だい好きなあなたと過ごす日々は
まるで苺みたいに甘いから






「うわ、すっごくおいしそー!」
 総司は可愛い笑顔で、そう歓声をあげた。
 食べていい?と目で訊ねがら、その手はもう銀色のスプーンを握りしめている。
 土方はそれに苦笑し、頷いた。
「おなか壊さない程度にな」
「はーい」
 総司は嬉しそうに、その苺パフェをぱくぱく食べ始めた。
 季節は春。
 綺麗な真っ赤なストロベリーの季節だ。
 総司は苺がだい好きだった。
 そのままで食べてもいいし、苺大福も苺パフェも苺ミルクも苺ジュースも、みんなみんなだい好きだ。
 それを知っている総司の恋人は、わざわざこの季節最高級の苺でつくったパフェを出すカフェを探し出し、御馳走してくれたのだ。
 ささいな事だが、どこまでも総司に甘い男だった。
 忙しい仕事の間をぬってデートし、こうして総司のだい好きなものまで探してくれる。
 世界中で一番、優しくて甘い恋人を、総司はうっとり見つめた。
 それに前の席に坐って珈琲を飲んでいた土方は気づき、にっこり笑い返してくれた。
 とても綺麗で優しい笑顔だ。
 今日は仕事帰りなのでスーツ姿だった。そのため、有名人である土方は、あちこちから熱い視線にさらされている。が、そんなこと、土方はまったく気にしていないようだった。
 不意に手をのばすと、総司の頬を指さきですっと撫であげた。
「! 土方さん……!」
 びっくりした総司に、小さく笑った。
「頬っぺたにクリームがついていた。ほら……」
 そう云いながら指さきを、ぺろりと舐めてみせた。濡れたような黒い瞳で見つめてくる。
 そんな彼の行為に総司はどきりとした。
 びしっと決めたダークスーツ姿なので、今の彼は新鋭政治家そのものだった。ストイックで硬派な雰囲気を纏っている。だが、今の行為は反則的なくらいセクシャルだった。
 どきどきしてしまう。
 総司は慌てて目を伏せ、苺をスプーンですくった。
 さすがに「あすかルビー」という名前どおり、本当に宝石のような美しい苺だ。きらきら真っ赤に輝くさまは、まさにルビーだった。
「食べます?」
 そう訊ねた総司に、土方はちょっと驚いた顔をした。が、すぐに首をふった。
「いや、遠慮しておくよ」
「でも……これ、最後の苺だし」
「最後なら、尚更のことだろう」
「じゃあ、二つにわけましょ? そうしたら、幸せも倍になりますよ」
 総司は無邪気に云うと、苺をフォークで二つに分けた。そして、一方を指さきで摘み、土方にむかってさし出す。
 彼は苦笑したが、黙ってその苺を受け取った。いや、正確には唇にふくんだ。
 総司の指さきごと。
「……あっ」
 慌てて手を引っ込めた総司に、土方は苺を食べてから笑った。
「本当だな。幸せが倍になった」
「もう、土方さんったら……っ」
 慌てて周囲を見回したが、もう遅い。とっくの昔に注目の的だった。
「フォーカスされても知りませんからね」
 真っ赤になりながら云うと、土方はさらりと返した。
「それもいいな。こっちがわざわざカミングアウトしなくても、公表してくれる。手間がはぶけるって訳だ」
「な、何、とんでもないこと云ってるんですか」
 総司の方が慌ててしまった。
 何しろ、総司の恋人は甘くて優しくて格好いいが、なまじ生真面目なぶん時々暴走してしまうのだ。とんでもなく大胆な発言や行動で、総司を驚かせる。
 だが、総司はどうしてもこの事になると怯んでしまった。まったく人目を気にしない土方の言動にはらはらしてしまう。
 財力も名声も容姿も頭脳も育ちも、何もかもに恵まれた土方は、選挙区でライバル候補に大差をつけて当選した代議士だった。
 27才という若さから二世故だとやっかむ声も絶えなかったが、それは間違っていた。
 彼は、広い視野、冷静な分析力、果断な行動力、ピュアな正義感をもちあわせた政治家なのだ。
 あと数年のうちの閣僚入りも間違いなかったし、それは決して父親の力ではなかった。すべて彼自身の実力なのだ。
「出ようか」
 そう云われ、総司は慌てて立ち上がった。綺麗に空になったパフェの器に、ちょっとだけ名残惜しそうな視線をむける。
 それに、土方は小さく微笑んだ。
「会計をすませるから、外で待っててくれ」
 そう云われ、総司はカフェの外で待った。
 見上げると、晴れ渡った空が広がっている。
 春特有の、ソフトフォーカスがかかったような柔らかな水色の空だった。
(……飛びたいなぁ。今度、海の方へでも行ってみようかな。春の海なんて優しそうで素敵だし)
 そんな事を考えていると、突然、目の前に小さな紙袋をさし出された。
「え?」
 驚いて顔をあげると、土方が優しく笑いながら見下ろしていた。
 そっと総司の手をとり、その紙袋を渡した。
 中を覗きこむと、小さな白い箱。
「あ、え……これって」
「もっと苺食べたかったんだろ? 同じ苺を使ったケーキだ」
 男の言葉に、総司は目を丸くした。
 思わず、両手をのばして、土方の躯に飛びついてしまった。
「土方さん! ありがとうっ」
「どういたしまして」
 優しい声が答えてくれた。そっと柔らかく抱きしめられる。
 総司はだい好きな恋人の腕の中、幸せそうに微笑んだ。
 

