午後8時をまわった。
あたりは暮れてしまい、もう夜だ。
あれから、3時間もたってしまっていた。だが、それでも土方は出てこなかったのだ。
とうとう堪えきれず、先ほど電話をかけてしまったが、電源が切られていて繋がらない。その事が総司の気持ちを不安へ陥れた。
(もしかして……ぼくが断ったから? だから、他の誰かとのパーティにでも行っちゃったの?)
(意地っぱりなぼくに呆れて、それで……)
そんな事を考え出すととまらず、総司はきゅっと唇を噛みしめた。ずっと待っていた寒さと不安と切なさで、じわっと涙が瞳にうかんでくる。
もう帰るべきなのかと思ったが、どうしても足が動かなかった。
彼に逢いたいのだ。
逢って話して、愛してるよと囁かれたい。
自分の気持ちをこのチョコレートに託して伝えたい。
どんなに彼が好きなのか、愛してるのか。
そして。
本当は、もっと彼に甘えたいのだという事も……。
「……」
ふと気づいてみあげれば、粉雪が舞い始めていた。
夜空に美しい光景だが、とても冷たい。躯の芯まで凍えてしまいそうだった。
指さきの感覚は、とうの昔にないに等しい。
総司は両手をこすりあわせると、はぁっと息を吹きかけた。
その時、だった。
「──総司!」
不意に名を叫ばれ、総司は驚いてふり返った。
だが、すぐ、その可愛らしい顔がぱっと輝く。
「ぃ…───」
答えようとしたが、寒さのためか舌がまわらなかった。
唇からは、白い息が吐き出されるのみだ。
躯中が竦んだように動かなかった。紙袋を抱えたまま、こちらへ駆け寄ってくる男を見つめている。
「総司、おまえは……!」
土方は議員会館から飛び出してきた処のようだった。スーツ姿で、彼のものらしい黒のコートを手に掴んでいる。
ものすごい勢いで駆け寄ってくると、息を切らしながら総司の腕を荒々しく掴んだ。あっという間に、彼のコートでその躯を包みこまれてしまう。
びっくりして見上げれば、土方の鋭い瞳に見据えられた。
「こんな処で何をやっているんだ」
「ぇ……」
総司は叱られる!と身をすくめた。
こんな彼の表舞台である場所の近くにいてしまったのだ。よくよく考えてみれば、自分の立場を弁えない行動だった。
彼への迷惑を考えなかった自分が、とても情けなくなってしまう。
何も云えず俯いた総司に、土方は言葉をつづけた。
「さっき、外へ出た山崎からおまえらしいのが立っていると聞いたんだ」
「……ぁ、は…ぃ」
「おまえ、いつからここに立っていた」
総司は僅かに視線を彷徨わせながら、小さな小さな声で答えた。
「……5時…から……」
「この莫迦ッ!」
突然、大声で怒鳴りつけられ、総司はびくっと目を見開いた。
彼にこんな風に怒られたことなど、初めてだったのだ。びっくりして息を呑んでいると、不意に土方がかるく身をかがめた。そのまま、え?と思った時には、彼の両腕が腰と膝裏にまわされ、乱暴に抱きあげられてしまう。
「! ひ、土方さ……っ」
「おとなしくしていろ」
怒気のこもった声で命じられ、総司は身を竦めた。本気で怒っているらしい彼の様子に、怖くなってしまう。
いつのまに来たのか、山崎が車をまわし、ドアを開けてくれていた。
土方は総司を抱きかかえたまま、車の中へ乗り込んだ。ふわっとあたたかい空気が、総司の冷え切った躯を包み込む。
だが、そのあたたかな人工の空気よりも土方のぬくもりが心地よくて、彼のつけている香りが懐かしくて、思わずぎゅっと抱きついてしまった。
「とりあえず、近くのホテルへ行ってくれ」
走り出した車の中で、土方が山崎にそう云っているのが聞こえた。それに、総司は彼の腕の中にまだおさまりながら、目を瞬かせる。
「ホテル? どうして……」
「躯をあたためないと、風邪をひいてしまうだろう」
