土方が、斉藤とのつきあいを禁じている訳ではない。
だが、それが許容されていないこともまた事実だった。以前、斎藤からアクセサリーをプレゼントされた時も、即座に取り上げられてしまった程だ。
「あの……土方さん」
総司はおずおずと問いかけた。
それに、珈琲を飲んでいた土方が目をあげる。
「何だ」
「あの……今日、ぼくを誘ったのは、この間、斉藤さんのお店に行ったってことを聞いたから?」
「……」
「ご、ごめんなさい。でも、色々と話したいことがあって……」
「別に」
土方は珈琲カップをソーサーに戻しながら、答えた。
「おまえが、斎藤の店に行くことまで咎めるつもりはない」
「……」
「むろん、愉快な事ではないが」
低い声でつけくわえてから、土方は少し黙った。その後、すぐに言葉をつづける。
「先日、斉藤から、おまえが相談してきたと聞かされた」
「……」
「おまえは、俺がおまえの傷を嫌がる事を怪訝に思っているらしいな」
土方は、ふっと笑った。
「どうしてだろうな。何故、訝しく思う。恋人が傷を負うことを厭うなど、ごく当然の事だと思うがね」
「でも……」
上手く言うことが出来ず俯いてしまった総司の手が、不意にとられた。驚いて見上げれば、濡れたような黒い瞳がこちらを見つめている。
そのまま指さきに口づけられ、かぁっと頬が火照った。
土方が僅かに目を細めた。
「おまえはそれを望まないか、厭うのか。束縛されているように感じるのか」
「そうじゃ、ありません」
「総司、おまえを愛している。愛しているからこそ、大切であり、一つの傷も負わせたくない。それをわかってくれないか」
「わか…ります。わかるけど、でも」
どうしてそこまで、と思ってしまうのだ。
彼が言うとおり、恋人が傷を負うことを厭うのは当然のことだ。だが、土方の行動はそれとも違う気がした。
些細な怪我で、あそこまで焦燥と怒りを露わにするなど、彼らしくないし、愛されている故だと言われても納得できないものがあった。
黙りこんでしまった総司に、土方は吐息をもらした。はっとして見上げれば、形のよい眉を顰めている。
「平行線だな」
「土方、さん」
それきり会話は途切れてしまった。
土方は無言で珈琲を飲んでいるため、総司もそれ以上話しかけられず、フォークを動かすのみだった。そのため、せっかくのデザートの味もわからずじまいだ。
(わざわざ逢いに来てくれたのに……)
レストランを出た後、歩き出した土方の後を追いながら、総司はきゅっと唇を噛みしめた。
こんな喧嘩じみた事をしたい訳ではなかった。逢いに来てくれた時は嬉しくて嬉しくて、明日まで一緒にいられると聞いて舞い上がってしまったぐらいだ。
なのに、これでは、土方がこの後行動を共にしてくれるとは到底思えなかった。
(どうしよう、どうしたらいいの)
泣き出しそうになりながら、総司は土方の後を追った。
レストランに入った時は夕暮れだったが、食事をしている間に、もう街には夜が降りてきていた。イルミネーションが賑やかだが、それでも、夜であるため、土方が人に振り返られる確率は減る。
いつもなら肩を抱いたりしてくれる彼が一切ふり返りもしないことから、怒っていることは確かだった。それに唇を噛みしめる。
何とか仲直りしたくて、土方にむかって手をのばした時だった。
大通りではなかった。細い路地を駐車場にむかって歩いていたのだが、不意に、横合いからバイクが飛び出してきたのだ。
「!」
無意識のうちに躰が動いていた。両手で思い切り、土方の躰を突き飛ばす。
当然、そのために総司がバイクの前へ躍り出てしまった。ライトで視界が真っ白になった瞬間、腕を掴まれる。あっと思った時には土方の胸もとへ引き寄せられ、そのまま道路に倒れこんでいた。
二人のすぐ傍をバイクが走り抜けていったが、それでも難を逃れた事は確かだった。
「総司ッ!」
呆然としていると、土方に肩を掴まれた。もの凄い勢いで抱きおこされる。
