聖夜に
 あなたのもとへ


 この純白の翼をひろげ
 夜を、闇を、光をこえて


 世界中の誰よりも愛おしい
 あなたのもとへ……









「ジングルベール♪ ジングルベール♪」
 総司はうきうきした様子で唄いながら、ツリーの飾り付けをしていた。
 大きなショーウインドウ。
 いつもはひっそりとした店内も、今夜ばかりは美しい聖夜の飾りつけが施されている。
 金と銀と、ダークグリーンという、シックなクリスマスツリーが、とても綺麗だった。
 もっとも、ここは総司の店ではない。友人であり──総司の知らぬ事だが、魔王としての土方の右腕である斉藤の店だった。
「えらくご機嫌だな」
 斉藤は珈琲を飲みながら、呟いた。
 ちょっと考えてから、小首をかしげてみせる。
「土方さんと、今夜デートなのか? けど、あの人、イヴの夜はパーティを梯子するから、めちゃくちゃ忙しいって聞いたよ」
「うん」
 総司はこくりと頷き、手元の金色のボールを指でそっと撫でた。
 ツリーの前、そうして佇んでいる姿は、とても可愛らしい。
 ふわっとした白いセーターに、淡い水色のジーンズ。僅かに、くしゃっと柔らかな髪が乱れているところが、また艶めかしかった。
 むろん、斉藤もそうは思いもしたが、手を出す気は全くない。
 そんな事をすれば、どういう事態が待っているのか、わかりきっているのだ。それに、総司自身も受け入れるはずがなかった。この可愛い大天使は、あの冷酷な魔王の虜にされてしまっているのだから。
 斉藤は、今の総司の友人という位置を心地よく思い、それに甘んじるつもりだった。
「ちゃんと知ってますよ」
 総司は両手を後ろに組むと、ちょっとだけ背伸びした。
「だって、土方さんからそう連絡あったんです。パーティあちこち梯子で、今夜は逢えそうにないって」
「ふうん」
「それにね、明日は朝から礼拝なんですって。クリスマス礼拝。土方さんの家、代々クリスチャンだそうだから」
「へぇ」
「初めてそれを聞いた時、ぼくね、びっくりしちゃったんです。だって、土方さんは……」
 大きなショーウインドウの外に広がるクリスマスの街を、うっとり眺めながら云っていた総司は、不意にハッと我に返った。慌てて言葉をとぎらせる。
 土方が悪魔である事は、当然の事ながら秘密なのだ。いくら魔力の弱い悪魔であっても、人である斉藤に話すなどとんでもない事だった。
 斉藤が僅かに小首をかしげた。
「だって、土方さんは?」
「え、あ……えーと……」
 総司は視線を彷徨わせ、何と答えようかと焦った。必死になって言葉を紡ぎ出す。
「い、意外だなぁと思って。何かあんまり似合わない気がしてたから、あの人が神様を信じるってことが……」
「そうだな」
 焦りまくる総司を前に、斉藤はあっさり頷いた。
「確かに、あまり似合わないな」
「で、でしょう? びっくりしちゃいますよね」
「あぁ」
 優しく微笑みかけた斉藤に、総司は安堵の息をもらした。どうやら、うまく誤魔化せたらしい
 ほっとしながら、総司は再び窓外の光景に視線をやった。
 クリスマスイルミネーションに輝く街は、とても綺麗だ。
 それを、大きな瞳でうっとり見つめた。
「……」
 斉藤はそんな総司の後ろ姿をしばらく見つめていたが、やがて、目を伏せると珈琲カップを取り上げた。ゆっくりとカップに口をつける。
 その瞬間、斉藤はひっそりと笑った。
 人としての笑みではない。
 愉悦にみちた、邪悪で残酷な悪魔の笑み───
(まったく、可愛らしいな)
 こみあげる笑いを、喉奥で押し殺した。
(あの人が夢中になるはずだ。天使である事を差し引いても、可愛くて可愛くてたまらないだろう)
 そう思いながら、斉藤は珈琲を味わいつつ飲んだ。
 そんな斉藤に、総司は「あのね」と話しかけてきた。まだ視線は外にむけられている。
「ぼく、もっとちゃんとする事にしたんです」
「?」
 斉藤は訝しげに顔をあげた。それに、総司はふり返った。
 少し真剣な表情で云った。
「この間、ハローウィンの時に云われたから。土方さんでも不安になる事があるって。だから、もっとちゃんとする事に決めたんです」
「よく意味がわからない」
「うん。あのね、ぼくから行動を起こそうと思って」
 それに、斉藤は驚いたように目を見開いた。
 鳶色の瞳が総司を見つめる。
「まさか、パーティに乗り込むのか?」
「近いかも。山崎さんに聞いて教えてもらったんです。土方さんが最後に行くパーティのこと。Sホテル……すごいですよね、あそこ、もの凄く高いホテルだもの」
「品格から云えば、この間の薔薇ホテルの方が上だけどな」
「そうなんですか?」
 総司はちょっと小首をかしげた。
「ぼく、そういうのあまり知らないから。でも、どっちでもいいんです。もう決めた事ですから」
「プレゼントは用意したのか? 土方さん、きっとおまえへのプレゼント用意してると思うぞ」
「大丈夫です。今回はね、土方さんが好きな古書にしたんです。ものすっごく手にいれるの苦労した稀少本で……」
「それは喜ぶだろうな」
「はい」
 総司はにっこり微笑むと、うきうきした様子でツリーを見上げた。
 計画に夢中になっているらしく、可愛いベビーピンクの唇は、嬉しそうな笑みをうかべている。
 なめらかな頬を上気させ、その澄んだ瞳をきらきらさせている総司は、とても可憐だった。
 それも、すべて、あの魔王のためなのだ。
(……土方さんは幸せものだな)
 可愛らしい総司を眺めながら、斉藤は、ちょっとだけ嫉妬した。








