、泣かないでくれ」
大急ぎで総司の傍へ寄ると、その細い肩に手をかけた。だが、総司はいやいやと首をふって、体の向きを変えてしまう。
少し顔をあげたが、きゅっと唇を噛んで、ぽろぽろ涙をこぼしている様がいじらしく、可愛らしい。
それに、土方はまわりこみ、総司の細い肩を抱きよせた。
また、いやいやと首をふって嫌がるのを引き寄せ、胸もとにぎゅっと抱きしめる。
「ごめん!」
「……っ、ぅっ…ぇ……っ」
「俺が悪かった……すまない。かなり前から計画していたんだが、その、なかなか云い出せなくて……」
「……だって……初詣、でしょ…?」
「あ、あぁ。その……」
「ど…して……それぐらい…の事……」
「俺はさ、おまえの事になるとすげぇ小心者になっちまうんだ。こんな事云って嫌われねぇか、そればかり考えちまうんだ。だから、今回もおまえを泣かせてしまった。本当に、すまない」
土方は心をこめて語り、謝った。
それに、総司もようやく泣きやみ始める。
まだ、ひっくひっくとしゃくりあげていたが、それでも、濡れた頬を彼の肩の窪みにそっと押しつけた。細い手がおずおずと土方の背にまわされる。
それに、土方はほっとして思わず微笑んだ。
柔らかな髪を指さきでかきあげてやり、泣き濡れた睫毛に口づけた。
額に、頬に、首筋に、甘い甘い接吻の雨を降らせる。
「……好きだ。総司、おまえだけだよ」
そう囁いた土方に、総司はこくりと頷いた。
もう一度、涙の跡をたどるように首筋や頬に口づけてやると、総司はくすぐったそうに笑った。
ちょっと恥ずかしそうな笑顔で、彼を見上げる。
涙で潤んだ瞳が、可愛らしい顔に艶をそえて、ぞくぞくするぐらい色っぽかった。
幼い艶で、男を刺激しまくりだ。
「……」
土方は思わず、ごっくんと喉を鳴らしてしまった。
今すぐ姫初めやっちまいてぇ!
というのが本音だが、まだ年は明けてないのだ。
今したら、姫初めにならないだろう。
ここは我慢我慢と念仏のように唱えながら、土方は桜色に染まった耳朶に唇を寄せた。
とびきりのいい声で、囁いてやる。
「総司……お願いがあるんだ」
「っぁ…はい」
びくんっと躯を震わせ、総司は彼を見上げた。頬が柔らかく紅潮している。
それに優しく微笑みかけた。
「俺と一緒に、正月を過ごしてくれねぇか」
「お正月を?」
「あぁ。もちろん……二人きりで」
「……はい……」
総司はこくりと素直に頷いた。
それに内心ほっとしつつ、土方は華奢な躯を膝上に抱きあげた。両腕で守るように抱きすくめ、言葉をつづける。
「後で、一緒に初詣へ行こう」
「え、今から?」
「そう、今から」
「一緒に行って、お参りするの?」
「そうだ。籤も引こう」
「はい」
総司は嬉しそうに、ふんわり微笑んだ。
「あのね、お参りして土方さんと一緒に籤引きたいです。その後、どこかでお雑煮食べて、夜だから手つないで歩いて」
「あぁ」
「一緒に屯所へ帰って、それから……それから……」
「……それから?」
悪戯っぽい声で訊ねた土方に、総司は「え?」と不思議そうに目を見開いた。だが、すぐ言葉の意味に気づいたのか、かぁぁっと頬を赤らめる。
恥ずかしそうに彼に抱きつくと、その胸もとへ顔をうずめた。
小さな耳朶まで、もう真っ赤だ。
そんな可愛い恋人に、土方は思わず微笑んだ。
きっと。
総司が望んでいることは、彼と一緒のはずだから。
それから、のことも。
正月の過ごし方も。
ずっとずっと、これからも。
みんな。
「……好きだよ、総司」
ぎゅっと抱きしめ、甘い甘い口づけをあたえて。
そう囁いた、土方の腕の中。
彼の可愛い恋人は、それはそれは幸せそうに、微笑ったのだった。
[あとがき]
正月から、甘い甘い二人です。というか、相変わらず土方さん、へたれていますが……(笑)。
休止中とはいえ、せっかくのお正月。いつも来て下さる皆様のために、感謝の気持ちをこめて書かせて頂きました。
今年もよろしくお願い申し上げますね♪