それに、総司は息を呑んだ。
彼の黒い瞳はまるで獣のようだった。焔のような激しい怒りと焦燥を湛えている。
怖い、とさえ思った。殴られるのかと、躰中が竦んでしまう。
「ッ…や……っ!」
きつく目を閉じ、両手で己の頭を庇う総司の様子に、土方は我に返ったようだった。己の行動が総司を怯えさせた事に気付き、息を吐く。
あらためて総司を抱きおこし、その乱れた髪をかきあげた。おずおずと見上げる総司の顔を覗きこむ。
「どこも……怪我はないか」
いつもの冷静さを取り戻した土方に、総司は泣きたくなるぐらいの安堵を覚えた。思わず彼の胸もとへ縋りついてしまう。
自分の胸もとに抱きつき肩を震わせる恋人に、土方は眉を顰めた。そっと優しく背中を撫でてやった。
「すまない。おまえを怖がらせてしまった」
そう言うと、腕の中で総司が首を横にふった。細い指さきが彼のスーツを掴む。
土方は総司の躰をざっと見回し、怪我がないことを確かめた。一応は訊ねてみる。
「大丈夫か、どこか痛む処はないか」
「ありません……大丈夫です」
小さな声だったが、しっかりと答えた総司に安堵した。そっと腰を抱くようにして立ち上がらせ、ついてしまった泥を払う。
総司が大きな瞳で彼を見上げた。
「土方さんも……大丈夫ですか? 怪我はない?」
「あぁ、おまえが庇ってくれたからな」
そう答えた土方は、だが、無表情だった。そのまま総司の手を掴むと、駐車場にむかって歩き出してゆく。
助手席に総司を坐らせた土方は、マンションにむかって車を走らせた。総司は自分のアパートへ向かっているのではないと知って安堵したが、押し黙ったままの土方に不安になってしまう。
マンションに着くと、土方は総司を連れて自分の部屋に入った。風呂に入るように言って、バスローブを押し付けてくる。
それに目を瞬けば、「今日は泊まっていくだろう?」と念押しするように訊ねられ、思わず頷いてしまった。すると、ようやく土方が微笑みかけてくれたので、ほっとする。
土方の機嫌をまた損ねることが怖かったので、彼の言葉に従い、バスルームに入った。
さっぱりとして出てくると、入れ違いに土方がバスルームに入っていった。テーブルの上には、総司のためだろう、グレープフルーツジュースが入ったグラスが置かれてある。さり気なくだが、彼はいつもこうして総司を気遣ってくれるのだ。
総司はソファに坐り、グラスをそっと取り上げた。
(さっきの土方さん、怖かった……)
幸いにして傷を負わなかったが、あのまま土方に引き寄せられなければ、バイクに跳ねられていただろう。それを思うと、背中がすっと冷たくなる。
だが、土方が傷つくことは、もっと恐ろしかった。勝手に躰が動いていたし、決して後悔はしていない。
例え、それが刃であっても、彼を守るためなら我が身を投げ出すだろう。そのことを総司は痛いほどわかっていた。
「……っ」
きつく唇を噛みしめた時だった。
ふわりと、横合いから抱きすくめられた。
はっとして見上げれば、土方が揃いのバスローブ姿で総司を抱きすくめていた。身を寄せると、ソファに腰を下ろし、より深く抱きしめてくる。
「……土方…さん?」
抱きしめ、その首筋に顔をうずめたまま何も言わない土方に、総司は戸惑った。そっと呼びかける。
それにも土方はしばらくの間、押し黙っていたが、やがて、低い声で言った。
「……頼むから、あんな事はしないでくれ」
「え?」
「俺を庇うことだ。二度とするな」
言葉の中身は命令だった。
だが、その口調は哀願するようで、総司はたまらなくなってしまった。そっと彼の背中に手をまわす。
「どうして……?」
「おまえを失いたくない」
「それは、ぼくも同じです。ぼくもあなたを失ったら生きてゆけない。だから……、ぼくはあなたを庇ってしまうのです」
「俺が狂ってもか」
「え」
総司は息を呑んだ。それに、土方はその細い躰を抱きしめたまま、言葉をつづけた。