土方はまだ彼にしてはきつい口調で答えた。それに、総司は慌てて首をふった。
「そんな、大丈夫です。ぼく、もう大丈夫だから……」
「……」
形のよい眉を顰めた土方は、不意に手をのばした。総司の冷え切った頬から首筋を指さきでなぞり、呟く。
「こんなに冷えきって……」
「……ぁ」
「何が大丈夫だ。氷みたいに冷たい躯をしてるじゃないか」
ふわりと力強い腕で包みこむように抱きしめられ、総司はかぁっと頬が火照るのを感じた。
ここは車の中なのだ。しかも、二人きりではない。
慌てて身を捩る総司だったが、土方は腕の力を一向に緩めようとしなかった。より強く抱きすくめてくる。
まるで、冷えきった恋人の躯をあたためるように。
身も心もあたためてくれるように───
(……土方さん……)
総司はちょっと息を呑んでから、おずおずと彼の背に手をまわした。抱きかえしたとたん、土方が優しく髪に頬にキスをおとしてくる。
それを心地よく感じながら、総司はそっと瞼を閉ざした。
山崎が運転する車が停まったのは、大通りに面した一流ホテルだった。
思わず気後れしてしまう総司に微笑いかけ、土方は柔らかく車から降ろしてくれた。正面玄関を入っていきながら、そっと手を握りしめる。
むろん、一瞬だけの事だった。こんな処で少年と手を繋いでいる様など見られれば、スキャンダルだ。
その事をよくわかっているだけに、総司はフロントへ向かう土方の背を、黙って見つめる他なかった。
だが、彼は総司の淋しさに気づいていたのか。
エレベーターで二人きりになったとたん、きつく抱きしめられた。優しい声で囁いてくれる。
「……可愛い総司、ずっと傍にいるよ」
「うん……」
ほっとして彼の胸に身をすり寄せると、より強く抱きしめられた。
エレベーターで最上階まであがり、いつも彼の家がリザーブしている部屋に入った。
「とにかく躯をあたためよう」
そう云った土方は総司の背を押すようにして、バスルームへ入った。クリーム色の大理石でまとめられた、とても広くて綺麗なバスルームだ。
土方は手早くバスタブに湯をそそぎはじめた。バスキューブも幾つか放り込んでいる。たちまち、もうもうとした湯気があたりを満たし始めた。
総司が周囲を見回していると、
「ほら」
と、彼の方へ向き直された。慌てて見れば、土方は総司の前に跪き、コートの釦を外している。びっくりして見下ろした。
「な…何してるんですか?」
「おまえの服を脱がせているんだよ。早くしないと、風邪をひいてしまうぞ」
「そ、そうだけど……」
戸惑っているうちに、土方は総司の服を手早く脱がせてしまう。ぼーっと見上げた総司を湯でみたされたバスタブの中に入れてから、土方は自分のネクタイを緩めた。シュッと音をたてて引き抜き、スーツの上着を脱ぎはじめる。
「あのっ、あの……」
「ん?」
「もしかして、一緒に入る…の?」
そう訊ねた総司に、土方はかるく小首をかしげてみせた。濡れたような黒い瞳が、総司を見つめる。
「だめか?」
「だめ……って訳じゃないけど……」
「良かった。俺も躯が冷えてしまったからね」
そんな風に云われてしまえば、もう何も云えない。
躊躇っているうちに、土方は手早く衣服を脱ぎ捨ててしまった。白い湯気の中、露になった男の引き締まった躯に、総司は慌てて視線をそらす。
それに、土方はバスタブの中へ入ってくると、喉を鳴らして笑った。
「今更……照れる間柄じゃないだろう?」
「そうだけど、でも……」
ベッド以外の場所で、こうして裸身で向き合うのはやはり恥ずかしいのだ。
小さく身を捩った総司の白い華奢な躯を、土方はゆっくりと膝上に抱きあげた。ばしゃっと湯の音が鳴る。
背中から、男の両腕で包みこむように抱きすくめられた。
