真の闇だった。
その中で、総司は目を瞬いた。
ずっと何の変化もない世界で、うずくまっていたのだ。何度かアタックしてみたが、毎回、あと少しの処で力を呑み込まれてしまった。
幾度か繰り返すうち、疲れ果てた。どろりと深い底なし沼のような闇の中、総司はため息をついた。
だが、次の瞬間だった。
「!?」
不意に、周囲の気配が変化したのだ。
闇が一気に濃くなり、激しく暗黒が渦巻いた。まるで今まで眠っていた漆黒の魔が、目覚めたかのようだった。
魔の覚醒だ。
思わず息を呑んだ。
(……な…に? これ……っ)
言いようのない恐怖が総司を襲った。
この迷路が人に絶望と恐怖を与えることは知っている。
それでも、今まで総司は怖いとは思わなかった。この程度の闇や魔ならば、対処することが出来るとわかっていたからだ。今は破れなくても、いずれは突破できる自信があった。
しかし、今は違う。
総司を取り巻く闇は、じわじわと魔を満たし始めていた。昏い闇の魔をたたえ、総司を呑み込もうとしている。そうとしか思えなかった。
「……ぁ」
喘ぎ、立ち上がった。そのまま、どこへとも知らず逃げ出そうとする。
次の瞬間、総司は目を見開いた。
「!」
いきなり、手首を誰かに掴まれたのだ。
否、闇が総司を捉えたと言った方がよいか。
引き寄せられ、闇に囚えられる。
「……っ!」
言いようのない恐怖に、総司は声のない悲鳴をあげた。
わかっている。この迷路では恐怖すればする程、よりその感情は増幅されてしまう。冷静に行動しなければ、命取りになるのだが、わかっていながら、どうすることも出来なかった。怖くて恐ろしくてたまらなくなる。
「い、いやあッ」
必死に抗い、闇から逃れようとした。だが、きつく拘束されてしまう。
かなり長い間、総司は抗いつづけた。身を捩り、闇を押し返し、力を発しようとする。だが、力はまったく効かなかった。否、効いているのかどうかさえ、わからない。
(これは何? 闇そのものなの? 魔? それとも、まさか……っ)
自分が抗うことさえ出来ない存在に、恐怖がつのった。
ある一つの存在が頭に思い浮かぶ。
それは、魔王だった。
今、自分を拘束しているのは、魔王そのものなのか。ならば、もう終わりだった。魔王に囚えられて逃れられる大天使など、いるはずがない。
貪り喰らわれ、堕ちてゆくばかりだ。
「……ぁ…っ…ぁ」
怖さに、不安に、総司の目が見開かれた。
その躰が突然、壁に押しつけられた。衣服の下に闇が滑りこんでくる。誰かの手だ。味わうように肌を愛撫してくる手に、総司は戦慄いた。
やはり、そうなのだ。
これは魔王か、もしくは、総司以上の力をもつ上級悪魔に違いない。彼らは大天使を捕まえれば、殺す前に味わうのだという。陵辱し、貪り食らうと聞いたことがあった。
そのために、ここに閉じ込められたのか。自分は贄として捧げられたのか。
総司の意思とは裏腹に衣服を剥ぎ取られ、躰が開かされていく。
無理やり躰をかえされ、壁に縋りつかされた。腰を突き出す格好にされ、下肢を開かされる。
蕾をほぐす指に、涙がこぼれた。彼との交わりとは違い、征服するための行為だ。喰らうためのものだ。
「や、いや……いやだ……っ」
首をふるが、相手はまったく構わなかった。蕾をしっかりほぐすと、また躰をかえし、壁に凭れかからせてくる。
そのまま右足を抱え上げられたと思った瞬間、ほぐされた蕾に熱く固いものを感じた。
総司の目が見開かれた。半ば諦めてはいたが、それでも、懇願の言葉がもれる。
「ぃ、いやっ、それだけは……いやあッ……っ」
必死に首をふり、泣きじゃくった。
身を捩り、逃れようとする。だが、その細い腰を抱きよせられ、ぐっと蕾に猛りが突き入れられた。あっと思った瞬間には、一気に最奥まで貫かれる。
「…ぃぁあああーッ!」
総司は仰け反り、泣き叫んだ。
凄まじい重量感と熱だった。丁寧にほぐされていても、苦痛がある。