 

 

 その日の午後、土方は総司の家にいた。
 夜からは用事があったが、それまで一緒に過ごすことになっていたのだ。 
 二人テレビを見ながら色々話したりしていると、山崎から電話が入った。
「すまない」
 断ってから、土方はリビングを出た。案の定、明日の会議のことだったので少し時間がかかってしまった。
 ようやく電話を終えて戻ってきた土方は、かるく小首をかしげた。
 ソファの上に坐りこんだ総司が、真剣な表情でテレビを見ていたのだ。ちらりと視線をやると、ある国での内戦の模様が映し出されていた。
 悲惨な光景に、この優しい天使は心を痛めているのだろう。
「……総司」
 土方は隣に腰をおろし、そっと総司の細い肩を抱き寄せた。優しく指さきで髪を梳いてやった。
 しばらくそれを続けていると、少し総司の躯から力が抜けた。ふうっとため息をつき、彼の肩に頭を凭せかけてくる。
「どう……してかな」
「……」
「どうして……人は戦争なんかするの。戦い、傷つけあうの」
「……」
「それとも、やっぱり、これも悪魔のせい……?」
 小さく呟いてから、はっと我に返った。慌てて身を起こし、土方の方をふり返った。
「ご、ごめんなさい! 怒った?」
「いや」
「でも、ぼく、無神経なことを言いました。あなたのせいじゃないのに」
「俺のせいじゃないのかな」
 そう呟いた土方に、総司は首をふった。
「あなたは力の弱い悪魔だもの。こんなに優しい人だもの。絶対、関係ない」
「……」
「ぼくは、あなたが自分の中にある小さな悪を育てないでくれたらいいんです」
 総司は土方の胸もとにそっと顔を押しつけた。
 シャツごしに感じる彼のぬくもり、とくんとくんと聞こえる静かな鼓動。
「ぼくは信じてる……。あなたの中にある、悪よりも優しさを。ぼくへの愛の強さを」
「……そうだな」
 土方は優しく微笑み、瞼に頬に唇にキスを落とした。
「俺はおまえを愛してる。その強さだけは、何にも負けないさ」
「うん……だい好き、土方さん」
「総司……」
 ちょっと苦笑し、土方はかるく小首をかしげた。
 漆黒の瞳で総司の顔を覗きこんだ。
「違うよ」
「え」
「好き、だけじゃないだろ? ちゃんとおまえの愛を言葉にしてくれ」
「あ……ごめんなさい」
 総司はびっくりした顔になったが、すぐ真っ赤になってしまった。耳柔までピンク色に染め、土方の胸もとに顔をうずめた。
「……愛して、ます」
「あぁ」
「世界中で一番、あなただけを愛してます……」
「俺もだ。愛してるよ……総司」
 甘い声が耳もとで囁き、そっと抱きすくめられた。
 そのまま柔らかなキスの雨を降らせながら、土方は総司の背中に腕をまわした。怖がらせないよう、そっとソファに横たえる。
 クッションにうもれた総司は、ちょっとびっくりしたように土方を見上げた。
「え……もう?」
「早いか? 今夜は一緒にいてやれないし……もう4時なんだが」
「え、だって……ぼく、ケーキ食べてない。土方さんと一緒に食べようって思ってたのに」
 無邪気な総司の言葉に、土方は苦笑した。
 首筋に、肌けた胸もとにキスをおとしながら囁いた。
「ケーキより、おまえが食べたい」
「土方さん……ぁ、あ、んんっ」
「ほら、苺より可愛くておいしそうだ」
 土方はそっと、その胸の小さな尖りを舌で舐めあげた。
 唇にふくんでしゃぶってやると、尖りはたちまち男の唾液に濡れ、真っ赤な苺のように熟れた。
「……ふ…ぁ、あんっ、あ…んんっ……」
 総司は甘ったるい声をあげ、身をくねらせた。
 それを眺め、土方は満足げに笑った。彼の黒い瞳が、獲物を狙う獣のように濡れた。
 小さな部屋に、二人の喘ぎと声が熱く響き始める。
 そして──その春の午後。
 苺より可愛くておいしい総司は、だい好きな彼に、たっぷりと食べられたのだった……。

