短い沈黙の後、言葉を発したのは土方だった。
「おまえ……どうして、ここに」
 そう呟いてから、はっとしたように娘の方をふり返った。
 その娘を、総司は見つめた。
 確かに、山崎が云っていたとおり、可愛らしく小柄な娘だ。
 土方は娘が抱えていた籠を受け取ると、低い声で云った。
「後は俺がやる」
「そうどすか?」
 娘は小首をかしげた。
「そやったら、これだけ火鉢であぶっておくれやす。その方がよろしおすえ」
「わかった」
 頷いた土方は懐から財布を取り出し、小銭を渡した。それに、娘がにっこり笑う。
「おおきに」
 礼を云って受け取り、かたかたと下駄の音を鳴らし、去っていった。それを見送り、土方は戸を閉めた。
 ため息をつき、総司の方へ向き直る。
「おまえ、何でここにいるんだ」
「山崎さんに教えてもらいました。あなたのお妾さんに逢いたくて」
「俺の妾?」
 微かに眉を顰めた。
「そんなものいねぇよ」
「嘘! じゃあ、さっきの娘さんは」
「お里のことか? あれは、この家の世話を頼んでいる飯屋の娘さ。ほら、飯も受け取っているだろ?」
 土方は籠の中を見せてから、框にあがった。ぼんやり見ている総司に、「あがれよ」と顎をしゃくってくる。
 慌てて上へあがった総司は、だが、どうすればいいかわからず、立ちつくした。それに、土方が火鉢を手早くおこし、その傍へ誘ってくる。
「こっちに来いよ。冷えてくるぞ」
「でも」
「風邪をひきたいのか」
 ぴしゃりと云われ、総司は仕方なく土方の傍に寄った。火鉢の傍に坐ると、土方が己の羽織をかけてくれる。
「ひ、土方さん」
「羽織っていろ。おまえは躰が弱いんだ」
「でも」
「俺は風邪なんざひかねぇよ」
 そう笑ってから、土方は胡坐をかいた。ぱちぱちとはぜる炭の音だけが響く。
 それをぼんやり聞いていると、土方が手をのばしてきた。頬にそっと指さきがふれる。
 黙ったまま見返す総司に、土方は身を乗り出した。優しく唇を重ねられる。何度か啄むような口づけをあたえてから、問いかけた。
「どうして、抵抗しないんだ?」
「抵抗する気がありません」
「おまえ、俺に怒っていただろう? いや、拗ねていたかな。なのに、口づけは受けるのか」
「だって……」
 総司は口ごもってしまった。
 だい好きな彼からの口づけなのだ。抗えるはずがなかった。
 しばらく黙ってから、小さな声で問いかけた。
「本当に、この家には……誰もいないのですか。お妾さんはいないの?」
「いねぇよ」
「なら、どうして休息所なんか」
「俺自身のためだよ」
 くすっと笑い、土方は答えた。片手で黒髪をかきあげる仕草が自然で、目を奪われる。
「何もかも忘れて、一人になりたい時もあるからな。それで、この家を構えたんだ」
「一人に……」
「それに、いつか……まぁ、出来ることなら、おまえをここに呼んで二人きりになるつもりだった」
「私を?」
 不思議そうに小首をかしげる総司に、土方は悪戯っぽく笑った。畳に手をついて乗り出すと、濡れたような黒い瞳で覗き込む。
 耳もとに唇を寄せられ、思わず目を閉じた。とたん、低い声が囁きかける。
「……口説いてやろうと思っていた」
「!」
 ぱっと総司の目が見開かれた。みるみるうちに、なめらかな頬が紅潮する。
 慌てて躰を離そうとする総司に、土方は素早く手をのばした。両腕に抱きすくめる。
「いや、口説くのは今でもいいな」
「え」
「総司、好きだ……俺のものになっちまえよ」
「……」
 どこまでも俺様な口説き文句に、呆気にとられた。
 だが、じわじわと嬉しさがこみあげてくる。