「俺はおまえを失えば、狂う。狂って惨めな様を周囲に晒した挙句、狂死するだろう。そんな人生を俺に送れと言うのか」
「そん、な……」
絶句してしまった。
まさか、そんな事を言われるとは思いもしなかったのだ。一方で、そこまで愛されているのだと、躰の内が熱くなる想いに息を呑む。
なんて身勝手なの。
最愛の人の苦しみを絶望を、歓びとするなんて、許されるはずもないのに……。
「……ごめんなさい」
小さな声で謝った総司に、土方が顔をあげた。
眉を顰め、深く澄んだ黒い瞳で見つめてくる。しばらく黙った後、問いかけた。
「それは、俺が狂っても構わぬという意味か」
「違うのです」
慌てて、総司は首をふった。彼の逞しい胸もとに凭れかかりながら、罪悪感にかられつつ答えを口にした。
「そうじゃなくて、あなたが、ぼくを失えば狂うと言ってくれた事を……喜んでしまう自分が、恥ずかしかったのです。こんなにも愛されていると、嬉しくなった自分が身勝手すぎて……」
「身勝手などではないだろう」
即座に、土方は否定してくれた。
「俺がおまえを愛していることは事実だが、それをどう伝えればいいのか、悩んでしまうこともある。おまえは物欲がない、ほとんど甘えてくることもない。俺は……上手く愛を伝えることも出来ない不器用な男だ。だが、これだけは言える。俺は、おまえを失えば狂う」
「土方…さん……」
「愛してる、総司」
そっと両手で頬を包みこまれた。優しく甘く口づけられる。
初めは啄むようだったキスは、次第に、濃厚で激しいものになった。
互いを求めるように口づけあう。やがて、土方が総司の腰と膝裏に両手をまわした。軽々と抱き上げ、寝室へ向かって歩き出す。
明かりを落とした寝室でベッドに下ろしながら、土方はまた何度も口づけてくれた。それに、総司も無我夢中で応える。
細い両腕で男の首をかき抱くと、一瞬驚いたように目を見開いてから、微笑んでくれた。
バスローブだけしか身につけていなかったので、たちまち、二人は生まれたままの姿になった。肌をあわせ、互いを求め合っていく。
いつもの事なのだが、二人の愛の営みは激しく濃厚なものだった。まるで、引き離されていた恋人、別れを前にした恋人たちのように、愛しあっていく。
それは、永遠などありえぬと、知っているかもしれなかった。総司はともかく、土方はより理解している。実感していると言えばいいのか。
現に、愛する者を目の前で奪われた絶望は、今なお、その胸を引き裂くのだ。
「……総司……」
果てもない愛撫で、総司はもう意識が朦朧とし始めていた。何度も達することを強制されたため、総司のものはとろとろと蜜をこぼすばかりだ。
だが、それでも、土方は一切手を緩めようとしなかった。この綺麗な身体も清らかな心も貪りつくしたいと欲するのだ。飢えた獣のように。
「ぁ…ぁあッあーッ……っ!」
細い両足を抱え上げ、濡れそぼった蕾に太い猛りを突き入れていくと、総司が悲鳴をあげた。
どれだけ馴らしても、華奢な躰は男を受け入れることに苦痛を覚える。
ぽろぽろ涙をこぼしながら、首をふった。その手を己の背中にまわさせると、泣きながらしがみついてくる総司が愛らしい。
「っ…ぁ、ぁ……」
「総司……いい子だ、息を吐いて」
「ぁ…は、ぁ…っ、ぁ……」
必死に呼吸を繰り返し、躰の力を抜こうとした。息を吐いた処で、ぐっと奥まで突き入れた。狭隘な部分を太い猛りが貫いてゆく。
「ぁ、や、だ……ひぃぁッ」
甲高い悲鳴をあげ、総司が仰け反った。反射的に上へずりあがろうとするのを、強引に引き戻した。
一気に最奥まで貫かれ、総司が「ひいっ」と泣き声をあげた。
その白い肌にキスの雨を降らせ、総司のものを手のひらに包み込んだ。柔らかく愛撫してやりながら、総司の躰が男のものに馴染んでくるのを待つ。
やがて、総司の躰が柔らかく男を受け入れ始めた。潤んだ瞳がおずおずと土方を見上げる。
それに微笑みかけ、キスを落とした。
「愛している……」