 

 

 
「……甘い匂いがしますね」
 東京タワーで逢った瞬間。
 伊東は優しく微笑みながら云った。
 それに、総司は「え?」と驚いた。
「甘い匂いですか」
「えぇ……とても」
 伊東はそっと総司の躯を引き寄せた。
 その白い首筋に顔をうずめ、呟いた。
「ほら、やっぱりきみからだ。甘ったるくて、柔らかで、魅力的な匂いがする」
「ぼくにはわかりませんけど……」
 総司はちょっと小首をかしげた。
 もしかすると、さき程まで彼に抱かれていたからだろうか。
 何度も快感に追い上げられた躯は、今も甘く痺れていた。
 この瞬間でも、彼のもとへ飛んでゆき、もう一度抱いてとねだってしまいそうなくらい。
「あの人のフレグランスの匂いかも……」
 そう呟いた総司に、伊東はくすくす笑った。
「例の人間の彼?」
「え、あ……はい。そうです」
 総司は思わず目を伏せてしまった。
 自分の恋人が悪魔だとは、この伊東にも告げていないのだ。いくら力の弱い悪魔だからと云って、やはり褒められることではなかった。
 そのちょっとした罪悪感から俯いたのだが、伊東はそれに気づかなかったようだった。
 ただ恥らっているのだろうと思い、微笑んだ。
「ちゃんと恋は成就したみたいですね」
「はい」
「きみが幸せなら、それでいいのです。これからも、その愛する人を大切にしなさい」
 静かな声に、総司はこくりと頷いた。
 そして、東京タワーの梁に腰かけたまま、目の前に広がる美しい夜景を見つめた。
 きらめく不夜城都市。
 このどこかに、だい好きな彼はいるのだろう。
 お仕事、無理しないでくれたらいいんだけど。 
 それから……それから。
 ほんの少しでも、ぼくのことを、考えてくれてたらいいな。
「……」
 総司は不意に両手をのばし、ふわりと飛び上がった。
 綺麗な白い翼がばさっと羽ばたき、総司を夜の空へはこんでくれる。
 月も星もない闇夜だった。
 だが、足元にはまるで星の海のような煌めきが広がっている。
 それを、総司はうっとりと見つめた。
 どこかにいる彼が。
 だい好きな優しい恋人が。
 愛しくて愛しくてたまらないから。
 もう……彼のこと以外、何も考えられないくらい。
 世界中の誰よりも。
 ずっと、ずっと、愛してるから……。
(だい好き! 土方さん……!)
 総司は夜空で、そっと胸もとに両手を押しあてた。
 まるで、祈るように。
 そこにある愛を。
 優しく大切に守るように───

 

 
 