 土方は今、総司だけを見つめているのだ。
 あの黒い瞳に映るのは自分だけ。
 そして、好きだ、彼のものになれと囁いてくれる……


 夢のような心地に、総司は目を閉じた。
「私は……」
 男の逞しい胸もとに小さな頭を凭せかけた。そっと手をそえながら、答える。
「今も昔も……土方さんだけのものです。好きです……愛してる」
「総司……っ」
 項を掴まれ、仰向かされた。深く唇を重ねられる。
 先ほどのような口づけではなかった。躰の芯まで、ずくりと痺れるような、激しく熱い口づけだ。何度も角度をかえて口づけられるうち、ぼうっと頭が霞んでくる。
 そのまま畳の上に横たえられた。土方と総司が脱ぎ捨てた着物の中で抱かれる。
 まるで互いの存在を確かめ合うような、激しい情事だった。
「ぁっ、ぁあっ…は、ぁ…ッ」
 総司は必死に着物を握りしめ、歯をたてた。声が外にもれてしまうのが怖かったのだ。
 だが、そんな仕草さえ、男を煽りたてる。
「すげぇ可愛いな……」
 土方は掠れた声で囁き、その細い躰を抱きすくめた。膝上に抱き上げ、後ろから両腕ですっぽりと抱きしめている。
 二人の躰は深く繋がっていた。今も、男の猛りが真下から総司の躰を貫いている。
「や…ぁッ、ぁ」
 総司は男の膝上に坐りこんだまま、泣きじゃくった。打ち寄せる波のように快感が何度も押し寄せてくる。
 それに堪えようとしたとたん、突き上げられ、鋭い快感に悲鳴をあげた。
「ぃ、や…だっ、ぁ、ぁあんっ」
 男の太い楔に蕾の奥を穿たれ、総司はまた着物に歯をたてた。ふり乱された黒髪が男の肩に散る。
 土方は恍惚とした表情で、総司の躰を優しく激しく犯した。かるく腰を持ち上げ、下から力強く突きあげる。
 その度に鳴る音に、総司はいやいやと首をふった。恥ずかしくてたまらないのだ。
 だが、そんな恥らう様さえ艶めかしい。
 やがて、畳の上に押し倒され、腕を掴まれた。躰を反転させられ、仰向けになる。
 獣じみた熱っぽい瞳で見下ろしてくる土方に、総司は小さく喘いだ。震えながら目を閉じると、唇を重ねられる。
 そのまま、一気に貫かれた。
「…ぅ…くぅ…ッ!」
 くぐもった悲鳴があがったが、土方は己を抑えることが出来なかった。
 普段は勝気で明るくて愛らしいのに、情事になると、花魁もかくやの色っぽさをしなやかな肢体に纏いつかせる。そんな幼くも艶めかしい総司に、男は狂わされてしまうのだ。
「ぅ…んっ、ぁ…ぁあっ、ぁう」
「総司……すげぇ熱い」
「や…ぁっ、んぁあッ、ぁっ」
 総司は男の逞しい背中にしがみつき、泣きじゃくった。そうしていないと、おかしくなりそうだった。
 強烈な快感美に、何度も失神しそうになる。熱くて甘い波が押し寄せるたび、泣き声をあげた。
 そんな縋りついてくる総司が可愛くてたまらず、土方はその愛らしい顔に、首筋に、口づけの雨を降らせた。そうしながら、無我夢中でその細い肢体を貪ってゆく。
 蕾の奥を太い楔で貫き、捏ねまわした。掠れた悲鳴をあげて泣く総司が、愛らしく艶めかしい。
「ぁ、ぁ…土方、さ…っ、ぁあっ」
 名を呼ばれ、痛いほどの愛しさがこみあげた。
 小柄な躰を無理やり二つ折りにし、激しく腰を打ちつけた。はぁっと荒い息がもれる。
 二人の間で擦れる総司のものも勃ちあがり、ふるふると果実のように濡れた。総司が泣きじゃくり、細い指でぎゅっと着物を握りしめる。
「は…ぁっ、い、いっちゃ…ぁっ、ぁあ……っ」
「……総…司……っ」
「ぁっ、ぁあっ、ぁあああーッ……!」
 甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司のものから白い蜜が迸った。それと同時に、蕾の奥に、男の熱が叩きつけられる。感じる部分に直接男の熱が注がれ、目も眩むような快感に腰が跳ね上がる。
 ひいっと泣いた総司は堪らず逃れようとしたが、土方は荒い息を吐きながらその躰を抑え込んだ。腰を鷲掴みにし、何度も何度も抽挿をくり返す。
 そのたびに、男の熱が蕾の奥に注がれ、総司は躰を震わせて泣いた。
「ぃ…やぁっ、あつ…ぃ…ぁっ、ぁ……っ」
「総司……」
 震えるその躰を抱きすくめ、土方は、はぁっと息を吐いた。再び自分を受け入れてくれた総司が、愛しくて愛しくてたまらない。
 本当はもう一度抱いてしまいたかったが、せっかく戻ってきてくれた総司を、二度と逃がすような事はしたくなかった。そのかわり、愛しい躰を抱きしめ、何度も口づけをくり返す。
「愛してる……」
 掠れた声で囁いた土方に、総司は長い睫毛を瞬かせ、こくりと小さく頷いた。