「……旅行に行った時みたいだな」
「うん……」
総司は同じことを思っていたので、嬉しくなって頷いた。それに、土方が微笑みながら、髪や首筋に唇を押しあててくる。
背骨から項にかけて口づけを落とされたとたん、甘い疼きが腰奥を這いのぼった。思わず声をあげてしまう。
「…ぁ…んっ……」
「そんな風に煽らないでくれ」
土方はくすっと笑ったが、その耳もとにふれた吐息にさえ感じてしまった。目を閉じて凭れかかれば、柔らかく抱きすくめられる。
泡が二人の躯をゆるやかに包み込み、甘い香りを漂わせた。
総司が僅かに目を瞬かせる。
「……これ……チョコの香り……?」
「あぁ、そうみたいだな」
土方は手をのばし、パッケージを取り上げた。そこには確かにショコラの絵が描かれてある。
「バレンタインだからだろう。それに……チョコレートは愛の媚薬というからね」
「愛の……媚薬?」
「そう、愛の媚薬だ……」
土方は低い声で甘やかに囁くと、総司の白い肌に唇を押しあてた。しなやかな指さきが胸の蕾を摘みあげ、柔らかく擦りあげる。
「ぁ、ぁあ…ぁ、っ…や……」
ふるりと首をふった総司だったが、本気で嫌がった訳ではなかった。総司も彼が欲しくて欲しくてたまらなかったのだ。
無意識のうちに、躯を擦りよせてしまう。
いやと啜り泣きながらも躯をゆだねてくる少年に、土方は満足げに微笑んだ。
こんな処でも意地をはってしまう総司だが、そこがまた可愛くてたまらない。
「……可愛いよ、総司」
睦言を吐息まじりに囁きながら、土方は総司の躯をゆっくりと開かせた。
焦らず、いつものように手順を踏んでまだ固い蕾のような躯に、男を受け入れさせる準備をほどこしてゆく。
「ふ…ぁ…っ、ぁあ…っん……」
総司は蕾の奥をゆるやかに擦りあげるしなやかな指さきに、喘いだ。たまらず、腰がゆらゆら揺れてしまう。
物足りなかった。
早く彼が欲しい。
このチョコレートの甘い濃厚な香りの中で、身も心もとろけるほど愛する男に抱かれてしまいたい。
「ね、は…や、く……っ」
可愛らしくねだる少年に、土方は目を細めた。彼の黒い瞳も獣のように濡れ、まぎれもない欲望を滾らせているのがわかる。
素早く総司の躯の向きを変えさせると、バスタブの縁に背を凭せかけ、大きく両脚を広げさせた。恥ずかしいと頬をそめる総司に微笑み、その白いすんなりした脚を抱えこむ。
広げられた蕾に己の猛りをあてがい、一気に貫いた。
「ッ…ぁああーッ!」
掠れた悲鳴をあげ、総司が仰け反った。ものすごい質量に腰奥を満たされ、息がつまりそうになる。
だが、痛みを感じる暇もなかった。
すぐさま力強く揺すりあげられ、ぞくぞくするような快感が背筋を突き抜ける。
「ぁっ…はあっ、ぁあッあッぅっ」
バスタブの縁をつかみ、泣きじゃくった。
蕾の奥に男の太い楔を打ち込まれるたび、甘い悲鳴をあげて仰け反った。躯中が熱く痺れ、互いの事しか感じられなくなってゆく。
「あぁっ、ぁ…すご…ぃっ、っ…!」
「気持ち……いいか?」
「ぅ…んっ、も…っと、もっと…っぁあぅ…っ」
「望みどおり…してやるよ」
土方は欲望に濡れた瞳で己だけの獲物を見下ろし、薄く笑った。痺れた蕾の奥を、己の猛りで激しく抉ってゆく。
息もつまるような激しい抽挿に、総司は涙でいっぱいの目を見開いた。
「ひぃ…ッぁあッ」
「……総司……可愛いな」
「ぁ、っ、ぁあっ…いっちゃ、ぅ…っ」
「いけばいい、ほら……いい子だ……」
「ぁっ、ぁ…あっ、いくぅっ、いっちゃ…ぁああッ!」
甲高い悲鳴をあげ、総司は仰け反った。とたん、総司のものから白い蜜が勢いよく迸る。
土方は満足げに嗤うと、ふるふる震えている総司のものを手のひらに握りこんだ。先っぽに親指を食いこませ、ぐりぐりっと撫で回してやる。