 
 不夜城都市の夜だった。
 きらめく夜景が大きな窓ガラスごしに広がっている。
 土方は一人がけのソファに腰かけ、それを眺めていた。かるく足を組み、肘掛に頬杖をついた姿だ。
 昼間と同じスーツ姿だったが、その身に纏う雰囲気がまったく違っていた。
 冷たく傲然とした表情で、夜景を眺めている。
 有無をいわさず他者をひれ伏させてしまう、その圧倒的なまでの威圧感は凄まじいほどだった。目に見えない闇のオーラを纏いつかせている。
「……報告は以上です」
 そう云った傍らの悪魔に、土方はしばらく黙っていた。
 何かを考えるように、その冷たく澄んだ黒い瞳で夜景を見つめている。
 ソファの肘かけに腰かけていた女が、彼の首にしなやかな腕をまわした。
「ねぇ……何を考えてるの?」
「何も」
 そう答えた土方に、黛はくすくす笑った。
「嘘っばかり。あの大天使のこと考えてたんでしょ? 夢中だって聞いてるわ」
「妬いているのか」
「まさか」
 黛は肩をすくめた。
「魔王さまのお相手なんて、あたしには無理よ。全部、吸い取られちゃうわ。こうして、お傍に侍らせてもらって力を貰えれば十分」
「だろうな。おまえはその程度の悪魔だ」
 くすっと笑った。
 そんな土方に、傍らから斉藤が云った。
「ですが、相手は天使ですよ。それも大天使。この先、どうするんですか」
「どうするとは?」
「いずれ堕天使にするつもりがあるのかと……」
「さぁな」
 土方はかるく小首をかしげた。黛の白い手をもてあそんでやりながら、答えた。
「あまりそうしたくはないな。あれは天使だから可愛いし、いとおしい。悪に堕ちてしまったら興ざめだ」
「しかし、いつかは他の天使にばれませんか?」
「ばれたらばれた時の事だろ」
 言い捨て、土方は薄く笑った。
 形のよい唇の端がつりあがり、ゾッとするほど冷酷な笑みをうかべた。
「俺に刃向かう奴には容赦しねぇよ。地獄の底へ叩き落としてやる」
「それが、あの大天使でもですか?」
「まさか」
 くすくすと、愉しげに笑った。
「総司に俺を処刑する力なんかねぇさ。いくら大天使と云っても、まだまだ子供だ。それに……俺に抱かれているんだ。知らず知らずのうちに、あれは俺への力を失ってゆく」
「なるほど……魔王のエキスは麻薬同然ですからね」
 その言葉に、黙ったまま微笑んだ。
 いつも総司を愛する時、土方はその体内の奥深くに己の熱を吐精した。むろん、痛がるので後で掻きだしてやるが、それでも少しずつ、彼の蜜は、総司の躯にしみ込んでゆくだろう。
 純潔で清らかな天使の躯を冒してゆく、邪悪で残酷な魔王のエキス──
「……天使だからこそ、魔に惹かれやすい」
 低い声で、斉藤は呟いた。
「ある意味、その大天使があなたを愛したのは、当然のことかもしれませんね」
「おまえも逢ってみるか?」
 土方は切れの長い目を斉藤にむけた。
「おまえは力の強い悪魔だ。人間のふりをすることなど、簡単だろう」
「では……近いうちに」
 一礼して答えた斉藤から視線をそらし、土方は足を組み直した。甘えるように擦りよる黛に、かるくキスしてやりながら、云った。
「……例の国だがな」
「はい」
 変化した口調に、斉藤が顔を引き締めた。
 土方は美しい夜景を見つめながら、容赦ない口調で言い捨てた。
「もう利用価値もないだろう。あとは滅ぼすだけだ」
「どのように」
「疫病をはやらせろ。悪魔を引き上げさせても、もうあの国は勝手に自滅する」
「わかりました」
「たいして手応えのない国だったな。内戦でかなり悪魔を増やせたが、もともと自堕落な国だった。くだらねぇ話だ」
 興味を失った冷ややかさで呟き、土方はすっと身を起こした。
 もう話は終わりだとばかりに手をふると、立ち上がった。それを退去の合図と解し、斉藤と黛が一礼した。
「……失礼致します」
 すうっと彼らの姿が闇にとけ、消えうせた。
 それを一瞥もやらぬまま、土方は優雅なまでの動きで窓ガラスに歩み寄った。冷たく澄んだ黒い瞳で、都会の夜景を見下ろした。
 美しいイルミネーションのむこう。
 レッドに輝く東京タワーが遠く見えた。
 今頃──愛しい総司は、あそこにいるのだろう。
 天使として、優しく微笑みながら。
「……」
 僅かに目を細めた。
 今日の午後、総司がテレビで観て心を痛めていた国を、たった今滅ぼしたのだ。
 人々の心に悪の芽を植付け、それを育て、悲惨な醜い争いへ導いたのはすべて、彼自身の指示だった。
 あの時、己のせいだと云ったのは、偽りではなかったのだ。
 人を悪の道へ誘いこみ、悪魔へその身を堕とさせ、この世界すべてを悪で支配してゆく。
 それが──魔王だった。
 残酷で、邪悪な。
 冷たくも美しい魔王。
 まぎれもない、彼の本性だった……。
「あの国が滅んだら、総司は泣くかな」
 呟き、低く笑った。
 うっとりしたような微笑みが、その端正な顔にうかんだ。
 そう……きっと泣くだろう。
 あの優しい天使のことだ。
 己のことのように嘆き、悲しむのだろう。
 だから、そんな総司を慰めてやらないと。
 愛して可愛がって、うんと甘やかして。
 世界中でもう、彼のことしか考えられなくなるくらい──
「……愛してるよ、総司」
 甘やかな声で囁いた。
 そして。
 土方は、静かに微笑んだのだった……。

 

 
 

だい好きなあなたと過ごす日々は
まるで苺みたいに甘いから
Sweet  Sweet  Strawberry
優しいあなたの腕の中
ぼくはとろけてしまいそう……










[あとがき]
 土方さん、めちゃくちゃ冷酷な魔王さましてますけど、でも、総司にはべた惚れです。本当の意味で、心底虜にされて愛しちゃってるのは、土方さんの方ですから。斉藤さんは一番力の強い悪魔で、魔王の右腕です。なので、色々辛辣なことも云いますし、唯一、土方さんを恐れていない悪魔という設定。
 これからも、時々、ちょこちょこっと書いていくつもりです。このシリーズ好き♪って方いらしたら、メッセージ下さると嬉しいです。よっしゃ、もっと書いたるで〜!になるので。ぜひぜひ、お願いしますね♪
 それから、優美さま。心よくシリーズ化を快諾して下さり、本当にありがとうございました♪

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