 その日は、休息所に泊まる事にした。
 もともと土方はそのつもりで来たのだが、情事の後の総司を一人帰せるはずもなく帰すつもりもなく、外泊届を使いに持たせたのだ。
 文をつけたので、受け取った近藤が得心の笑みをうかべただろう事は、容易に想像ができる。
「土方さん……?」
 あれこれ考えていると、傍らから総司が呼びかけた。慌てて見下ろすと、大きな瞳が不安そうに彼を見上げている。
 好きだ、愛していると告げたし、体も重ねた。なのに、どうしてそんな不安げなのだろうと疑問に思いつつ、土方は「何だ」と優しく応じてやった。
 それに、総司が目を伏せる。
「何もないけど……ただ、土方さん、後悔しているのかなと思って」
「後悔?」
「私、拗ねてたし、土方さんを困らせていたし。我儘だなぁと自分でも思うけど、でも、私……土方さんしか欲しくないのです」
「それは我儘ではないだろう」
 思わず云った。


 どう考えても、我儘ではないはずだ。
 そんなものが我儘だというのなら、土方の独占欲や執着はいったいどうなるのか。


「おまえは俺を欲しいと思ってくれているのだろう? 好いてくれているのだろう? それがどうして我儘になるんだ」
「だって」
 ぎゅっと唇を噛みしめた。
「私、やきもち妬いているし。お妾さん、追い出して欲しいって思ったし。土方さんには私しか見て欲しくないし」
「だから、それのどこが我儘なんだ。っていうか、俺には妾なんざいねぇよ」
「でも……」
「何だ」
「あの朝、聞いたのです」
「だから、何を」
 言葉も途切れがちな総司に、根気よく訊ねた。それに、総司が俯き、小さな声でつづける。
「川止めが解けた朝……土方さん、私が口づけたら、寝言で……」
「寝言? 俺が?」
「はい。寝言を云ったのです。私に……」
 そう云いかけた時だった。
 突然、総司は何かが手にふれるのを感じた。びっくりして飛び上がりそうになる。
 慌ててふり返ってみるより早く、それは凄い勢いで土方の方に飛んだ。彼の膝上にあがり、にゃあと鳴き声をあげる。
「ね、猫……?」
 総司はびっくりして目を丸くした。それに、土方が苦笑する。
「あぁ、驚かせて悪い。こいつ、よくうちに入ってくるんだ」
「土方さんが飼っているのですか?」
「違うよ。この五軒先の家で飼われているらしいが、あちこちの家で餌を貰ったりしているのさ。俺も時々やったもんだから、懐かれちまってな」
「そう……可愛い猫ですね」
 三毛猫で、雌のようだった。まだ大人にはなりきってないらしく、小さめで可愛らしい。
 総司が眺めていると、土方は猫を膝上から降ろした。猫は畳の上に下りると、さっさと部屋を出ていこうとする。
 それに、土方が呼びかけた。
「うめ」


(……え?)


 突然、出てきた名に総司が固まっていると、土方は猫にむかって云った。
「今日は飯いらねぇのか。どこかで食ってきたのか」
 男の言葉に、猫はふり返った。にゃあと鳴いてから、するりと部屋を出ていく。
 それを見送り苦笑している土方に、しばらく呆然としていた総司は、おそるおそる問いかけた。
「あの……今の猫の名前……」
「名前か? うめって云うんだ。俺が勝手に呼んでいるんだけどな、隣では玉と呼ばれているらしい」
「も、もしかして、あの猫……朝、お布団にもぐりこんできたりします?」
「あぁ、するな」
 当然のように頷いた土方に、総司はくらりと目眩を覚えた。


 とんでもない話だが、あの猫が、かの「うめ」だとすると、自分は猫にやきもちを妬いていた事になるのだ!
 なんて情けない話なのか。
 挙句、勝手に拗ねて怒って、土方を困らせて。
 これのどこが我儘じゃないのだろう。


