おまえのためならば
どんな願いも叶えよう
たとえ星を望まれても
おまえのためなら、捧げてみせよう
バスルームから出ると、総司の姿がどこにもなかった。
そんな事はありえないとわかっていても、どこか遠くへ飛んでいってしまったのではないかと、柄にもなく不安になってしまう。
「総司……?」
しんと静まり返った彼のマンションに、声が響いた。
だが、答えは返らない。
土方はまだ濡れた黒髪をしなやかな指さきでかき上げ、僅かに目を細めた。きっと唇を引き結ぶと、寝室を通り抜けてリビングへ向かった。
彼の部屋は寝室にバスルームやサニタリーが続いているので、リビングは廊下の先にある。
扉を開くと、そこも真っ暗だった。が、今日は満月らしく、煌々とした月の光で部屋は思ったより明るい。
リビングに歩み入った土方は、右手の大きな窓ガラス前に求めていた恋人の姿を見つけ、足をとめた。
ほっと安堵したために吐息がもれ、その黒い瞳が柔らかな光をうかべる。
「……」
部屋を横切り、そっと両手をのばした。
無心に夜空を見上げている愛しい躯を、後ろから柔らかく抱きすくめた。
「あ……!」
とたん、総司の躯がびくりと震えた。慌ててふり返る。
「土方さん! な、何……っ」
「何だと聞きたいのは、こっちだよ。いったい、何をしてたんだ」
そう云った土方に、総司は僅かに小首をかしげた。
「もしかして……怒ってる?」
「そうじゃない。おまえがどこかへ飛んでいってしまったのかと思って……不安になった」
「不安? 土方さんが?」
びっくりして、総司は聞き返した。
が、それに土方は愛しい天使の躯をきつく抱きすくめた。胸もとで腕を交差させ、ぎゅっと抱きしめる。
「おかしいか? 俺が不安に思ったりしたら……」
「だって……あなたはいつも自信にあふれてるから。ぼくみたいに、不安になったりする事なんてないと思ってた……」
「いつだって、不安さ」
土方はくすっと笑った。耳もとに彼の吐息がふれて、少しくすぐったい。
「おまえが俺を疎む時がこないか、どこか遠くへ逃げ出さないか。そんな事ばかり考えて、不安になる事は幾らでもある」
「そんなの……っ」
総司はふるふると首をふった。
「ぼくがあなたから逃げ出すなんてありえません。こんなにもあなたを愛してるのに」
「ありがとう……俺も愛してるよ」
優しい声で囁きながら、土方は総司の耳もとや首筋に甘いキスを落とした。
そっと掌で躯のラインを撫でてやりながら、訊ねた。
「で、こんな所で何をしていたんだ……?」
「ん……星が綺麗だったから……」
「あぁ、そうだな」
土方は切れの長い目をついとあげ、夜空を見上げた。
東京の空なのでさほど見える訳ではない。が、雨上がりのため空気が澄んでいるのか、いつもよりは星がよく見えた。
「綺麗な星空だ」
「いつも、こんなふうに見れたらいいのになぁ。夜空を飛ぶのって、とても気持ちがいいんですよ」
「そうだろうな」
「ね、土方さん……?」
「ん?」
「いつか、あなたと一緒に飛びたいな」
そう云った総司に、土方は目を見開いた。
しばらく黙っていたが、やがて、くっくっと喉を鳴らして笑い始めた。
「それは無理だろう。俺は悪魔だから、天使にはなれないよ」
「そうじゃなくて、翼じゃなくて……ほら、ヘリコプターやセスナとかで」
「あぁ、なるほど」
ようやく納得のいった土方は、総司の柔らかな髪を一房すいあげ、口づけた。
「わかった。明日にでも予約を入れておこう」
「そ、そんなすぐじゃなくても……っ」
「俺はおまえの願いなら、何でも叶えてあげたいんだよ。すぐにでも」
そう囁いた土方は、ゆるやかに指さきをすべらせた。パジャマの下からすべりこんだ男の掌が、白い肌を優しく撫であげる。
「ぁ…んん……っ」
総司は甘い声をあげ、身を捩った。
「だ…めぇ、やだ……っ」
「どうして?」
「こんな所で…や、んんっ、ぁ…ベッドでなきゃ……っ」
ふるふると首をふった総司に、土方はくすくす笑いながら首筋に唇を這わせた。ぞくぞくような快感が背筋を這い上がり、お互いの躯に甘い熱をあたえてゆく。
凭れかかってくる細い体を両腕に抱きあげた。
望みどおりベッドで事を行うため寝室へ向かおうとして、ふと後ろをふり返った。
窓ごしに見える、美しい星──
「たとえ星を望まれても……か」
突然、そう呟いた土方に、総司は「え?」と目を見開いた。
それに、土方は黙ったまま首をふると、優しく微笑んでみせたのだった。
「……たとえ星を望まれても」
そう口ずさんだ土方は、僅かに小首をかしげてみせた。
冷たく澄んだ黒い瞳で、まっすぐ彼を見つめた。
「そんな歌詞がありませんでしたか? 何という歌劇だったか……」