「ッぃぁ、ひッあッ」
少年の細いの腰が跳ね上がった。涙でいっぱいの瞳を見開き、躯を小さく震わせている。
もう快楽で意識が朦朧とし始めているのだろう。
だが、男の責めはまだ終わらなかった。細い腰を抱えこみ直すと、力強く突き上げ始める。
総司は気も狂いそうな快楽に、泣き叫んだ。
「ぁあっ、やああっ、ぁあっ…ッ!」
揺すりあげられるたび、水音が激しく鳴った。必死にすがりつく総司の指さきが、彼の背に爪をたてる。
その微かな痛みに甘い疼きさえ覚えながら、土方は柔らかな最奥を己の猛りで激しく突き上げた。
「も…だめ、ぁあ…あぅ…っ」
「……総…司……っ」
「ゃっ、だ…めぇ…こんなっ、ぃッやぁあッ…あ──ッ!」
一際高い悲鳴がバスルームに響いた瞬間、男の熱が激しく少年の腰奥に叩きつけられていた。注ぎこむ間も、土方は最奥を穿ちつづける。
総司は甘やかで熱い快楽に喘ぎ、啜り泣いた。
「……ぁ…ぅ、は、あッぁ…ぅッ──」
「可愛い…総司……」
土方は荒い息づかいの下から、恋人の名を呼んだ。
「っ…ぁ……」
白い湯気の中で見上げれば、男の黒髪が艶やかに濡れていた。微かに開かれ、熱い吐息をもらす唇がたまらなくセクシャルだ。
総司がぼうっと霞んだ瞳で見つめていると、深く唇を重ねられた。何度も角度をかえて重ね、甘やかに互いを貪ってゆく。
バスルームにみちたチョコレートの香りは、愛しあう恋人たちの行為で、より濃厚に艶めいた……。
バスルームから出ると、土方は総司の躯をソファの上におろした。
二人とも白いバスローブ姿だ。部屋は適温にあたためられ、とても心地よかった。
土方は備え付けられたミニキッチンでホットミルクをつくり、それを総司にさし出した。
「……躯があたたまるから、飲んだ方がいい」
「もう十分あたたまってますけど」
まだ腰が痺れてしまっている総司は、唇を僅かに尖らせた。何しろ、あれからバスルームで二度も抱かれてしまったのだ。
土方はくすくす笑いながら、その火照った頬に口づけを落とした。
「もっと……あたためて欲しい?」
「十分です!」
顔を真っ赤にして叫んだ総司は、彼からマグカップを受け取った。
ブランデーが少し含まれているらしく、芳香が匂いたつ。
ソファに坐ったまま飲むと、とてもおいしかった。きっと彼が手ずからつくってくれたのだろうと思うと、尚更おいしくなる。
その時、土方の携帯電話が鳴った。画面を見た彼は僅かに眉を顰める。
「……すまない、仕事の話だ」
「はい」
こくりと頷いた総司に微笑みかけてから、土方は通話ボタンを押した。窓際へ寄り、低い声で話を始める。
総司はその話を聞くともなしに聞いていたが、一瞬だけ視線を向けた。彼の会話の中に、覚えのある国の名前が出てきたのだ。
それは、今、天使たちが総力をあげて守りきろうとしている国だった。悪魔たちの暗躍が凄まじく、今ぎりぎりの攻防ラインまできていると伊東が先日苦々しげに云っていたのだ。もしかすると、近日中に伊東自身か総司がそちらへ向かわなければならないかもしれなかった。
むろん、土方の言葉は全く違う貿易関係の内容だったが、それでも、総司の注意は引いた。
だが、それを口に出す気はない。
今ここでまたそんな事を云えば、自分たちの関係を再認識してしまう気がしたのだ。
悪魔である彼と愛しあう、大天使の自分を───
「……」
総司はぎゅっと手の中のマグカップを握りしめた。
あの聖夜に、もう決意した事だった。
彼がどんなに強力な悪魔になろうとも、永遠に愛しつづけることを。
愛さずにはいられなかった。
今の自分はもう、彼の存在がなければ生きてゆけないのだ。彼に出逢った時から、世界のすべてが色を変えてしまったのだ。