 黒塗りの車は、クリスマスの街を疾走していた。
 その後部座席に身を沈めた土方は、疲れたようにため息をついた。
 いくら魔王であっても、肉体自体は人のものだ。あれだけ沢山のパーティを梯子すれば、疲れもするだろう。
 僅かに乱れた黒髪を煩そうに片手でかきあげ、目を細めた。
「……」
 愛想笑いと媚び、醜い取引にみちたパーティばかりだった。まだ、あの鬱陶しい女たちの香水の匂いが、この身に纏わりついているようだ。
 そう思った瞬間、甘やかな総司の匂いを思い出した。
 何もつけてないはずなのに、天使だからなのか、総司は甘い薔薇の香りがするのだ。微かな、だが、とても清純で心地よい香り。
 総司をこの腕に抱きしめて眠る夜、彼はいつもその香りにつつまれた。
 その、甘く柔らかな至福の瞬間──
「……」
 ゆっくりと瞼を閉ざした。
 本当なら、今すぐ総司のもとへ行きたかった。
 悪魔の自分がイヴを祝うなどお笑い草だが、それでも、どんな口実であってもいい。愛しい恋人である総司と、一緒に過ごしたかったのだ。
 あの柔らかな髪にふれ、そのなめらかな頬に口づけ、しなやかな細い躯をこの腕に抱きしめて。
 愛しい、その鼓動を感じながら、夜を過ごしたかった。
(……俺も、相当いかれちまってるな)
 土方は思わず苦笑した。
 魔王である己が、どこまであの大天使の虜にされてしまっているのか。
 こんなにも求めてしまうなんて。
 愛しい、逢いたいと、心から願ってしまうなんて。
「……」
 土方は車窓の外にひろがるクリスマスの街を眺めながら、僅かに吐息をもらした。
 おそらく、疲れているせいだろう。
 それとも、聖夜であるがゆえか。
 ふだんは醜い人々の思惑や権力闘争さえも、楽しんでしまえる彼だった。愚かな人間の有様を眺め、いつも嘲笑ってきたのだ。
 だが、今夜は彼自身でもわかるように、ひどく疲れていた。
 醜く無様なものばかりを見てしまったからか、たまらく、総司の清純さが恋しかった。
 澄んだ瞳で見つめ、柔らかな声で話しかけてほしかった。誰よりも優しい笑顔を見せてほしかった。
 その清らかで無垢な心に、たまらなくふれたかった……。
(……総司……)
 胸のうちで愛しい天使の名を呼び、土方は再び目を閉じた。
 まるで──そう。 
 澱んだ汚泥の中、一滴の清水を渇望する男のように、土方は総司を求めていたのだ。
 魔王が、天使を。
 切ないほどに。
 そんな土方を乗せた車は、やがて、ホテルの玄関前へと静かに滑りこんだ……。