囁き、ゆっくりと動き始めた。引き抜く時は味わうように緩やかに、だが、突き入れる時は息もとまるほど激しく最奥を穿つ。その繰り返しに、総司はたちまち快感の波に呑み込まれた。
「ぁっ、ぁあっ…やぁあッ」
「……気持ちいいか」
「い、いぃ…んっ、ぁ…ぁあ──」
涙がぽろぽろとこぼれた。
躰が柔らかくとろけ、甘い熱に痺れてゆく。それが少し怖くて、総司は男の背にしがみついた。二人、とけあうように躰を重ね、互いだけを求めあってゆく。
いっそ、このまま一つになればいいと。
二度と引き離されなくないと、その願いのままに。
「あぁっ、ぁ…は、ぁあッ」
総司は喘ぎ、首をふった。激しく腰を打ちつける音と悲鳴、息づかいが部屋に響く。
土方は総司の両膝を掴んで押し広げ、激しい抽送を繰り返していた。男の猛りが濡れそぼった蕾に抜き差しされる。そのたびに走る強烈な快感美に、総司はすすり泣いた。
「ぁ、ぁあ…土方、さ…いっちゃ……っ」
二人の躰の間でこすれる総司のものは桃色になり、ふるふると蜜をこぼしていた。それに唇の端をあげ、ぎゅっと手のひらで握りこんでやる。
「ぁあッ!」
鋭い声をあげ、総司が頭を反らせた。男の手のひらを蜜が濡らし、シーツにこぼれゆく。
はぁはぁと肩で喘ぎながら、総司はベッドに倒れこんだ。達した快感で躰が痺れている。だが、その躰を土方は強引に裏返した。四つ這いにさせ、後ろから受け入れさせる。一気に最奥まで貫かれ、総司は涙で濡れた目を見開いた。
「ぃ…ゃ、ぁあーッ!」
「……熱いな……とろけそうだ」
「だ、だめぇッ、いったとこ…お願い、だから……っ」
「だから?」
くすっと笑い、土方はずるりと引きぬいた。だが、総司が息をついた処を見計らい、一気に突き入れる。すぐさま始まった激しい挿送に、総司は泣き叫んだ。
「ぃやっ、やぁっ、許し…てぇ! ひ、いッイ」
「あぁ、気持ちいいよ……総司」
「は、ぁ…ッだ、だめぇっ、ぁああッ」
達したばかりの躰を責め立てられ、痛いぐらいの快感に総司は泣きじゃくった。シーツに顔をおしつけ、もう犯されるままだった。獣のように求めてくる男に貪られる。
やがて、男が達した瞬間、総司もまた放っていた。頭の中が真っ白になるぐらいの快感に、躰を震わせる。
「あ、あ、あ──」
ぐったりとベッドに突っ伏す総司を、土方が後ろから抱きすくめた。背中にキスを落とされ、愛撫される。
耳朶を噛むようにして、土方が囁いた。
「愛してる……おまえだけだ、総司」
「土方、さん……」
繋がったまま躰を反転させられた。奥深くで硬度を取り戻した男の猛りが、感じやすい部分を擦り上げる。
それに悲鳴をあげれば、深く唇を重ねられた。たちまち、快楽の彼方へと導かれてゆく。
恋人たちの熱くとろける蜂蜜の夜は、まだまだこれからだった……。
翌朝、目を覚ますと、土方はもうベッドの中にいなかった。
気怠い躰を堪えながら用意されてあった着替えを身につけ、寝室を出た。すると、キッチンで朝食の用意をしていたらしい彼がふり返った。
「もう起きたのか」
「ごめんなさい、遅くなって……」
「何を言っている。もう少し寝させてやろうと思っていたのだが」
すぐさま土方は総司の傍へ歩み寄ってきた。支えるように腰を抱き、唇を重ねる。
「おはよう、総司」
「おはようございます」
きれいな笑顔で見下ろしてくる土方を眩しげに見上げ、総司は頬を赤らめた。気恥ずかしくて、顔を洗ってきますねと洗面所へ行く。
戻ってくると、テーブルの上には既に朝食の用意がされてあった。それに、頭を下げた。
「全部させちゃって、ごめんなさい」
「たいしたものを用意していないから、気にしなくていい」
そう言って、土方は総司をソファに坐らせた。ゆっくりと二人でくつろいで食べるため、リビングに用意してくれたのだ。
テーブルには焼きたてのクロワッサン、ポタージュ、グリーンサラダ、フルーツ、スクランブルエッグが並んでいた。土方は一人暮らしをしているためか、とても器用で、この程度であれば簡単に短時間でつくれてしまうのだ。
