指の間を、しなやかな黒髪がさらりと流れる。
彼の艶やかな黒髪は、驚くほどなめらかな感触だった。それを柔らかくかきあげ、泡立てたシャンプーで丁寧に洗ってゆく。
「……痛くないですか?」
そう訊ねた総司に、土方は「いや」と答えた。それに、ちょっとほっとしながら、手を動かしつづけた。
土方の髪は、見ためでも艶やかで綺麗だ。
そして、ふれてみれば、本当にきれいな黒髪だった。素直で癖がなく、男にしては固くない、どちらかと云えば柔らかな髪質だと思った。
洗う自分の指さきの方が心地いいぐらいだった。
「気持ち…いい?」
おそるおそる訊ねた総司に、土方は黙ったまま頷いてくれた。見下ろすと、目を閉じている顔がとても綺麗で、思わずキスしたくなる。
それを我慢して、丁寧に髪を洗った。シャワーで泡を流してから、リンスをつける。尚更さらりとした柔らかな感触に、思わず吐息がもれた。
「きれい……本当に綺麗な髪ですね。土方さんって、全部きれい……」
そう呟いた総司に、土方が何も答えぬまま低く笑った。
その笑いの意味がわからぬまま、総司は手を動かした。リンスもも洗い流すと出来上がりだ。
「……ありがとう」
顔をあげ、土方は微笑んだ。
「とても気持ちよかったよ」
片手で濡れた髪をかきあげる仕草が男らしく、あらためて見惚れてしまう。
ぼんやり見つめていると、そっと項を掴んで引き寄せられ、唇を重ねられた。甘く濃厚なキスに酔わされる。
「……んっ…っ……」
バスルームに声が響き、総司は頬を紅潮させた。
それに、土方がくすっと笑った。
「可愛いな」
「だって……」
俯いた総司の耳朶を噛むようにして、囁きかけた。
「もうその気になってる?」
「でも、今夜は」
ふるりと首をふった総司に、土方は云った。
「悪いけど、おまえは断れないよ」
きれいな笑顔で云われ、総司は目を瞬いた。どういう意味だか、よくわからない。
土方は唄うような口調でつづけた。
「さっき、俺はちゃんと菓子をやったからね。今度はおまえの番だ。俺はまだおまえから貰ってないし」
「貰ってって……どういう事ですか?」
「まだわからない?」
悪戯っぽい光をうかべた黒い瞳が、総司を覗き込んだ。まるで子どものような笑みをうかべる。
耳もとに唇を寄せると、土方は甘い声で囁いた。
「Trick or Treat.」
「……え」
総司は目を瞬いた。しばらく、土方の顔を見上げていたが、やがて。
「あっ! ハロウィーン!」
ようやく気がついた総司は、思わず声をあげた。慌てて彼の腕の中から逃れようとしたが、もう遅い。
柔らかく引き寄せられ、抱きすくめられた。あっと思った時には、深く唇を重ねられている。
そのまま、男の力強い腕の中で、身も心もとろかされた。
まるで、夢のように。
恋人たちが過ごす甘いハロウィーンは今、始まったばかりだった……。
ベッドへ行くまで待っていられなかった。
それでも、バスルームから逃れた総司がつかまえられたのは、隣接するパウダールームで。
土方のマンションにあるそこはとても広く、鏡も大きかった。まっ白な陶器のスクエアタイプのシンクが、桜材の一枚板にはめ込まれ、籐のソファやチェストまで置かれてあるという贅沢な造りだ。
そのパウダールームで、総司は彼に抱かれていた。
カウンターに上半身を突っ伏した体位で、後ろから抱かれている。必然的に総司は男に抱かれる自分を鏡ごしに見ることになり、その行為への羞恥心に耳朶まで真っ赤に染め上げていた。それがまたセクシャルだ。
「……ぁっ、やあ…ぅッ」
必死になって躯の下に敷かれたバスタオルにしがみついた。後ろから激しく腰を打ちつけられるたび、強烈な快感美が背筋を突き抜ける。
広いと云っても普通の部屋よりは狭いパウダールームなので、声もよく反響し、それがまた総司を身悶えさせた。
「ぃ、やっ…ぁ、ぁあっ、や…ぁっ」
「……こんなに気持ち良さそうなのに?」
土方は心地よげに目を細め、左手をのばした。右手は総司の細い腰を逃がさぬように抱き寄せている。
まっ白な背中から腰あたりを掌で柔らかく撫であげてやりながら、問いかけた。
「本当に……いやか?」
「ぅ、んんっ…だ、って…こんな…」
総司はふるふると首をふった。羞恥に、大きな瞳がとろりと潤む。