「ごめんなさい!」
 突然、謝った総司に、土方は目を見開いた。
「? 総司……?」
 呆気にとられた顔で眺めている。それに、総司は深々と頭を下げた。
「私、完全に誤解していました。っていうより、勘違い! うめさんっていうお妾さんがいると思っていたのです」
「……」
「あの朝、私が口づけた時、土方さんが寝言で、優しい声で「うめ」って云ったから、それでやきもち妬いて……っ」
 何をどう云っても、結局は云い訳なのだ。
 そう気づいた総司は、慌てて口をつぐんだ。恥ずかしさと申し訳なさで、彼を見ることも出来ない。
 土方は無言だった。押し黙ったまま、総司を切れの長い目で見つめているらしい。鋭い視線を感じた。
「……」
 やがて、彼が立ち上がる気配がした。裾を払い、部屋を横切ってくる。
 そのまま出ていくのかと思ったが、土方は総司の傍らに跪いた。俯いている総司を、しばらく見つめていたが、低い声で呼びかけた。
「総司」
「……はい」
「顔をあげて、俺を見ろ」
「……っ」
 びくりと肩を竦めた。だが、彼の言葉に従い、おずおずと顔をあげる。
 意外にも、土方は柔らかな表情で、総司を見つめていた。その黒い瞳に、怒りも呆れもない。
 震えながら見上げる総司に、苦笑した。手をのばし、そっと細い躰を抱きよせてくる。胸もとに引き寄せられ、優しく抱きしめられた。
 総司の目が見開かれる。
「土方……さん……?」
「すげぇ可愛い」
 くっくっと喉奥で笑った。
「おまえ、猫にやきもち妬くなんざ、めちゃくちゃ可愛いよ。それで拗ねていたのか? 俺が浮気していると思って、口もきいてくれなかったのか?」
「ごめんなさい……っ」
「俺は怒っちゃいねぇよ。それどころか、何というか……すげぇ嬉しい」
「嬉しい?」
 びっくりして目を見開いた総司に、土方は、ちゅっと音をたてて口づけた。
「おまえが俺を嫌っていなかったと知って、嬉しいんだ。それどころか、やきもち妬いてくれていたんだろ? 可愛くてたまらねぇよ」
「土方さん……」
 思わず彼の胸もとに縋りついた。
「本当……なの? それ、嘘じゃないの?」
「何で、嘘をつく必要があるんだ」
「だって、私だったら……こんな我儘なの、絶対に嫌になります。勝手に悋気して、怒って、あなたをふり回して、挙句、こんな場所にまで押しかけて……」
「おまえは我儘なんかじゃねぇよ」
 土方はくすくす笑いながら、答えた。
「おまえが我儘なら、俺なんかどうなるんだ。片恋しているおまえに、他の男が近づかねぇよう排除しきたんだぜ?」
「それ…は、山崎さんから聞きましたけど」
 頬を赤くしながら云った総司に、土方は驚いた顔をしたが、すぐに唇の端をあげた。
「何だ、ばれちまっていたのか。けど、まぁ……いいさ。俺は後悔してないぜ? そうやって排除していたおかげで、こうしておまえを手に入れることが出来たんだ。終わりよければすべて良しって、奴だな」
「うん」
 こくりと頷いてから、総司は「あ」と声をあげた。何だと見下ろした土方を見上げ、小さく首をふる。
「違います、それ」
「何が」
「さっきの言葉。おかげで私が手に入ったということです」
「……おまえは俺のものじゃねぇと云うのか」
 たちまち不機嫌になってしまった土方に、総司は慌てた。
「そ、そうじゃなくて……そんなの関係ないって事なのです」
「関係ない?」
「だから」
 総司は細い指さきを土方の胸もとにそえると、大きな瞳で彼を見つめた。
 それから、しっかりとした声で告げる。
「私はずっと、土方さんだけが好きだったんだもの。あなたしか見ていなかったし、あなたしか欲しくなかった。だから……他の人に近づかれても、関係なかったのです」
「総司……」
 土方の胸に、総司への愛しさがこみあげた。


 素直に心からの愛を告げてくれた総司が、愛しくて愛しくてたまらない。


 その深い情愛のおもむくまま、己の胸もとに引き寄せ、抱きしめた。柔らかな髪に、頬を擦りよせる。
 そんな男の腕に素直に身をゆだねながら、総司が彼を見上げた。ちょっと躊躇ってから、訊ねる。
「……土方さんは?」
 甘く澄んだ声だった。
「土方さんは……私が欲しかった?」
 可愛い問いかけに、土方は思わず微笑んだ。
 当然だろうと答えかけ、少し考える。
 総司が不安そうな瞳で見上げたとたん、その耳もとに唇を寄せた。
 そして。
 甘く優しい声で、こう囁いたのだった。



「俺が欲しいのは、おまえだけだ……」







      この世で、ただ一人
      いつまでも永遠に
      欲しいのは、互いだけ



















「欲しいのはあなただけ」、これにて完結です。ラストまでお読み下さり、ありがとうございました~♪
ラブコメタッチで、書いていて楽しかったです。皆様が少しでもお楽しみ下さったら、とってもはっぴ~♪です。
ありがとうございました♪