ぽろぽろ涙をこぼしながら、首をふった。
「や、ぃやッ、ひ…っ許し……っ」
すすり泣く間にも、ずぶずぶと猛りを深く受け入れてしまう。
身重のため、剛直に真下から貫かれる事になってしまい、総司は涙でいっぱいの目を見開いた。
「いやあッ」
太い楔をごくりと奥まで受け入れる苦痛と、そして、まぎれもない快感に、躰が震えた。腰奥がぞくりと痺れる感覚に怯える。
「あ、あ、あ──」
ぎちぎちの狭い蕾に猛りを全部埋め込まれたまま、ゆっくりと腰を動かされた。一番感じる最奥をねっとりと捏ねあげられ、悲鳴をあげる。
「い、やッやぁッッ」
泣きながら首をふる総司の反応に満足したのか、両足を抱え上げられた。次の瞬間、いきなり激しい抽挿が始まる。
ずぶりと猛りが最奥を穿ち、引き抜かれる感触に、総司は泣きじゃくった。
「ぁああッぁ、許しっ…許してッ…ぇッ」
濡れそぼった蕾に何度も何度も、太い楔が打ち込まれる。そのたびに総司は悲鳴をあげた。
快感に溺れていく己が恐ろしい。
いくら抗おうとしても、愛する男に躾けられた躰なのだ。
男に抱かれれば、どうしても快楽を覚えてしまう。それが悔しくて情けなくて、切なかった。
「ひぃっ、ぃ…ッぁああっ」
激しく揺さぶられ、泣き叫んだ。相手の思うがままに躰を動かされ、何度も深々と猛りを最奥に突きたてられる。
「ぁッ、ぁあっぁーッ、やぁッ」
やがて、息がとまりそうなほど奥まで貫かれ、相手が動きをとめた。
次の瞬間、総司の腰奥に熱が吐き出される。そのどろりとした熱い感触に、悲鳴をあげた。
「いやっいやっ、ぬい、抜いてぇ……っ」
今更なのはわかっていたが、それでも、注がれたくなかった。彼しか知らないそこが汚されるのは嫌だったのだ。
だが、そんな総司の懇願を無視し、最奥に熱はたっぷりと注ぎ込まれる。あまつさえ、射精しながら腰を打ち付けつづけたのだ。そのたびに、総司は泣きじゃくってしまう。
「っ…ぅ…ぁ、ひ…ぃ…っ」
恐ろしいことに、それで終わりではなかった。
床へ引き倒され、今度は仰向けにされて抱かれそうになる。総司は泣きながら、必死に逃れようとした。這って逃げようとしたが、足首を掴まれ引き戻される。
それに、泣きじゃくった。
「もう…いやあッ、助け……助けてぇっ……ッ」
思わず呼んでいた、彼の名を。
愛しい男の名を。
「土方さん! お願い…助けて……土方さ…ん……っ」
本当は助けに来てほしかった。
巻き添えにしたくないと言いながら、強がりながら、それでもやっぱり彼に助けてもらいたかったのだ。
「……土方…さん……」
総司は子供のように泣きながら、何度も彼の名を呼んだ。身をまるめ、両手で顔をおおう。
だからこそ、気づいていなかった。その躰が解放されていることに。
少しずつ感覚が戻ってきていることに。
何よりも、音が、声が。
聞こえることに。
「……総司」
「!」
なめらかな低い声に、びくりと躰を震わせた。息を呑み、慌てて身を起こす。
周囲は相変わらずの闇だった。
だが、そこに誰かがいるのはわかった。次第にその姿も目に映るようになってくる。
「……土方、さん……?」
信じられぬ思いに、呟いた。
そこにいるのは、確かに土方だった。闇に溶けこむような黒いシャツにジーンズ姿だが、それでも。
呆然とする総司に、土方は微かに笑った。
のばされた手、そのしなやかな指さきが頬にふれた。
「やっと……俺の名を呼んでくれた」
「え、土方さん、どうしてここに……え? えぇっ!?」
不意に、状況が理解できた。土方の首筋や頬に残された、引っかき傷にすべてを察したのだ。
総司は息を呑んだ。
「さっきの、まさか土方さんなの? あなたがぼくを抱いたの……っ?」
「あぁ」
「……ご、ごめんなさいッ」
総司は思わず叫んでいた。
きれいな端正な男の頬にある引っかき傷は血まで滲ませていた。それにいたたまれなくなる。