もしも彼を失ったなら、総司は生きる意味さえ失ってしまう。その瞬間、総司の世界は死に絶えてしまうだろう。
総司にとって、今や、彼はそれほど大きな存在だった。
何よりも愛しい、大切な人……。
「どうした」
気がつけば、土方がこちらを見ていた。
それに、はっと我に返る。
いつのまにか電話を終えた土方は、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってきていた。
総司はマグカップをテーブルに戻すと、小さく首をふった。
「何でもありません」
「また……意地っぱりか」
「……意地なんて」
「はってるだろう。だから、おまえはバレンタインを断った。しかも、その挙げ句、あんな処で俺を待ちつづけていた」
「……」
俯いてしまった総司の傍に、土方はしなやかな動作で腰をおろした。細い肩に腕をまわして柔らかく引き寄せ、愛おしげに冷たい髪に唇を押しあてる。
低い声で、優しく囁きかけた。
「俺のために待ってくれるのは嬉しいが……それで、おまえが躯を壊したらと思うと、たまらなくなるんだ」
「土方…さん……」
「電話をしてくればいい。電話が繋がらなければ、中へ入ってこればいい。おまえは俺の恋人なんだから、もっと堂々と俺の傍にいる事を求めていいのじゃないか」
「でも……」
総司は長い睫毛を瞬かせた。
いつでも彼はそう云ってくれるが、総司自身としてはどうしても出来ない事なのだ。
大天使である事に引け目はないが、逆に、人として生きている彼に対してはどうしても引け目を感じてしまう。
同性の恋人など、政治家の彼にとってスキャンダル以外の何ものでもなかった。下手すれば、命とりだ。総司が一歩踏み出すことの出来ないのは、当然のことだった。
「……仕方ないな」
土方はため息まじりに苦笑し、総司の柔らかな髪を指さきで弄んだ。
「おまえが俺を思って行動してくれている以上、俺も強くは云えない。それに……おまえを酷い騒ぎにまきこむ事になるかもしれないしね」
「酷い騒ぎ……?」
「おまえが俺の恋人だと知れれば、マスコミがおまえの元へ押し寄せてくるだろう。俺の実家の方からも手がのびるかもしれない。そういう様々な事を考えれば、強く云えなくて当然だ」
「土方さん……」
「だが、一方で、こうして隠すことでおまえが傷ついたりするのは、嫌なんだ。俺も辛くなるんだ。だから……」
土方は身をおこすと、深く澄んだ黒い瞳で総司をじっと見つめた。
「俺はおまえにもっと素直になってほしい。辛い時は辛いと、淋しい時は淋しいと、俺にだけは素直に云って欲しいんだ」
「土方さん、ぼく……」
総司は桜色の唇を震わせ、彼を見つめた。
それから、手をのばして土方のバスローブをつかむと、僅かに目を伏せた。しばらく黙ってから、ことんと彼の胸もとへ頭を凭せかける。
「……淋しかったの」
小さな声が、彼の耳にとどいた。
それに、土方は微笑む。
「淋しかった……?」
「うん。すごく淋しくて……逢いたくてたまらなくて……」
「バレンタイン、本当は一緒に過ごしたかったのだろう?」
「うん……」
「俺も逢いたかったよ……こうして一緒に過ごしたかった」
優しい声で耳もとに囁かれ、総司はうっとりと夢心地になった。甘えるように身をすり寄せれば、もっと強く抱きしめてくれる。
そうして彼のあたたかい腕の中に身をまかせていた総司だったが、ふとある事に気がついて顔をあげた。
「ん?」
と小首をかしげてみせる土方に、問いかける。
「あのね、ぼくの持ってきた紙袋……どこですか?」
「紙袋? あぁ、全部あっちに置いてあるよ」
土方は頷き、立ち上がった。サイドテーブルへと歩みより、そこに置いてあった紙袋を取り上げてみせる。
「これか?」
「はい……あの、バレンタインの……」
「俺に?」