「準備、おっけーかな」
 総司は自分で一生懸命ラッピングした本を手にとりながら、呟いた。
 家を出てきちんと鍵をかけ、屋上へとあがった。
 見上げれば、漆黒の夜空だ。星は出ているのだろうが、地上の目映いほどのイルミネーションのため、まったく見えなかった。
「……そろそろ、いいよね」
 総司は一人こくりと頷くと、両手を夜空へさしのべた。
 次の瞬間、ばさっと音が鳴り、総司の背にまっ白な翼があらわれた。
 一度それを羽ばたかせてから、総司は飛び立った。ふわりと躯がうきあがり、見る見るうちにマンションの屋上が遠ざかってゆく。 
 総司はかなり上空までのぼってから、煌めく不夜城都市を見下ろした。
 イルミネーションがきらきらと目映く輝き、うっとりするほど美しい光景だ。
「綺麗……」
 思わず見惚れてから、総司は我に返った。
 自分は夜景を見るために来たのではないのだ。目的の場所へ行かなければならなかった。
 空を横切り、土方がいるはずのSホテルへむかった。あちこちでヘリを見たが、むろん、総司の姿は彼らには見えない。
 総司はうきうきした気分で、目的のホテルにたどり着いた。
「どこに降りようかなぁ……」
 屋上では駄目だった。おそらく、鍵がかかっていて屋内には入れないだろう。かと云って、ロビーから直接入る勇気もなかった。
 総司はかるく小首をかしげた。
「やっぱり、その方がいいかな」
 小さくうんと頷き、携帯電話を取り出した。
 ふわふわと夜空にうきながら携帯電話をかける天使という図は、かなり変っているだろうが、この際構っていられない。
 総司は、登録してある土方の携帯のb押そうとした。
 そのとたん、だった。
「きゃっ」
 突然、携帯電話が着信音を鳴らし始めたのだ。
 驚いた総司は、思わず電話を取り落としそうになってしまう。それを慌てて受け止めると、ディスプレイを覗き込んで目を見開いた。
 そこには、今の今、かけようと思っていた彼の名が表示されてあったのだ。
 総司は一つ息をついてから、通話を繋げた。
 携帯電話を耳におしあて、そっと訊ねる。
「……土方さん……?」
 小さな問いかけに、電話の向こうから、愛しい男の応えが返ってきた───