だが、土方は苦笑した。
「おまえが謝ることではないだろう。抗うおまえに苛立ち、無理やり抱いてしまった俺が悪い」
「でも、あなたはぼくを助けに来てくれたのに、なのに、初めから、ぼく、めちゃくちゃ暴れて……」
「俺が別のものに見えているのだと、わかっていたよ。声も届いていないようだったしね。何度も呼んだが、わからなかっただろう?」
「何も……聞こえませんでした」
子供のように首をふる総司に、土方は手をのばした。それに総司が素直に身をまかせてくる。
男の逞しい胸もとに柔らかく抱きすくめられ、ほうっと吐息がもれた。先ほどまで、あんなにも怖いと思っていたことが嘘のようだ。
他の誰かに犯されたのだと思っていたのが、恋人だったことを知らされ、全身の力が抜ける。
「よかった……」
総司は土方の胸もとに縋りつきながら、小さな声で言った。それに、土方が小首をかしげる。
「? 何がだ」
「あなたでよかったと思ったのです。ぼくを抱いたのが土方さん、あなたで……」
「だが、おまえにすれば、化け物にでも抱かれている気持ちだったのだろう? すまない、怖がらせてしまった」
「謝らないで。あなただとわかって、とても幸せな気持ちだから……」
あんなにも激しく求められたのは久しぶりだった。
今から考えてみれば、手順も、高めていくやり方も皆、土方のものだった。どうして、わからなかったのか、不思議なぐらいだった。
やはり、匂いも声も視界も遮断された暗黒の世界に閉じこめられ、混乱していたのだろう。
土方は黙ったまま、優しい手つきで総司の衣服を整えてくれた。剥ぐように脱がせた服を着させ、あらためて抱きすくめる。
突然、総司は、はっと気づいて顔をあげた。
「土方さん」
「何だ」
「あの、どうして、ここに?」
今更な問いかけに、土方はくすっと笑った。
「当然、おまえを助けるために」
「他の悪魔から聞いたの? ぼくがここに閉じ込められているって」
「あぁ」
「で、でも、そんな事をしたら、あなたが巻き添えに……」
縋るように問いかけた総司に、土方はかるく肩をすくめた。
「大丈夫だ。おまえを閉じ込めた連中は勝手な事をしたと、処分されたよ」
「え」
「あとは、おまえがここから出るだけだ」
そう言い切った土方に、総司は目を瞬いた。
「出られるなら出たいんですけど、でも……なかなか上手くいかなくて」
「力が足りないのかな。俺でよければ、手伝うが」
「……」
総司は躊躇ってしまった。
悪魔である彼に手伝わせるということは、魔の力を発動させるということだ。それは彼自身に悪影響をあたえてしまわないだろうか。
黙り込んだ総司に、土方は苦笑した。その細い肩を抱き寄せ、なめらかな頬に口づける。
「おまえは心配しすぎる。今はここから脱出することだけを考えるべきじゃないか」
「そう…ですよね。ごめんなさい」
こくりと頷いた総司に微笑みかけ、土方は立ち上がった。その時、細い腰に腕をまわして抱き起こし、そのまま一緒に立ち上がらせてくれる。
ぴったりと身を寄せて抱きあいながら、土方は優しい声で囁いた。
「ほら、総司……力を」
二人の指さきを絡めあい、しっかりと握りしめる。
そのまま、総司は息を吸い込み、力を放った。ゆっくりと力が闇の中を突き進んでいく。
先ほど押し返された地点までくると、総司はきつく唇を噛みしめた。目を閉じ、より集中して力をこめる。それに彼が力を添えてくれたのがわかった。本当に弱い力だが、今の総司には大きな助けとなる。
一気に闇が開かれ、押し広げられた。
そして、次の瞬間、ぱんっと弾けるような音がしたかと思うと、闇が飛び散った。
真っ白に染まる。
周囲から光と音が流れ込み、二人にむかって降り注いだ。
「!」
気がつけば、彼らは森の中に佇んでいた。
朝の光が降り注ぐ中、しっかりと抱きしめあっていたのだ。
「……あ」