「……」
相手の男は答えぬまま、きっと唇を固く引き結んだ。
その頑なな態度に、土方は静かに微笑んだ。
ある大学で経済学の鞭をとる、この高名な教授を呼んだのは、土方だった。
政治家として必要な事だった。
様々な方面に人脈をつくり、そこから学べるものは吸収していく彼のやり方は独特のものだった。
土方ほどの頭脳をもっているから出来る事であり、平凡な人間が出来得ることではない。だが、だからこそ、彼に招かれるのは、著名人として一種のステイタスとなりつつあった。
土方ほどの男に認められたことになるのだ。
今日の会談は、ホテルの一室で行われた。
むろん、一流ホテルの最上階スイートだ。数日前から滞在していた土方は、そこに教授であるその彼を招いたのだが──
「……ようこそ」
扉が開かれ、彼が入ってきた瞬間、土方は身を沈めていた一人掛けソファからしなやかな動きで立ち上がった。
「初めまして、土方です」
歩み寄ろうとした教授の足が、突然とまった。
愕然とした表情で、土方を凝視している。
それに微笑み、優雅なまでの仕草ですっと手をさしのべた。
「今日は私の身勝手な都合を押し付けてしまい、申し訳ありませんでした」
形のよい唇の端がつりあがった。
「……伊東先生」
「まさか……」
呻くような声で伊東は呟き、激しく首をふった。
それに、土方は僅かに小首をかしげてみせた。ふと、その黒い瞳が嘲りにみちた光をうかべる。
「どうかしましたか?」
丁寧な口調で問いかけた。
あの遠い昔のように、何とも魅力的な笑みをうかべながら。
「……いえ」
伊東は小さく答え、拳を握りしめた。
おそらく口にすることさえ厭わしいのだろう。
魔王の復活など。
もっとも恐れていた事の実現に、伊東は驚愕していた。
だが、相手は今、新鋭の代議士だ。それもこの若さで近いうちに閣僚入りを確実視されており、代々大物政治家を輩出してきた名家出身の、いわば政界のサラブレッド。
とても一介の教授が太刀打ちできる相手ではなかった。
魔王と大天使として対峙するなら、もっと別の場所を選ぶべきだろう。ここでは現のしがらみが多すぎるのだ。
「……」
目を伏せた伊東に、土方はくすっと笑った。部屋を横切ると、ソファへ再び身を沈めた。伊東にも坐るよう、柔らかな口調で勧める。
会談は順調に進んだ。
ビジネスライクに話を進める土方に、伊東も的確な答えを返した。が、二人の間には緊張感が張り詰めていた。
びりびりと張られた弦が今にも断ち切られてしまいそうな───
そして。
帰り際、先ほどの言葉となったのだ。
「今の私の気持ちですよ」
土方は口元に笑みをうかべながら、低い声で呟いた。もう視線は伊東からそらされ、窓外の空へとむけられている。
ソファに身を沈め、そうして窓外へ視線をやるその姿は、息を呑むほど美しかった。
しなやかな指さきでかきあげた艶やかな黒髪が、さらりと指の間をながれていく様は、まるで映画のワンシーンのようだ。
ゆっくりと、まるで味わうように言葉をつづけた。
「どんな願いでも叶えてみせる、贖ってみせる。たとえ、星を望まれても……ね」
「……」
「だが、それは……何故だと思いますか?」
問いかけられ、伊東は首をふった。
「わかりません」
そっけない伊東の返答に、土方は微笑んだ。両手を組み合わせながら、その黒い瞳で見つめた。
「なら、次回お会いする時までに、考えておいて下さい」
「いや……」
伊東はきっぱりとした口調で云った。
「もう会うことはないでしょう」
「……」
「きみとは二度と」
それに、土方はしばらくの間、黙っていた。やがて、ふっと片頬に笑みをうかべた。
「……成程、その方が互いの為という訳ですか。しかし、相変わらず駆け引きの出来ない人だ」
そう云うと、土方はすっと身を起こした。
優雅なまでの仕草で立ち上がり、綺麗な笑顔を伊東にむけた。
そして──云い放った。
「では……また今度」
「……」
沈黙する伊東に、土方は背をむけた。もう全く興味を失ってしまったのか、まるでそこに誰もいないような態度で部屋を横切ってゆく。
大きな窓を前に佇む男の背に、伊東は鋭い一瞥をむけた。だが、結局、無言のまま踵を返した。静かに部屋を出てゆく。
遠ざかってゆく宿敵の気配を感じながら、土方はうっすらと笑みをうかべた。
冷たく澄んだ黒い瞳が、青い青い空を見上げた。
「たとえ星を望まれても……か」
なぜ、突然、あの歌詞を思い出したのか。
この自分が──魔王である彼が、大天使総司の恋人であるなどと、全く知る由もない伊東の顔を見ているうちに、ふと口について出たのだ。
だが、まさに、そのとおりだった。