土方がどこか悪戯っぽい口調で訊ねた。それに、総司は桜色の唇を僅かに尖らせる。
「もちろんです」
「ありがとう」
くすっと笑った土方は、紙袋を手にソファへ戻ってきた。再び腰を下ろし、袋の中から箱を取り出す。
「開けていいか?」
わざわざ聞いてくれる彼に微笑んで頷くと、静かにリボンを解いた。箱の蓋をあけ、白いセロファン紙を広げれば、可愛らしいチョコトリフが現われる。
「もしかして……手作りか?」
「はい」
こくりと頷いてから、総司は口ごもった。
「初めてなのであまり自信はないけど……それに……」
「それに?」
「土方さん、とても高い綺麗なチョコレートとかたくさん貰ってるだろうから、こんなのあげるの恥ずかしいんだけど……」
「……」
総司の言葉に、土方は僅かに目を瞠った。ちょっと小首をかしげて考えてから、不意に得心がいったらしく笑いだす。
楽しそうに、くっくっと喉奥で笑う彼に、総司はなめらかな頬をふくらませた。僅かに唇をとがらせ、そっぽをむいてしまう。
土方はその細い肩を抱きよせて、耳もとに唇を寄せた。
低めた声で囁きかける。
「もしかして……妬いてくれた?」
「……っ」
総司の頬がかぁっと紅潮した。答は返らなかったが、それで十分だった。
土方は嬉しそうに笑うと、その華奢な躯を膝上にすくうように抱きあげた。驚いて見上げる総司をぎゅっと抱きしめる。
「総司、俺にはおまえだけだよ」
「土方さん……」
「どんなに高価なプレゼントよりも、俺はおまえから貰うものの方が嬉しい。たとえ、それが小さな花一輪でも、どんな豪華な宝石よりも大切に思えるんだ」
土方は、しなやかな指さきで箱からチョコトリフを取り出した。口へと運び、そのほろ苦い甘さを味わってから、微笑む。
「おいしいよ」
「本当に?」
「あぁ。おまえがつくってくれたこのチョコレートが、俺にとっては世界中で一番だ」
優しい声でそう云った土方は、もう一粒取り出した。それを口にふくんでから顔をかたむけ、唇を重ねてくる。
「…ぁ、ん……っ」
彼からのキスはチョコとブランデーの味がして、ほろ苦く甘かった。
チョコが口うつしであたえられ、甘くとろける。
濃厚な味わいが、先ほど聞いた愛の媚薬という言葉を思い起こさせた。
「……おいしいだろう?」
ちゅっと音をたてて唇を離してから、土方は総司を覗き込み、悪戯っぽく笑ってみせた。
それに、総司は頬を火照らせ、こくりと頷く。
「おいしい……です」
とてもおいしかった。
甘くて甘くて、身も心もとろけてしまいそうで───
「……土方さん……」
総司は土方の胸もとに凭れかかり、そのぬくもりにうっとりしながら云った。
「あのね……お願い、聞いてくれる?」
「何だ」
「素直になっていいって……云ってくれたでしょう? だから、お願い」
総司は身をおこすと、土方を澄んだ瞳で見上げた。
こんなにも愛されていること。
こんなにも愛せること。
それが幸せで、幸せでたまらなくて───
「ぼくを……ずっと離さないでね」
「総司……」
土方の目が僅かに見開かれた。
それに、総司は小さな声で言葉をつづけた。
「お願い、ずっといつまでも愛して……」
「あぁ」
土方は優しく微笑みながら、総司の頬に唇をよせた。
羽のようなキスをあたえながら、そっと抱きしめてやる。
そして。
誰よりも愛しい大天使を見つめ、囁いたのだった。
「おまえだけを愛しているよ……永遠に」
二度と離さないよ
その誓約は、鎖と化して
どこまでも二人堕ちてゆこうか
愛の鎖を互いの身に絡みつかせ
きつく激しく抱きしめあって
愛してる
……愛してる
総司──
おまえだけを、永遠に
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