真夜中のキャラメルキッス
真夜中、突然あるものが食べたくなる瞬間ってある。
でも、たとえば、どんなもの?
吸血鬼なら「血」とか答えるだろうけど。
悪魔の場合は?
天使の場合は?
これは、そんな真夜中のお話。
「……アイスクリームが食べたい」
そう云い出したのは、総司だった。
ベッドの上でいろいろ致した後、気持ち心地よげに寝そべる少年の背中を撫でていた男は、僅かに眉を顰めた。
「アイスクリーム?」
「うん。出来れば……キャラメルアイス。たぶん、冷蔵庫にあったと思うんですけど」
そう云いながら、総司はこっくんと喉を鳴らした。
「あぁ、今すぐ食べたくなってきちゃった」
「今、夜中の12時だぞ」
「いいじゃないですか。運動した後で、お腹がすっごく空いてるんだもの」
総司はくすっと笑い、身を起こした。
その白い肌のあちこちに、紅い花が散っている。それを見れば、どんな運動をしていたか言わずもがなだ。
放り出してあったパジャマを着込み、するりとベッドから降りようとした総司の手首が柔らかく掴まれた。
ふり返ると、恋人が優しい瞳で笑っている。
「そんなにお腹が空いてるのか?」
「だって、晩御飯食べたの、6時半だったんですよ」
「そうだな。けど、アイスぐらいじゃ駄目だろう?」
「でも」
「キッチンを貸してくれるか?」
そう云って、土方はベッドから降りた。
濃紺のパジャマを身につけると、呆気にとられる総司を残し、さっさと寝室を出てゆく。
それを総司は慌てて追った。
「ちょっ……待って下さい。何をするつもりなの?」
「おまえのお腹を満たしてあげるんだよ。ミルクをたっぷり舐めた猫みたいにね」
くすくす笑いながら答え、土方は手をのばした。
しなやかな指さきで、総司の白い喉もとを柔らかくくすぐった。
「だから、いい子で待っておいで?」
「……はい」
躊躇いがちにだが、総司は渋々頷いた。
土方はキッチンに入ると、総司のカフェエプロンを腰につけた。
冷蔵庫や棚から幾つかのものを取り出し、あれこれ並べてゆく。
卵と牛乳をボールに割り入れ、馴れた手つきでかき混ぜた。
小さなフライパンを取り出して火にかけると、いい匂いが部屋の中に広がり始めた。
15分後、総司はダイニングテーブルの前に坐らされていた。
「お待たせ」
ことんと音をたてて、まっ白な皿が置かれる。その上に盛られたものに、総司は目をまん丸にした。
厚切りパンをフレンチトーストにし、中をくり抜いてあった。
そこにフルーツとくり抜いたパンが詰められ、上に例のキャラメルアイスがのっけられてある。
とどめは、とろりとかけられたメイプルシロップだ。
香ばしく焼けたトースト、鮮やかなベリーや桃、キャラメルアイスの色彩が絶妙のバランスで、ふんわり香る甘い匂いが食欲を刺激した。
思わずフォークとナイフを手に見上げると、土方はふわりと綺麗に微笑んでみせた。
「食べて……いいの?」
「もちろん。どうぞ、召し上がれ」
「頂きます」
総司はそっとフォークとナイフを使って切り分けた。
一切れを口に入れたとたん、思わず微笑んだ。
口の中に広がる、甘酸っぱいフルーツと甘い甘いキャラメルの味、フレンチトーストの香ばしさ。
こんなおいしいものを、食べたことがないと思った。
「……おいしいー! めちゃくちゃおいしいです」
総司はうっとりしてから、はっとしたように土方を見上げた。
慌てて訊ねる。
「土方さんは? 土方さんは食べないの?」
「おいしそうに食べてくれるおまえだけで、充分だよ」
くすくす笑いながら、土方は答えた。
それから、僅かに小首をかしげてみせた。
「おいしいか? おまえの好みにあってるかな」
「もちろん! アイスで、こんなおいしい食べ方あったなんて、知りませんでした。それに、土方さんがこんな上手にお料理も出来るなんて……」
「料理という程のものじゃないよ。けど、喜んで貰えてよかった」
そう云った土方に、総司は幸せそうに微笑んだ。
嬉しそうに食事をつづける総司を、土方はその前の席に坐り、頬杖をつきながら眺めた。
こんなもので喜んでくれるなら、幾らでも作ってやろうと思った。
総司が望むこと。
叶えてほしいと思うことなら。
どんな願いだって聞き届けてやりたいのだ。
もちろん、本当に総司が心から望むだろう事だけは、絶対に叶えてやれないだろうが。
魔王である彼を滅ぼし──世界を愛と善でみちさせるという。
天使ゆえの宿望だけは。
(……それは自分の手でやればいいさ)
土方はふと唇の端を僅かにつりあげた。
その黒い瞳が冷ややかな光をうかべる。
おまえの手で破滅させられるのも、また一興だろう。
それもまた、願いを叶えてやった事になるのか。
もっとも、この優しい天使に、愛しい彼を害するなどという、残酷な行為が出来うるならの話だが……。
(まぁ、俺はどちらでも構やしねぇがな。今、こうしておまえを愛していれるなら、それだけで十分だ)
土方は優しい笑みをうかべると、そっと手をのばした。
しなやかな指先で頬にふれてやると、総司が顔をあげた。嬉しそうに微笑む。
その笑顔が可愛らしく、胸が痛くなるほど愛おしかった。
「……俺の愛しい天使」
甘く低い声で囁きかけると、土方はテーブルに片手をついて身をのり出した。
そして。
目を閉じた総司の唇に、そっと優しく口づけたのだった……。
真夜中に
魔王と天使がかわすキスは
甘い甘いキャラメル味───
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