 土方はパーティ会場を足早に出ると、また嘆息した。
 心底うんざりしきった表情だ。ここで最後だからと我慢したが、あやうく己の本性を露にしてしまう処だった。
 ある大物政治家に、己の娘との縁談を勧められたのだ。土方はいつもの笑みをうかべながら、やんわり断ったが、それでも執拗に迫られた。
 まるで、こんないい話を断る莫迦がどこにいるとでも云いたげだった。
 だが、土方は、あの程度の男の娘との結婚など冗談ではないと、歯牙にもかけなかった。結局、父親の意向がありますのでと断り、引き下がらせたが、不愉快極まりなかった。
 だが、これで最後のパーティだ。さっさと、この身に纏いついた不快さを振りはらってしまいたいと思った。
 そして、出来ることならば───
(……総司)
 帰宅するのも面倒なのでこのホテルに泊ってしまおうと、土方は山崎に部屋を手配させた。そうしながら、携帯電話をスーツの内ポケットから取り出す。
 もう真夜中に近いが、それでも逢いたかった。
 家にいるなら、今すぐ飛んでいってやろうと思った。総司が知る由もない、魔王の漆黒の翼で。
 そうして総司の家に舞い降り、愛しい躯を抱きしめ、さらってしまうのだ。
 でなければ、到底我慢できなかった。
 一刻も早く、あの甘くしなやかな躯を貪欲なほど味わい、二人して濃厚な蜂蜜のように熱くとろけてしまいたい。
 そう、強く望んだ。
「……」
 土方はエレベータで上にあがると、山崎が手配した部屋にむかった。だが、ふと室内ではまずいかと思い立ち、廊下奥にある重い扉を押し開けた。
 風が吹きつける。
 非常階段の手すりに凭れかかった土方は、手早く総司のb押した。
 しばらくたってから、通話が繋がる。
『……土方さん……?』
 甘い掠れた声が、心地よかった。
 眠っていたのかと思った。
「悪い、起こしたか」
 そう云った土方に、総司はちょっと黙り込んだ。
『……そうじゃありませんけど』
「総司、頼みがあるんだ」
『頼み?』
 電話の向こうで、総司は驚いたようだった。
『土方さんが、ぼくに?』
「あぁ、そうだ」
『ぼくで応えられる事なら、何でもしますけど。頼みって……何ですか』
「今すぐ逢いたい」
『え』
「今すぐ……おまえに逢いたいんだ」
 土方は、低く掠れた声で囁いた。
 まるで、ベッドの中、その桜色にそまった耳朶に唇を寄せ、甘やかに囁くように───
「総司、おまえに逢いたい。逢って、おまえをこの腕に抱きしめたい……」
『……土方、さん……』
「今すぐ、そっちへ行ってもいいか? 俺はおまえに逢いたくてたまらないんだ」
『え、あの、土方さん……っ』
「駄目か? イヴの夜、天使のおまえと過ごしたいと、悪魔の俺が願うのは、許されない事なのか?」
『そうじゃないけど、でも、ちょっと……』
 口ごもる総司に、土方は僅かに眉を顰めた。
 傍に誰かがいるのかと、思ったのだ。自分以外の誰かと過ごしているから、断ってくるのかと。
 胸の奥が灼きつくような気がした。
「……おまえ……今、どこにいるんだ」
 低い声で訊ねた土方に、総司は小さく息を呑んだ。
『ど、どこって……』
「家じゃない何処かにいるのか。傍に誰かいるのか」
『そ、そんな! 傍に誰かなんているはずないでしょう? ぼくは……』
「もういい。電話して悪かった」
 土方は冷たく云い捨てると、それきり携帯電話の通話を切った。
 思わず、ちっと舌打ちしてしまう。
 とんだ醜態をさらしたものだった。
 この魔王たる自分が。
 誇りも矜持もずたずたに踏みにじられた気分だった。総司に電話した事で、かえって先ほどより不愉快になってしまっている。
 土方は苛立ちを抑えきれぬまま、踵を返した。重い扉を押し開け、室内に入ろうとする。
 その、瞬間だった。
 背後で、ばさっと翼の音が鳴った。
 そして。
 甘く澄んだ声が叫んだ。
「──土方さん……!」
「!」
 それに驚き、土方はふり返った。
 見開かれた彼の瞳に、まっ白な翼をひろげる天使の姿が映った。
 夜の漆黒の闇に、美しく輝く。
 総司自身の魂の清らかさを表わすように、その純白の翼───
「……総司……!」
 思わず、土方は両手をさしのべていた。
 あふれるほどの愛しさをこめて。
 彼の、愛しい天使の名を呼んだ。
 その両腕の中、総司はまっ白な翼をはばたかせ、飛びこんでくる。
「土方さん……っ」
 天使の姿のまま縋りついてくる総司を、土方はきつく抱きしめた。その細い背がしなるほど抱きしめ、柔らかな髪に頬をすりよせる。
 愛しい存在だった。
 愛しい香り、愛しい感触だった。
 そのすべてを感じたとたん、土方は、疲れ切っていた心が体が癒されてゆくのを、深く感じた。
「……総司、愛してる……」
 そう囁いた土方の腕の中、総司は黙ったまま彼の胸もとに顔をうずめた。
 そして。
 安堵したように吐息をもらすと、静かに目を閉じたのだった……。