総司は驚き、目を瞬いた。見上げると、土方の穏やかな視線とからみあう。
小さく呟いた。
「ぼく……出られた…の?」
「あぁ、ここは森だ。迷路じゃない」
「……っ」
とたん、安堵のあまりか涙がこぼれた。
思わず男にしがみつき、泣きじゃくってしまう。子供のようでみっともないと思ったが、土方は優しく抱きすくめてくれた。
何度も、髪や額、頬に、キスを落とされる。
「よく堪えたな……総司、おまえはよく頑張った」
優しい言葉に、また涙がこぼれた。それは恋人に愛される幸せゆえの涙だった。
誰よりも愛しい男の腕の中、総司は目を閉じた。
森の中から歩み出た土方は、ふと視線を流した。
道路脇に停めた車に寄りかかっていた斉藤が、軽く手をあげてみせる。
車へと歩みよる土方の腕の中、目を閉じている総司の姿に眉を顰めた。
「気を失っているのですか」
「あぁ、俺が失神させた」
「なるほど」
その方が都合がよかった。
力で失神させられた総司は、男の腕にぐったりと抱かれている。それを眺めながら、斉藤が問いかけた。
「総司に力を貸したのですか。気配を感じましたが」
「あぁ、少しだけな」
「危険ですよ」
「バレるものか。あれぐらいでは下級悪魔にも劣る力だ」
くすっと笑い、土方は顎をしゃくって斉藤に車のドアを開けさせた。助手席にそっと総司の身体を抱きおろし、シートベルトを締める。
斉藤をふり返り、訊ねた。
「おまえはこれからどうする」
「ちょっとこちらで遊んでから、帰りますよ」
{へぇ、おまえにしては珍しいな}
「わざわざ来ましたしね。そちらはどうするのです」
土方は片手で煩わしげに吹き乱される黒髪をかきあげた。
「そうだな。少し総司を休ませてから帰る。無理をさせちまったからな」
「無理って……え」
その言葉の意味に気付き、斉藤は思わず顔をしかめた。まさか、迷路の中でそんな行為に及ぶとは考えてもみなかったのだ。
形の良い唇の片端をあげてみせる男の姿に、ため息をついた。
「総司、怖がっていたでしょうに……あぁ、だから、その疵ですか」
頬に残された傷を指すと、土方は喉奥で低く嗤った。
「俺の姿も見えない、声も聞こえねぇで、かなり抗われたからな。つい手加減なしでやっちまった」
「あなたなら、その抵抗さえも楽しんだんでしょう」
呆れたように呟き、斉藤はやれやれと肩をすくめた。どれ程、総司が怖がり泣いたことかと思うと、眉を顰めてしまうが、結局は恋人同士の行為だ。何も言えるはずがなかった。
土方は何事もなかったように車の運転席に身体を滑り込ませた。
窓ガラスごしに軽く手をあげてから、車を発進させる。遠ざかっていく車を見送り、斉藤はバイクへと歩み寄った。車もバイクも土方が手配したものであるため、上質だ。
斉藤はヘルメットをかぶる前に、ふと空を見上げた。
「……」
真っ青な澄み切った空が広がっている。総司が閉じ込められていた暗黒の世界とは別物だった。
だが、本来ならば、その闇こそが、土方や斉藤がいるべき場所なのだ。そこにはむろん、大天使である総司の姿はふさわしくない……。
この澄み切った空こそが、総司には似合うのだろう。
斉藤はそんな己の物思いに、苦笑した。
かるく首をふって余計な考えを払うと、ヘルメットをかぶり、バイクのエンジンをかけた。低い唸るようなエンジン音が鳴る。
やがて、澄み切った空の下、斉藤が操るバイクは一直線に疾走していったのだった。
「……え?」
次に気がついた時、見知らぬ天井を見上げていることに、総司は驚いた。
きれいな彫刻が施された天井だ。装飾が美しい壁に、木製の窓枠、絹のファブリック。肌にふれるシーツの質感からも、そこが上質のホテルの一室であることが知れる。
総司はゆっくりと身を起こし、周囲を見回した。おそらく、そこは土方がこの国で泊まるためにとった部屋なのだろう。スイートになっていて、扉の向こうに人の気配があった。
そう思ったとたん、扉が開く。