「……恥ずかし……っ」
「恥ずかしがる事はない。とても綺麗だ」
身を倒して、背筋を舌で舐めあげてやった。とたん、びくっと震えて鳴く総司が可愛らしい。
土方は薄く嗤うと、総司の腰を両手で鷲掴みにし、本格的な律動を始めた。柔らかな蕾へ、男の猛りが激しく抜き挿しされる。
たちまち、総司は仰け反り悲鳴をあげた。
「ぁあッ! はっ、ぁあ…っ、ぁっ」
「総司……あぁ、いい気持ちだ」
「やっ、ぁあっ…い、くっ…ぁあ、いくうぅ…っ」
素早く握りしめてやった男の掌の中で、総司のものが弾けた。とろとろと蜜がこぼれ落ちてゆく。
まだひくひく震える可愛らしいそれを揉みこんでやりながら、土方は総司の前に手をまわすようにして上体を抱きおこした。
耳もとに唇を寄せ、囁きかける。
「ほら……見てごらん」
「……ぁ、ん…っ」
「総司……とても綺麗だ」
「ぁ…ぁ、ぁあ……」
絶頂に達したばかりの総司は、とろんとした瞳を鏡にむけた。
くしゃりと乱れた髪に、熱と快楽に潤んだ瞳。
なめらかな頬は桜色に上気し、その濡れた唇も、男の欲情を煽るように微かに開かれている。
身も心も、この快楽に恋に溺れこんだ大天使の美しくも艶めかしい表情だった。
「……綺麗だ」
うっとりした口調で、土方は囁いた。その白い首筋や耳もとに口づけながら、言葉をつづける。
「可愛い総司、おまえは俺のものだ」
「土方…さん……」
「ここにいるおまえも……鏡の中のおまえも、全部、俺のものだ……」
男の声音には、昏い狂気と愉悦が潜んでいた。だが、それに総司は全く気づかなかった。ただうっとりと男の腕に抱かれている。
やがて、土方は総司の躯をいったん離すと、その腕に軽々と抱きあげた。パウダールームを横ぎり、片隅にある籐椅子へ腰をおろす。
「土方、さん……?」
不思議そうに見上げる総司を膝上に抱いた。頬に一度だけキスを落としてから、そのまま両膝を後ろからすくいあげた。
「あ」
総司が目を見開き、反射的に逃れようとした。だが、その細い躯はもう男の思うがままだ。
己の屹立した剛直の上に降ろしてゆく。
「……ぃ、ッやぁ、ぁッ!」
真下から貫かれ、総司は悲鳴をあげた。根本まで咥えこまされ、圧迫感と重量感に息がつまりそうになる。
だが、激しい抽挿が始まると、たちまち甘い快楽が腰奥を満たした。感じやすい奥を男の猛りで執拗に擦りあげられ、たまらなくなる。
「ぁあっ、ぅくっぅ、ぁあっ」
総司は男の肩に頭を凭せかけ、泣きじゃくった。霞んだ視界には鏡が相変わらず存在し、そこには無理やり躯を上下させられ男を受け入れさせられている自分の姿が映し出されている。それは扇情的な光景だった。
男の強引な行為を受け入れている証に、総司のものはまた可愛らしく頭をもたげている。
「ぁあっ、ぁ、あ、っや…ぁ、は──」
「可愛い総司……」
「ん、ぁあ…っ、ぁああっ」
そのまま下から激しく揺さぶられた。蕾の奥を太いもので乱暴に掻き回され、切ないほどの快感がこみあげる。耳もとにふれる男の息づかいも荒くなった。
総司は突き上げる強烈な快感美に、泣きじゃくった。次の瞬間、目の前がまっ白にスパークした。
「ぁ、ぁ、ぁあああーッ……!」
悲鳴をあげ、総司は二度目の絶頂を迎えていた。今度は蜜を宙へ迸らせてしまう。
それと同時に、腰奥へ男の熱が激しく叩きつけられた。二度三度と注ぎこまれ、躯中が熱く痺れる。
「……は…ぁ、ぁ…っ」
まだ呼吸の整わない総司を、土方が後ろからゆるく抱きすくめた。汗ばんだ肌がふれあい、心地よい。
うっとりと目を閉じた総司の頬に、土方がそっと口づけた。それに首をすくめ、くすくす笑いあう。
「……愛してる……」
甘い囁きとともに始まったキスが、恋人たちの躯に再び火を灯すのは、そのすぐ後の事だった……。
白いシーツが海のように広がっていた。
ベッドルームにある、大きなベッドの上だ。それに、総司はうつ伏せになり頬杖をついていた。
目の前の大きな窓には、見事な夜景が広がっている。不夜城都市のイルミネーションだ。
それをぼんやり眺めているうちに、ドアが開き、仕事の電話をしていた土方が部屋に戻ってきた。バスローブの紐を解きながら歩み寄ってくると、そのまま総司の隣へ身をすべりこませてくる。