総司のためなら、どんな事でも出来るのだ。
あの優しい天使がそんな事を望むとは思わないが、もしそれが願いなら、国を破滅させ総司に捧げてやってもいい。
それこそ、星一つ捧げる事も躊躇わないだろう。
だが、それはすべて、愛しい天使を逃がさないためだった。
この手の中にある、囚われの愛しい愛しい天使。
総司を逃がさぬためなら、その愛を心を失わぬためなら、自分はどんな事でもするのだ。
他の何を贖っても、望むのはただ一つ。
愛する天使だけなのだから──
(……総司……)
見上げた青い空を、まっ白な鳥が飛んでゆくのが見えた。
「ふっ…んん、ぁ…あんっ」
甘く濡れた声が部屋に響いていた。
カーテンが開け放たれた窓の外、美しい星空が輝いている。その明かりの中、総司は土方に抱かれていた。
むしゃぶりつくように首筋や胸もとへ口づけてくる男に、総司はひっきりなしに甘い声をあげる。
そろそろ、もう限界だった。
何度も達せられた総司のものは蜜を放ち、下腹がぐっしょり濡れてしまっている。彼の指で緩められた蕾も柔らかく震え、熱く屹立した男のものを欲しがっていた。
「は…やくぅ……っ」
総司はすすり泣きながら、手をのばした。男の腕にすがりつき、可愛らしくねだる。
「早く…して……っ」
「仰せのままに」
くすっと笑い、土方は総司の両膝を抱え込んだ。胸に押し上げて左右に広げると、今から男を受け入れる蕾が丸見えになる。
物欲しげに濡れそぼったそこに己の猛りをあてがうと、体重をかけて一気に貫いた。
「ひ…ぁああぁッ!」
甲高い悲鳴をあげ、反射的に上へずり上がろうとする。それを無理やり引き戻し、より深く受け入れさせた。
「ぁ…ぁあ、ぁあ…おっ…きいよぉ……っ」
総司がすすり泣きながら、ゆるゆると首をふった。必死に喘いで、何とか馴れようとしている。
それを見下ろす男の黒い瞳が欲望に濡れた。
ぺろりと唇を舌で舐める仕草が、まるで獰猛な獣のようだ。いつものストイックな雰囲気が嘘のような、セクシャルで魅力的な男の表情だった。
形のよい唇の端がつりあがり、薄く笑った。
「きつい? だが、俺は熱くて気持ちいい」
「や…だっ、ぁんっ…ぁあ……っ」
「天国へいかせてあげるよ」
そう甘い声で囁くと、土方はゆっくりと腰を動かし始めた。
少しずつ激しくなってくる律動に、総司は泣きながら彼の腕に縋りついた。
「ぁあっ、ぁああ…んっ、ぁあんッ」
「総司……ここがいいんだろう?」
「ふっ、ぁああんッ! ひあッ…ぁあッ、いぃッ…いいよぉ…ッ!」
総司は濡れた声をあげ、激しく身悶えた。
土方は低く笑うと身を起こし、より総司の膝を左右にきつく押し広げた。
そのまま蜜の坩堝と化した蕾の奥を、己の猛った雄でぐちゅぐちゅと乱暴に掻き回してやる。
たちまち総司が身を仰け反らせ、甘い悲鳴をあげた。
「や、ぁああんんぅ…ッ!」
「いや? いいの間違いだろう」
「ぁ…はぁ、ぁああんッ、あんッ」
泣きながら縋りついてくる総司は、もうきっと何もわからない。
覗き込んだ瞳はとろりと快楽に濡れていた。
それが可愛くてたまらなかった。
「天使は快楽に弱いな」
くっくっと喉を鳴らし、土方は笑った。
甘く口づけてから、また腰で激しく揺さぶりをかけてやった。
少年の甲高い悲鳴が耳に心地よい。
満足げに目を細めた。
「……快楽に鳴いている時が一番可愛らしい」
聞き取れぬほど低い声で呟くと、土方は総司をかき抱いた。
そして。
愛しい天使の身も心も奪いつくすように、腕の中にあるしなやかな少年を、激しく熱く貪っていったのだった……。
おまえのためならば
どんな願いも叶えよう
たとえ、星を望まれても
おまえのためなら、捧げてみせよう
だが
そのかわり
俺が望むのは一つだけだ
悪魔に取引はつき物だから
ほら、ご覧?
おまえのために、鳥篭を用意したよ
おまえを閉じ込めるための、美しい篭だ
これならば
おまえも気にいってくれるだろう
──総司
愛しい囚われの天使……
[あとがき]
魔王土方さんと天使長伊東先生の再会編です。あまりに強大な力を前に、絶句する伊東先生を書いてみたくて。まぁ、またここから反撃が始まるんでしょうけど。総司に対しては相変わらずげろ甘の土方さんです。もともと、何も知らぬうちに、少しずつ魔王土方さんの手の中に囚われてゆく天使の総司──というのが、私のこのお話のテーマ。扉絵はそれを意味して選びました。でも、本当は囚われちゃてるのは、土方さんの方なんですよねぇ(笑)。またつづき書きますので、読んでやって下さいね♪
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