「まったく、驚かされてしまったよ」
 土方は綺麗なシャンパングラスに泡立つ酒を注ぎ入れながら、笑った。
 ネクタイを緩め、スーツの上着だけ脱ぎ捨てたベスト姿だ。綺麗にプレスされた白いカッターシャツに、黒いスーツのボトム。僅かに着崩した感じがまた、いつもストイックな土方の一面を見せつけ、とてもセクシャルだった。
 その黒い瞳に、先ほどの苛立ちや焦燥はない。
 ゆったりとソファに腰かけた彼は、グラスを総司に手渡しながら、微笑んでみせた。
 そんな彼をうっとり見つめながら、総司は僅かに小首をかしげた。
「怒っています……?」
「まさか」
 土方はくすくす笑った。
「驚きはしたが、怒ってはいないよ。何しろ、俺に逢うため、わざわざここまで来てくれたんだ。まさか、すぐ近くにいるとも知らず、必死になって電話してしまったけどね」
「ごめんなさい。でも、ここが最後のパーティだと聞いて、ぼくも……どうしてもあなたに逢いたくて」
「嬉しいよ」
 土方は総司の細い肩を抱きよせ、かるくその額に口づけた。
「俺も、おまえに逢いたかった。本当に逢いたいと思ったんだ。けど、おまえの様子が変で、つい邪推してしまった……」
「……だって」
 総司は小さく首をすくめた。
「すぐ近くにいるって一生懸命云おうとしたのに、土方さん、怒っちゃうから……。ぼくが土方さん以外の人と夜を過ごすはずなんてないのに」
「本当に?」
「あたり前です。それとも、土方さん……疑っているの?」
「疑ってないよ。あの時はみっともなく狼狽えてしまったけどな」
「やきもち妬いたから?」
 そう訊ねた総司に、土方はちょっと目を見開いた。
 無邪気な恋人を見つめてから、くすっと笑う。
「……そうだな。やきもち、かな」
「何だか、嬉しい」
 総司はうきうきした様子で、土方の胸もとに凭れかかった。甘ったるい声音で云う。
「あなたがぼくにやきもち妬いてくれるなんて、ちょっと信じられない気がするけど。でも、すごく嬉しいです」
「……」
 それに、土方は黙ったまま薄く笑った。一瞬だけ、その黒い瞳が底光りする。
 だが、それに気づくことなく、総司は「あ」と声をあげて身を起こした。いそいそと傍らに置いていた包みをとりあげ、土方の前にさし出した。
「はい、これ」
「?」
「クリスマスプレゼントです。気にいってくれるといいんですけど……」
「これは……本だな」
 土方は受け取ると、さっそく包みを開いた。しなやかな指さきで丁寧にリボンをほどいてゆく。
 やがて、あらわれた美しい古書に、土方は思わず微笑んだ。
「ありがとう。とても嬉しいよ」
「本当に?」
「あぁ。これ、前から俺が欲しかったものだ。稀少本で入手困難だと聞いていた……手に入れるの苦労しただろう?」
「そんなにじゃなかったけど……」
 総司は謙遜し、土方の肩ごしに開かれた古書のページを覗き込んだ。
 美しい写真や絵画の数々。それに様々な解説がされ、かなり高度な知識がないと読めない代物だ。だが、土方はとても嬉しそうに眺めていた。
「喜んでくれて、嬉しいです」
 ほっとしたように笑った可愛い総司を、土方は柔らかく抱き寄せた。唇を重ね、甘い甘いキスをあたえてやる。そうして、総司の顔をじっと覗き込んだ。
「……土方さん……」
 濡れたような黒い瞳に見つめられ、甘いキスをあたえられ、たちまち総司はなめらかな頬を上気させた。うっとりと彼の胸もとに凭れかかり、先をねだるように艶めかしく躯をすりよせてくる。
 それに、土方はくすっと笑った。
「何だ、もう欲しいのか?」
「ん……だって、土方さんも…でしょう?」
「確かにそうだが、その前に……」
「え?」
 土方は僅かに身を起こすと、ボトムのポケットに手をさし込んだ。小さな細長い箱を取り出す。
 驚く総司の前で、その箱を開いてみせた。
「……あ」
 綺麗なピンクダイヤだった。小さな、だがとても質のよい綺麗な宝石がきらりと輝いている。
 ダイヤをペンダントヘッドに、繊細なプラチナの鎖がつながっていた。
 とても美しく、可憐だ。
「綺麗……」
 思わずそう呟いた総司に微笑み、土方はそのペンダントを取り出した。すっと総司の細い首にまわし、自らつけてやる。
 白いセーターの上、きらりと輝くピンクダイヤは、清らかで可憐な総司にとてもよく似合っていた。