「あぁ、目が覚めたか」
扉をあけて入ってきた土方は、優しく微笑んだ。部屋を大股に横切ると、ベッドに片膝をついて身を乗り出し、そっとキスしてくる。
「おはよう、よく眠れたか?」
「え、あの……もう朝、なのですか」
「翌日のね。さっき迷路から出た時が朝だったから」
「丸一日眠っていたのですか?」
びっくりして叫んでしまった総司に、土方はくすっと笑った。
それに、問いかける。
「ぼく、全然覚えてなくて……ここまで土方さんが運んでくれたのですか?」
「あぁ。迷路を出てすぐ、おまえは気を失ったんだよ。迷路の中では、俺が随分とおまえに無理をさせてしまったからね」
「……っ」
頬が熱くなった。
あの時は恐ろしい他の誰かに犯されたと思っていたが、彼だったのだと思えば、熱く激しい情事にしか思えない。
恥ずかしそうに俯いてしまった総司に、土方は微かに唇の端をあげたが、すぐさま柔らかく問いかけた。
「どうする? 食事の用意をさせてあるが、食べられるか?」
「あ、はい」
こくりと頷くと、土方は総司の腰と膝裏に腕を入れ、軽々とその躰を抱きあげた。毎回のことだが、自分を軽く抱いてしまう土方の逞しい腕に、驚いてしまう。
おとなしく彼の腕に抱かれる総司にキスを落としてから、土方は隣室のリビングへ向かった。食事が用意されてあるテーブルの前のソファに、そっと抱き下ろす。
総司のことを思ってか、あっさりとした身体にやさしいものばかりが用意されてあった。サラダや切り分けられたフルーツ、焼きたてのパン、ポタージュのいい匂いがやさしい。
ソファに腰を下ろした土方は、ポットに手をのばした。紅茶をカップに注いでくれる。
「ありがとうございます」
総司は紅茶を受け取り、飲んだ。それに微笑み、土方も食事を始める。
その姿をぼんやり見ていた総司は、不意に気がついた。
丸一日ここで眠っていたということは、彼に一日を無駄にさせてしまった事になるのだ。
ただでさえ多忙な彼の時間を割かせ、助けにこさせた挙句……
「どうした?」
青ざめてしまった総司に、土方は気づいた。訝しげに顔を覗きこんでくる。
「その紅茶、口にあわなかったか」
「土方さん……あの」
総司は大きな瞳で縋るように彼を見上げた。
「ごめんなさい、迷惑ばかりかけて」
「え?」
「助けに来てくれた上に、こんな……時間をとらせて。ぼく、もう大丈夫だから、今すぐ日本へ帰って下さい。これ以上、あなたに迷惑をかける訳には……」
「またそんな事を言っているのか」
土方は眉を顰めながら総司の言葉を聞いていたが、やがて、深く嘆息した。手をのばし、総司の手をとって握りしめる。
「何度も言っているだろう。迷惑などではない、俺がしたくてしている事だ。おまえには俺にもっと甘えて欲しいし、俺を頼って欲しい。今回も、俺はおまえの為になることが出来て本当に嬉しいんだ」
「だって……土方さん、忙しいのに」
「大丈夫だ。昨日も電話で対処しておいた。山崎がうまくやってくれるから、おまえと一緒に帰れるよ。それとも」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、総司を覗きこんだ。
「俺とは帰りたくない?」
「そ、そんな事ありません!」
総司は慌てて首をふった。
「ぼく、土方さんと一緒に帰りたいです。少しでも長く、あなたの傍にいたいから」
「じゃあ、話は決まりだね」
にっこり笑いかけ、土方は総司のなめらかな頬にキスを落とした。それに耳朶まで赤くなりつつ頷く総司が愛らしい。
「……」
ようやく落ち着いて食事を始めた総司を眺めながら、土方は目を細めた。
あの暗黒の迷路に降り立った時、土方の目に総司は映っていた。
すぐ、どこにいるのかわかったのだ。彼にとって、あの迷路は暗黒でも何でもなかった。それは当然、魔王であるがゆえだったが、総司はまったく気づいていないようだ。