総司は躯を寄せると、自分が洗ってあげた黒髪にそっと指さきでふれた。
「……いつも思っていたの」
突然の言葉に、土方は目をあげた。
それに、総司はちょっと躊躇いがちにだったが、言葉をつづけた。
「もっとあなたのために、何かしてあげたいって。何かしてあげられる事はないのかなって……」
「……総司」
土方の目が瞠られた。
それに、総司は小さな声で自分の気持ちを話した。
「あなたはいつも、ぼくを守ってくれる。優しく愛してくれる。でも、ぼくはあなたに同じだけのものを返してあげられているのかなと思ったら、たまらなく不安になってしまったの……」
「不安になど、なる必要もないよ」
土方は僅かに身をおこすと、総司の上におおいかぶさった。そっと総司の頬を掌で包みこみ、静かな声で答えた。
「総司、おまえがここにいてくれるだけでいい。ここにおまえがいる……その事だけで、俺は誰よりも救われるんだ」
「救われる……?」
総司は目を瞬いた。思わず問いかける。
「なら、土方さんも……苦しんでいるの? 何か辛いことがあるの?」
「……」
土方は黙ったまま微笑んでみせた。結局、何も答えぬまま、頬にキスを落としてくる。
それを肯定の意味を受け取った総司は、たまらず彼の躯に抱きついた。
いつも何も云わないけれど、政界に身を置いている彼なのだ。総司には想像もつかないような苦しみ、辛さを、味わっているに違いなかった。
本当なら、こんなにも優しい人がいるべき場所ではないのに。
この人を誰よりも守ってあげたいと、願っているのに。
「ぼくにも分けて。あなたの苦しみを」
総司は半ば涙声になりながら、云った。
「あなたの苦しみを、ぼくのものとしたいの。全部、分かちあいたいの」
「まるで、婚姻の約束だな」
くすくすと土方が笑った。それから、身を起すと、総司も抱きおこし、坐らせた。
優しく手をとり、その瞳を悪戯っぽく笑いながら覗きこむ。
「なら、ここで約束しようか」
「え」
「全部、わかちあおうと。俺とおまえ……すべてを分かちあっていこうと」
「──」
それを聞いたとたん、総司の胸奥で、何かがざわりと揺らめいた。突然、背中に冷や水を浴びせられたような感覚が襲ったのだ。
思わず身じろいでしまう。
だが、それは気のせいであるはずだった。
目の前にいるのは、優しい愛する恋人。
何も──何一つ、恐れる事はないのだから。
総司はそっと手を握り返し、大きな瞳でまっすぐ土方を見上げた。
「……約束します」
土方は僅かに目を細めた。じっと見つめたまま、ゆっくりと告げる。
「俺とおまえ、これから……すべてを分かちあうことを。俺のすべては、おまえとともに……」
「誓います。ぼくのすべては、土方さん……あなたとともに」
そう答えた瞬間、その細い躯はきつく抱きすくめられていた。耳もとに彼の吐息がふれ、熱い口調で囁かれる。
「ありがとう。総司……こんなにも俺を愛してくれて」
「土方さん……」
「永遠に、俺はおまえのものだ。おまえも……俺のものだ」
男の腕の中、総司は素直にこくりと頷いた。それを抱き寄せながら、土方は目を伏せた。
そして。
形のよい唇の端が、僅かにつりあがった。
この魔王たる俺を、救えるものならば。
神でも悪魔でもない。
俺を救うのも罰するのも、総司、おまえだけだ。
誓いは永遠に。
二人ともにどこまでも。
鏡に映る虚像までも手にいれたいと願う、この心のままに。
美しく清らかな大天使。
誰よりも何よりも。
魔の夜にふさわしいtreatだ……。
「……愛してるよ」
そっと抱きしめながら、土方は優しく囁いた。
それに、総司は花のように微笑んだのだった。
愛しい恋人の腕の中、この上なく幸せそうに。
世界中の誰よりも。
甘く甘く……夢見るように。
[あとがき]
treatは供応という意味だそうです。なので、土方さんにとっては総司自身が、何よりのtreatかな。しっかり味わってますし(笑)。パウダールーム、化粧直しのための部屋として知られてますが、住居の場合は洗面所としても使われるみたいです。でも、洗面所って、何か魔王さま土方さんのイメージにあわない気が。その辺りはイメージ優先という事で。
久々の「Honey Love」ほんの少しでもお楽しみに頂けたら、とても嬉しいです。