金色の砂丘がどこまでも広がっていた。
 目をあげれば、見たこともないほどの美しく遙かな黄昏の空。
 黄金と朱の織りなす光の渦が、砂丘を淡く艶やかに浮かび上がらせ、幻想的な光景をくり広げてゆく。


(まるで、夢の世界のよう……)


 そう思いながらふり返ったぼくに、彼は優しく微笑みかけた。










 ゆっくりと目を開いた。
 何だか、少し熱い気がする。何か空気さえ違う感じ?
 そんな事を思いながら目を開いた総司は、とたん、訝しげに細い眉を顰めてしまった。
 愛する彼の膝上でうつらうつらしていたのは確かなのだが、同じなのだが。
 彼の黒い瞳がこちらを優しく見つめているのも、しなやかな指さきが髪を梳いてくれているのも同じなのだけれど。
 でも。
「……ここ、どこ?」
 小さく呟いた総司に、土方はかるく小首をかしげてみせた。
 悪戯っぽく笑いながら身をかがめる。
 掠めるようなキス。
「さぁ、どこだろう」
「何だか……戸外に思えるのですけど。それも……」
「それも?」
「……砂漠……?」
 問いかけた総司に、土方は微かに喉奥で笑った。
 そのまま柔らかく総司の背に手をまわして抱きおこすと、周囲の光景が目に入るようにさせてくれる。
 とたん、総司は目を見開いた。
「……うそ」





 本当に、砂漠だったのだ。
 一面どこまでも広がる金色の砂丘。見渡す限り、空と砂しかない世界だ。
 家なんか勿論どこにもないし、木一本生えていない。
「な、何で」
「……」
「どうして、砂漠にいるのですっ。どうして!」
 唖然としたまま叫んだ総司に、土方は柔らかく微笑んだ。
「おまえが望んだから」
「え?」
「さっき、望んだだろう? 砂漠に沈む夕陽が見たいって」
「見たいって……え」
 呆気にとられふり返れば、土方はくすくす笑いながら総司を見上げてきた。
 砂の上に片膝を抱えた格好で坐りこんだまま、こちらを見上げている様は、まるで悪戯が成功した少年のようだ。
 黒い瞳が楽しそうにきらきらしている。
「本の写真で見て、実際に見てみたいって望んだじゃないか。だから、叶えてあげた」
「叶えてあげたって……そ、そんな簡単に」
「俺は総司が望むことなら、何でも叶えてやるよ」
 そう何でもない事のように答えると、土方はしなやかな動きで立ち上がった。
 淡いグリーンのシャツの裾がふわりと風にひるがえる。
「ほら、ご覧」
 土方は総司の細い肩を抱いて引き寄せると、彼方へと指し示してみせた。
 そちらの方向を見たとたん、総司は息を呑んだ。
 ゆっくりと、日没が始まる処だったのだ。





 金色の砂丘がどこまでも広がっていた。
 目をあげれば、見たこともないほどの美しく遙かな黄昏の空。
 黄金と朱の織りなす光の渦が砂丘を淡く艶やかに浮かび上がらせ、幻想的な光景をくり広げてゆく。
 少しずつ、ゆるやかに地平線の彼方へと沈んでゆく太陽。
 神々しいまでの美しさだった。
 黄金と朱の輝きだけに支配された、魔の刻限───





 総司は息をつめたまま、それを見つめた。
 綺麗という言葉さえ、追いつかないほどの美しさだ。
 写真など及びもつかない、幻想的な光景だった。
「……」
 まるで、その光景が消えてしまう事を恐れるかのように、総司はそっと吐息をもらした。
 そんな総司を、土方が後ろから柔らかく抱きすくめる。
 男の両腕でつくられた、優しい檻。
「……綺麗だ」
 なめらかな低い声は、まるで愛撫のようで。
 耳もとをくすぐる囁きに、総司は静かに瞼を閉ざした。
 僅かに強くなった抱擁に身をまかせ、うっとりと微笑む。
「とても……綺麗だ」
 光景の事を告げているのか、それとも。
 黄昏の砂漠にひっそりと佇む、美しい大天使の事を云っているのか。
 それはわからなかったけれど、でも。
 わかる必要もない事だから。
「土方さん……ありがとう」
 総司は小さな声で、そっと囁いた。前にまわされた男の手に手をかさね、指さきをからめる。


「こんなにも綺麗な光景を見せてくれて……本当にありがとう」


 そう云った総司に、土方は静かに微笑んだ……。











 ゆっくりと目を開いた。
 柔らかな空気が心地よい。微かに響く、音楽。
 それらを感じながら、総司はゆっくりと目を開いた。
「……目が覚めたか?」
 男の膝上で眠っていたのか。
 ソファに腰かけて雑誌をめくっていたらしい土方が、優しい笑顔で覗き込んできた。
 それに、こくりと頷く。
 だが、どこかまるでまだ夢の中にいるようで。
 あの黄昏の砂漠と。
 この彼のマンションにいるいつもの夜と。
 どちらが現実なのか夢なのか、わからなくて。
「……ゆめ?」
 そう呟いた総司に、土方がかるく小首をかしげた。
 深く澄んだ黒い瞳が、恋人を見つめる。
「夢でも……見たのか?」
「うん……」
 こくりと頷き、総司は身を起した。そのまま彼の傍に坐りこむと、逞しい胸もとに身をすりよせる。
 夢の中で彼が着ていたのと同じ、淡いグリーンのシャツ。
「少し……夢を見ていたのです」
「そうか」
 土方は総司の細い肩を抱いてやりながら、答えた。
「しばらく眠っていたからね」
「うん……」
「もう8時だ。そろそろ晩御飯にしようか」
「え、あ」
 総司はびっくりして顔をあげ、時計を見た。確かに彼の云うとおり、時計の針は8時を少しまわっている。
「ご、ごめんなさい。遅くなっちゃって」
「いや、いいんだ。起さなかったのは、俺の方だし」
 くすっと笑い、土方は総司の頬にキスをした。
「とても気持ちよさそうに眠っていたからね」
「だって」
 総司は彼を見上げると、ふんわり嬉しそうに微笑んだ。
 なめらかな頬が上気し、大きな瞳がきらきらと輝く。
「とっても素敵な夢でしたから」
「どんな?」
「ん……とね」
 総司は小首をかしげ、云いかけた。だが、すぐ悪戯っぽく笑ってみせる。
「秘密」
 その答えに、土方はちょっと目を見開いた。
 それから、可愛い恋人を腕の中に引き寄せ抱きしめると、静かに微笑んだ。





     それは、まるで、
     夢の中の彼のように