忙しい土方にすべてをさせてしまったことが、気になったが、美味しく食べてくれた方がいいと言われ、こくりと頷いた。
「今日は午後から用事があるが、それまでは一緒にいられるよ」
そう言ってくれた土方に、総司は嬉しくなった。
一緒に朝食を終えてから後片付けをし、ソファで二人寄りそった。どこへも出かけたくなかった。二人きりでこうして、そのぬくもりを感じていたかったのだ。
だが、不意に、ある事を思い出した。
「あ」
思わず声をあげて、身を起こしてしまう。
それに、土方が訝しげに目をあげた。総司はソファに座り直すと、恋人を大きな瞳で見つめた。
「あの……一つだけ聞いていいですか」
「……昨夜の話か」
さすがに、頭が切れる土方だけに、すぐ察したのだろう。それに怯んだが、言葉をつづけた。
「一つだけ……聞きたいことがあるのです。こんなの聞くなんて、とても駄目だと思うけど、みっともないけど……でも……」
「あぁ」
口ごもりつつ言おうとした総司の前で、土方が軽く肩をすくめた。
「過去の恋人のことか」
「え」
「斉藤から聞いた。おまえが気にしていた、と」
「……」
「答えは、YESだ。俺は、昔、恋人を亡くした……それも俺を庇う形で」
「──」
総司の目が大きく見開かれた。
まさか、ここまではっきりと土方が打ち明けてくれるとは思ってもいなかったのだ。彼はいつも家族のことも、過去のことも、子供時代のことも、ほとんど話さなかった。
だから、今回も答えてもらえないだろうと思っていた。なのに。
「……ごめん、なさい」
気が付くと、頬を涙が濡らしていた。ぎゅっと膝上で握りしめた手にも涙がこぼれ落ちる。
「そんな辛いこと……あなたに言わせて、ぼく、本当に…酷すぎる……っ」
最低だと思った。
わざわざ過去を聞き出して、それも、そんな辛い過去を聞き出そうとしたなんて。
彼にとって、どんなに辛いことだったか。酷い傷を今なお、抱えているに違いないのだ。
いつも、彼のためにありたいと願っているのに、幸せになって欲しいと思っているのに、これではまるで逆だ。
彼が自分の怪我を恐れるのは、当然のことだった。
この人は一度、恋人を失っているのだ。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……っ」
そう言って涙をぽろぽろとこぼす総司を、土方は黙ったまま見つめていた。
だが、やがて、ゆっくりと総司の肩に手をまわすと、引き寄せた。胸もとに小さな頭を押しつけ、きつく抱きすくめる。
低い声が耳もとで囁いた。
「愛してるよ、総司……」
「土方、さん……っ」
「だから、おまえを俺から奪わないでくれ。俺は、おまえを失えば、狂う。それは確実なんだ」
「……っ」
泣きじゃくりながら、総司は男の腕の中で、何度も頷いた。
この人のために生きたかった。
二度と傷つけたくない。
愛しているから、誰よりも愛しているから。
ずっと、彼の傍にいることが、何よりもの贖罪だと思うから……。
涙がとまらなかった。
それに、土方も無理にとめようとはしなかった。逞しい腕ですっぽりと抱きしめる。
柔らかな髪に頬をよせ、白い首筋や耳もとにキスを落とした。深く澄んだ黒い瞳が遠い何かを見つめた。
……そうだ。
俺からおまえを奪うことは許さない。
それが例え、おまえ自身であっても。
おまえを愛するためなら、世界を滅ぼしても、煉獄に灼かれてもいい。
総司、おまえが俺の腕の中にいるのなら……それだけで……
土方は総司の躰を優しく抱きしめた。潤んだ瞳で見上げる恋人に微笑みかけると、そっと唇を重ねてゆく。
美しく柔らかな朝の光の中で。
I can't bear the thought of being alone without you.
おまえがいない一人だけの俺なんて、考えるだけでも耐えられない。