初めは抱こうなどと思っていなかった。だが、抗う総司を見ているうちに、愉悦感がこみあげた。苛立ちではない、面白いと舌なめずりしたのだ。
総司は彼の獲物だった。
恋人である以上に、彼だけが味わうことを許された獲物だ、贄なのだ。
それが彼を拒絶して抗っている。この迷路に閉じ込められた大天使は、魔王や上級悪魔に喰らわれることが常だった。初めから、土方が総司を喰らうことはごく当然のことなのだ。
魔王として振る舞い、犯してやろうと思った。苛立ちもあったのかもしれない。他の者がつくった迷路に可愛い総司が囚われていることへの苛立ちが、土方を昏い情欲へと突き動かした。
衣服を剥ぎとり肌に手を這わせると、総司は狂ったように暴れた。叫び、もがいた。そのため、疵を負ってしまったが、土方にとっては愛らしい抗いに過ぎない。
……犯した瞬間の悦楽は凄まじい程だった。
嫌がり泣き叫ぶ総司の身体を思う存分、味わった。
総司が最後まで彼だとわからず拒んで当然だ。彼は、魔王として凌辱していたのだから。その邪悪な力で包み込み、大天使の清らかな力をすべて喰らい尽くすように犯した。
総司の奥に熱をまき散らしてやった時、思わず喉奥で嗤った。
最高の快楽に、満足感に、愉悦感に。
魔王の猛りを深く受け入れ、その身深くに熱を注がれながら泣きじゃくる総司は、可憐で愛らしく、扇情的だった。その白い身体をくねらせて快感に喘いだくせに、もう一度と求めれば、泣きながら必死に逃れようとした。
だが、それまでだった。
総司の強がりもそれまでだったのだ。
とうとう、土方の名を呼んで助けを求めた姿に、たまらない程の満足感を覚えた。
(それでいい、総司……)
おまえは俺の名だけを呼べばいいのだ。
助けを求めるのも、愛するのも、苦しむことも悲しむこともすべて、俺ゆえでなければならない。
他の誰も求めるな、何も欲するな。
おまえは、俺にあたえられたものだけを甘受すればいい。
恍惚とするような思いの中で、土方はあの時、総司に微笑みかけたのだ。
「土方さん、あのね」
食事を終えると、総司が土方を見上げて言った。
それに小首をかしげてやれば、頬を染めながら言葉をつづける。
「あの、ぼく、まだ言ってなかったと思って」
「何を?」
「ありがとうって」
小さな声で言ってから、総司は恥ずかしそうに笑った。
「何かいっぱいありすぎて、混乱していたけど、でも、謝るよりお礼を言うべきですよね。あの、本当に、助けにきてくれてありがとう。ぼく……とても嬉しかったです」
「総司……」
「ぼくね、甘えちゃいけない、あなたを巻き添えにしたらいけないって思って、でも、本当はずっと呼んでいたの。あなたのことを呼んで……」
「……」
黙ったまま、土方はその華奢な身体を引き寄せた。腕の中にすっぽりとおさめ、抱きすくめてやりながら答える。
「聞こえていたよ」
「え……」
「おまえの声、ちゃんと俺に聞こえていた。何度も呼んでくれただろう? だから、俺は来たんだ。おまえを助けるために……」
「土方…さん……」
総司の目が見開かれた。そのきれいな瞳に涙があふれ、ぽろぽろとこぼれ落ちていく。
そのまま、土方の胸もとに縋りつき、泣きじゃくった。
「聞こえて…いたなんて、思わなかった……っ」
「総司」
優しく抱きしめ、土方は低いなめらかな声で囁いた。
「聞こえるよ、おまえの声はいつでも俺には聞こえる」
「土方さん……」
「総司、俺とおまえは繋がっているんだ。いつまでも何があっても……」
……永遠に。
二度と離れられぬ、鎖に絡め取られたかの如く。
その身も、心も。
おまえは俺だけのものだから。
繋がり抱きあい、煉獄へ堕ちてゆくその瞬間まで。
そっと優しく口づけた。
唇を重ね、甘く甘く愛していく。
ふたりは、神の祝福のごとく降り注ぐ朝の柔らかな陽射しの中で、抱きしめあったのだった。
互いだけを求めて。
愛して……。