 満足そうに、土方は目を細めた。
「よく似合っているよ」
「土方さん……」
「俺からのクリスマスプレゼントだ。気にいったか?」
「はい……!」
 総司は思わず声を弾ませると、両手をのばした。土方の首を細い両腕でかき抱き、甘い甘い声で囁く。
「とっても素敵なプレゼント、ありがとう!」
 嬉しくて幸せで。
 総司は抱きしめてくれる土方の腕の中、幸せそうに微笑んだ。
「だい好き……土方さん。愛してる」
「俺もだ」
 土方は総司の細い躯を抱きしめながら、囁き返した。髪に、瞼に、頬に、甘いキスの雨を降らせた。
「俺も、愛してるよ……総司」
 そう。
 この世の誰よりも。
「……」
 土方は総司を腕に抱いたまま、僅かに目を細めた。
 あの時。
 もしも、総司が本当に他の誰かといたなら、俺はいったいどうしていただろう──?
 そうだ……おそらく、俺はこの手で、総司を縊り殺していたに違いない。
 それは、総司が云うような、やきもちなどという可愛らしいものではなかった。この感情はもっと暗く狂気じみた、残酷なものだ。
 もしも、総司──おまえが裏切ったなら。
 独占欲と嫉妬、怒りと屈辱に狂った俺は、おまえを苦しめ傷つけ、この世の地獄に突き落とした挙げ句、この手で殺してしまうだろう。
 魔王の闇の焔で、その魂の欠片までも灼きつくしてしまうに違いない。
 あぁ……総司。
 その時の事を、その瞬間の事を思うと。
 俺は、この身が痺れるほどの快楽を覚えるんだ。
 おまえを堕落させ、邪悪な闇の焔で灼きつくす瞬間を思うだけで───
「……」
 形のよい唇に、ひそやかな笑みがうかべられた。その快楽を堪えるように微かな吐息をもらし、土方は愛しい天使の躯を強く抱きよせる。
 何も気づかぬまま、総司は彼の胸もとに顔をうずめた。
(……総司……)
 だが、こんな俺を、おまえは何も知らない。知らなくていい。
 愛しいおまえは、俺の邪悪な本性にさえ気づいていない。
 今、己を抱いているのが、いったい誰なのか。
 何一つ知らぬまま、この腕の中で、おまえは無邪気に笑っていればいい……。
「……土方さん、あのね」
 不意に、総司が小さな声で云った。だが、何を告げるつもりなのか、少し躊躇っている。
 それに、土方はその手をとると、そっと細い指さきにキスの雨を降らせてやった。そうする事で促す。
「あぁ、何だ?」
「あのね……」
 ちょっと躊躇いながらも。
 総司は云った。
「これからも、ずっと……一緒にいてくれる?」
「……」
 それに、男の目が見開かれた。
 総司は頬を紅潮させながら、言葉をつづけた。
「ずっと一緒に……また来年のクリスマスも、一緒にすごさせてくれる?」
「……もちろんだ」
 土方はゆっくりとした口調で云った。
「俺の方こそ、おまえの傍にいさせてくれ。一緒にすごさせて欲しいと、心から願っているよ」
「土方さん……」
「ずっと一緒に過ごそう。来年だけじゃない、その次の年も……ずっといつまでも」
 優しく微笑んだ。
「聖なる夜、俺はいつもおまえの傍にあるから……」
 ──いつまでも。
 永遠に。
 決して絶たれぬ絆に結ばれて。
 それが闇の、焔に灼きつくされる修羅と運命へつづくものであったとしても。
 この愛しい手だけは決して離さないから───
「……総司、愛してる」
 そう囁いた土方に、総司は小さな声で応えてくれた。
 愛の言葉を。
 それに微笑んだ土方は、愛しい総司を、静かに深く求めたのだった。
 魔王が、天使を。
 まるで……そう。 
 漆黒の闇夜の中、一滴の清水を渇望する男のように───……











聖夜に
おまえのもとへ


この漆黒の翼をひろげ
夜を、闇を、光をこえて


世界中の誰よりも愛おしい
おまえのもとへ……
 



















[あとがき]
 たまには、ちょっと余裕のない魔王土方さんを。という事で、書いてみましたクリスマスのお話です。半日でだだーっと書いてしまいました。ある意味、休止中にもかかわらず来て下さる方々へのプレゼントです。ほんの少しでも、皆様が楽しんで下されば、幸いに存じ上げます。
 皆様が素敵なクリスマスを過ごされますように。


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